第45話 8月11日①…ベアーMK-Ⅱとオトンルイ風力発電所

翌朝、胸の苦しさで目が覚める。


起きると目の前で饗庭あえばが幸せそうな顔で涎を垂らしながら俺の胸で寝ている。饗庭の頭をゆっくり持ち上げて横に置くとテントの外から光が射し込む。


テントの外に出て空を見上げると真っ青の晴天だ。今日も快晴である。


周りの北海道ライダーらしき人達も数人居るがすでに撤収を終えている人、朝食を作っている人、テントを撤収中の人と早朝から慌ただしく動いている。


テントの中から痛車の鍵と腕時計を取り出す。時間を確認すると朝の6時である。


痛車の中からガス缶とコンパクトバーナー、谷川岳で水を汲んだ水筒を取り出す。風除けを立ててガスバーナーをセットするとポットの中に水を入れ温める。


「ハルちゃんおはようございます。」


「助さんおはよう、朝早いね。」


「…あの…ハルちゃん胸が…。」


鳥居が顔を逸らしながら俺の胸に指をさしてくる。胸元を見ると饗庭の涎で服が透けている…。


「ははは…気付かなかった。ありがとね助さん。」


「いえ…当然の事で。」


俺が胸をタオルで隠してお礼を述べると恥ずかしそうに照れる鳥居。


「俺が皆さんの朝食を作りますんで…。」


そう言うと鳥居は俺の横で朝食を作る準備を始めている…どうやら俺が起きるのを待っていてくれた様だ。


鳥居が俺達の分の朝ご飯を作ってくれている間に俺は人数分のコーヒーを準備する。ドリップコーヒーのパックを4つ取出し各々の専用マグカップにセットしておく。


お湯が沸騰したら一旦火を止めてセットしたドリップ用ペーパーのコーヒー粉にお湯を注いでいく。人数分出来上がると一花と饗庭を起こしに行く。


「おーい!起きろー朝だぞー!」


「んー…むにゃむにゃ。」


「はっ…おはようございましゅ…ハルさん。」


「コーヒーがテーブルの上にあるからそれ飲んで目を覚ましてね。」


まだ半分寝ぼけている一花と饗庭を起こしたら鳥居の方に行き朝食の手伝いをする。


鳥居がホットサンドメーカーでベーコンとチーズを挟んだパンを焼いているので隣で俺のコンパクトバーナーを使い、ミニフライパンでクーラーボックスから取り出した玉子で目玉焼きを作って行く。


