第34話 今川家お家騒動その1
今の芸能界は激震の時代である。
悪しき風習が表沙汰となり、今まで有耶無耶にしてきたツケが因果応報となり返ってきている。
一時代を築いた会社も時代に飲まれて行くそんな最中にも関わらず…人の欲望に終わりはない。
時を遡る事某日、俺がグラビアの仕事でとある雑誌の表紙の撮影を終えた後に某TV局の敏腕プロデューサーHに呼び出しをされる。
付き添いのマネージャー
「失礼します、グラビアアイドルの結城ハルです。」
「やあ、良く来たね…例の一花ちゃんの大河ドラマの件、君の活躍次第で決まるからね…。」
入室するとすでに敏腕プロデューサーHが椅子に座って待ち構えていた。グラドルは体を武器とした芸能人である、当然その魅力的な体を目当てに不当な条件を盾に迫って来る輩もいる。
この件については社長の斎藤、マネージャーの佐竹も承諾済みである。友人であり先輩の役者、一花の為に一肌脱いで欲しいと頼み込まれたのだ。
つまり俺に助け船が来る事は無い…。
俺は饗庭に目配せをして部屋を出る様に促す、それを見た饗庭が俺に特製で作らせた安眠マクラを手渡す。
「ハルちゃん、かまーん!早く早く!」
仮眠用ベッドの上で準備を終える敏腕プロデューサーH、上半身裸で待機している。
そして部屋を無言で出て行くマネージャーの饗庭、控室の扉を閉めてから数秒後。
「ふわあああああああああああっ!!」
敏腕プロデューサーHの情けない声が扉の外まで響き渡る。しばらく情けない声が続くがマネージャーの饗庭は扉の側から動かず待機している。
…30分後、扉を開けて控室を出る俺。
「終わったよ…饗庭さん。」
「ハルさんお疲れ様です。次の方ですが…。」
「まだあるの??」
少し疲れた俺に次の営業先を淡々と説明する饗庭この展開に手慣れた様子だ。
以前の一花やCM打上げで社長の斎藤や佐竹に施した施術…健全なマッサージが業界で噂となり表ではグラビア、裏ではマッサージ営業と2方面で仕事をする羽目になった。
折角だからより気持ち良くなって貰おうと事務所独自で安眠マクラを開発する位の力の入れようだ。お陰で仕事が増えて事務所としても大助かりである。
まさにこれこそが安眠マクラを使ったマクラ営業…なんちゃって。うん、凄くダサいしおっさん臭い。
「いっやー!噂は本当だったねー!一花ちゃんの大河ドラマの件ばっちり任せてよ!」
マッサージを受け終えた敏腕プロデューサーHが肌が艶々、目の隈も取れて生き生きとしてその場を立ち去って行く。
昔に比べ現役プロデューサーは人材不足もありほぼ動き回っているのが現状でアレを所望するプロデューサーは本当に暇を持て余した人…つまり仕事が出来な…人しか要求して来ないらしい。
つまり俺の営業は現状に合致しているのである。
…というかアレを要求されたら剛柔流空手の猛者である饗庭が乗り込む算段になっている。社長の斎藤もマネージャーの佐竹もそれを承諾をしている。
なんだかんだ言ってウチの事務所はしっかりと人を守ってくれる。
芸能界が変わっていっているのか良く分からないおっさんの俺だが営業の成果をもあってか一花の舞台の大河ドラマ化が決定した。
そして一花の仕事のお手伝い第2弾が舞い込んできた。
…
本社会議室─
「年末に放送する大河ドラマが一花主演の舞台『生きていればこそ』に決定致しました。」
大河ドラマ『生きていればこそ』の内容は一花が舞台の題材となった今川氏真と早川殿の物語である。
芸能プロダクション本社会議室にてマネージャーの佐竹が俺を含めた関係者全員で打合せを行っている。
「そこで番宣として全国を行脚する事になりまして、出演予定の他の事務所の俳優と共に発表会に参加して頂きます。」
