第6話 火種
「アンタ、何考えてんの? 二年生と転校生をあんな危険な任務に向かわせるなんて!」
祓魔高の職員室にて。
如月のデスクへズカズカと歩み寄ってきた夏海が、顔をこれでもかと歪めて怒ってきた。
「俺にも考えがあんだよ、
「しょうもない理由だったら、引っぱたくわよ」
あまりの怒りように肩をすくめた如月は、そんな軽薄な態度とは打って変わって、声色を低くして言う。緊張感の滴る一瞬、その言葉に、他の職員たちも思わず動きを止めてしまい――、
「じきに『戦争』が始まる。そのための訓練だよ」
そう、ぽつりと。
決定的な一言が、静かな職員室に響き渡った。
◆◆◆
結界。
黒色のモヤがかかった壁の前に立ち、立川は一人で呟いた――否、一人と一体だ。
「お願い、仲間を助けたいんだ」
『■■■■■■■■■■■■』
「ありがとう」
刹那。
立川の周囲の力場が歪む。
ものすごい量の霊力が辺りを席巻し、それは一箇所に凝縮されていく。
「死なないでくださいよ、瑠動さん」
――結界を破るには、大まかに二つの方法がある。
その壱、結界を発動させた術者本人を倒す。
その弍、高火力の一撃で結界自体を破壊する。
術者本人を倒す場合、結界外に術者がいる必要がある。
今回の『結界主』であるテケテケは瑠動を殺すべく結界内に入ったので、前者は不可。
つまり、この結界を破るには――。
「霊力装填」
全力で結界を叩く。
立川と契約した■■■の力を使って。
「死ぬなッッ!!」
小型の太陽が射出され、地震よろしく凄まじい衝撃が一帯を襲った。
明確な手応え。
直後、ガラスの割れるような音と同時、結界が破れる。
すかさず突入――。
「――――」
瑠動は見るも悲惨な姿だった。あと少し突入が遅れていればどうなっていたかは想像にかたくない。
血まみれの瑠動は手当てが必要だが、今はまず。
「脅威の排除!」
訳も分からず祓魔高に入学させられたが、仲間は仲間だ。今朝だって一緒に話した――その時点で友達なのだ。
それは、この事態を怒るに相応しい理由だった。
一度言葉を交わせば――否、交わしていなくとも、救ってしまう。立川涼真はそんな人間であり、彼と契約した■■■も、それを望んでいる。
だから、ここから先は早かった。
「――――死ね」
霊力。
それは祓魔師が扱う一番強力な力。
それを限界まで凝縮し、拳にまとわせる。
一種のメリケンサックのように固まった拳。
それが、結界が破られたことで唖然とするテケテケに向かって放たれた。
「――――!!!!」
打撃が上半身のみの女を吹き飛ばし、大木に叩きつける。遅れてやってくるのは、インパクトの直後にテケテケの体内へと流れ込んだ高純度の霊力。
■■■から直接与えられたそれは、体の内側から膨れ上がり――、
「終わりだ」
緑が生い茂る山々。
その一部が、生温かい鮮血――その極彩色によって彩られた。
怪異には似つかわしくない、生々しい色だった。
◆◆◆
「大丈夫ですか!?」
倒れた瑠動をそっと抱きかかえて呼びかけるが、返事はない。
「脈はある。まだ、まだ間に合う!」
テケテケは倒した。
脅威は去ったから、あとは瑠動を助けるだけ。
そこで立川は、今の今まで隠れていた二人を呼ぶ。
「来てください、二人とも!」
陰で隠れていた二人がこちらに走ってくるのを確認し、立川は自分の着ていたブレザーを脱いで傷口を縛った。とはいえ、太ももに左腕――右胸など、傷はかなり多い。気休め程度の処置をしていると、ようやく二人が到着した。
「これは――結界内で、何があった……」
「じ、淳也……」
内気そうな少女――琴音。
その隣に立っているのは、ショートカットの金髪が特徴的な背の高い女性――
彼女は瑠動へと駆け寄り、手のひらを差し向ける。
「私が治療する」
