第9話 渋谷殺戮

 渋谷駅にて。


「あなた達『超然団』はアジトを襲撃され、指導者を失った。本来ならそのまま空中分解される」


 床に座ってそう口を開いたのは、黒いゴスロリを着た白髪の少女だ。バンダナのせいで顔の下半分は隠れて見えないが、それでも人形のように儚く美しい顔は揺るがない。


 そんな彼女は、邪悪な笑みを浮かべていた。


「何が言いたい」


 少女を取り囲むいくつもの人影。

 数にして約三十。

 その中でも仮のリーダー的存在であろう男が一歩前に出て少女に問いかける。


 対して少女は――、


「超然団の悲願と私の目的は利害が一致するの。だから、祓魔高の祓魔師殺しに加担してくれる?」


「我々が、今は亡きかつての指導者を捨て、お前の元につけと?」


「そうは言ってないよ。目的を果たすためなら手段を選ぶなってこと。別に君たちに期待はしてないけど、大海にコップの水を足すぐらいには貢献できるかもね」


「舐めやがって、このガキが」


「――言葉に気をつけなよ」


 ただならぬ本能のざわめきに、思わず男が一歩下がる。

 先ほどまで立っていた場所が、刹那、不可解な力で抉られたのだ。

 高純度の霊力。規格外のそれを地面に押し当てたのだと知る。まさしく驚天動地。勝てる余地を少しも残さない圧倒的な力を前に、男はただ奥歯を噛むことしかできなかった。


「君たちはざっと見積もってクラスⅣからⅢ。『』の私に歯向かうなんて自殺行為に等しいよ?」


 ――――そうして。


 そんな会話が繰り広げられた数分後。

 渋谷駅にて大量無差別殺戮が開始。

 地上で起きた爆破テロから避難してきた一般人が大勢殺される。


 『クラスⅡ』祓魔師――常闇恭二が駆けつけるまでの九分間、それは存分に続いた。


◆◆◆


 十八時四十九分。

 如月魁斗はスクランブル交差点の中央に立っていた。

 数メートル先に、標的がいる。


 奇しくも『口裂け女』の時と同じような状況にウンザリしながら、彼はゆっくりと息を吐いた。


「ここには嫌な思い出しかないんだが」


「おい」


「……んあ?」


 如月魁斗。

 またの名を――『最強の祓魔師』。

 そんな異名を持つ規格外の怪物に向かって、とある『男』は怒りをぶつけた。


「貴様――如月魁斗、だな?」


「いかにも。逆に俺はお前のことを知らないんだが?」


 ふつふつと。

 如月の正面に立つ男の顔が険しく、怒りに満ち満ちていくのを感じる。


「――――」


 男にしては珍しく、腰まで伸びたロングの金髪。

 後ろ姿だけ見れば女性かと勘違いしてしまうが、顔面は男らしく、それが女装ではないことぐらい人目で分かった。


「髪長ぇな、切れよ」


「――余の名前はユーリッヒ・ゲルシム。これで理解したか? 余がなぜ貴様に挑むのか」


「ゲルシム…………」


 顎に手を当てて思案する如月。

 その複雑そうな顔を見て、ユーリッヒ・ゲルシムは吐き捨てるように問いかけた。


「なぜ余の弟を殺した」


 対して如月は顔を上げ、どこか決心したようにユーリッヒの瞳を見つめる。その真っ直ぐな視線に貫かれ、流石のユーリッヒもたじろいだ。


 そして、紡がれる。

 最強の口から――――。


「誰だっけ?」


 心の底から。

 何の心当たりもないと。

 眼前に立つユーリッヒが絶句するのも理解不能とばかりに、そう言ったのだ。


 ついに限界を迎える。

 ユーリッヒは掛け値なしに燃えてしまいそうだった。


「ゲルシムは! 余の弟! お前が森林で殺した金髪の男のことだ!」


「ああ、そういう……確かにお前も金髪だし」




「――死ね」




 怒りの炎が燃え広がった。

 一瞬にして交差点を火の海に変えて、真っ赤な火と血で全てを焼き尽くす。


 乗り捨てられた車からのブザーだけが辺りに鳴り響き、もはやそこに生者はいなかった。


 ――そう、如月魁斗以外は。


「すごい火力だ。霊力による炎――悪くない」


 火の海。

 真っ赤な渦中、依然――最強は屹立していた。


「霊力で作るシールド――『障壁』か。確かにその純度であれば並大抵の攻撃は防げよう。だが――」


 ユーリッヒが忌々しそうに呟き、そして。


嶽炎極術がくえんごくじゅつ――壱」


 火柱が天高く伸びる。

 さながら竜巻のように辺りを席巻しながら、それは如月を飲み込む。上下左右、逃げる余地などない。近距離戦であれば必中の術――しかしこれを受けてなお、如月は負ける気がしなかった。


