第46話 8月11日②…ノシャップ岬のけものの姫

サロベツ原生花園を出発して稚内方面へ向かう為、道道444号を戻りT字路を右折し道道106号へと入る。


その少し先に少し広めの駐車場とトイレがあるのだが、バイクが4台に5人の男が待機している。俺達のバイクの排気音でこちらに気付いたのかヤエーをしてくれる。


「ピース!!…停まってるバイクもヤエー返してくれるから北海道はいいよね。」


「私もうヤエーしすぎて腕が筋肉痛なんだけど。」


こちらもヤエーを返してその場を過ぎ去るのだが、しばらくして後方に先ほどのバイクがくっついてくるのがサイドミラーで確認できる。


「ハルちゃん、さっきのバイクが俺の後ろに付きやしたけど。」


「助さんの後ろか…こっちの速度は少し遅めだし抜いて貰おうか。」


俺が先行する一花と後ろの饗庭あえば、鳥居に速度を落として左に寄るように指示をする。


ゆっくり速度を落として停車すると後方にいるマスツーリング中のバイクに道を譲るのだが。


「…よしっと、後ろのバイクが行ったら出発するからね。」


「ハル…後ろのバイク集団も止まってるんだけど…。」


「へ?」


後ろを振り返ると先ほど鳥居の後ろに付いていたバイク集団が俺達と同じ様にバイクを左に寄せて停車している。


「…んーなんかデジャブ感があるんだけど。」


GWツーリングで一度あったこの感覚、デジャブではない。恐らく俺達が有名人だという事に気付いているファンだと推察される。


「ハル…ちょっと見てよ、あの人達なんか旗を立ててるよ。」


「え?旗?」


80年代の暴〇族によく流行ったチーム名を記したあの旗だ。よく見ると5人の内大柄な男が旗持ちになっている。全員、上着も赤いスイングトップに統一されている。


旗もよく見ると『ハル☆天/最強天使』と文字が書かれている。


「…マジかよ。」


この時の俺の気持ちは恥ずかしさでいっぱいで穴があったら入りたい状態だがファンが一生懸命作ったであろう恥ずかしい旗を下ろせとも言えずバイクに突っ伏して耐える。


「あー…俺のファンって分かるけどやり過ぎだ…。」


「ぷぷっ、ハルって皆から愛されてるね。」


「もう!考えたら負けだよ!行くよ!」


俺の合図で再出発すると当たり前だが後ろの4台のバイクも付いてくる。


約50km、稚内までこの状態が続く事を考えると頭が痛い。


途中ですれ違うバイクにヤエーをするが後ろの旗を見た途端全員、ヤエーの途中で固まって行く。俺達の車列だけ雰囲気が80年代に戻っているからである。


時たま後ろを振り返ると二人乗りしている旗持ちが嬉しそうに旗をブンブンと振り回している。やめてくれ。


ちなみに稚内市付近の道路には白バイが良く巡回している。


ちょうど稚内市街を抜けて快走路になるからである、稀に速度の出し過ぎで車が捕まっていたりする。


もちろん俺達も物凄く目立つ訳で…。


『プォワーーーーーーーーーーーン!』


『えー…そこのバイク集団、この先の駐車場に入って下さい。』


待っていたかの様に後方から白バイが登場してこの先にある『こうほねの家』の駐車場へ入る様に指示を受ける。


駐車場に俺達のバイクと痛車を停めて後方の5人組もバイクを停める。


白バイの隊員がバイクを降りると真っ先に例の5人組の方へ向かって行く。


「えー…君達、北海道ツーリング中かな?」


「おうよ!ハルちゃんと一緒に命懸けて走ってるんだぜ!なあ!皆!」


「「「おうっ!!」」」


今や年号も変わり令和になったというのに5人組の紫頭をしたリーダー格が隊員に天然記念物級の発言を自慢げにする。


「集団での走行は事前に所轄の警察に届け出るのは知っているかな?」


集団での走行は2台以上で成立する、ただし交通違反が無ければ届け出の必要は無いのだが白バイ隊員が旗を見つめてその説明をしている。


「えっと…そちらの方の代表者の方は誰ですか?」


今度は俺達に向かって隊員が声を掛けてくる、饗庭が前に出て来て隊員に説明を始める。


「…という事であの方達とは特に関係はありません。」


「ガーーーーーーン!!」


饗庭が5人組を冷たく突き放すと紫頭の男がガーンと声を出す。初めて聞いたぞガーンって…。


だがこのまま立ち去るのも忍びないのでファンである5人組のフォローをしてやる事にした。


「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません、あの旗はすぐに下ろさせますからあの5人を許してはもらえませんか。」


