第9話 気づき




 あの日。

 誰かがもう警察に通報していたらしく、ぼくが千田さん、じゃなくて、仙田さんに駆け寄った時には、仙田さんを殴っていたあのプロレスラーみたいな男性は五人の警察官に取り押さえられていた。

 そのおかげで、ぼくのイケメンの顔は無事だった。


 ごめん。

 いつの間にか、ぼくが抱きしめていた仙田さんが言った。

 小さな声で言ったんだ。

 小さな声だったのに、周りのざわめきの方が音としては大きかったはずなのに。

 強く、大きく、深く、ぼくに届いた。




 ごめん。


 騙してごめん。


 俺、詐欺者、なんだ。






 最低な人だ。

 詐欺なんて。

 金を騙して巻き上げる人なんて。

 でも、そんな感想は、重みを持たない紙切れのように、ただただ、頭の周りを漂うだけ。

 それよりも。

 ただ。

 目を奪われてしまった。

 心を強く掴まれてしまった。


 イケメン、だったのだ。

 顔も全身もぼこぼこだったのに。

 血が流れて、瞼も唇も頬も膨れ上がって青あざだらけになって、黒のパーカーも破けて、破けたところから見える肌も青あざができたり内出血したりしていて、痛々しいのに。

 殴られる前の、イケメンだった顔は見る影もないのに。




 イケメンだったのだ。


 そうして、思い知らされたんだ。

 ぼくは、











 刑務所の面会室にて。


「仙田さん。ぼくってイケメンですか?」


 机の上で仕切られているアクリル板越しに、ぼくは仙田さんをまっすぐに見た。











(2023.9.27)



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