最強怪異譚〜祓魔の果て〜

奏多

第一部

第1話 最強と最凶

 世界を渦巻く存在――怪異。

 それは幽霊、妖怪、悪魔、吸血鬼など――そういった“オカルト”の総称だ。しかしこれは断じて空想上の産物ではない。


『昨日、東京都■■区の■■■公園にて、切断された手足が発見されました』


 ――いつだって、そこにいる。

 ――いつだって、我々を見ている。


『監視カメラの情報から、犯人はを着ており、公園に手足を投棄後、■■山の奥へと逃亡中とのことです』


 これは記録。

 日本にまつわる大きな怪異のひとつ。


『犯人の服装から、有名な都市伝説の“口裂け女”だとする予想もありますが、小林さんはどうお考えでしょう?』


 最大の都市伝説――がこの国で繰り広げた殺戮と、その終焉の一幕だ。


『私はね、この手の都市伝説は信じないと決めてるんですよ。赤のレインコートを着ているから? 包丁を片手に猟奇的な殺人を犯したから? それを都市伝説として処理するのはね、おかしな話で――』


 西暦二〇二一年、四月四日――午後四時四十四分。

 東京都渋谷区、スクランブル交差点にて。

 包丁を使って自らの頸動脈を切る集団自決が発生。


『小林さん……小林さん!!』


 死者数――約二万人。

 交差点には数々の死体が横たわり、街は狂乱に包まれた。


『カ、カメラを止めろ!! 救急車は……救急車!!』


 同日、午後四時四十九分。

 統括付属 対怪異祓魔高等学校。

 国が認める、一般人には秘匿された対怪異専門の高校。

 その教師を務める如月きさらぎ魁斗かいとが、たった一人で渋谷に乗り込んだ。


「やっとだな、口裂け女」


 積み重なる死体の上に立っているのは、赤のレインコートを身につけた女性。その口は大きく切り裂かれており、手には血まみれの包丁が握られている。


「派手にやりやがって。呪いによる身体操作――意識がある分、殺された人達は耐え難い苦痛だったろうな」


 呑気な口調だが、その奥には凄まじい憎悪が垣間見える。

 黒のスーツを着た如月は、その瞳に明確な戦意を宿していた。それを口裂け女が気づかないはずがない。


『――――わたし、きれ』


「そりゃ無理があるだろ」


 瞬間。

 如月の体が弾丸の如く飛び跳ねる。

 向かうは“口裂け女”の懐。


「一体どれだけ、この時を待ったと思ってるんだ」


 ――両者の衝突から一秒後。

 交差点の中心に、半径二十五メートルの爆発が発生。


 ――次いで二秒後。

 スクランブル交差点上の全ての生体反応が消失。

 祓魔高上層部は如月魁斗と口裂け女の死亡を断定。


 たった一人の『最強』を犠牲に、この世の脅威は去った――


◆◆◆


「起きろ、おい起きろ」


 頬を引っぱたかれて、無理やり起こされる。

 蜃気楼のように揺らめく意識が少しずつ鮮明になり、目を開けると、そこには見知らぬ鼠色の天井が広がっていた。


「よし、起きたな」


 体を起こして辺りを見回すも、四方八方、視界を覆い尽くすのは灰色の壁。唯一外が見える『窓』があるが、鉄格子で塞がれている。外から淡い月明かりが射し込んでいるが――その光景はまさに刑務所の中のようだった。


 殺風景な部屋。

 この状況で如月魁斗は、ここが死後の世界だと予測した。普通ならばそう考えるのが妥当だろう。

 だって彼の持つ記憶の最後は、口裂け女と戦って相打ちまで持っていったところまでで途切れている。


 如月はため息を吐いて、現実を呑み込む。


「んだよ人がスヤスヤ寝てるってのに」


「アンタの場合は死んでんのよ、バカ」


 突然の暴言に顔を顰めて隣に立つ人を睨むと――それは見知った人間だった。


「お前、夏海なつみか!? にしてもなんで死後の世界に……もしかしてお前も死ん」


「死んでないわ、どアホ!!」


「じゃあここはどこなんだよ俺は囚人か!!」


「ここは祓魔高の敷地内にある小屋よ」


「なんでそんなところに……」


 夏海――如月の幼なじみで、祓魔高の教師でもある彼女は、人差し指を天に立てて言った。


「呼び戻したのよ。あの世に逝きかけのあなたの魂を無理やり抑え込んで、用意した器に閉じ込めた」


「…………ってことは、肉体は違うやつの体で、魂だけ俺ってことか?」


「安心して頂戴。アンタのDNAを読み取って修復術で作り出した肉体だから。限りなく生前の頃の肉体と変わらないはずよ」


 夏海はポケットから手鏡を取り出して、如月の顔へと突きつける。そこには確かにいつも通りの顔が写っていた。


「こんな大仰な術……人を生き返らせるなんて、さてはお前!」


「ええ。を使ったわ」


「あれは現状、俺たち祓魔高が所持してるのはたったの四つだったろ? 高純度の霊力がこもった大切な代物を、俺なんかに使っちまっていいのかよ」


「世界で三人しかいない『クラスⅠ』の最強が、何を言ってるのかしら。アンタにはそれだけの価値があるってことよ。上層部である統括会もそう判断したんだから」


 呆れたように言ってみせる夏海。

 冷たい態度の彼女だが、その目がうっすらと赤らんでいることに如月は気がついた。


 当たり前だろう。

 死んだと思われた人間が、まだこうして現世に留まっているのだから。


「そうか、ああ、これは、あれだな」


 世界で三人しかいない『クラスⅠ』の天才。

 クラス分けは主に戦闘センスや保持できる『力量』によって定められる。クラスⅠはその中でもトップに君臨する序列で、ここまでになるともはや『異端』とさえ表現されるほどの規格外だ。一般祓魔師には使えない特別な技を行使できるのも特徴である。


 そんな、圧倒的な力を持った最強の祓魔師――如月魁斗は、鉄格子から射し込む哀愁漂う月明かりを眺めながら、言った。


「生き返ったんだな、俺」


 噛み締めるような言葉に、返事はない。

 暗い小屋を照らす月明かりだけが、全てに寄り添っていた。

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