「治癒魔術が使えるんですか!?」
「ああ、私の役割はそれがメインだからな」
魔力が傷口の表面を覆い、徐々に塞がっていく。
まるで逆再生でも見ているかのような光景に、立川は息を呑む。しかしそれでもまだ、瑠動の命の安全が確保された訳ではなかった。
「血が足りない。いくら治癒魔術とはいえ、失った血液を取り戻すことはできない。応急処置はしたから、早く病院へ――――」
「――それはしなくてもいいよ」
ふと、そんな声が聞こえた。
真夜中の森林。風に揺られる木々の奥――静寂の中、たった一つの声が木霊する。
ひどく優しげで、それでいて突き放すような無感情。
「誰だ」
「ひっ……」
琴音が怯えた声を出して、立川の後ろへと回った。
庇うように立ち上がり、立川は声のする方を見やる。
「初対面の相手に向かって『誰だ』なんて、礼儀もへったくれもないな」
木の奥に、居る。
実際に目視している訳ではないが、立川と同様、周囲の力場が歪んでいることからその存在を知覚する。
「…………誰だ」
再び問うと、明確なため息があった。
呆れていると――それをこちらに意図的に伝えようとするため息。それだけで、この場の空気が凍るような緊張感で満たされた。
「人に名前を聞く時は、まず自分が名乗る。こんなこと、常識の中の常識でしょ?」
明確な敵意を感じ取り、すぐさま臨戦態勢に――。
「――――後ろ!」
気づいた頃には、既に眼前へ
背後。
宙を飛んでの、回し蹴り。
存分に勢いをつけた迫真の蹴りを防ごうにも、もはや残された猶予が少なすぎる。
『■■■■■!!』
即座に張った霊力のシールドを無理やりこじ開け、直撃。踵は
地面に倒れ、視界が明滅する。
上下左右の感覚が分からなくなり、立ち上がることすらできなかった。
「早すぎる……瞬間、移動?」
「うむ、一発で僕の霊術を看破したことは褒めてあげよう。どのみち死ぬ運命だ。僕も鬼じゃない。それくらいの功績は讃えてあげよう」
「他の、みんなは――」
「用が済んだら、全員殺すよ?」
瑠動の治癒に集中している一ノ瀬、その背中に手を置いて魔力的な補助をしている琴音。二人の方を見やって、いとも簡単にそんなことを『奴』は言った。そしてこう続ける。
「本命は最強の祓魔師――如月魁斗なんだけどね。まずは周りから削っていく。教え子が殺されるなんて、メンタル消耗しちゃうでしょ」
爽やかな笑みを浮かべる彼の顔は、猟奇殺人犯のようだった。殺しに快感を得る狂者。同時に、立川では絶対に勝てない強者でもあった。
「今際の際だ。何か言い残すことは?」
「…………死ぬつもりはない」
■■■との契約を忘れるな。
ここで無様に死ぬなんてことはあってはならない。
かつて守れなかったから、こうして戦っているのだろう。
そしてなにより。
ここで立川が負ければ、同級生の瑠動、琴音、一ノ瀬の死が確定する。
眼前に立つ男の正体は不明だが、今はただ、奴を撃退する。
――――男。
改めて見れば、それは日本人ではなさそうに見えた。
ボサボサの金髪は寝起きのようで、パジャマのまま来たようなみすぼらしい格好だった。そんなふざけた姿とは相反して、とても簡単に勝てる相手ではない。
次の一撃で、殺されているかもしれない。
そんな、漠然とした『強者』への恐怖。
ただし。
それは、たった数秒前までのことだ。
「おい」
新たにこの場へ踏み込んできた男。
それだけで、森の空気が一斉に変わる。
金髪の男もまた、ニヤリとした笑みを浮かべて顔を上げた。
「本命は俺、だったか?」
――――最強の祓魔師。
そう評された男は今、紛うことなき狂者に向かって、その牙を存分に見せつけていた。
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