第35話 今川家お家騒動その2

NHR札幌放送局控室─


発表会1時間以上前に早めに俺は現地入りしてスタッフ達に挨拶をして回り、控室に入るとメイク担当の井上いのうえに化粧を施して貰い発表会の準備に入る。


今回着る風魔くのいち衣装もここには居ないがスタッフの衣装担当、長浜ながはま(兄)特製品で期待も高まる。


「でも私が大河ドラマか…上手くやれるかな。」


俺が少し弱音を吐くとメイクをしていた井上がフォローしてくれる。


「ハルちゃんなら大丈夫、あれだけの修羅場を潜り抜けたんだから。自信持って。」


オーディション、記者会見…全て出た所勝負の出来事ではあったが、土壇場での度胸は大分付いたと思う。


衣装も着替え終わる、今回の衣装はコスプレと違い水戸黄門で言う『お銀』の様な衣装だ。


長い黒のブーツに、黒のくのいち装束、赤い帯に赤い額当て、そして何故か紫のノースリーブの全身タイツ…少しトラウマが蘇る。


だが相変わらず着心地抜群でこれで生活できる様な機能性は完備されている。…生活しないけどね。


その後、少し遅れて主演の氏真役、梶原 虎也かじわら とらやが控室へとやってくる。


「おはようございます!遅れてすみません…早速準備に入ります。」


時計を見るとまだ開始50分前だ、全然遅れてはいないのだが。しかも部屋に入ってからずっと俺に情熱的な視線を送り続けている。


そのまま別室の更衣室へと入って行く、監督の浅井も梶原の普段と違う様子に頭を掻いている。


「うーん、虎ちゃんいつもなら2時間前くらいに来るんだけど…妙に遅かったねー。」


(2時間前って凄く早いな…性格が出てるというかなんというか…。)


