第005話 首狩り、運命に出逢う
国境を越えて数時間。
子供なら我儘の1つも言ってもおかしくないのに、ティナは大人しくアックの肩に乗って揺られている。
「はぁ……はぁ……」
ただ、暑さのせいで、少し息を切らして苦しそうな様子が窺えた。
栄養が足りてない上に劣悪な環境にいたんだ。無理もない。
「あれは……」
アックは近くにちょうどいいものを見つけたので休憩をとることにした。
「疲れてないか?」
「はぁ……少しだけ」
座りやすい岩の上にティナを下ろして尋ねると、彼女は素直に答える。
これまでの生活から嘘をついた方が迷惑をかけると分かっているからだ。
「待ってろ」
アックは近くにあった木に歩み寄り、なっていた橙色の果実をいくつかもぎ取って、マジックバッグからボウルとはちみつと水の入った水筒に、コップを取り出した。
マジックバッグは、見た目よりも遥かに多くの荷物をいれることができるバッグで、作るのが難しく希少なため、非常に高価な代物だ。
しかし、傭兵は色んな国や場所に行くことが多いので沢山の荷物を運べるマジックバッグは必需品。一流の傭兵団に所属していたアックは、プライベート用と戦利品用、そして予備の3つのバッグを持っていた。
なぜ分けているのかと言えば、中で混ざらないようにできているとはいえ、死体と同じバッグに私物が入っている状態を嫌ったからだ。
予備は元々カフェを出す時に使おうと考えていたので、これから活用していくことになるだろう。
アックは綺麗な布を水で湿らせて手や果物を拭き、ボウルの上で橙色の果実ウォレンジを握って少し力を入れる。
――ブシャーッ
それだけで皮が割れ、果肉が絞られて中から果汁が溢れ出してボウルに落ちた。
柑橘系の爽やかな香りが漂う。
何度か繰り返して水を混ぜ、はちみつを垂らしてかき混ぜた。
そして出来上がったのはウォレンジジュースだ。元々酸味が強い果実だけど、はちみつによってまろやかになっている。
子供でも飲みやすくなっているはずだ。
そして、このウォレンジには少し疲労回復の効果もある。
「ウォレンジジュースだ」
コップを手渡した。
「ありがと」
ティナはコップを受け取ると、クピクピと飲み始める。
「美味しい」
気温の高さもあり、喉が渇いていたティナはすぐに飲み干してしまった。
ティナはアックに微笑む。
いつも口数が少なく、表情の乏しいティナの笑顔はとても可愛らしい。
「また作ってやる」
「うん」
アックはティナを優しく撫でると、彼女はくすぐったそうに目を細めた。
――ガサガサッ
「むっ?」
ティナの可愛らしさに頬を緩めていると、背後の茂みから物音が聞こえて、アックはすぐに身構えた。
「キュ、キュウ?」
姿を現したのは真っ白なウサギ。
「「!?」」
アックとウサギは目が合った瞬間、お互いに雷が落ちたような衝撃を受けた。
実はこのウサギ。可愛らしい見た目に反して首狩り兔と恐れられているヴォーパルバニーという名のモンスター。
方や、その強面な顔と寡黙な態度、そして無慈悲に敵の首を一撃で刈り取る姿から『首狩り』と恐れられているが、実は可愛いものが好きで戦いがあまり好きじゃないアック。
方や、その可愛らしい見た目に反して、自分たちに害をなそうとする者の首を一撃で刈り取る力を持つが、戦いたいわけではない『首狩り兔』と恐れられるヴォーパルバニー。
首狩りと呼ばれる両者の運命の邂逅であった。
「……」
「……」
アックとウサギは無言で見つめ合う。
――ガシッ
そして、しばらくそうした後、お互いに歩み寄って握手を交わした。
シンパシーを感じ、何も言わずとも通じ合う2人。
「一緒に来ないか?」
「キュウッ」
アックの申し出にヴォーパルバニーは一も二もなく頷いた。
しかし、今のままでは1つ問題がある。
モンスターは従魔とならなければ、街に入ることができない。
つまり、ヴォーパルバニーはアックの従魔にならなければならない。
幸いアックにはテイマーの素質がある。その事実を知った時アックは人知れず喜んだ。
嬉しさを隠しきれず、不気味な表情を浮かべていたことでより一層恐れられることになったのだが、それはまた別の話だ。
「テイムを受け入れてくれるか?」
「キュウッ」
ヴォーパルバニーはあっさりとアックの提案を受け入れた。
アックが戦いに疲れていたように、ヴォーパルバニーもまた、人間に追い回される日々に疲れていた。
そして、目の前の男が自分よりも圧倒的に強く、自分を守ってくれると直感したのだ。
「そうか。お前の名前はスノーだ」
アックはその真っ白でこんもりした形から、昔傭兵団として旅をしていた途中で見た雪を思い出し、その名を付ける。
「キュキュウッ」
名づけを受け入れたヴォーパルバニー。晴れてアックのテイムモンスターのスノーとなった。
「アック、その子は?」
ティナの許にスノーを連れて行くと、彼女はコテリと首を傾げる。
「たった今、家族になったスノーだ」
「キュウッ」
「くすぐったい」
スノーは重さを感じさせない動きで肩に登り、ティナの顔に頭を擦り付けた。
ティナはクスクスと笑う。
「よろしく、スノー」
「キュキュウッ!!」
ティナが肩のスノーを撫でると、スノーが嬉しそうに鳴いた。
その光景にアックはほっこりした気持ちになる。
それから10分ほど休憩した後、アックたちは旅を再開した。
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