第004話 首狩り、幼女を引き取る
「な、なななな、何者だぁ!! 武器を捨てろぉおおおおっ!!」
街の門に近づくと、兵士によって取り囲まれる。
全員槍を持っているが、穂先がガタガタと震えていて、完全に腰が引けていた。
兵士ともあろう者たちが全員が怯えている。それだけアックの威圧感は強烈だった。物おじしない女やティナの方が異常なのだ。
こういう反応はよくあるのでアックは慣れていた。今回は後ろに女たちを引き連れているので尚更警戒されたのだろう。
まずは事情を説明することにする。
「俺は――」
「ひぃいいいいいいいっ!!」
しかし、アックが口を開いただけで兵士たちの顔を青ざめ、ガタガタと身体を震わせた。
これでは話ができない。
「ここは私がいくよ」
見るに見かねて、アックの代わりに物おじしない女が前に歩み出る。
「私はエミリー。女たちは私も含めて全員奴隷狩りにあったものたちだよ。その奴隷狩りもオークの襲撃を受けて全員死んじまった。この男はオークに食い物にされそうになった私たちを助けてここまで連れてきてくれたんだ」
「ほ、本当か!?」
説明を聞いた兵士長が怯えたまま後ろの女たちに確認を取った。女たちは無言でブンブンと首を縦に振る。
場の雰囲気が一気に弛緩した。
兵士たちは死を覚悟していただけに、アックが敵ではないと分かって心の底から安堵する。
「そ、そうか……勘違いしてすまない。俺はてっきりとんでもなく凶悪なモンスターが街を落とすために攻めてきたのかと思ったぞ」
兵士長はアックの顔を見ながら、安堵と呆れが混ざったような表情で言った。
「ぷっ。あんたモンスターだって!! あはははっ!!」
エミリーはそれがツボに入って、アックを指さして大声で笑う。
それを見た兵士や女たちはアックが怒らないかと気が気じゃなかったが、恐れられる自分を笑い飛ばしてくれるエミリーの態度が、アックにとってむしろ好ましかった。
「慣れている。問題ない」
「はぁ……そうか。女たちの処遇は我々が責任をもって対応しよう。お前はこれからどうするつもりなんだ?」
怒っていないことに安心した兵士長は、街の安全のためアックの予定を確認する。
勝手に街の中を動かれてはどこもかしこも阿鼻叫喚の地獄になるに違いない。
「孤児院はあるか?」
「ああ。何件かある」
「この子を一番良い孤児院に連れていく。一泊したらカーム王国に立つ」
アックが足元に視線をやると、兵士長も釣られて視線を下げ、そこにティナがいることに気づいた。
そして、その容姿を見て目を見開く。
それでアックが言いたいことを理解した。今のティナを見れば邪な考えを抱く者が現れても不思議じゃない。
ティナはそれほど誰が見ても可愛らしい容姿をしている。
だから、アックは責任をもってティナを孤児院まで送り届け、必要であれば金を握らせ、最悪脅してでもきちんと大人になるまで育てさせるつもりだった。
「そうか。お前だけじゃ必ずパニックになるだろう。俺が一緒に行こう」
アックが思った以上に心優しい人物だと気づいた兵士長は自ら名乗りを上げる。自分がいれば無碍にされることはないだろうと。
「恩に着る」
「……勘違いしたせめてもの詫びだ。気にするな」
アックが頭を下げると、兵士長は一瞬驚いて固まったが、すぐに我に返り、肩を竦めて首を横に振る。
そして、部下に女たちを連れていかせ、門を他の人物に任せるために動き始めた。
1人残ったエミリー。
2人は最後の挨拶を交わす。
「もう会うこともないだろうけど、元気でね。あんたが来てくれて助かったよ、本当にありがとう」
エミリーはまるで気にすることもなく、アックの体に抱き着いた。
「……ああ。元気でな」
女にそんなことをされたことがないアックは内心ドキッとしたが、動揺を隠して別れを告げる。
エミリーは体を離すと、寂しげな表情を隠し、先を進む女たちの後を追いかけて走り去った。
「さて、待たせたね。行こうか」
「ああ」
ちょうど戻ってきた兵士長と供に街へと足を踏み入れる。国境近くの要所とあって賑わっていた。
「ひっ!?」
「うわぁっ!!」
「わぁーんっ!!」
街の人たちはアックを見て怯えるが、傍に兵士長がいることでギリギリ平静が保たれる。
アックは兵士長の存在に感謝した。
「わぁーい!!」
「こっちだよぉ!!」
「へへーんっ!!」
5分ほど歩くと、子供たちの元気な声が耳に届く。
