第3話 邂逅

 ――口裂け女は世界を揺るがす最凶の怪異だった。


 だから、今まで対立していた『組織』たちは、口裂け女の討滅を期限に一時休戦していた。


 祓魔高と対立する組織――『超然団』も、その一つだ。

 目的は怪異を使って誰も逆らわない世界を創ること。

 当然、そんなことは許容されず、こうして祓魔高から戦闘員を派遣されて壊滅する運びとなったのだが。


「次の任務よ、如月」


「相変わらず人使いの荒いやつだ」


「うるさいわね。私だって好きで命令してる訳じゃないの。……これも全部、統括会からの伝言よ」


「祓魔界では表向き、俺は死んでることになってるからな。ノーマークで動けるこの状況を存分に利用しようってことだろうよ」


 つまり、次の任務も他組織への襲撃。

 そんなことだろうと思っていたのだが、予想は違った。


「いいえ、次の任務は『怪異』の討滅よ」


「事ここに来て、『怪異』の討滅任務だと?」


「とてつもない霊力を観測したの。今の祓魔界には、ここまでの霊力を扱える人なんて如月の他にはいないわ。十中八九、『怪異』の仕業よ」


「強さは?」


「少なくとも『クラスⅡ』、下手すれば『クラスⅠ』の可能性もあるわ」


 『クラスⅠ』と言えば、あの口裂け女と同じ階級だ。

 最高クラスとはいえその強さはピンキリだが、少なくとも如月以外の祓魔高の術師が対応できる案件ではない。


 ただでさえ口裂け女の一件で多くの祓魔師が死んで、人員不足なのだ。優秀な人材はほとんどいなくなった祓魔高において、それを補うのは全て如月きさらぎ魁斗かいとただ一人である。


 ――だから、改めて。


「本当に、人使いの荒いやつだ――統括会あいつら


◆◆◆


 それは住宅街の一角。

 日をまたいで二時間ほど経った真夜中、微かな街灯を頼りに如月は道路を歩いていた。左右には現代的な民家が乱立しており、時間も時間なので電気はついていない。


「暗いな。まさしく怪異日和だ」


 閑静な住宅街だが、如月の目的地はすぐそこにある。

 曲がり角の奥――住宅の間を縫うようにあるのは、簡素な公園だ。錆びたブランコと小さな滑り台。たったそれだけの、古びた公園。そのベンチに腰かけている影が、如月の標的だ。


『――――気配』


 座ったまま街灯に照らされる“ソレ”。

 人間用に作られたベンチではサイズが合わないほど大きなガタイは筋肉質で、血管が浮かび上がっている。まるで限界まで仕上げたボディービルダーのようだ。

 背丈は座っているので明確には分からないが、二メートルはゆうに超えているだろう。


「さながら巨人だな」


『――――敵意』


 一言だけ発した“巨人”は、のそりと立ち上がった。

 改めてその巨躯に圧倒されるが、それが戦闘力に紐づけられる訳ではない。現に、如月魁斗は平々凡々なスタイルにも関わらず、現代最強の祓魔師なのだから。


 だから、如月は怯えなかった。

 その必要が微塵も感じられなかった。


「霊力装填」


 まずは手始めに、霊力の塊を打ち出して爆発を起こす霊術――爆物装術をお見舞いしてやろうと、銃に見立てた手を構えたが、しかし。


 圧倒的な火力を誇る如月の霊術が、世に放たれることはなかった。


「――なっ!?」


 如月が驚きの声を上げた直後。

 巨人の体が吹き飛ぶ。公園の金網フェンスに叩きつけられ、閑静な住宅街に轟音が響き渡った。


 凄まじい威力は、如月が攻撃を放つ直前の話だ。

 つまりこれをした張本人が近くにいるはずで、それが祓魔高所属の如月以外の術師では成せない所業だと理解すると同時、嫌な予想が脳内を駆け巡った。


 ――敵対組織の連中なのでは、と。


「大丈夫?」


 ――その時。


 思考を巡らせる如月の背後で、声がかけられる。

 最強の祓魔師であるあの如月でさえ身震いさせるほどの違和感、これは、これは――。


「大丈夫?」


 心の底から心配するような声だ。

 しかし如月は、辺りを支配する圧倒的な違和感から意識を離せなかった。


「俺は大体、人や怪異の気配は分かる。魔力や霊力の微かな動きがあるからな」


「……?」


?」


「歪み……? もしかして、僕の性格のこと言ってます?」


「言ってねぇよ!」


 言いながら、振り向く。

 最強の祓魔師と呼ばれる如月の警戒を最大限まで引き出した者の正体を、この目で確認するべく。


「お前……」


 眼前、如月を心配そうに見つめているのは、どこにでもいそうな平凡な高校生だ。

 制服を着た、スポーツ刈りの爽やかな少年。


 てっきり敵対組織の連中かと思っていたので、あてが外れて首を傾げてしまったが、そもそもこの少年が、最低『クラスⅡ』はある怪異を一撃で葬った張本人なのだ。気を抜く訳にはいかない。


 しかし、そんな如月の思惑とは反対に。


「夜は危ないので、歩き回らない方がいいですよ。人ならざる存在が襲いかかってくるのも稀じゃありません」


「チッッ」


 親切な忠告を受けた如月は、。人差し指を少年へと向けて、即座に呟く。そこには一切の躊躇も、逡巡もなかった。


 構えてから発射までわずか二秒。


「――爆物装術」


 少年の目が見開かれる。

 指先に収束した光の塊を目の当たりにしたからだ。

 そしてそれは、生存本能を揺るがす最凶の一撃であり――、


「う…………あれ?」


 静かに立ち上がった巨躯が撃ち抜かれ、生温かい血が撒き散らされた。それは少年の背後――ベンチ付近に倒れていた『クラスⅡ』の怪異だ。


 まだ死んでいなかった怪物にトドメを刺して、如月は改めて少年の方を見やる。


 お互いに『戦う力』があることを知った両者は、怪訝そうに目を細めるが――、


「俺は如月魁斗。お前は?」


立川たちかわ涼真りょうま


「なあ立川、お前、?」


「? 人間だけど。学校にも通ってるし」


 仕留めきれなかったものの、『クラスⅡ』の怪異に致命傷を与えるほどの一撃をお見舞いした柊は、きっと、祓魔高の術師のレベルより遥かに高い。


 だから、如月は迷うことなく言った。


「立川、お前はもうすぐ転校することになる。準備しとけ」


「転校? 一体どういうこと!? ねえ、ちょ、如月さん!」


 それだけ言い残して、ひとまず如月は祓魔高へ帰ることにした。立川が着ている制服から、通っている高校は把握できる。上層部にかけ合ってから、また後ほど彼を『確保』しよう。


「如月さん!」


 後ろから呼びかけてくる立川を無視して、大きく飛び上がる。街灯や屋根などを転々と飛び移り、高速で移動する。


「凄まじい――力場が歪むほどの霊力。アイツは、一体なんなんだ……」


 さながら猿のような所業を成しながら、如月は呟いたのであった。

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