第006話 首狩り、家族と野営する

 ティナに合せて幾度となく休憩を取りながらアックたちはゆっくりと目的地を目指して進んでいた。


 今日幾度目かの休息。


「うふふっ」

「キュキュッ」


 ティナが川べりの岩の上に腰を下ろし、川の浅瀬に足を入れてバシャバシャと水を飛ばし、その中をスノーが楽しそうに駆けまわる。


 アックはその様子を微笑ましく眺めていた。


 ――ザバァアアアアンッ!!


 しかし、その時、川の奥の深い場所から水柱が上がる。


「ギシャアアアアッ!!」


 水柱が消えると、5メートルを超える巨大な蛇が姿を現す。


「ティナ!!」


 アックは一瞬で水柱とティナとの間に移動して大剣を構えた。


 リバースネーク。


 川のほとりに近づいた獲物に川の中から忍び寄り、隙をついて川の中に引きずり込んで丸のみにするモンスターだ。


 牛なども丸呑みしてしまうため、ティナのように小さい人間など簡単に飲みこんでしまう。


「家族を狙うなど許さん……」


 アックが静かに呟いてリバースネークを睨みつける。


「!?」


 リバースネークは蛇のモンスターのくせに、まるで蛇に睨まれたカエルのように動けなくなった。


 最恐で最強の傭兵アックの本気の威圧を受けて、普通に動ける者は人間にもモンスターにもほとんどいない。


「はぁっ!!」


 ラックは飛び上がって思いきり大剣を横薙ぎにした。


 ――ズバァアアアアッ!!


 リバースネークは頭を落とされ、胴体が力を失って水面を叩く。


 ――ザバァアアアンッ!!


 激しい水しぶきと波が押し寄せてきたので、ティナたちを守るように二人の前に立ち塞がった。


「ふんっ!!」


 そして、剣を振るっただけで、その全てを打ち消してしまった。


「大丈夫か?」

「うん」

「キュッ」


 アックは振り返って二人が無傷だと分かるとホッと安心する。 


「家族?」


 ティナが思い出すように呟く。


 それはアックが先ほどリバースネーク相手に言った言葉だった。


 アックは急に恥ずかしくなる。


「……嫌だったか?」


 それと同時に勝手に家族を名乗ったことに気を悪くしてないか不安だった。


「アックと家族。嬉しい」

「そうか……そうか」


 それが杞憂だと知ってアックは心の底から安堵した。


 アックは気持ちを切り替え、振り返ってリバースネークの死体に近づいた。


「ちょうどいい」


 リバースネークの肉は脂が少なく、ささみのようにあっさりとしていて、胃腸にも負担が小さい上に、栄養が豊富で滋養強壮にも良い。


 ティナが必要な栄養をとるための食材として申し分ない。


 ここで出会えたのはむしろ行幸だった。


「少し待っていろ」

「分かった」

「スノー、頼むぞ」

「キュウ」


 スノーにティナを任せ、解体するためにリバースネークの死体を引き上げる。


 血を川に流して血抜きを行い、骨から肉を外して、食べやすい大きさに切ってマジックバッグの中に放り込んだ。


「ふぅ……日が暮れるな」

「うん」


 解体が終わる頃には辺りがすっかり朱色に染まっていて、もうすぐ太陽が沈む。


 1人なら夜通し歩いてもいいが、ティナにはしっかりとした睡眠が必要だ。これ以上進むのは止めておいた方がいいだろう。


「今日はここで野営する」

「分かった」


 アックは慣れた様子で焚火を付けたり、テントを張ったり、野営の準備をしていく。アックが取り出した小さな椅子に座り、ティナはその様子を興味深く見つめていた。


 準備が終わったら夕食だ。


 アックは最初からカフェを開くつもりだったので、傭兵時代、傭兵団の厨房を取り仕切るコック長に弟子入りしていて、料理もできる。


 今日は具材をしっかり煮込んだ消化に良いとろみのあるスープだ。栄養が付くようにリバースネークの肉も小さく刻んで入れている。


「熱いぞ」

「ん」


 小さな器に盛りつけてスプーンを付けてティナに渡す。ティナはその小さな両手で受け取った。


「キュキュウ」

「分かった」


 スノーも欲しがったので底の浅い器に盛りつけて地面に置く。熱々にもかかわらず、スノーは器に頭を突っ込んで一心不乱に食べ始めた。


「熱っ」


 ティナが舌を少し出して痛そうに顔を歪める。


 スープが熱すぎたらしい。


「貸してみろ」


 その様子を見かねたアックは、自分が食べるのを後回しにして、ティナの傍に移動して器を受け取った。


「ふー、ふー」


 子供には熱すぎたようなので、スプーンで掬いあげたスープに息を吹きかけて温度を下げる。


「ほら」

「あむ」


 ある程度冷めたところでティナの口元に運んだ。ティナはパクリと口に含む。


 もぐもぐと時間をかけて咀嚼し、ゆっくりと飲み込んでいく。


「おいし」

「そうか」

「もっと」

「ああ」


 お代わりをせがむティナ。アックは彼女が満足するまで食べさせてやった。


「……」


 満足するまで食べたティナは、アックが残りを食べている途中でウトウトと船をこぎ出す。


 アックはティナを抱え上げ、テントの中に寝かせた。スノーにティナの見張りを任せ、食事と後片付けを終えたアックがテントに戻ってくる。


「ん? 夜番は任せろ?」

「キュウッ」

「ありがとな」

「キュンキュンッ」


 スノーが見張りをかって出てくれたので、アックもテントの中で寝ることにする。


 ティナを起こさないように中に入って横になった。


「アック……」


 隣を見れば、ティナがむにゃむにゃと寝言を呟きながら、あどけない寝顔で眠っている姿が目に入る。


 まさか自分が女の子を育てることになんてな……。


「ふっ」


 アックは思ってもいなかった状況に笑いを漏らす。


 これからもこの寝顔を守れるようにこれからも頑張っていこう。


 そう思いながらアックは眠りについた。

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