第11話 自問自答

 立川涼真。

 白い狐を守護霊として契約し、莫大な霊力を引き出す怪物じみた祓魔師。


 未だクラス分けはされていないが、その霊力の純度からして恐らく『クラスⅠ』に並ぶ。つまり最強候補。


 そんな彼は今、またしても誰かを助けるために立ち上がった。


「先生!」


 自分の身を案じて戦いから遠ざけようとしてくれた、優しき先生を。

 瞳に哀愁さえ漂わせた、今はどこか小さく見える、かの教師を。


「――あなたは」


「クソ、乱入者……もしかしてあれが!」


 常闇を貫くはずだったナイフが寸前で止まった。

 血川が動揺して声を荒らげる。

 彼女の視線の先には一人の少年、そして。


「守護霊――」


 少年の背中に侍っているのは、黒いモヤだ。

 その輪郭を正確に捉えることはできない――蜃気楼のような揺らめき。

 だがそれは周囲の力場を歪め、圧倒的な存在感を放ち、ここに顕現する。


「あなたが誰だか僕は知らない」


 紡ぐ。

 きっとそれは、瑠動の時と同じだった。


「でも、僕を助けようとしてくれた先生を殺そうとしてるのなら」


 常闇が殺されそうになっているのを見て。

 決して二人の関係は深くないけれど。

 それでもちゃんと怒れる。

 儚い命が奪われる理不尽に対し、異を唱えられる。


 ――果たしてそれが出来る祓魔師が、この世に何人いようか。


 人の命なんて容易く散る世界――だからこそこのような存在は強靭なものにしか務まらない。


 強靭とは身体的要素ではない。

 つまり言えば、『心』。


「僕は許さない」


 告げて。

 次の瞬間には、常闇の前へと盾になるように立ち塞がっていた。


「まさかあなたが、噂に聞く立川涼真?」


「だからなんだ!」


「だとしたら分が悪いと思ってね。獄式は霊力をかーなり消費するから同じ手は使えないし」


「なら、ここで倒す――」


 言って、前へ踏み出す。

 眼前――ゴスロリ姿の少女へ。


「――な!?」


 しかし、その勇ましい突撃はすぐさまに止まった。

 原因は立川と少女の間にある『透明な壁』。

 すなわち――結界。


「■■■、お願い!」


『――――!!!!』


 守護霊が唸り、後方から凄まじい霊力が飛んでくる。

 地面を抉る勢いで放たれたそれはまさしく『規格外』――それに尽きる。


 ものすごい爆発が起き、結界が音を立てて崩れた。


「…………あれ」


 しかし。

 もう既にそこに少女の姿はなく。

 結界を囮にどこかへ逃げたということだけが分かり。


「先生、どうしますか!?」


「――――え」


「アイツのことです。追いますか!?」


「…………」


「先生?」


「私、は……」


 既に獄式は解除され、自由を取り戻した常闇。

 しかし一切動くことはなく、地面に膝をついて呆然としていた。


 ――私がすべきは。


 ――私が、すべきは。


 ――私が、すべ、きは。


 虚空を見つめる常闇。

 二度と会うはずがないと思っていた教え子との再会を果たし、それがどうしてか敵だった。渋谷駅の虐殺が彼女の仕業だというのは揺るぎない事実、故に彼女は処刑対象。


?」


 過去を思い出し、拳を握りしめる。

 忸怩たる思いでずっと生活してきた。

 今までずっと。

 同じ過ちを繰り返さないように、努力と研鑽を重ね、『クラスⅡ』まで至った。


 ――なのに。

 ――なのに。


「私は、どうすれば」


 己の指針――再度問う。

 あるはずのない幻影を前に、亡くしたはずの少女へ。


「私は――」


 血川結衣を、どうすれば。


 ――私は。

 ――私は。


◆◆◆


 ユーリッヒとの決着をつけた如月。

 さて次はどこへ向かおうかと思案していた彼は。


「先生〜!」


 前方から走ってくる少女を見つけた。

 超然団を片付けた時もこんなことがあったなと思いながら、


「なんだ、か」


「もう〜先生、また置いていって!!」


「ごめんごめん」


「私、どれだけ探したと思ってるんですか!?」


「ところでこの辺に美味しいクレープ屋さんが――」


「なぁぁぁい!! そんなものは無い! 前だってそうやって騙しましたよね! 物で釣るなんて卑怯な……私だって祓魔師なのに!」


「バレたか」


「バレバレですよもう! ……それで、次はどこに向かうんですか?」


「雑魚い祓魔師どもが渋谷で一般人を殺しまくってる。俺はそれを片付けてくるよ」


「私もついていっていいですか!?」


「ダメに決まってるだろ」


 仲睦まじく繰り広げられる会話。

 しかし傍から見ればそれは、おかしな光景だった。


 ――






◆◆◆


 かの冷血にして冷徹の教師は言った。

 ――『』と。

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