「ハルちゃんはやっぱ俺達の天使だぜ!」


俺が白バイ隊員に頭を下げると5人組が嬉しそうに後ろではしゃいでいる、少しは反省しろ。


「いえいえ今回は注意だけですよ。速度も守られてるし中央線も超えていない。ただ旗がアレだったのでね。」


「お恥ずかしい限りです…。」


「それに白バイ隊員なら知らない人は居ないくらい有名ですよさん。」


「あは…はははは。」


どうやら一日署長の件が白バイ隊員に広まっている様だ。恥ずかしい旗を下ろし終えると白バイ隊員は会釈をしてその場を立ち去る。


すると紫頭のリーダー格の男がこちらにやってくる。


「ハルちゃん助けてくれてサンキュー!おれの名前は田口 伸介たぐち しんすけ!趣味はフェルト手芸…」


「ストップ!それ以上言うとなんか色々ヤバい…。」


色々とギリギリな田口という男は地元の人間で俺のSNSを見て待っていた。


北海道に来ていた事は知っていて場所もオトンルイ風力発電所で投稿した俺のSNSで完全に位置を特定していた。


俺の大ファンで事前に自作して用意した旗を見て貰いたくて待ち伏せをしていたのだという。気を遣って離れて見せてくれた様だが逆効果だった…。


「…で同じ高校生がアイドルでさらにバイク乗ってるからさ!どうしても会いたくなったって訳よ。」


(高校生なんだ…旗持ちの男は口ひげも生やしていてどうみてもおっさんだ。)


