第50話 8月14日①…網走監獄だと思って網走刑務所に行った人。

本格的にお盆休みにも入り北海道には次々と屈強なライダーバイカー達が上陸をしてくる…ある者は約束を果たしに、ある者は隠された黄金を探しに…、ある者はグラビアアイドルの追っかけに…。


そして俺達は今日から本格的な北海道ツーリング道東の旅が始まる。


道東と言えば観光名所が各地に点在する北海道ライダー垂涎すいぜんのライダー天国である。豊富な温泉、キャンプ場、食べ物に湖、人間がちっぽけに思える位の大自然。


だがここで時間を費やすと道央や道南に行く事が出来なくなってしまう。北海道ライダーにとって身が悶える程の悩ましい問題である。


「ねえハル…なんで体をクネクネさせてるの?」


「うーん…どこから行こうかすっごい悩んでる。」


ドーレーイン網走の朝食会場で俺と一花と饗庭あえばと鳥居が同じテーブル席に着いて食事を取っている。だが朝起きてからというもの俺はどこへ行こうか悩んでいる。


迷惑系配信者が迫っているのも忘れる位にである。


網走から行けるルートは主に二つ、女満別方面に南下して美幌峠を超えるルート。もう一つはオホーツク海に沿って知床方面へ向かい知床峠を超えるルート。


どちらも俺の中では絶対に外したくないけど外さないと時間が無い…この葛藤が続いているのだ。そのお陰か俺の妙に色気のあるクネクネする動きに朝食会場の他利用客から注目される。


「いつもは悩まずに行動派のハルさんがここまで悩むなんて…ちょっとエロいです。」


「饗庭さん…ハルちゃんは真剣に悩んでる様子ですぜ…。」


俺の珍しく悩む姿に饗庭が新たな境地に目覚めるのを諫める鳥居。そんな3人を他所にマイペースで朝食を取る一花が悩む俺にしびれを切らしたのか解決策を話始める。


「そんなに悩むならさ全部行けばいいじゃん。」


「え?全部行く?」


一花が朝食を食べる手を止めると両手を付いて立ち上がる。


「行きたいとこ行ってさ道東制覇しちゃおうって話!」


「制覇って…ここで時間を使うと函館まで行けなくなっちゃうぞ。」


「旅は予定通りに行かないんでしょ?悩む位なら真っすぐ突き進む!」


「一花…。」


確かに予定通りに行かないのが北海道ツーリング。バイクの故障もあれば天気にも左右される、目的地のお店が閉まっていたり通行止めもある。


まるで波乱万丈な人生を圧縮したかの様なものが北海道ツーリングの醍醐味である。


それに出発前には俺も予定通りに行かない事も承知していた筈、恐らく一花と一緒なので楽しい所へ連れて行こうと欲が出ていたのかもしれない。


それに好きな時間に好きな所へ行くのが北海道ツーリングの一番良い所だという事を忘れていた。


「らしくなかったね、それじゃあ行きたい所へ行く道東の旅を楽しもうか!」


「はーい!これで問題解決っと!」


「しかし…道東制覇って7、80年代の世代じゃあるまいし…。」


「…ハルがお勧めした鎌倉爆走族のせいだからね。面白かったけど。」


顔を赤くして恥ずかしそうにする一花。


教習所ですっかりバイクの虜になった一花がバイクの映画が無いか聞いてきたので俺がお勧めしたアニメ映画の『鎌倉爆走族』を見たようだ。


本当はKawasakiのバイクが登場するメル・ハドソン主演のダーク・マックスという映画をお勧めしたかったが内容がアレなので止めておいた。


今後の方針も固まり朝食を取り終えると早速、最初の目的地である所へ向かう準備を整えて行く。



ドーレーイン網走を出ると国道240号を網走湖方面へ向かい大曲1の交差点を左折すると国道39号に入る。


少し道なりに進むと観光地の案内板が出てくるので天都山方面へ向かう道を左折して踏切を渡る。左折する場所が非常に分かり難いが手前から側道に入るイメージで行くと分かりやすい。


道なりに進むと今日最初の目的地である場所へ到着する。



博物館 網走監獄─


網走と言えば網走監獄、ここを目指して本物の刑務所に行ってしまった紳士淑女も多い事だろう。例に漏れず俺も一度本物の刑務所へ行ってしまった事がある。


また学生時代の修学旅行で網走監獄を訪れた事がある人も多いと思う。もちろん北海道ツーリングで再度訪れるのも悪くは無いのだが俺の目的は別にあったりする。


バイクを駐車させると網走監獄入り口には向かわずに目当ての物を探しにお土産コーナーへ向かう。


「やっぱり網走と言えば囚人!このTシャツを着ないと始まらないね!」


俺が『模範囚』と印字されたTシャツを手に取り体に合わせて行く。普段はユニシロに行ってもここまでテンションは高くならないのだがご当地Tシャツを選ぶ時は非常に高くなる。


