第3話 噓みたいだろ。異世界行ってるんだぜ。それで

 情報量の多さに頭がパンクしてしまった日向は一旦思考を放棄して源蔵の暮らす家もとい屋敷で布団を敷いて少女を寝かせた。その後源蔵の私室に向かい部屋の襖をノックする。


 「おお、入っていいぞぃ」


 コンコンコンッっと軽快な音がなり直ぐに源蔵の入室を促す声が届いた。日向が「お邪魔します」と言って部屋に入ると既に座っていた源蔵の正面に用意されていた座布団に座り、祖母の入れてくれた苦く熱いお茶を一口飲んで源蔵に向き直った。


 「さて……どこから説明するかの」


 煎餅を口にしながら源蔵はう~んと唸る。しばらく逡巡したのち「よし決めたぞぃ!」と胡坐をかいたまま膝を叩いて笑った。


 「まず初めに異世界について説明しておくぞぃ。じいちゃん説明が苦手じゃから大雑把にいくぞ?まず超常社会じゃ。魔法とかがあるのぅ……地球とは別の方向で発展しておるぞ」


 「魔法……」


 日向は存在しないと思っていた魔法の存在に僅かに興味を引かれたが小説を読む限り自分は扱えないだろうと思考を切り捨てた。


 「次は危険性じゃな。当然異世界は危険なモンスターで溢れちょる。ドラゴンとか魔王とか普通におったぞ。それこそ山を砕くような奴がわんさかおったわい」


 「よく生き残れたねじいちゃん」


 絶対に出会いたくないものだと日向は思いつつも日向は自身の内側から滲み出る感情を自覚していた。ロマンの気配に日向は内心興奮していた。


 「最後は人種じゃな。とにかく種族が多い、エルフとかもおったがそれは少なかったな…………あ、そうじゃ!ちなみにばあさんは異世界出身じゃぞ」


 「さらっとヤバイ追加情報ださないでもろて」


 まるで観光地の名産を教えるかのような気安さで自身の祖母の出自を明かされた日向は自身の記憶に一部違和感を抱いた。


 「……あれ?それじゃあばあちゃんの名前は?」


 日向は祖母の名前を知らなかった。何度も顔を合わせているのに、何度もこの屋敷に寝泊まりしているのにも関わらず、名前を知った覚えがなかったのだ。


 「私の名前はフェイですよ、ヒナタ。でも祖父母の名前なんてあまり覚えてることも少ないからねぇ……孫にとって私達はおじいちゃんおばあちゃんで十分ですよ」


 「ばあちゃん……いや、フェイばあちゃん」


 「ええ、フェイばあちゃんですよ」


 少なからずのショックを受けていた日向に後ろから声が掛けられた。振り返るとそこには祖母、フェイが盆にのせたお茶請けをもって立っており畳にそれらを置くと優しく日向の頭を撫でたのだった。


 「今までばあさんの名前を知らないことに気付かなかったじゃろ?これは実はじいちゃんの魔法なんじゃ。昔帰ってきた時に変な違和感を持たれないように魔法で誤魔化される様になっとるんじゃよ。隠してて悪かったなぁ」


 「……ううんじいちゃんは悪くないと思う。でも、今度からはちゃんとたくさん名前で呼ぶから」


 珍しく気落ちしてしまった源蔵に日向は静かにそう返すと微笑んで謝罪を受け入れた。部屋に僅かな沈黙が訪れ、それを払拭するようにフェイが「さあさ、湿っぽくならないで苺大福でも食べましょうよ」と明るい声を上げ少し休憩の時間となった。


                  ※


 「そういえばフェイばあちゃんは異世界からきた人間であってる?」


 湿っぽい空気がなくなったため日向は少しだけ気になったことをフェイに質問した。フェイはどこからどう見ても人間で何ならかなり日本人に近い顔立ちをしていたからだった。


 「ええ、私は人間ですよ。でも……」


 「でも……?」


 フェイが言葉を濁し、なにやら不穏な気配を感じた日向が少し不安そうにオウム返しで聞き返す。なにか聞いてはいけないことを聞いてしまったのではないかと日向は不安になったが―――


 「こうやって人に意地悪するのが好きな人間ですよ」


 ―――ふふっと笑ったフェイの悪戯の成功した顔に豆鉄砲をくらった鳩の様な表情になり、揶揄われたのだと悟ると安堵のため息を吐いた。


 「まあ、儂が言えるのはこれくらいじゃな。他の話は後であの娘さんから話を聞いてからじゃな。日向、様子を見に行ってくれんかの?」


 「分かった。けど言葉が通じないからどうしたらいいかな?」


 「しばらくは日向が頑張れ。無理だと感じたら儂らを呼びなさい。目ぇ覚めた時に年の近い奴が居りゃあ少しは落ち着くじゃろ」


 源蔵と話し合って拾った少女の対応を決めると日向は源蔵の部屋を後にして客室で眠っている少女の下へと歩いて行った。


 「これからあの子ヒナタは私の故郷を探検するのでしょうかね」


 「そりゃあ日向次第じゃなぁ……もしかしたら拾ったあの娘と旅に出たりするかもなぁ」


 「ヒナタの目、まるでいつかの貴方の様に輝いていましたね。血筋は抗えないのでしょうか」


 「ちげぇねえ」


 日向が去った後、二人の老夫婦は楽し気に雑談を始め静かに笑い合う声がしばらくの間屋敷に続くのだった。

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