焼いている間に紙皿をミニテーブルに用意しておく。


鳥居がやいたホットサンドをナイフで半分に切り、一切れと焼けた目玉焼きを紙皿に置いて行く。とりあえず2人分出来たのでコーヒーを飲んでいる一花と饗庭の前に出す。


「はい、朝御飯。先に食べてていいからね。」


「はーい!悪いけど先にいただきますー!」


「ハルさんありがとうございます。」


キャンプの朝は大忙しだ、俺がまるでお母さん役である。鳥居はお父さん役といった所だろうか。これがまた手慣れている様子でどんどんと焼いていく。


「ハルちゃんは先に食べてて下さい…俺は後で食べるんで。」


「ここまで来たら一緒に食べましょうよ。ほら助さんコーヒー。」


「…ありがとうございます。…んっ?こりゃ美味い。」


調理しながら鳥居がコーヒーを飲むと美味しいと言ってくれる。さすが谷川岳の六年水…汲んでおいた甲斐があったというものだ。


全員朝食を取り終えると食器、調理器具を洗い、片付けの準備に入る。


今日の予定は稚内にあるホテルに宿泊するだけなので時間はたっぷりとある。この余裕こそが北海道ツーリングでは大事なのだ。


今日はくのいちのコスプレをしなくて良いのでさらに俺は上機嫌である。新しく買っておいたレザーのパンツ、メッシュのレザージャケットをテントの中で着替えていく。


レザーなんて小太りなおっさんには似合わないのだが…スタイルの良い人間にはこうも似あう物なのだと感心する。


出発の時間はゆとりをもって朝の8時に設定しているので忘れ物が無いように荷物を痛車に積んで行く。ゴミの分別、廃棄と中央管理棟へ行きチェックアウトを告げる。


「じゃあ、皆片付いたし出発するよ。まずは苫前町を目指すよ!」


「「おー!」」


各自、バイクと痛車に乗車して小平町望洋台キャンプ場を後にする。



国道239号を北方面へ走行中─


左手に海、右手に丘という景観の良い道がしばらく続く。信号機も全くないので非常に快適だ。北海道と言えばやはりこの解放感抜群の道だろう。


そういう事もあってか後方から地元走りをする車が追い抜いて行く…。


『ブオォォォォォォォォン!!』


俺達はちょっとした車列になっているので追い抜く車の速度も100km/h近い…見通しが良いのが唯一の救いだが危険な事に変わりはない。


「ねえハル!私たちも速度上げた方がいいのかな?」


「いや、このままでいいよ。交通ルールは愚直に守った方が安全だからね。」


「うん、分かった!」


無理に速度を上げると追い抜く車がさらに加速する危険があるので法定、制限速度プラス10km/h程度で走れば十分だ。


ただでさえ初心者ライダー、ドライバーが2人も居るのだ、その2人の命を守る責務も俺にはあるのだ。


しかしカメラやドラレコにばっちり映る時代でも交通違反は無くならないのが不思議でならない。


その後は北海道ライダー達にヤエーをしつつ苫前町へと入って行く。



苫前町役場前─


「…あれ?なんか目が光っているような…。」


『とままえだベアー』モニュメント前に到着するのだが以前に見た時と状況が変わっている。以前に訪れた時は目も光らないし立ち入り禁止にされていて撤去されそうになっていたのだ。


不思議に思い考えていると一花が俺に声を掛けてくる。


「なんかこのクマさ…微妙に可愛いような可愛くないような…。」


「前はあんなに目が飛び出して居なかったんだけど…猟師さんに撃たれたのかな。」


俺がブラックジョークを言うが本当に目が飛び出していてギャグ漫画世界の住人のようになっている。


「ハルちゃんとままえだベアーですが、老朽化で倒壊の恐れがあったんで作り直したみたいですよ。」


「そうなんだ…知らなかった。」


鳥居の話だと『とままえだベアー』を作り直した様だ。立ち入り禁止にされていた時は二度と会えないと思っていたのに、『とままえだベアーMK-Ⅱ』といった所だろうか。


「一花、とままえだベアーの後ろと前を見比べてみて。」


「…うん?…あれ?裏から見ても表から見ても同じポーズだ。」


「実は腕が4つ足も4つ顔が2つもあるんだよ。」


道路から眺めた時にどちらからでも見れるように工夫をされているのだが、近くから横を見ると少し恐ろしい形状になっている。


「…これが動き出したら北海道が壊滅しちゃうね。」


「映画のシャークシリーズみたいに暴れ回ったらそうなるだろうね。」


某B級映画の例えを出すが実際にあんな感じでとままえだベアーが暴れ回ったら相当に面白いと思う。


俺と一花でとままえだベアーを背景に同じポーズを取り自撮りをしたら次の目的地へと向かう。自撮りが面白い…このままSNSに上げてやりたいくらいだ。



オロロン鳥モニュメント北側─


オロロン鳥と言えばオロロンラインの名付けの元になった動物である、国道232号線の羽幌はぼろ町の南側に1体、北側に1体存在している。北側の方が駐車スペースもあり撮影がしやすい。


「なんか動物の像が多い道だね。」


「でもこういうのは北海道ライダーの道標にもなってるから良いんだよ。」


おっさんの時はこのモニュメントを過ぎる度にここまで来た、オロロンラインを走っているのだと実感を得ていた。


この様な目立つモニュメントはSNS全盛の今の時代、所在を簡単に説明できるしるしとして注目される存在となっている。


「…これも動き出したら面白いね。」


「なんでも動かそうとしない…。」


ちなみにオロロン鳥の鳴き声を聞いて貰えば分かるが、このモニュメントが動き出してあの鳴き声を発したら本当に怖い。


またオロロン鳥と同じようなポーズを俺と一花で自撮りをする…俺の自撮りの熱がどんどんと高まって行く。


SNSで位置特定をされる恐怖とこの楽しさを伝えたい気持ちが俺の中で葛藤し始めている。


(うごごごご…。)