今回の大河ドラマは会社始まって以来の大型案件でもあり、皆緊張した面持ちで佐竹の話を聞き入っている。
主演の一花はともかく、なんと俺達グラドルチームにも出演の依頼が来ているのである。俺流マクラ営業の効果が遺憾なく発揮された結果だ。
「全国と言っても全員で周る訳ではなく、個々に対応して頂く形になります。」
佐竹がプロジェクターでホワイトボードに映し出された日本地図を指示棒で指し示す。
「一花は沖縄から関西へ、ハルさんには北海道から関東へ向かう様に番宣を行ってきてください。詳細なスケジュールについてはマネージャーからお伝え致します。」
主演の一花は南側から、そして準主演となった俺は北側から攻め上がる算段である。
俺の役どころは一花が演じる早川殿の幼馴染であり側近の風魔のくのいち『お春』役、水戸黄門で言う『風車の弥七』と言った所だ。
(なんで俺って忍者役が多いんだろう。)
そう思っていると隣に座っている一花から話し掛けられる。
「ねえ、ハルが一緒に番宣する氏真役なんだけど。」
「ああ、あの
俺がまだお兄さんだった歳の頃に16歳と言う若さで問題作でもあるR18に指定された映画『バトル大乱戦』でデビューした新進気鋭の天才イケメン役者と言われた俳優である。
映画館で見たが心優しいながらも勇気も兼ね備えた友人思いな演技に感動したものだ。今は25歳位になるだろうか、主演してきた映画はどれもヒットをしている名俳優へ成長している。
「そうそう、虎ちゃんね…いい人なんだけど、めっちゃ役者馬鹿だから注意してね。」
「う、うん?」
一花の梶原に対する評価は良いのか悪いのか歯切れの悪い評価である。あまりTVに露出する事が無いので本当に役者という仕事が好きなのだろう。
そんな梶原と北海道で一緒に番宣を行う予定なのだが、まさかあれ程の騒動を起こすとは思わなかった。
「で、では私は新幹線で函館から陸路で…。」
「饗庭さん…ダメです。」
北海道への移動で饗庭が先輩マネージャーである佐竹に陸路で行ける様に交渉を進めていたが撃沈した様である。沖縄以来の饗庭汁対策を練らねばならない。
…
NHR札幌放送局会議室─
女子(中身おっさん)バイカー北海道へ行く、完!!
…肝心のバイクが無いので完とはならない訳で、女子(中身おっさん)北海道初上陸を果たす。
明日の大河ドラマ発表会に向けて打合せが始まる、そこで出演者や監督との顔合わせもあるのだが、おっさんの俺でも少し緊張する。
「おーハルくんじゃないかー!おひさー!」
フランクな軽口で話し掛けてくる中年の男がいる。良く見たらCM撮影で監督を務めていた
「浅井さんお久しぶりです。CM以来ですか。」
「あの時は色々大変だったねー!いやー良い思い出だ。」
久しぶりに浅井と昔話に花を咲かせると驚きの事実が判明する。スポンサーやプロデューサーの強い後押しがあり今回の大河ドラマの監督を務める事になった様だ。
特に俺が出ているCMが話題となり、それが切っ掛けとなった。スポンサーの中峰製薬の
「ここに居られるのもハル大明神様のお陰です。」
「やめて下さい…浅井さんの努力の結果ですよ。」
俺に向って両手を擦り合わせる様に拝む浅井と会話をしながら会議室へと入って行く。
中に入るとそうそうたる顔ぶれが揃っている、何人かはCMでも顔馴染みのスタッフではあるが例の氏真役の梶原 虎也も席に着席している。
遠目から見てもカリスマ性が凄い、どこからどう見ても梶原 虎也なのだ。
「では、関係者全員が揃った所で明日の発表会の打合せに入ります。」
監督の浅井が明日の発表会の進行手順の説明を始める。しばらくして事前に撮影しておいた番宣用映像を流して行く。
『どおじでっ!うらぎるんだよぉぉぉおおお”!!』
氏真が自分から離れていく松平元康に叫ぶシーンだ…迫真の演技である。