「ここがエクセル孤児院です。ここで少し待っていてください」
「分かった」
そして、さらに1、2分歩いたところで、周囲を立派な柵で囲まれ、手入れの行き届いた大きな一軒家の前に辿り着いた。
兵士長は話を通すため、孤児院の門の前でアックたちを待たせて中に入っていく。
アックの姿が目に入れば、子供たちが泣きわめくことになるからだ。
「こ、この子が話に聞いていた子ですか。確かに凄く可愛らしいですね」
中から出てきたのは人の良さそうな人相の老婆。年の功もあって、彼女はアックを見ても辛うじて悲鳴を上げずに済んだ。
老婆がティナに視線を向けると、兵士長からティナとアックのことを聞いていたので、納得したように頷いた。
「あなたがここまでこの子を連れてきた方ですね。私が院長のバーバラと申します。この子はウチで引き取らせていただきますね」
「ああ。よろしく頼む」
バーバラなら任せられると直感したアックは、カバンの中から硬貨の入った袋を取り出して彼女に差し出す。
「それは受け取れません。そんなものがなくても責任をもって育てさせていただきます」
「そうか。すまなかった」
その袋を押し返して首を振るバーバラ。アックは袋をカバンに仕舞って頭を下げた。
「いえ、ご厚意には感謝します」
バーバラもアックに頭を下げる。
「さぁさ、今日からここがあなたの家です。中に入りましょう?」
バーバラが頭をあげ、話は終わったとばかりにティナの手を取ってを連れて行こうとする。
しかし、ティナはそこから動こうとしなかった。むしろより強くアックの服を握って動くまいとしている。
「どうした?」
アックは動こうとしないティナに尋ねた。
「……アックと一緒が良い」
ティナはアックの側が一番安心できた。だから、アックと一緒に居たかった。でも、自分のために動いてくれているアックになかなか言い出せなかった。
でも、本当にアックと別れるということになってついに我慢できなくなったのだ。
一方でアックはそう言われて困惑する。
まさかそれほどまでに慕われているとは思わなかった。しかし、自分の旅はこの先のカーム王国まで続く。
「旅は大変だ」
まだ何日も野営したり、沢山歩いたりしなければならない。
大人ならまだしも、幼い上に栄養の足りていないティナの小さい体には相当辛いはずだ。
「それでもいい」
それに、仮に自分が連れていったとしても、ティナを上手く育てる自信がない。
カフェが上手くいくとは限らないし、ひもじい思いをさせてしまう可能性もある。
「不幸になるかもしれない」
ティナが幸せになれる保証はない。でも、ここなら少なくとも大人になるまではしっかりとした生活が送れるだろう。
ティナにとってそれが一番いいはずだ。
「それでもいい」
しかし、ティナは頑として動こうとしなかった。
「……」
しばらくアックは考える。
そして、結論を出した。
「……分かった」
ティナがそこまで慕ってくれるのなら腹を括ろう。
アックは幼いながらに覚悟を決めたティナの気持ちに応えることにした。
「……すまない。この子は俺が連れていく」
「そうですか……ですが、あなたたちを見た時からそうなる気がしていました。あなたたちは一緒に居た方がいいでしょう」
バーバラは一目見てティナがアックから離れたくないことを見抜いていた。そしてそれはアックも同じということも。
だから、この茶番のような儀式がこの2人には必要だと思い、一芝居を打った。
「必ず幸せにすると約束する」
アックは院長の信頼に応えるために誓った。
「応援しています。何かあれば訪ねてきてください。力になります」
「恩に着る」
バーバラもアックの気持ちに応えるため最大の援助をすることを約束し、アックたちは孤児院を後にした。
「店を案内してくれ」
「任せておけ」
その後、ティナに必要なものと、旅に必要なものを買い足し、宿に案内してもらったが、客が恐怖してしまい、どこも宿泊拒否されてしまった。
その結果、兵士長の家に泊めてもらうことに。
2人は兵士長の奥さんに大いに歓迎された。
「いくぞ」
「うん」
そして次の日、大男が幼女を肩に載せて街を旅立っていった。
国境を越える際にまたひと悶着あったことは言うまでもない。
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