「わ、分かりましたが、今回は個人的な旅行なのでぴったり付いてくるのは遠慮して下さいね。」


「もちのロン!ハルちゃんの言う事なら何だって聞いちゃうぜ!」


その後は5人組と一緒に記念撮影をしてサインを上げると喜んで来た道を引き返して行く。若さ故か嵐の様な勢いのある子達であった。


気を取り直して再度目的地の稚内へと向かう、もう目と鼻の先だ。



ノシャップ岬─


道道106号から稚内市街手前の坂の下交差点を左折して道道254号へと入り、北上を続けると稚内北端のノシャップ岬へと到着する。


「いやー色々あったけどやっと稚内の最北端に到着!」


「長かったね、北海道ってこんなに大きいんだって改めて思ったよ。」


ノシャップ岬の駐車場へバイクを停めると背を伸ばしをする。


稚内にある岬で有名な場所だ、特に夕暮れ時のイルカのオブジェと夕日の光が交差する景色が美しい。それを目当てにくる観光客も居る位だ。


ただ昼間でも日本海を一望できる景観である事には変わりはない。


それともう一つ有名な所があるのだ。


「皆、お腹が空いたよね…。」


「もうお昼時だしね、お腹空いたよ。」


「じゃあ皆で豪華なランチに行ってみようか。」


「ハルの豪華…まさかレトロ自販機じゃ…。」


「私の豪華はそのイメージなんだ…まあ前科があるから仕方ないけどさ。」


以前のマスツーリングで俺の豪華なランチという言葉に警戒を示す一花だが、今回は本当に豪華だと言うことを教えてやりたかった。


ノシャップ岬での自撮りをした後、目当てのお店はノシャップ岬から少し歩いた所にあるので皆で移動を開始するのだが。


「あー!鹿が居る。街中に鹿が居るんだ。」


「ノシャップ岬の周辺には野生の鹿が住み着いてるんだよね。」


民家の空き地に鹿が数匹徘徊しているのがノシャップ岬の特徴でもある、稀に道路に飛び出してくるので注意が必要だ。


鹿を横目にお店へと向かうのだが、どんどんと鹿が俺に寄ってくる。


「な、なんで俺の周りに鹿が寄ってくるんだ…。」


「ぶわっはっはっは!けものの姫だ!ポックルが一杯寄って来てる。」


一花が俺の周りに集まってくる鹿を映画のけものの姫に例えて爆笑している。犬と違い野生なので舐めてくる事は無いがすでに10匹以上集まって来ている。


ちなみにポックルとはけものの姫の主人公のアサッテカという青年の騎乗する鹿の名だ。


お陰で周りの観光客からはコスプレの時とは違う温かく見守る様な視線を向けられる。俺の体からは動物を引きつけるフェロモンが出ている説に信憑性が増していく。


鹿をお供にしばらく歩くと目当てのお店『極太食堂』へ到着する。


「さあ、この看板をご覧あれ!最強のなまウニ丼!」


「おおおおおお!本当に豪華だ!!」


「…本当に豪華で私、涙が出て来ました。」


「ハルちゃんの豪華なランチってそんなにイメージ低かったんですね…。」


俺が極太食堂の外に掲げられている看板を指さすと失礼にも一花と饗庭が感動している。鳥居に至っては俺の豪華なランチを卑下している様にも聞こえる。


レトロ自販機だって美味しかっただろう!


