第008話 首狩り、店舗兼自宅を買う

 次の日、アックが目を覚ますと外はすっかり日が昇ってしまっていた。


 今までは、脅威が迫ればすぐに目覚めるくらい眠りが浅かったはずなのに、昨日は相当深く寝入っていたらしい。


 これほど油断したのは傭兵団に入る前以来だ。少し平和ボケしているのかもしれない。


 ティナとスノーもまだグーグーと寝息を立てて眠っている。やはり旅の疲れが溜まっていたのだろう。


「う、うーん」


 長い時間寝ていたせいか、身体が凝り固まっていたので、アックは二人を起こさないように体を起こして大きく伸びをした。


「キュウ?」


 衣擦れの音やアックの声でスノーの耳がきょろきょろと動き、目を覚まして顔を上げる。


「冒険者ギルドに行ってくる。ティナを守ってくれ」

「キュッ」


 アックはベッドから降りて支度をしながらスノーに頼んだ。


 冒険者ギルドではティナを退屈させるだけなので、一人で昨日のモンスターの買い取り査定結果を確認しに行く。


「アック様、査定が終わっております。こちらへどうぞ」

「分かった」


 受付嬢に案内され、応接室へと通された。


「少々お待ちください」


 受付嬢が席をはずし、沢山の袋を抱えた数人の職員と共に数分程で戻ってきた。


「こちらが査定金額となります」

「金貨1248枚か」

「不服ですか?」

「いや、問題ない」


 金貨1枚は一般人がひと月くらい余裕で暮らせる金額。その1000倍以上。店舗を買うにしてもこれだけあれば十分だ。


 ただ、アックの傭兵時代の報酬はさらに桁が違ったが。アックを擁する明星の鷹が参戦すれば、その陣営は100%勝利するのだからそれも当然だった。


 そして、アックが貯めた資金も莫大だったりする。


「それではまたのお越しをお待ちしております」


 一度宿に戻ると、ティナが目を覚ましていた。


「勝手に置いてっちゃダメ」

「悪かった」


 しがみついてきたティナを宥め、商業ギルドへと向かう。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件ですか?」

「カフェを開きたい」

「へ?」


 アックが要望を述べると、受付嬢は目を丸くする。


 受付嬢は怯えることはなかったが、強面でいかにも戦士や武闘家のような見た目の男が、カフェという似つかわしくない単語を口から発したので驚いたのだ。


「どうかしたか?」

「い、いえ、なんでもありません。そうですね、これから商業ギルドへのご登録となると、まず不動産の購入は認められません。賃貸での営業からになります。一定の上納金を納めていただくことで、シルバーランクまで上げるか、大きな後ろ盾があれば、その限りではありませんが」


 誤魔化して話を続ける商業ギルドの受付嬢。


 賃貸だと、自由に改装できないので店舗にこだわるのが難しそうだし、傷などに気を遣って営業するのも嫌だったので、アックとしては土地ごと購入してしまいたかった。


 拠点にしていた国からは遠く離れているので後ろ盾なんてない。


 だが、金ならある。


「シルバーランク。いくら必要なんだ?」

「金貨1000枚になります」

「ではこれで」

「は?」


 マジックバッグから硬貨の入った袋を取り出して、金貨千枚に相当する硬貨を差し出した。


 まさか、冒険者のような見た目の人物がそれほどの大金を持っているとは思わず、再び呆けた声を出す受付嬢。


 こんな戦争とは無縁の平和な街に世界最強の傭兵首狩りがいるなんて誰が想像できようか。


「足りなかったか?」

「い、いえ、大丈夫です!! すぐにギルドカードを発行いたします!!」


 ようやく上客だと理解した受付嬢は急いでギルドカードを作って戻ってきた。


「それで、どのような物件をお探しですか?」

「広い庭があり、造りに余裕のある店舗兼自宅が欲しい」


 やはりティナにも可愛いモンスターたちにも広い場所でのびのびと生活してもらいたい。


 だから、従魔とティナが走り回っても窮屈に感じない庭と、狭苦しさを感じさせない内装の物件が必須だ。


「そうなりますと、郊外の土地になりますが、大丈夫でしょうか?」

「問題ない」


 街の中だとどうしても土地が限られて家が狭くなってしまう。その分街の外では土地を広くとれるので、家のサイズにもゆとりができる。


 ただしその場合、家がモンスターに襲われる可能性があった。


 でも、アックかスノーがいれば撃退できるので、それは何の支障にもならない。


「分かりました。今ご紹介できるのは一軒だけになります。見にいかれますか?」

「頼む」

「承知しました。ご案内いたしますので、正面入り口の前でお待ちください」


 アックたちは受付嬢が回した馬車に乗り、郊外の物件を目指す。


「ここになります」


 案内された場所は、周囲を木製の柵で覆われていて、牧場のように見えなくもないくらい庭は広い。


 その中心に、少し色あせて味のある色になった屋根の家が建っていた。


「どうだ?」

「良いと思う」

「キュッ」


 第一印象はアックもティナもスノーも合格。


「それでは、中をご案内しますね」


 アックたちは受付嬢の後に続いて中に入る。


 魔法使いが住んでいそうな幻想的な内装で、オシャレな雰囲気の店舗スペース。


 それに、居住スペースには、大きなベッドを置けば、従魔たちと一緒に寝られそうな程広い寝室と、従魔達と一緒に入れそうなくらい大きなお風呂もついていて、廊下もアックとティナが並んで歩いても尚も余裕のある程に広く造られている。


「ここを買おう」

「ありがとうございます」


 悪い点は見つからず、即決でこの物件と土地を買うことに決めた。


「これであの土地と物件はアック様の物となりました」


 商業ギルドに戻り、購入手続きを済ませ、アックは念願の店舗を手に入れた。

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