「ねえ、早く網走監獄見に行こうよ。」


「ちょっと…待って…はい!これ一花の分ね。」


俺が一花の分の『脱獄囚』と印字されたSサイズのTシャツを手に取り渡すがそれを一花は受け取らず振り払う仕草を見せる。


「えっ?要らないけど…。」


「一緒に囚人になろうよ。」


「どんな誘い文句なのそれ。」


網走監獄でTシャツを人数分見繕うが余り評判が良くない。特に一花は完全に気乗りしていない様子だ。


「饗庭さん、助さんコッチ来て…。」


俺は作戦を変更して饗庭と鳥居を近くに呼び俺が見繕ったTシャツを手渡すと着る様にお願いする。饗庭も少し嫌そうな顔をしているが鳥居は何となく察した顔で承諾してくれる。


「一花はちょっとそこで待ってて。」


「…何か企んでるね。まあいいけどさ。」


買ったご当地Tシャツを外へ持ち出し俺と饗庭は目隠しした車内でTシャツを着る。鳥居は外で堂々と着替えている。


車内からちょっと見えてしまったが鳥居の体はバキバッキの筋肉質な体をしていた。


着替えを終えると待っている一花の前に向かう。


「お待たせー!一花もこれで着たくなったでしょ!」


「そんな訳…ぶわっはっはっはっは!!」


俺と饗庭と鳥居が横一列に並ぶと面白い光景が広がる。


まず俺の『模範囚』のTシャツだが胸で少し布が前に引っ張られて背中の文字が伸びて模範囚の範の文字が横に伸びてになっている。少しサイズが小さかっただろうか。


饗庭は『指名手配中』のTシャツで本人は不満気だが性格と性癖から順当な物を選択した。


鳥居は『仮出所中』で本人は満更でもない様子だ。だが饗庭のTシャツの文字を見て笑いを必死に堪えている。饗庭が鳥居に笑わない様に注意している。


「はー…笑った。分かったよ私も着るから。」


体を張った説得に一花も応えて『脱獄囚』のTシャツを購入して車の中で着替えて行く。これで準備は整った。


『脱獄囚』、『模範囚』、『指名手配中』、『仮出所中』の4人が揃って網走監獄へと入所する。字面だけだと酷い面子である。


網走監獄の施設内には実際に使用されていた建築物が並んでいる。中には重要文化財に指定されているものがいくつかあるがやはり一番目を引くのは五翼放射状房ごよくほうしゃじょうぼうだ。


昭和の脱獄王こと白鳥由栄しらとりよしえが脱獄した独居房の扉に鉄枠を外した隙間があるのだがはっきり言って普通の人間には抜けられない隙間だ。


「…って言うようにお味噌汁をかけ続けて鉄枠を外してから肩の関節を外してこんな感じで脱出を…。」


何度か訪れた事のある知識を元に俺が3人に説明しながら扉の鉄枠の隙間から頭を出そうとするのだが…頭が出た所で胸が引っ掛かる。


おっさんの時は顔も出せなかったのだが小顔のハルになって顔出せたのが嬉しかったのか勢い良く出てしまった。


「あっ…抜けない。」


「ぶわっはっはっはっは!」


胸で引っ掛かり真剣に抜け出そうとする顔をした俺を見て一花が大笑いをする。


「ひー…ハル、胸を外さないと脱獄できないよ…ぶわっはっはっは!」


「そんな簡単に着脱できる胸があったらこっちが見てみたいわ!」


饗庭と鳥居に後ろから引っ張って貰うが二人の合わせた剛力に胸がもげそうになる。


「痛いっ!胸がもげる!もそっと優しく!」


「もうハルさんってば急に変な事をするからいけないんです。」


「模範囚なんですからハルちゃん頑張って下さい。」


模範囚は関係無いと思いながらも力一杯引っ張って貰い何とか脱出するが俺の胸が滅茶苦茶痛い。一花は腹を抱えて笑っている…この小悪魔め。


当時の囚人達は冬は白い息で霜が出来る位の極寒の中で生活していた。現代に比べると本当に劣悪な環境下で死亡する囚人も多く網走刑務所に入ったら死を覚悟する位に過酷な場所だった。


