第36話 ノスタルジックなレトロを食す!

全国各地で行なわれた大河ドラマの番宣も全ての工程を無事に終了した。


そしてすぐに高校の1学期の期末試験が始まり試験休みへと入る。これが過ぎればとうとう待ちに待った夏休みである。


もちろん貴重な試験休みを無駄に過ごす気は全くない。


北海道ツーリング前のマスツーリングの事前練習を俺と一花と饗場あえばの3人で行う事にしたのだ。


今回は高速道路を通って目的地でランチをした後に下道でゆっくりと帰る計画だ。美味しいランチと説明した事もあってか同行する一花の期待値が高まっている。



関越自動車道三芳パーキングエリア─


「美味しいランチッ♪たっのしみだなー♪」


集合場所の三芳PAに愛車のバイクで到着した俺と一花だがまだマネージャーの饗場が来ていない。俺のお勧めランチもあってか一花が横でぴょんぴょんと跳ねてはしゃいでいる。


「しかし饗場さんが遅れるなんて珍しいな…。」


腕時計を見ても集合時間の午前9時が過ぎても来る気配がない。しっかりと連絡をしたはずなのだが。


すると遠くから声が聞こえてくる。


「すいませーん、お待たせしましたー!」


声のする方を見るとのTOYOTA AQUAに乗った饗庭が窓から手を振っている。駐車場に車を止めて饗庭がこちらに小走りでやってくる。


派手な柄だと思ってよく見ると車の扉に大きい文字で『生きていればこそ』と筆で書いた様な躍動感ある文字と…ボンネットには見覚えのある妙に艶やかな色っぽい早川殿とくのいちの絵が描かれている。


「ああ、この車ですか?これ番宣用に特別にラッピングして貰ったんです。」


「…ええと饗場さんや、もしかしてこれで?」


「はい!北海道にも行きますね!」


饗場が車のラッピングについて答えるが、まさかの痛車で北海道ツーリングに参戦するとは予想を超えて来た、とにかく目立つ。今でも他のパーキングエリア利用者の視線が痛い。


「大日本大学の森さんですか?スポンサーのゲーム会社のイラストレーターの方を佐竹に強く推薦しましてね。『ハルさんのキャラはこうでないと』という事でデザインが決まりました。」


森…お前のせいか。どおりで見覚えのある絵だとは思った、それにこうでないとって意味が分からない。


「ハル、色ちゃん来たなら出発しよ…うっわ凄い車。」


後ろではしゃいでいた一花が痛車を見て率直な感想を述べる。やっぱ凄い車だよね。


「色ちゃん…恥ずかしいからちょっと距離取って走ってよね…。」


「ひどい…私だって家から乗ってきたんですよ!」


目立って仕方ないが番宣用にプロの絵師が協力してくれたのだ感謝しなければならない。森は今度会った時にぶっ飛ばすとする。


「そうだ!二人のバイク用ヘルメットをお借りしても良いですか?」


思い出したかの様に饗場が話し出す、とりあえず俺と一花がヘルメットを渡すと車に戻り何かを取付けている。


「はい、ハルさんお待たせしました。」


そう差し出されたのは撮影用のカメラを殿のちょんまげの様に固定されたヘルメットだ。いわゆる殿という奴だ。


「やっぱこれ、必要ですよね…。」


よくバイクの動画撮影者が行っている一般的な取付け方法だが、唯一のデメリットがクソダサい。本当にダサい。


「ぶわっはっはっはっは!!似合ってるよハル。」


殿様ウントされたヘルメットを俺が着用すると横で一花が大爆笑する。気持ちは分かるが笑っていられるのも今の内だ。


「一花さんのヘルメットも出来ました…ちょっとズレましたけど。」


「えっーーーー!私もやるのっ!!」


ヘルメットを被りお辞儀をした体勢で顔を横に45°程向けるとマウントしたカメラが真っすぐになる位にズレている。太閤に謁見した傾奇者の髷の様な感じだ。


「…どう似合ってるハル?」


「ブッフォ!…う、うん、良く似合ってるよ。」


改めて見ると可愛い生き物にアホ毛が生えてるようにも見えて噴き出してしまう。


饗場にもバイク用のインカムを渡して3人で連絡が取合えるようにする。ようやく準備が整う。


「じゃあ準備が出来た所で出発しようか。」


「「おおー!」」


先頭には一花、後ろに俺、最後尾に饗場の痛車AQUAという並びで出発する。中継地点の鶴ヶ島ジャンクションまでは3車線なので一番左の車線を走行するのだが…色々と問題が判明する。