 ――必中とて。

 ――必殺ではない。


 そもそもの前提として。

 ユーリッヒと如月では、霊力の純度に大きな差がある。

 つまりは『攻撃の質』が異なるため、如月の周囲に展開されている障壁を破るのは容易くない。


「それだけって訳じゃあないだろ?」


 如月が言うと、真っ赤な炎の奥に立っているはずの、姿の見えないユーリッヒが、微かに笑った気がした。


嶽炎極術がくえんごくじゅつ――弍」


 周囲を席巻する炎。

 もはや如月の視界は紅一色に成り果てているが。

 その『紅』が突如として。


「黒炎、か」


 そう呼ぶに相応しい、真っ黒な炎へと変貌を遂げたのだ。

 煤や黒煙とは違う。

 漆黒の色を持ちながら、未だ燃焼を続ける炎。


 ――刹那。


 ――――ピキッ、と。


「ん?」


 

 絶対に破られないと踏んでいたシールドが、覆されんとしているのだ。


「余が使う霊術――『嶽炎極術』の弍は、相手の強さによって出力が変わる」


 相手が強ければ強いほど、嶽炎極術の力も強くなる。

 つまりこの霊術は、格上と戦う際に最も効果を発揮するということだ。


 ――欠点はある。


 相手が弱ければ出力も弱くなり、その間に他の祓魔師から攻撃を受ければ、出力の調整が間に合わない。

 接敵し、『壱』で対象を設定――『弍』で順応する。そういった手順を踏まなければ発動しないからだ。


 しかしそれも、この場においては克服したと言っても過言ではない。


「やってくれたな、お前」


 如月が顔を顰めて言った。

 それは――、


「交差点に結界を張ったな。他の祓魔師が介入できないように」


「貴様なら余より強い霊力で結界を破ることが出来るだろう?」


「そんな、まんまと罠にかかるようなマヌケじゃねぇんだよ、俺は」


 如月が結界を破るために力を使えば、それに順応して『嶽炎極術』が更に強く出力されるようになる。

 これ以上強くなれば、如月の障壁が破られかねない。


 有り体に言えば、ユーリッヒの『必中攻撃』が『必殺攻撃』になるのだ。

 防御を失った如月には当たり前だが攻撃は通る。いくら最強と謳われる祓魔師でも負けは存在する。


「チッッ」


 霊術――その仕組みを理解しての舌打ち。

 それはつまり、ユーリッヒの作戦が的を射ているということで――。


 醜く笑ったユーリッヒは、燃える炎による熱風で金髪を揺らしながら、呟いた。


「投降するなら今だぞ」


「お前は弟の仇を取りに来てんのか、俺を手の内に添えたいのか、どっちだよ」


「あ?」


「芯がブレてるんだよ」


 投降を提案され。

 しかし如月はそれを嘲笑った。

 なぜなら――、


「仇を取りたいなら、俺への攻撃を止めるべきじゃなかった」


 刹那。

 如月の口がぶつぶつと動き、何かを詠唱する。


「なッ――!?」


 それが何かの前触れだということはユーリッヒにも理解できた。しかしこの規格外を前に、何が来るかなど想像に及ばない。


 そもそも想像出来ていれば、という博打じみた霊術など使わない。


 だからユーリッヒは、如月の技を甘んじて受け入れるしかなかった。対処できるかどうかは未知数。しかしこれ以外の道を閉ざされ、彼は一歩前に出る。


「どう来る、如月ッッ!!!!」



「獄式――発動」



 ピンと張り詰めた空気。

 息も忘れるほどの焦燥が襲いかかり。

 次の瞬間――。


「動、け――ん」


 障壁が解除。

 どんな攻撃も通る状態になった如月は、へ向けて超高速で飛び立つ。


「嶽炎極術の出力が、出来ん!!」


 さながら弾丸。

 ある人が見ればそれは、『口裂け女』との決着の瞬間に似たものだと評するかもしれない。


 ――正真正銘の最強が繰り出す、本気の一撃。


「『獄式』を使うか。化け物が……」


 獄式。

 それは世界に三人しかいない『クラスⅠ』のみが使える、霊術の極地。頂点へ至った者だけが使える霊術だ。


 対象に『契約』を強制的、一方的に結ばせ、その場に拘束する。同時に対象は魔術・霊術・呪術など全ての『異能』の行使が禁止される。


 『契約』の解除方法は二つ。



 ――一分の経過、あるいは契約主からの一撃。



 如月が一分も放置する訳がなく、必然的に残されたのは後者のみ。

 たった一撃を真っ向から受けることで、『獄式』の効果は解除される。


 しかし腐っても『クラスⅠ』。

 その一撃が持つ意味は何よりも重たく――。


「――爆物装術」


 動けないユーリッヒに向かって。

 揺るぎない勝利の一撃が突き刺さった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る