梶原の到着で出演者とスタッフ全員が揃い、最後に会議室で簡単な打合せの確認を行う。


終わると発表会場前へと移動するのだが監督の浅井が梶原を呼び止め会議室に残るように促した。


「虎ちゃんさ、昨日ハルくんと夕食行ったんだって?」


「はい…そこで俺が飲みすぎちゃったみたいで。」


昨晩の梶原と俺の夕食会は2人で堂々と向かって行ったので関係者全員が知っている。夕食でビールを飲み過ぎた事を反省気味に話す梶原。


「へーと言う事は虎ちゃん、もしかしてハルくんのマクラ営業受けたのかい?」


「…はい。」


「いやー羨ましいなー俺も予約してるんだけど全然順番周って来なくてさ、もう天にも昇る気持ち良さが評判で楽しみにしてるんだよね。」


監督の浅井が俺のマクラ営業について楽しみにしていると語った瞬間に梶原の表情が一変して浅井の胸倉を掴み掛る。


「浅井さん…アンタ最低だなっ!アンタだけは信じていたのに…。」


「…えっ?」


梶原の豹変ぶりに戸惑う浅井、しばらく考えると梶原が勘違いをしている事に気付く。


「ハルは俺が助ける…。誰が相手でもなっ”!」


そう捨て台詞を言うと発表会の会場へと向かう梶原。それを黙って見送る浅井だが近くにいたスタッフが心配になり声を掛ける。


「監督…梶原さんに言わなくてもいいんですか?」


「…いや、これはおもしろ…良い宣伝になるかもしれないな。」


顔をにやにやさせて悪巧みをする浅井、スタッフは不安そうにしている。



NHR札幌放送局大河ドラマ発表会場─


発表会まであと少し、舞台脇で待機しているがやはり緊張する。すると梶原が俺の手を握ってくる。


「ハル、大丈夫か?」


「梶原さん?は、はい大丈夫です。」


緊張している俺が気になったのか強めに手を握ってくる。うん…しかもなぜか恋人握りだ。


「昨晩の責任と…ハル、今後お前に辛い思いはさせない。」


「はいっ…えっ?一体どういう…。」


梶原の言っている事に理解が出来ていない俺だが無情にも発表会開始のアナウンスが入り、真意が確認できないまま主演の梶原、準主演の俺が会場入りする。


『これより大河ドラマ『生きていればこそ』の発表会を行います。』


会場にはすでに報道陣がつめて、赤い絨毯の敷かれた壇上の後ろに大型モニターが設置されている。


事前の打ち合わせ通り梶原と俺が先に入り、報道陣関係者に挨拶を行うと続けて大型モニターに番宣用の映像が流れる。


会場からはどよめきが起こる、映像にはリアルな合戦に壮大な音楽、氏真役の梶原の演技が要所で冴えわたり臨場感を引き立てている。


映像が終わると監督の浅井がドラマ制作に対する意気込みと関係者への謝辞を述べて順調に発表会が進行していく。


続けて出演者への質問へと移るのだがここで梶原が想定外の行動を取る。


『報道陣の皆さま、主演の氏真役、梶原 虎也さん、お春役の結城ハルさんへの質問を開始致します。』


司会者のアナウンスが入るが。


「その前に皆さんにお話があります!」


突然マイクを握った梶原の申し出に俺も何事かと注目をする。顔付きは真剣そのものだ。


「この度、不肖ながらも俺にとって!…かけがえのない大切な人が出来ました…素敵な女性です。」


会場が映像以上にどよめきと拍手が起こる、何故か会場の隅に居た梶原のマネージャーも驚いている。


そして俺も驚いている、発表するタイミングがおかしいと思いつつもここは素直に梶原に拍手を送り祝福したいと思う。


あの役者一本筋の梶原を射止めた女性だ、もの凄い器量のある女性なのだろう。


「その女性とは…俺の隣に立っている『結城 ハル』さんですっ!!」


(隣に立っている結城ハルさんか…同姓同名なんて珍しいな。)


梶原の横に立っているのは…俺しか居ない。念のため梶原の反対側も見てみるが誰も居ない。正面を向くと何故か全員俺を注視している。


3秒間程、沈黙する会場。



「俺じゃあねえええええええかあああああああああ!!!」


俺が自分の事だと気付くと同時に報道陣が一気に騒めき立て会場に響く歓声が沸き起こる。カメラマンのフラッシュが何度もたかれて会場中大騒ぎだ。


しかも生放送なのでリアルタイムに流れている。関係者全員も初めての発表会なので注目をしているはずだ。


(なんだコレ、俺なんかまたやったのか!全然心当たり無いんだがっ!)