しかしお昼時なのでお店の前には列が出来ているので並んだ後、鹿と戯れながら時間を潰す。


少ししてから店内へと案内される。


「何名様でしょうか?」


「4名と…13匹です。」


「…森へお帰り下さい。」


「ぶわははははは。」


俺の冗談を真顔で返答する店員に一花が大笑いしている。さすがに森に俺の居場所は無いので鹿を外で待つように押すと理解したのか13匹とも空き地へと移動を始める。


4人席のテーブルに着席すると鳥居が体をそわそわさせている。


「あ、あのハルちゃん…言いにくいんですが俺、お金が…。」


どうやら鳥居は元々1人でキャンプツーリングをする予定だったのか所持金が少ない事を告げる。


「助さん、大丈夫だって私が払うから一緒に食べようよ。ねっ?」


「じゃあハルの奢りだね!」


「…一花さんあなたお財布に札束詰めてますよね。」


俺の奢りと説明すると便乗しようとする一花に饗庭がツッコミを入れる。


鳥居には今日の朝食を作ってくれたお礼もあるし、何より1人だけ食べさせないというのが一番気に入らない。


折角の北海道ツーリングなのだ、喜びは皆で分かち合いたいのだ。


「…ありがとう…ございます。」


鳥居の目に涙が出る、普段から節制しているのだろうか。確か藤堂の建設会社に勤めている筈なのだが給料が少ないのかと心配になる。


「ご注文はお決まりですか?」


「「「「!」」」」


極太食堂で北海道ライダー人気No.1のウニ丼だ。と言う事で全会一致で声もハモリながら注文をする。


これからの予定ルートを簡単に話したり、雑談をしているとウニ丼が到着する。


「…んー口に広がるウニの甘味、風味。美味しすぎる…。」


「高級寿司で食べたウニより美味いんだけど。」


「私、一緒に北海道に来て良かったです。色々と…。」


「…蛇より美味い。」


皆でウニ丼を食べるとその美味さにそれぞれの感想を述べるのだが、鳥居の蛇って何だ比べる食材が特殊過ぎて俺には理解が出来ない。鳥居は野生児なのか…。


ウニ丼を食べ終えると店長から声を掛けられる。


「あの役者の一花さんとグラビアアイドルのハルさんですよね。」


「はい、そうですが。」


「この色紙にサインをお願いできますか?」


良く店内を見ると有名人達のサインが飾られている。もちろんこんな美味しいウニ丼を食べさせて貰ったのだ、俺と一花は喜んでサインをする。


「ありがとうございましたー。」


極太食堂の店長と店員に見送られながら店を出ると次への目的地へと出発する。



ブンナグッタルド40号稚内店─


稚内市の国道40号沿いに走って行くと街中に店舗を構えるブンナグッタルド。


赤色のアフロヘアーにピエロの様な化粧を模した筋骨隆々な世紀末な服装をしたキャラクター『ナグッタロウ』で有名な全国展開をしているファーストフード店だ。


何故ここに来たのかと言うと店舗の外に設置されているベンチに覇者の風格を漂わせるナグッタロウが鎮座しているからだ。稚内市の屈指の観光名所となっている。


「稚内にもがあるんだ…。」


「ここに来たらやっぱこの御方おんかたと一緒に自撮りしないとね。」


「うっわあ…相変わらず偉そうなキャラクター。」


ベンチに両腕を広げ足を組んでいるナグッタロウ人形を見て一花が素直な感想を述べる。


「このナグッタロウは過酷な環境でも文句を言わずにお客様を迎える日本一の働き者なんだ。」


俺がスマホで冬のナグッタロウの写真を見せると一花が大笑いする。


「ぶははははは!雪に埋もれて顔しか出てなくてシュールだね。」


写真の通り1年を通してこのナグッタロウはお客の目を楽しませているのだ、そんなナグッタロウもとままえだベアーと同じく改修されている。


それほどに北海道の冬の環境は過酷なのである。


「ちょうど2人座れるから饗庭さんに写真撮ってもらおっか。」


「こんな美女に囲まれてナグッタロウも幸せ者だね。」


俺と一花がベンチに座ってピースサインをすると饗庭がスマホで写真を撮る。もちろんSNS熱は冷める事は無くすぐにSNSに投稿する。


するとブンナグッタルド公式アカウントから返事が来て少し驚く。企業もSNSをチェックしているのだと感心してしまった。食事してないんだけど…。


時間もホテルのチェックインが出来る時間となり、今回宿泊する『ドーレーイン稚内』へと向かう。



ドーレーイン稚内─


ホテルに到着すると駐車場にバイクを停めるのだが、そこで事前に用意した四角形の木の板を取り出す。


「それじゃ一花、バイクを停めたらサイドスタンドの下にこの板を入れて。」


「その板は何なの?」


「舗装されている地面を見てみなポコポコと窪んでいるだろ?」


「うん、なんか細い棒で押し込んだ様な穴があるね。」


「それ全部バイクのサイドスタンドが埋まった跡だから。」


北海道の街中のアスファルト舗装は本州に比べ熱によって変形しやすい様になっている。冬場の北海道は零下になる為の対策としてアスファルトを柔らかくしているのだ。


「…という事で転倒対策でこの木の板を入れると接地面が増えて安定するという訳。」


「へー、知らなかった。新車を倒すの嫌だもんね。」


木の板をサイドスタンドの下に敷いてバイクを駐車させるとチェックインをしにフロントへと向かう。


『ドーレーイン稚内』道内で展開するビジネスホテルだ。ただのビジネスホテルとは違い屋上に温泉があるのだ。


その為、道内では非常に人気が高く出張者には北海道出張と言えばドーレーインと言われるくらいである。


「それじゃあ、俺は近くのキャンプ場へ行きますんで。」


俺達がフロントへ移動しようとすると鳥居がそのままバイクに跨りキャンプ場へ向かおうとする。