そんな当時の囚人をリアルな蝋人形で展示されているので当時の状況を想像しやすい。


「うっわー入れ墨が凄いねー。」


「昔の任侠な人も網走刑務所に居たからね。」


施設内の浴場に立ち寄ると一花が囚人の蝋人形の入れ墨を見て驚いている。やはり網走と言えば任侠は外せない。


「でも私がデビューした時にはこういう人達におこ…」


「一花ストップ!それ以上は言わないで良し!」


恐らく一ファンとして一花と接してきたであろう任侠な人達の話は止めておく。どこで誰が聞いているか分からないからだ。


芸能界と言えばそういう繋がりも昔はあった。今はほとんど無い多分…。


「3分間ですか…。」


饗庭がポツリと呟く。真剣な顔に腕を組み指を顎でさすりながら何かを考えている。


「3分間で入浴って入った気がしないですよね。」


当時の囚人は3分間しか入浴出来ないのだ。それでも囚人の楽しみであったという。それを俺が短いと同意をしてあげるが饗庭は違う事を考えていた。


「3分間で如何にハルさんのボデーを楽しめるのか…それを考えていました。」


さすが指名手配中の饗庭、考えている事がヤバい。最近は裸の付き合いも多いので遠慮が無い様な気がするのだが良い事なのだろうか。


一通りの見学を終えて施設を出て駐車場に戻ると見覚えのあるバイクが一台止まっている。


「Harley-DavidsonのVロッド VRSCDX ナイトロッドスペシャルが何故ここに…。」


珍しいバイクを正式名称で呼んでしまう俺。リアル足長おじさん御用達のバイクを見ていると遠くから聞きなれた声が聞こえてくる。


「ハルちゃーん!」


声のする方を向くと遠くからパタパタと走ってくる女性が居る。よく見ると教習所で一緒だった前田由美子まえだゆみこだ。


「久しぶりー!元気にしてたー?」


「ま、前田さん?なんでここに?」


前田が俺に抱き着いてくる、相変わらずのスキンシップの多い人だ。


「ハルちゃん元気そうだね。活躍は見させて貰ってるよ。」


前田の後ろから前田の旦那が熊の様にのっそりと出て来る。


「ハールー、誰なのその人達?」


一花が見知らぬ人が俺と親しげにしているのを気にしているのか誰なのか聞いてくるので知り合った経緯を簡単に説明してあげる。


その間に鳥居が前田の旦那を見て思い出したかの様に声を掛ける。


「あれ?もしかして慶さんかい?」


「え?なんで俺の呼び名を知ってる…。」


「ほら、俺だよ鳥居 助五郎。」


「…あっー!助さんかー!懐かしいなあ!」


前田の旦那さんと鳥居はどうやら昔の知り合いの様子だ。色々と積もる話もあるだろうがそれは次の目的地へと向かいながら聞いていくとする。



国道244号を斜里方面へ走行中─


網走監獄を出ると元来た道を引き返し網走内の大通りへと戻ると次の目的地がある斜里方面へとオホーツク海を左手に国道244号をバイクで走って行く。


当然ながらバイクユーチューバーとして前田達は撮影を行っている。


網走監獄で合流した前田夫婦2人を加えてバイク5台と痛車1台のマスツーリングになる。出発前に合わせたバイク用インカムでここまで来た理由を前田に聞いてみる。


「前田さんが北海道に来るなんて何かあったんですか?」


「あれ?ハルちゃんパパから話聞いてなかった?」


「もしかして…ボディガードの応援の件ですかね…。」


「その通り!ウチの旦那ね、昔は柔道で有名だったからハルちゃんのボディガードに最適だってパパさんからファンクラブ経由でお願いされてね。」


「ははは…お父さんとお母さんの話はこれか。」


色々話を聞いて行く内に前田旦那の素性が明らかになって行く。昔は全国区の選手でオリンピックの強化選手でもあったが怪我が原因で若くして引退をしていた。


俺一人になんていう過剰戦力を送ってくるんだと父に対して思ったがその重みが父の心配であると考えると無下にも出来ない。


「ちなみに旦那の名前は慶次郎けいじろうね、だから鳥居さんが言ってた慶さんがニックネーム。昔は私もそう呼んでたんだけどね。あはは。」


惚気ながら前田の旦那の名前が慶次郎と初めて知るのだが、その慶次郎はあっけらかんとしている。


「ユミ、俺が居なくても大丈夫だよ、なんてたって俺より強い自衛官の助さんが居るんだから。」


「…慶さん自衛官ですぜ。」


話を聞いていると鳥居は元自衛官だったという。確かにキャンプ場での手際の良さは並では無かったし屋外での活動に手慣れた様子だった。