出会って1日ちょっとでかけがえのない人になる理由を考えるが全然思い付かない。こういう時こそ立ち止まって冷静に考えて対処するのが一番大事だ。


「ハルさんとの出会いのきっかけは何ですか?」


俺の思考速度が追い付かない早さで報道陣の記者から質問が飛んでくる。


「それは昨晩…ぐあっ”!」


これ以上の混乱を避けるべきと判断した俺は梶原が質問に答える前に背後に素早くまわって裸絞めにする。


「と、殿はご乱心されております…少々退室させて頂きます。あはは…。」


俺がそう言って控室までくのいちの俺が氏真役の梶原を引きずって退場する。その様子を見て監督の浅井が大笑いしながら俺に向かってサムズアップをしてくる。


何の合図か分からないがこれは大変な事になる、俺には付いているのだ。


控室に戻ると梶原を裸絞めから解放してなんであんな発表をしたのか問い詰める。


「なんであんな勝手な事を言ったんですか梶原さん!」


「げほっげほっ…ああ言えばもうハルにマクラ営業を求めてくる奴らが居なくなるだろ。あれしか無かったんだ。」


「なっ…?」


俺は絶句した。確かに紛らわしい名称で呼ばれていた営業名だが、皆では無いことは事前に説明を行い承知していた。


ただ、そういうのに元々興味も無い梶原だけはだと真剣に捉えて様だ。


それに俺の昨晩の説明不足の所も大きく責任を感じる。梶原だけが悪いのではない。


『バキーーーン!!』


俺と梶原の背後で控室に置いてあった長机が2つに割れる。マネージャーの饗庭である。拳槌で長机を叩き割ったのだ。


「…お宅の事務所ではこの落とし前はどう付けるんですか…ねえ?」


饗庭が梶原のマネージャーに詰め寄るが怒りの饗庭の迫力に押され半泣き状態だ。


すると今度は俺のスマホに電話が掛かって来る。着信は父からだ、生放送を見ていたのだろう。


「は、はい、ハルです、お父さんアレはね…。」


『俺はハルのパパ、今ね千歳空港行きの飛行機に乗ってるの。』


『ガチャ…。』


なんかメリーさんの電話っぽい感じで父がこっちに向っている、というか飛行機乗るの早過ぎる。


またスマホに電話が掛かって来る、今度はウチの事務所の社長の斎藤からだ。


「は、はいハルです、社長アレはですね…。」


『ははは、ハルさんは何も心配しなくていいんですよ。(お前ら得物は用意したかっ!梶原んとこ事務所にカチコムぞ!)では少し用事がありますので、後は任せて下さい。』


『ガチャ…。』


なんか遠い声でカチコムとか言ってる社長の斎藤、まるで〇が如くの様だ。


またまたスマホに電話が掛かって来る、スポンサーの吉川からだ。


「はいハルです!吉川さんアレはですね!」


『主演の梶原くんには期待をしていたんですがね…非常に残念です。ハルさんは安心してドラマを頑張って下さい。』


『ガチャ…。』


普段怒らない人が怒った時の対応だ…一番やっちゃ駄目な奴…。


もう信長包囲網以上の梶原包囲網でドラマが始まる前に今川家が潰されてしまう。いや結果的に潰されるのだけど。


俺の周りが俺の弁解を聞く事無く動き出している、手の打ちようが無いと思った時に監督の浅井が控室にふらりと入って来る。


「ふー今回はやりすぎちゃったかな。でも2人のお陰で良い脚本が出来たよ。」


「それってどういう事ですか?」


話を聞いてみるとあの後、会場で監督の浅井が裏設定で氏真と風魔のくのいちとの禁断の純愛…儚くも叶わない事を演出していると説明してくれていた。


報道陣も梶原と俺の恋愛スクープだと喜んでいたのも束の間、演出と伝えられてがっかりしていたそうだ。


梶原の本気が普段の演技と同等で無いと報道陣も信じなかっただろう。一流の役者しか成せない技である。


「でもハルくんの裸絞めグッドタイミング!あれが無ければ…終わってたねーはははは!」


この浅井という監督は常識に囚われない自由奔放さが売りだが、本当にぎりぎりを攻めてくる。だからこその監督業なのだろう。


「でも、これじゃハルがまたマクラ営業する事になるんじゃあ…。」


『プルルッ!プルルッ!』


未だに勘違いをしている梶原に一本の電話が入る。どうやら顔見知りらしい。


「はい梶原です…えっ?…はい。ありがとう…。」


「誰から電話が来たんですか?」


俺が電話の相手を確認してみると、どうやら友人の一花からの電話だった様だ。


「ハルっ”!それに監督っ”!俺の…俺の早とちりでご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでしたあ”あ”あ”!」