「饗場さん…聞こえますか?」


「な、なんでしょうかハルさん?…わわわっ。」


「…運転経験は何年ですか?」


「6年前に免許を取りましたけど、運転するのは今日が初めてです。…わわわっ。」


やはりペーパードライバーか…というか速度が50km/hしか出ていない。後ろから車がどんどんと追い抜いて行きその度に饗場が慌てている。


集合時間に遅れた理由も分かってきた。


「速度計を見て下さい、少しでいいです。それが80km/hになるまでアクセル踏み込んで下さい。80km/hまで上がったら維持をする様に頑張って下さい。」


「は、はいっ!」


このままだと饗場が最低速度違反になって警察に捕まってしまう。今日は平日だからまだ良いものを休日だと渋滞の原因にもなりかねない。


俺の助言の甲斐もあってか饗場も80km/hを維持して車の流れにのれている。


「2人共、標識が無い場合は最低速度は50km/h、最高速度は100km/hで高速道路は決まっているから速度計は定期的に確認する事。」


「速度が安定しないと危ないし煽り運転と追突を誘発する事もあるから注意ね。車線変更する時も早めのウィンカーに目視確認を絶対にする事。」


「はい、わ、わかりました!」


「OK、試験でやったからバッチリ!」


俺の説明に自信の無さげな饗場に、自信有りの一花、両者を比べると免許取得してからの期間の違いが如実に表れてる。


「ちょっと余裕が出来たらサイドミラー、バックミラーも見てね、中にはありえない速度で追い上げてくる人もいるから。」


「なんか高速道路って便利で快適な物だと思ったけど危ないんだね…。」


高速道路は一般道に比べて止まって考える事が出来ない。走行しながら常に考え判断をしなくてはならない。一花の感性はやはり人並み以上に優れている。


「そろそろ鶴ヶ島ジャンクションだから左の側道に入ったら八王子方面ね。」


「了解ー!」


「分かりました。」


3車線の関越自動車道が終わり2車線の首都圏中央連絡自動車道、圏央道へと入る。


合流地点に入った時に一花と俺はすんなりと合流出来たが饗場の運転する車がタイミングが悪く本線を走っている車にクラクションを鳴らされてしまう。


『プップーーーーーー!』


「あわわわわわっ!!」


「饗場さん落ち着いて、合流する時は私達に合わせないで必ず本線側を早めに目視して下さい。そうすれば入れるタイミングが分かりやすくなります。」


「は、はい!!」


少し距離が離れたが饗場も合流できた様だ。合流が上手くなる秘訣は早めの目視確認と先に入るか後に入るかの判断である。


「少し走ったら狭山パーキングエリアがあるので一旦そこで休憩しましょう。」


一花の方はまだまだ元気だが饗場が少し疲れ気味だ、慣れない内は無理をしない、まだ時間はあるのでゆっくりと走って行く。



圏央道狭山パーキングエリア─


「はあはあ…久しぶりの運転がこんなに難しいなんて…。」


「饗庭さんお疲れ様、最初より全然良くなってるから。何か冷たい物でも買って来ようか?」


饗庭が思った以上に疲弊している、6年振りの運転しかも高速道路なのだ相当堪えた様子だ。


「ねえ、色ちゃん大丈夫そう?」


心配そうに一花が話し掛けてくる。


「大丈夫、大丈夫!最初は緊張するのはなんでも一緒だし。それに目に見えて運転も良くなってる少し休めば大丈夫。一花はお店でも見てきなよ。」


「うん!そうする!」


そう言うと一花がパーキングエリアの売店へと小走りして向かって行く。俺はパーキングエリア内の自販機コーナーに行き冷たいお茶とワンダモーニングショットを買うと饗庭の痛車へと持っていって上げる。