国道232号を北方面へ走行中─


天塩町に向かって走り続けるが今日は天気が良い事もあり非常に暑い。途中にあるセコマに寄っては水分補給を行い北上していく。


北に進むにつれてバイクの数も増えて行く…ライダーなら一度は行ってみたい場所が近いからだ。


すれ違うバイクとヤエーを繰り広げるが脅威の100%の返事を貰っている。


女ライダー2人と痛車も目立っているのもあるが新潟港での一件以降、SNSでは俺達の北海道ツーリングの噂が広まりつつあった。


こうなると自分でSNSを発信せずとも位置が割り出されて特定されていく。


それを見た様々な人間達が行動を開始して行くのだが…中には悪意を持った者も含まれている。それは後で色々と影響が出てくる…。


国道232号線にある道の駅てしおの手前の交差点を道道106号へと左折する、しばらく直進すると日本海が見える交差点に出るのでそこを右折する。


休憩を挟みながらオロロン鳥モニュメント北側を出発してから2時間ほどで天塩河口大橋を渡り始める。


「ハル!なんか向こう側に風車がいっぱい並んでる!」


「ここがライダー達の憧れの地でもあるオトンルイ風力発電所だよ!」


橋から見える風車は小さく映るが近付くにつれ実物の大きさが分かり圧倒されて行く。よくやく目的地のオトンルイ風力発電所へと到着する。



サロベツ原野駐車場─


オトンルイ風力発電所がある道の途中に駐車場があり、そこにバイクを停めて風車を眺める。


「うっわー!綺麗に風車が並んでて凄いね。」


「これが北海道ツーリングを代表する道の一つだよ。」


海岸線に広がる原野に沿った形で綺麗に並ぶ風力発電の風車がとても景観が良い、視線を変えれば利尻島にある利尻富士がさらに幻想的な景観を生み出してくれる。


周りを見ると数人のライダー、車で来た人が風車を背景に写真を撮るのに勤しんでいる。


あまりの景観の良さにを求めすぎて道路を横断する人がいたり敷地に勝手に入ったりする人が居る。


この道はダンプカーの往来も多いので景観に注視していると危険である。撮影はマナーを守って行うべきである。


「でも、今年来れて本当に良かった…。」


「なんでよ、来年も来ればまた見れるじゃん。」


「…確かに来年までは見れるけど老朽化で2025年3月に見れなくなるんだ。」


本来であれば2023年には撤去が始まる予定だったのだが延期になった。そのお陰で今も見れるのだが今後、建て替えられると今までの様な景観ではなくなるらしいのだ。


おっさん時代には何度も目を楽しませてきた風車も役目を終えようとしている。


「じゃあさ、いっぱい写真撮ろうよ。」


俺が悲しい顔をしていると一花がスマホを取り出してくる。


「ああ…そうだな。いっぱい自撮りしてやろう!」


俺と一花で自撮りを始める、途中で饗庭にも写真を撮って貰う。様々な形、恰好で満足するまで取ると最後に4人で一緒に記念撮影をする。


来年まであるとは言えまた来れる保証はない。その気持ちも後押ししてか良い写真が撮れたのもあり俺のSNSに上たい熱が最高潮に達する。


スマホでSNSアプリを開き文章を打ち込み写真を選択してボタン一押しで投稿できる状態にするが最後のところで親指を震わせながら自我を保ち我慢する。


「饗庭さん…この写真をSNSに投稿したいです…。」


「ハルさん!旅の間はSNSは我慢を…。」


某バスケ漫画の様なセリフで饗庭に許可を貰おうとするが我慢を求められる。北海道の素晴らしさ楽しさを伝えたい衝動は昨日からあった。


SNSで皆と気持ちを共有したい…分かってもらいたい…来てもらいたい…。


俺の頭の中でぐるぐると思考が光回線の様に巡り…最後に俺の姿という結論に至る。


スマホを掲げてボタンを押す準備を整える。


「ハ、ハルさん…ダメ!ボタンを押したら!!」


「…いいや!限界だ!押すねッ!!ポチッとな!」


饗庭が制止してくるが俺の親指がスマホのSNS投稿ボタンを押す、押してしまったのだ…。押した後の俺の顔は愉悦で歪んでいる。


「な、何てことを!また佐竹さんに怒られる…。」


「色ちゃん、そこが怖かったんだ…。」


SNS管理を任されていた饗庭が上司の佐竹にどやさる事を懸念しているのを一花が呆れている。


数秒も経たない内に返事といいね!が一気に返ってくる。概ね肯定的な意見と俺の容姿についての反応だが…それも嬉しい。