その場で土下座をする梶原だが、俺にも言葉のやり取りも問題があったので土下座を直ぐに止めさせる。


饗場も状況が飲み込めたのか梶原のマネージャーに詰め寄るのを止めて関係者に連絡を取り始める。梶原のマネージャーがまだ震えている…申し訳ない。


一花からの電話は女の自分もハルからマクラ営業という名のマッサージを受けていると教えられたそうだ。


それと梶原の弁明を一花が関係者全員に連絡をしていってるので順次解決していきそうである。当事者では話にならなかったのでこれは非常に助かる。


全てが自分の早とちりで大騒動を起こした梶原が肩を落として座り込んでいる。


「で、でも、虎ちゃんみたいに真っすぐに熱い役者?って今時いないんだよねー、妙に気取ってさプライドだけ高いって奴ばっかでさ、だから頑張っていこーぜ!」


「私も言葉が足りなかった責任もありますし、何より守ってくれるという行動は嬉しかったです。」


落ち込む梶原にちょっとやり過ぎたと思っている監督の浅井と俺がフォローをしてやると少し元気が出たのか座った状態から勢い良く立ち上がる。


「…2人共ありがとう…俺が…俺が絶対にこのドラマを成功させてやるよっ”!!」


涙目でそう言うと本来の役者魂の入った梶原 虎也が復活して会場に戻り報道陣との質問へと移って行った。


もう梶原の勢いが凄かった、脚本も全て頭に入っているのか冗談も交えてドラマの面白くなる点、出演者の裏話などを出して会場を盛り上げている。


やっぱり一流は違うなと思いつつも俺も抱負や質問に答えて会場を盛り上げて行く。


そして発表会も無事に終わり関係者全員が会議室に集まる。


「皆、お疲れ様!途中色々とあったけど、それも活かして次の番宣も頑張って行こう。」


監督の浅井からの締めの挨拶が終わると皆で拍手をする。番宣はまだ始まったばかりだ。



会場の後片付けを手伝っていると浅井と梶原に控室に来る様に言われ付いていく。


「ハルくんさ、いくら安眠マクラを使うからと言ってもマクラ営業って名前止めてさ新しい名前考えない?」


「…他に俺みたいな奴は居ないとは思うけど、俺も人に勧め難いんだよね。」


浅井と梶原が俺流マクラ営業の改名を勧めてくる、確かに名前は隠語が由来だが今回の件からも言って良くない…初めからそうしていれば良かったが。


「…うーん、ハルくんが癒しを売るのだから…ハルを売る?」


「前より酷くなってますって!!」


浅井の提案にツッコミを入れる俺。意味も結局、隠語と変わらないので却下した。


「…俺、マッサージ受けて思ったんですよ、体だけじゃなくて心も洗われる様な感じ。ハルの心の洗濯…ハル洗ってどうでしょう?」


「…ハル洗ですか、業界っぽいネーミングで良いですね。」


梶原の提案したハル洗が気に入ったので今後はハル洗で営業を行っていこうと思う。


「じゃあ早速、ハル洗してもらおうっかなー♪」


そう言うと浅井が控室に設置されているソファーにウキウキしながら上半身裸になってうつ伏せで待機する。


「はあ…浅井さんも原因の一因ですが助けられましたし…。饗庭さん。」


近くで待機していた饗庭が安眠マクラをバッグから取り出して俺に渡す。そのマクラを浅井の頭にセットしてマッサージを始める。


「ふおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


控室に浅井の情けない声が響く、それを見た梶原が恥ずかしそうに顔をしかめている。


「俺もこうだったのかな…。」


梶原は浅井の気の抜けた顔を見て心配するが、すぐに寝落ちしたから大丈夫と言いたい、俺も梶原のこんな顔見たくない。


しかし騒動が落ち着いたと安心していたが何か忘れている事がある気がする。


すると俺のスマホに電話が掛かってくる。…完全に忘れていた父からだ。


「ハルです、お父さんもう解決した…。」


『俺はハルのパパ。今NHR札幌放送局の前に居るの。』


『ガチャ…。』


まだメリーさんの電話状態が続いているし声にも殺意が込められている。というかめっちゃ近い。


これはやばいと思い梶原と浅井に部屋から逃げるように言おうと思った瞬間に。


『バキバキバターン!!』


大きい破壊音と共に控室の扉が壊れる、その扉の先にどこで買ったのか分からないホッケーマスクに番宣用の小道具である模擬刀を持ったスーツ姿の父が立っていた。


メリーさんの電話からのJ○ンへのホラーバトンタッチである。


「お父さん…あのもう終わったからね!」


「カジワラ…コロス…カジワラ…コロス。」


俺の説得にも耳を傾けずに俺を標的である梶原を探している様だ。父の体を押さえるが力が強く、まるでター○ネーターである。


「ハ、ハルくん…君のお父さんって13日の金曜日が好きでキャンプ場の若い男女を襲う仕事してたりする?」


「そんな父親は日本中探してもいませんよっ!!」


浅井がブラックな冗談を言うがこの後が大変だった。饗庭と俺の2人がかりでようやく父の進軍は停止した。


冷静になった父に事情を説明して梶原からもお詫びを入れ俺がと分かると一気にご機嫌になっていく。


確かに一花と饗場のスマホに俺の父の連絡先なんて入っている訳ない。迂闊であった。


だが父の娘ハルに対する行動力には怖い物がある、そのうち戦闘機のハリヤーとかで向かって来そうな勢いだ。


こうして初の大河ドラマ発表会は終わった。この話題性ある発表会の影響もあってか一花の発表会も大成功を収めて行く。


本格的な大河ドラマの撮影は9月頃になるので北海道ツーリングへと行ける事は確認済みだ。


この件で周りにはしっかり守ってくれる人(武闘派)が居るという事が俺には一番嬉しかった。


ちなみにNHR札幌放送局の破壊された扉や長机はしっかり弁償と謝罪をしておいた…。

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