「ありがとうございます…。」


痛車の運転席の窓から饗庭が俺から冷たいお茶を受け取ると一口飲み、俺達に取り付けていた撮影カメラのデータをノートPCで確認を始める。


「ねえハルさん、車の運転が上手くなるコツってあるんですかね。」


饗庭が自分の運転に自信を無くしている、コツというか今はオートマの車が主流なのではっきり言って小学生でも乗れてしまう。コーヒーを飲みながら俺が答える。


「コツというより、人への思いやりかな…。後は基本ルールをおさえる、そうすると案外簡単に乗りこなせるようになるよ。」


「思いやり…ですか。」


思いやりと言っても譲るだけが思いやりでは無い。周りに安心を提供するような運転それが一番の思いやりだと思う。


独善的か協調的か…公道に於いては一番大事な事だ。


「おーい、狭山抹茶ソフトクリーム食べる人ー!」


一花の声が聞こえると売店から戻ってきた一花が3人分の狭山抹茶ソフトクリームを差し出してくる。


まだ梅雨明けはしてないが暑さは厳しいのでこれは助かる。饗庭も一旦作業を止めて皆で痛車の近くでソフトクリームを食べる。


「ねえーハル、ランチって何があるの?」


俺の目的地が美味しいランチが食べれるという情報しか与えてなかったのが気になりソフトクリームを食べながら質問してくる一花だが俺は自信を持って答える。


「そば、うどん、ラーメン、ハンバーガー…なんでもあるぞ。」


「なんか的を得ないラインナップだね…まあ色々あるのは良いかな♪」


恐らく一花や饗庭も生まれて初めて食べる食事のはずだ。経験があったらそれこそである。


狭山抹茶ソフトクリームを食べ終えると饗庭も体力が戻り、目的地へと再出発する。



圏央道内回り─


「ここからは坂道も増えるから速度計に注意してね。」


圏央道は中央道、東名高速と繋がっているが八王子を辺りから坂道が続く。坂道に入った事に気付かずに速度が落ちて行き渋滞の原因となるので速度計には注意しておく。


「こっちは大丈夫!」


「私も慣れてきたので大丈夫ですハルさん。」


2人共、高速道路に慣れていっている。道も混雑していないので順調である。

しばらくすると目的地の相模原愛川インターチェンジに到着する。


インターチェンジを下りると神奈川県県道52号を進み県道508号へと入る当麻市場の交差点を右折し真っすぐに進み今回の目的地へと到着する。



中古タイヤ市場 相模原店 自販機コーナー─


「よーっし!到着したぞ!」


「…到着って…お店無いし。目的地間違ってるんじゃないの?」


「いや、ここで合ってるよ。」


砂利の敷地の端にバイクと痛車を停めて降りると横一面に綺麗に並べられた沢山の自販機の壁に屋根に車のホイールがのっている。正面から見ると壮観である。


一花が自販機コーナーの食事が美味しいランチだと受け入れられていない。あれ程楽しみにしていたランチが自販機なのだ。期待していた落差で泣きそうになる。


「…もうっ!私、帰るっ!…折角ハルとランチ楽しみにしてたのに!」


「ちょっと待って一花!」


涙目になりながら再びバイクに跨ろうとする一花の腕を掴むと俺は一花の目を真剣な顔で見つめてお願いを言う。


「少し待ってくれ、もし一花の口に合わなかったら直ぐに帰ろう。だから俺にチャンスをくれないか?」


俺の目が真剣である事を察してくれたのか一花が涙を拭いながら静かに無言で頷く。


「よーっしじゃあ少し待ってろよー。」


俺はニコッと笑って意気揚々と自販機に向って歩みを進める。


お昼時もあり人が少し多いがトーストサンドのコンビーフとうどんを買い一花の所へ持って行く。


「はい、お待たせ。食べてみて。」


俺がうどんとトーストサンドを差し出すと一花が受け取り、神妙な面持ちでうどんを啜ると表情が変わる。


「え?普通に美味しい…こっちは…熱っ!」


熱いトーストサンドをハンカチで包みながらトーストサンドを頬張るとさらに表情が明るくなっていく。


「美味い!なんでなんで?お店で作ったみたい。」


「自販機の中で調理しているからね。」


自販機の中にセットされた冷蔵のうどんを熱湯で湯切りして液を注ぐ、トーストサンドはヒーターによって加熱され調理される。そうする事で暖かい商品が提供される仕組みとなっている。


