第010話 首狩り、もふもふを助ける
「どこに行くんだ?」
「北の森だ」
「そうか。気を付けてな」
北の森には豊富な資源があり、モンスターが生息していて、この街の冒険者たちの稼ぎ場の1つとなっている。
しかし、今は本来生息していないはずのエルダートレントが現れて犠牲者が出てしまったため、冒険者たちは森に入るのを避けていた。
こんな異常事態は数十年ぶりで、穏やかなカーム王国でも割と大きな事件になっている。
門番もそのことを知っていたので、目の前の男がその討伐依頼を受けた凄腕の冒険者だと勘違いしてしまった。
「ああ」
そんなこととは知らないアックは返事を返して街の外に出る。
ティナの傍にはスノーがいるし、宿の店主には念を押してきたとはいえ、ティナが心配だ。アックはできるだけ早くエルダートレントの死体を持って帰ってくることに決めた。
足に本気で力を込めて走り出す。
――ドンッ
腹に響くような重低音の直後、アックの姿は一瞬で豆粒のように小さくなった。
「ひぇええ……」
門番はアックの予想以上の凄さに度肝を抜かれて呆然とする。ただ、我に返った時に、アックなら必ずエルダートレントを倒してくれると確信した。
「あれが北の森か」
5分も走ると、目的地である北の森が見えてくる。
本来北の森まで普通の大人が歩いて数時間以上かかる距離にあり、走っても少なくとも1時間はかかる。
しかし、アックにそんな常識は通用しなかった。
本来北の森は青々としていて、美しい見た目のはずなのだが、暗く、不穏な空気が流れている。
しかし、アックは特に気にすることもなく、森の中へと足を踏み入れた。
強い気配目指して森の中を走っていると、無数の木の蔓がアックを突き刺そうと迫る。
「ふんっ!!」
アックはその全てを一度大剣を振っただけで薙ぎ払う。
さらに地面からいくつもの木の根っこが突き出してくるが、そのどれもがアックの強靭な肉体を傷つけることさえできない。
「トレントの巣か……」
アックはこの状況には何度出くわしたことがある。
周り全ての木がトレントになってしまった場合、このように中に入ってきたものに一斉に襲い掛かる。
そして、決まって巣の奥にはエルダートレントがいる。エルダートレントには一定範囲の樹木をトレントに変えてしまう特性がある。
そのせいでこの辺り一帯の木がトレントになってしまったのだろう。
1度トレントになってしまった木はエルダートレントを倒しても元には戻らない。切り倒す以外に対処する方法はない。
「はぁああああああっ!!」
襲い掛かる木の根や蔓を無視して、アックは思いきり回転するように剣を振った。
すると、アックの周囲の木が全て斬り裂かれ、宙に舞う。
それだけでトレントは全滅してしまった。
普通の木の木材より、トレントの木材の方が価値が高いので、無駄にしないためにもアックは数百本の木をマジックバッグの中にしまい込んだ。
「エルダートレントはあっちか」
アックはひと際大きな気配を感じる方向へと走る。
「クゥゥ……」
そこで動物の苦悶の声がアックの耳に届き、それと同時にアックのもふもふセンサーが反応した。
その瞬間、アックはさらにスピードを上げて声の許へと走る。
数秒ほど走った先で、木の蔓に絡めとられたモンスターの姿が見えた。
そのモンスターは体と変わらないくらい大きな尻尾を持ち、短い手足のデフォルメされたような可愛らしい狐型モンスター。
名前はビッグテイル。
アックが求めてやまないもふもふモンスターだった。
「もふもふに手を出すことは俺が許さん!! はぁああっ!!」
怒りと共に剣を振うアック。
それだけでビッグテイルを捕まえていた蔓が全てズタズタに引き裂かれ、ビッグテイルが解放された。
アックは一瞬で落下地点に移動してビッグテイルを受け止める。
アックの腕の中にモフっとした尻尾の感触が広がった。
その何とも言えない感触にアックは天にも昇りそうな気持ちになる。
「クククゥッ!!」
しかし、ビッグテイルの焦って何かを訴える様子に我に返った。
「どうした?」
「ククゥッ!!」
ビッグテイルがアックの腕の中から飛び出して走り出す。
アックはその後を追った。
すると、その先でアックの瞳に空中で囚われた複数のビッグテイルの姿が映し出された。
「はぁっ!!」
先程と同様にビッグテイルたちを捕えている蔓を斬り裂いて解放すると、
「ガガガガガガッガッ!!」
その奥の通常のトレントの10倍以上の大きさがある樹木が動き出し、鳴き声のように異音を鳴らした。
この樹木こそエルダートレントである。
「クゥッ、クゥッ」
そして、エルダートレントから伸びる蔓にはまだ幼いビッグテイルが捕らえられていた。
「死ね」
もふもふの、しかも幼子に手を出したこと。
それは、アックの逆鱗に触れた。
アックは剣を振り下ろす。
「ガガガガガァアアアッ!!」
アックから遠く離れていたにも関わらず、エルダートレントは真っ二つに両断され、左右に分かれて倒れ、そのまま動かなくなった。
緩んだ蔓から解放された幼いビッグテイルを受け止め、群れに帰す。
「クゥッ!!」
「ククゥ!!」
「クゥッ!!」
ビッグテイルたちはお互いの無事を喜び、嬉しそうに舐め合っている。
アックはその光景を眺めて、守れてよかったと思った。
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