「うんうん…いいよね北海道!(と俺)」


SNSの内容をニマニマしながら眺めていると駐車場に居るライダー達から視線を感じる。皆スマホを片手にコチラを見ている。


「ねえハル!そろそろ行こうよ…周りの目が凄いって。」


「へっ?」


スマホに集中して気付かなかったが駐車場に居る数人のライダーがスマホをポチポチとコチラを見ながら操作している。


恐らく俺達の所在をSNSに上げているのだろう…。こうやって情報は拡散されていくのだ。その原因は俺なのだが。


一花にせかされ急ぎ足で駐車場を出発する。



道道106号を稚内方面へ走行中─


左には波打つ海岸線、右には原野が広がっている。そんな中に道路だけが人工物として残っている道をバイクで走り続けているが、だんだんと一花に疲れが見えてくる。


「一花、少しふらついているけど大丈夫か?」


「…ちょっと休憩したいかな。こんなに暑い中でバイク運転するの初めてだから…。」


稚内まではまだ50km以上離れている、休憩を挟んでいるとは言えバイク初心者の一花には厳しいと判断する。


「じゃあその先にある交差点を右折したサロベツ原野で休憩を入れようか。」


「さ、賛成ー…。」


道道106号と道道444号がぶつかる交差点を右折する、7kmほど走った先には休憩にはもってこいの施設がある。



サロベツ原生花園─


湿原性植物が咲くことで有名な場所だ。季節ごとに咲く花もあり冬を除けば風光明媚な景色を散策できる自然公園だ。


「…はあ、バイクが楽しいんだけど暑さがヤバいし。」


「バイクに乗ってると気付かない間に熱中症になったりするからね。」


今年の夏は特別に暑い、北海道でも30℃を超える地域もある位だ。そんな中、多少涼しいとは言え慣れない土地での生活というものはストレスにもなる。


特に高校生の一花は全てにおいて初めてなのだ、俺が思うより疲労が溜まっているのだろう。図太い神経を持っていても体力は別なのだ。


「レストハウスがあるからそこのテーブルで座って待ってて、アイス買ってくるから。」


「…うん、お願い。ちょっと涼めば回復するから。」


サロベツ湿原センターに併設されているレストハウスでは飲食の販売も行っている。そこで豊富とよとみ町の牛乳で作られたソフトアイスを買い一花に渡す。


「あ”あ”ぁ”ーづべだぐでおいじいー…。」


「はははは、暑い中で食べるアイスは格別だね。」


アイスを美味しそうに食べる一花、暑い中良く頑張っている。饗庭も一緒にアイスを食べているが鳥居がまた外で煙草を吸っているので外に出て声を掛ける。


「助さーん!こっちでアイス食べようよ。」


「いえ、俺はここで…」


「あーんさせるよ?」


「…行かせて頂きます。」


俺があーんさせるジェスチャーで脅すと慣れたのか問答無用でこちらの要求を飲む鳥居、だんだん俺の事を理解してきたようだ。


レストハウスで皆でアイスを食べて休憩する。


ここは駐車も無料で中の湿原の入園料も無料でちょっと休むにはちょうど良い施設である。また湿原の散策は30分以上掛かるのでバイクで固まった体をほぐす運動にも適している。


「今日はとりあえず稚内のホテルに泊まるから時間は気にしなくていいけど15時頃には着きたいかな。」


「気にしなくてもいいなら、ゆっくり行こうよハル。」


「洗濯しないと着替えがありません…。」


「…もう3日経つんだ。」


今回は3日分しか下着を用意していない、フェリー1日分、キャンプで1日分、今日はホテルで1日分、つまり明日のキャンプは2日連続で同じ下着になってしまうのだ。


途中のお店で下着を買えば良いのだが…元おっさんの俺が買いに行ける訳が無いのでその案は却下だ。


ちなみに俺の下着はハルの残した過去の遺産を食い潰しているのと母にお願いしている。


「それじゃあ稚内に行こうか!」


「一花、もう体は大丈夫なのか?」


「アイス食べたから大丈夫だし、…同じ服は嫌だから…。」


本音がだだ漏れだが、その意見には概ね賛成である。事前に俺が説明した下着二日連続ツーリングの脅しが効いている。


サロベツ原生花園を出発して来た道を戻る、後もう少しで稚内なのだが俺のSNS投稿が徐々に影響し始めている事にまだ気付いていない。

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