「そういえばそうだったっけ?自衛隊との練習試合で重量級の俺と互角だったもんなあ。」


「慶さんが怪我してなければ俺の負け越しです。」


「それが無くても助さんに勝ってる選手は2、3人位でその全員が金メダル取ってるからね。」


鳥居の素性もだんだんと分かってくるが正直、天上人の会話で俺にはついていけないが分かったことは鳥居はべらぼうに強いと言う事だ。


「あのさえ無ければ助さんも代表になれたのかな…。」


「慶さんその話は…。」


「おっと…喋り過ぎたかな。」


凄く気になる話を中断する慶次郎、正直続きを聞きたかったが鳥居が止めてるので深掘りするのは止めておく。以前にも言ったが人の過去には触れない事が付き合いとして大事だ。


しばし雑談や会話をしながら道中を進むと目的地に近付いて行く。



天に続く道スタート地点─


天に続く道スタート地点という場所があるのだが過去にこの突き当りには何も無かった。


手前の展望台があるだけでライダー達は突き当りの脇道にバイクを停めて景色を楽しんでいた。知る人ぞ知るという場所であった。


今は観光客が増えたのか駐車場が設けられて車でもゆっくりと天に続く道を眺める事が出来るようになった。この英断には北海道ライダーとしてありがたい事だ。


だがここには美しい景色を罠として危険なバイクの動きを誘発する場所でもある。


「ちょっとここで一花は待ってて!」


「何よ、いきなりさ。」


天に続く道の坂道を登る途中で一花のバイクを停めて俺だけ先行して突き当りの脇の道にバイクを駐車する。


急いでバイクを下りると一花の方に向かって走って行く、すると一花が後ろを振り向いている。


「うっわー本当に道が天に続いてる!」


後ろから車やバイクが来てない事を確認すると一花が天に続く道を良く見ようと坂道の下りでバイクをUターンさせようとする。


「あっ!た、倒れ…。」


坂道の下りの重力にバイクの重心が持って行かれ倒れそうになるが俺が間一髪、滑り込んでバイクを坂の下から支える。


「ふんぎぎぎぎ…。」


一花の重さとバイクの重さ荷物の重さが合わさりとてつもない重さになる。踏ん張るが俺の力も限界に来た時に一気にフッと重みを感じなくなる。


「一花ちゃんハルちゃん大丈夫ですかい?」


鳥居が坂の上りから一花のバイクを軽く引き上げ倒れるのを抑えてくれている。さらに乗っていた一花を軽く持ち上げて降ろす慶次郎。


「よっしゃ、助さん今の内にバイクを坂の上まで運ぼう。」


「合点承知!」


男二人組が軽々とバイクを坂の上の突き当りまで運ぶと俺は力尽きてその場で座り込む。全国区の猛者が2人も居たのが幸運だった。


「はあはあ…あー助かったあ…。」


この天に続く道を斜里方面から走ると坂道を上る事になるのだが景色は後方にある。


それに途中で気付いてUターンしようとするバイクが多いのだが坂の下りUターンは重心を崩しやすい。


景色に意識を囚われて重心の計算を忘れてしまいがちなのがここでの危険なポイントだ。特にバイクに慣れてきた初心者に多い。


「ハル…ありがとう!もうちょっとで私のバイク倒すとこだったよ。」


「いいの、いいの。景色に我を忘れるのは誰もがある事だからさ。」


涙目になりながら俺に抱き着く一花、ここでの転倒は本当に精神的にもバイク的にもダメージが大きい事を俺は知っていた。


他のライダー達が景色を楽しんでる中でバイクを倒すのだ。恥ずかしいし恰好が悪いし何より天に続く道を楽しめなくなる。


おっさん時代に一度経験した事が生かされた。


「でも本当に道が天に続くんだね…エサヌカとはまた違う景色。」


「でしょう?ここも北海道に来たなら一度は見ないと損する場所だよ。」


木々に挟まれた道路が地平線の先まで続き、まるで空まで届くかのように真っすぐに伸びている。雨上がりの後であればさらに遠くまで道がはっきりと見えてより良い景観となる。


道の先を眺めているとバイクや車がこちらに向かって来る、これも景色の一部として楽しめる。


そして恒例の天に続く道を背景に一花と俺で自撮りを行う。


「じゃあ天に続く道も堪能したし次は野生の憩いの地へと行きますか。」


「…なんかちょっと怖い気がするけど、行ってみよう!」


次に向かうのは短い期間しか開通していない道と観光スポットである。そこでまた違うトラブルに巻き込まれるだが…猛者が一人増えたので心配は無いだろう…と思う。

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