「昔の24時間営業のコンビニが無かった時代に夜間働く人達に人気があったんだ。」


「だけど時代が変わって24時間営業のコンビニが出来るとその役目を終えていったのがこの自販機なんだ…。」


一花に説明をしながら、この自販機達が沢山の人に暖かい食事を提供していた事を考えるとノスタルジックな気持ちになる。


「全国にも数える程しかない貴重な物なんだ…それを一花にも知って欲しくてね。」


「…さっきはごめん。ハルの気持ちも考えないで。」


一花が謝るが俺はもちろん全然気にしていない。


俺がおっさんの子供の頃、父親に遊園地へ行くかと言われて行った先が競艇場だった事を思い出す。


もちろん楽しみにしてた俺は子供ながら大泣きして抵抗していたが父親が競艇場で買ってきたモツ串がもう美味しくて堪らなかった。


そこからモツ、ホルモン好きが始まったのだが…懐かしい思い出だ。だから一花の気持ちも少しは解る。


「ねえハル、他にもあるんだよね!全部食べてみたい!」


「よーし、全部制覇してみるかっ!」


一花と一緒に自販機コーナーへ移動する、もちろんこちらに到着してから饗庭は撮影を続けている。


一花がトーストサンドの自販機で足を止めると違う味があるのに気付いて財布を取り出すが困った顔をしている。


「1万円札使えない…。」


一花の財布を見ると1万円札がびっしりパンパンに入っている…金銭感覚が相変わらずやばい。


「そんな事もあろうかとっ!さあ好きなだけ食べなさい!」


100円玉と50円玉、10円玉を分けて入れてある巾着袋を取り出す。備えあれば患いなし。


「さっすがハル!出来る女は違うねー!」


俺を褒めながら一花が巾着袋から小銭を取り出すとお金を自販機に投入する。トースト中の文字が点滅して調理が始まる。


その様子をじっと眺めながら待機する一花、今時の若い子はこんな物見た事が無いはずだ珍しいのだろう。


『ゴトッ!』


調理が終わったトーストが取出し口に出てくるとハンカチを使って取り出すと包装を破いて頬張り始める。


「あんバターも甘くておいひいぃ…。」


一花も気に入ってくれた様で安心した、そして俺はというとやっぱりラーメンだ。器一杯に入ったスープに注意して取り出すと一気に麺を啜る。


一緒に買ったハンバーガーも食べながらラーメンを食べる。体が熱くなってきたのでバイクジャケットを脱ぎ腰に締め付けると一気に食べきる。


「プハー!やっぱこれこれ、懐かしい味が最高。」


「ハルー!小銭小銭!!」


その後は一花が珍しい自販機に片っ端からお金を入れて購入し始める。口に合わない物もあったが合うものが圧倒的に多くて一花がどんどん買っていく。


お菓子や手で持てない物は全部、痛車の中へしまっていく。


お昼ご飯を食べ終えたら次はデザートである。そこで俺はお勧めのデザートが売っている自販機に一花を連れて行く。


「これこれ…前来た時はお腹一杯で食べれなかったチョコバナナ…。」


「こんなのも売ってたんだ…。」


おっさんの頃に食べれなくて後悔していたチョコバナナだ。そもそもおっさんが食うには少しキツイ食べ物だが俺は気にしない。うははは。


3人分を購入すると外に設置されている椅子に座ってチョコバナナを頬張るが固い。


「ちょっと固いなあ…。」


冷凍されていたので思ったより固い、外側のチョコの部分が溶け始めているので髪に付かない様に片手で髪をかきあげて舌を出して舐めまわす。


「あー…レロレロ…。」


チョコを舐めとると、先端の部分にバナナが見えてきたのでそのまま噛み切ろうとするがまだ芯が凍っているので咥えて体温での解凍を試みる。


「チュッパチュッパ…まだ固い…。」


「ちょっとハル…ストップストップ。」


一花がチョコバナナを食べる俺の肩を叩く。何事かと一花の同じ方向に目を向けると大人な男性諸君がプロボクサーのボディブローを受けた様に前屈みの内股で歩いている。


中にはカップルの彼氏も居て彼女から殴られている。


ちなみに今の俺はバイクジャケットを脱ぎキャミソールを着ているので結構な塩梅で胸元も露出している。


だからと言ってこういうセクスィーなのを狙ってないのだが、セクスィーなのになっている。


「ハルってさ家でもそうだけど、たまにナチュラルにそういう事するよね…。私が男だったら1億回は襲ってるからね…。」


(うーん…心当たりが無いが同居人の一花が言うのだから間違いないのだろう…1億回も襲われたら塵も残らないが。)


「ごめんごめん、気を付けるよ。あー…んっ!」


俺がそう言うと一気にバナナの先端部分を噛み切る。


「「「はうっ!!」」」


周りから野太い喘ぎ声が聞こえてくる。


「だ・か・らっ!そーいうーとこだっていってんでしょーーーーが!!めっちゃめちゃチョコバナナ食べ難いわっ!!」


その後は痛車の中に戻ってチョコバナナを食べる一花と饗庭だが、その顔は険しい表情であった。


ランチとデザートに満足した俺達は下道を使いゆっくりと時間を掛けて帰宅を開始した。


本来の目的である北海道ツーリング前のマスツーリングの事前練習は達成できた。


収穫は一花の運転技術が思った以上に良かった事、饗庭が不慣れながらも助言を素直に聞いて修正出来る力がある事。


これなら北海道ツーリングも上手くやっていけそうだ。


後日、饗庭の撮影した動画が少し編集されてアップされたのだが、例のチョコバナナが卑猥だと注意を受けてモザイクにしたのだが、さらに卑猥になった。


そのお陰か、しばらくチョコバナナの売り上げが落ちたのは気のせいである。

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