第2話 超然団

「なぜお前がここにいる……如月ッッ!!」


「なんでって、そりゃ当たり前だろ。今まで一時休戦してたのは『口裂け女』に対処するためだ。それがなくなった今、俺たちが手を止める理由は無ぇ」


 渋谷の雑居ビル――地下二階。

 茶色の札が何枚も壁に貼られている部屋だ。それを『怪異殺し』の間では『結界』と呼ぶ。効力は認識阻害。

 指定した人間しかここに辿り着けないはずが、如月はその対象外であるにも関わらず、悠々と部屋の中へ入り込んでいた。


「で、でも……最強の祓魔師と呼ばれる如月魁斗は、口裂け女との戦いで死んだはずだ」


 八畳ほどの部屋。

 茶色の札にまみれたそこは、祓魔高と対立する組織『超然団』のアジト。


 自分のアジトへ侵入されてしまい、苦渋の顔を浮かべるのは一人の『男』だ。アジトで鎮座していたところを見るに彼が『超然団』の指導者であろう。


 如月が「で?」と先を促すと、指導者は自分の不安をかき消すように威勢よく言い放った。


「つまり、お前は本物の如月じゃない。俺たち『超然団』を降伏させるために仕向けた罠だろ!?」


 それは半ば、願いの類だったかもしれない。

 如月と戦うということは、それすなわち負けを意味するのだから。


「ん、違うよ? 俺、生き返ったの」


 何の気なしにそう告げて。

 あるいは勝利宣言に等しいそれは、指導者の脳に深く突き刺さり――、


「霊力装填」


「や、やめろ!」


 手を銃に見立てて構えた如月は、人の命――そして今まで積み上げてきたもの全てを壊す瞬間さえも、全く悪びれもせず、最後まで穏やかな笑みを崩さなかった。


「――爆物装術」


 直後。

 指先から極大の光が解き放たれた。

 まるで小型の太陽のようなそれは、八畳の部屋などすぐさまに焼き付くし、


「まずはひとつ、壊滅かな」


 そう、辺りを飛び回るハエを叩き落とした時と同じ態度で、静かに告げたのだった。


◆◆◆


「ねぇ〜如月先生!? なんで勝手に一人で行っちゃうんですか。結衣、やっと追いついたのに……」


 地下二階のアジトから外に出ると、如月の姿を見つけて走ってくる少女の姿があった。


 雪のように白く澄んだ髪。

 秋葉原やメイド喫茶でしか見ないような、黒のロリータ服。

 華奢で小さな体を揺らしてこちらへと走ってくる彼女を見つめて息を吐き、

 

「ああ、結衣か」


「結衣か、じゃないんですよ! 『超然団』のアジト襲撃は、結衣と如月先生の二人に任された任務って言ってたじゃないですか!」


「そうだったっけ?」


 適当にしらを切ると、血川ちかわ結衣ゆいは頬を膨らまし、口を尖らせた。どうやら怒っているらしい。その仕草も可愛いのであまり怖くないが。


「結衣はもう高校生なんです!」


「ふむ」


「子供じゃないんです!」


「ふむ」


「立派な祓魔師になりたいんです!」


「ふむ」


「先生、聞いてますか?」


「聞いてるよ。ところで、近くに美味しいクレープ屋があるんだが、食べに行くか?」


「はい行きますどこですかクレープ屋さん!」


 案外チョロいなと、まだまだ子供な『教え子』を温かい瞳で見つめながら、如月は軽く息を吐いた。


「こんな日々が続いてほしかったな」


 そんな呟きは、あちこちクレープ屋を探し回っている血川結衣の耳には届かず、都会の喧騒の波に掻き消えるばかりだった。

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