「助さん!部屋なら押さえてるから一緒に泊まるよ!」


「し、しかしハルちゃんこれ以上ご迷惑をお掛けする訳には…。」


「ストップ!今後はチームの一員として付いてくるなら私の言う事は必ず聞くこと!いいね。」


「…わかりやした。ハルちゃん…恥ずかしながらお世話になります。」


諦めた様子で俺の要請に応じる鳥居この男は本当にあきれるほど律儀だ。女所帯にも遠慮しているのだろうが俺もおっさんだ、気にすることは無いのだ。


4人でチェックインを済ませると部屋で着替えを行いロビーに集まってから洗濯へ向かおうとする。


「ハルさん、一花さん、洗濯なら私がやりますから歩いて観光でもして来たらどうですか?」


饗庭から珍しく提案をしてくるが少し不安が残る。なぜなら饗庭の表情が普段のクールさが全くない程に緩んでいるからだ。


しかし、洗濯をする時間で一花と自由に行動できる魅力は大きい。そこで俺に妙案が浮かぶ。


「じゃあ、コレとコレ、私と一花の洗濯物が入ってますのでお願いしますね。」


「…ゴクリ、お任せ下さいピッカピカにしておきますよ!」


俺と一花の洗濯物が入ったトートバッグを手渡すと喉を鳴らす饗庭。なぜ喉を鳴らすす。


饗庭はトートバッグを受け取るとホテルの洗濯機ではなくコインランドリーに向かう。そこで俺は鳥居に饗庭の見張りとその報告をこっそりと依頼する。


鳥居はもちろん二つ返事で了承してくれた。本来であれば何事もない事が一番なのだが…。俺と一花は稚内市内の観光へと出掛ける。



稚内市内コインランドリー─


饗庭の痛車の後をこっそりバイクで後をつける鳥居。饗庭がコインランドリーへ到着すると店内に入り早速、洗濯を始めようとするのを確認する。


「店内に人影は無し、饗庭のあねさんだけか…。」


コインランドリーから少し離れた物陰で店内の様子を伺う鳥居。立ち振る舞いも手慣れている。


「しかし、姉さんは至って真面目な性格だ…ハルちゃんは何を心配してるんだ。」


ハルからの依頼を不思議に思っていた鳥居だがすぐに答えが出る。


「…だ、誰も居ませんね。こ、これがハルさんの…。」


「フゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!」


饗庭が俺のを顔に押し付け匂いを嗅いでいる。その様子を見ていた鳥居が噴き出す。


「ブッーーー!!…あ、あれかあ!」


ハルの懸念していた出来事が起こる、それを一瞬で理解した鳥居。


そしてタイミング悪く別の利用客が店内へと入って行くと饗庭がすぐに振り向き乳バンドを隠すのだが、ちょうど外に居た鳥居と視線が合ってしまう。


「「あっ!」」


気付かれた鳥居は急いで逃げようとバイクに跨りエンジンを掛けてアクセルを捻るがバイクが進まない。


「くそっ!なんで動かないんだ!」


ギアも入ってるのに動かない事に焦る鳥居だが背後に物凄い気配を感じて振り返る。


「…逃がしませんよおおおおおおお!!」


必死の形相の饗庭が鳥居のバイクの後ろを持ち上げて後輪を浮かせている。常人離れした瞬発力と筋力である。


「あ、饗庭の姉さん!?早すぎでしょ!!ていうかバイクを俺ごと持ち上げてる??」


「助さんエンジンを切りなさい!じゃないと下着ドロボーって叫びますよ!」


「くっ…きたない手を…わかりやした。」


饗庭の手にはハルの下着が握られている。仕方なくバイクのエンジンを切る鳥居。


「はあはあ…今見た事は内緒にして下さい。」


「…そりゃあ出来ません、ハルちゃんには報告を求められてるんで。」


「そ、そこをなんとかお願いしましゅう…うう。なんでもしますから…。」


さっきとは打って変わって涙目になり必死に懇願する饗庭、鳥居もこんな姿を見るとは予想もできず困惑している。


「じゃあ姉さんこうしやしょう、ハルちゃんの下着の匂いを嗅ぐのは止めると誓うんでしたら今回は見逃します。」


「も、もちろん、もうやりませんとも…バレたら社会的に死にますし…。」


(それなら最初からやらなきゃいいのに…。)


鳥居の性分を知っている饗庭だ、次が無い事を理解している様子だ。だが身内にまでこういう人が居るのだと改めてハルの苦労を感じる鳥居であった。


一段落した所で意気消沈した饗庭が洗濯を続け乾燥が終わると、それを監視していた鳥居と共にホテルに戻る。



ドーレーイン稚内ロビー─


「洗濯お疲れ様、ありがとうね饗庭さん。」


ちょうどタイミング良く戻った俺と一花が饗庭から洗濯物を受け取る。どことなく饗庭の暗い顔を見て察する。


饗庭が自室へ戻って行くと、俺は鳥居から報告を聞く。


「で、助さん洗濯中に何かあった?」


「い、いえ、特に問題なく終わりやした。」


鳥居という男は律義者、故にウソが苦手な様で目が完全に泳いでいる。


「フフッ、そっか!じゃあ助さんもお疲れ様ね!明日もゆっくり出るからしっかり休んでね。」


「あ、あの…ハルちゃん俺は。」


「報告は何も無かった。それで十分だよ。」


何か言いたそうな鳥居だが笑顔でそれを信じる俺、信じる事から始めないと何も始まらない。もちろん鳥居だから信じている。


(ハルちゃん…なんて器の大きい子なんだ…。)


鳥居がなぜハルにファンが多いのか理解ができた。年齢離れした見合わない懐の大きさ他者を思いやる心、真っすぐに人を見つめる瞳。


自分より年上の様な錯覚さえある寛容さを感じる鳥居であった。


こうして3日目も終わり明日は北海道最北端に有名な道が待ち受けている。


本日の走行距離199km…我ながら安定したルート選択である。

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