『なんでっ!…攻めでぐるんだよぉおおおおお”!!』
同盟であった武田信玄に自身の領地に攻め込まれて反攻しているシーン…切実な氏真の事情がうまく演技に表現されている。
番宣用映像なので俺の出演は無いが梶原の存在感ある演技に以前に感じた以上の役者魂を感じる。
3分程の映像の後にタイトルがでかでかと表示されて番宣用映像が終わる。その後も監督の浅井から説明が続き1時間程経った後に打合せが終了する。
「…という事で、明日は午前10時から発表会が始まるので時間厳守でお願い致します。出演者の方は準備もあるので1時間前には控室で待機をお願いします。」
浅井の説明が終わり各々が会議室を出て行く、俺が饗庭と一緒に主演の梶原に挨拶に向おうとするが相手も同じ事を考えていた様だ。
「ハルくん…でいいかな。初めまして梶原です。」
「結城ハルです…梶原さん年上なんですからハルで呼んで下さい。」
近くで見ると一般人には無い芸能人独特の圧倒的なオーラに気圧される。役者一本でやってきた自信と自負の現れなのだろう。
「一花ちゃんから話は色々聞いていまして、良かったら夕食でもどうですか?」
まさかの梶原からの夕食同伴のお誘いだ。饗庭に目をやると問題無いと合図のサムズアップを受ける。
「はい、是非ともお願いします。」
俺が丁寧に承諾すると一緒にNHR札幌社屋を出てタクシーで梶原おススメのお店へと向かう。
…
焼肉屋闘鐘─
「確か…ハルはホルモンが好きなんだよね。」
「は、はい…。」
何この子、てっきり高級レストランでランデヴーするのかと思いきや俺好みのどストレートなお店を選択してくるなんて予想外過ぎておっさんの俺でも胸キュン状態だ。
リサーチも完璧で地元でもホルモンで有名なお店だ、梶原にはおっさんキラーと名付けても良い位だ。本人は嬉しくないだろうが。
ちなみに饗庭には先にホテルへと戻って貰った。梶原はアレな事をする人間でないと一花からのお墨付きを貰っているからである。
お店の中に入るともう、焼けた肉の匂いを肴にビールをぐいーっと飲み干したくなる。
席に座ろうとすると梶原が手を取って優しくエスコートをしてくれる。ホルモンの匂いもあってか先ほどから好感度爆上がりである。
恋愛ゲームなら好感度ゲージが枠から火山の噴火の様に飛び出している。
「店員さん、お勧めのホルモン2人前とビール…1つとコーラ1つね。」
(やはり常識人ではあったかー!…まあアルコールは自制しているのでOK!)
すぐにビールとコーラが運ばれて俺と梶原がそれぞれのジョッキを持つ。
「「かんぱーい!!」」
乾杯をした後に一花の変化について梶原が話を始める。
「一花ちゃんの演技力は俺なんかが霞む位に実力があったんですよ…でも例の件から暗い感じが続いて、参ったもんです。」
例の件とは一花の両親の話だろう。
一花のデビュー当時を知る数少ない友人が梶原だ。梶原も16歳でデビューしていた経験があるので一花を妹の様に目を掛けてくれていた。
「でも舞台が始まってからもう寒気がするくらい鬼気迫る演技には驚きましたよ。今までの暗雲が打ち払われた青空って言いますか…本当に凄いんですよ。」
丁度、俺と一花が高校で知り合った頃だ、俺には全然実感が無いが昔から知っている人間には違って見えるのだろう。
「俺、嬉しかったんですよ、一花ちゃんの演技は好きですから。」
「一花もそう言って貰えると嬉しいと思います。」
なんだこの梶原、めっちゃいい子だ。好感度メーターが限界突破している。おっさんの俺が断言しても良い、この男は信頼できる。
「…ここだけの話、一花ちゃんのマネージャーの佐竹さん、昔は『鬼の佐竹』って呼ばれてましてね。」
「何それ!もっと詳しくっ!!」
俺が食い入るように佐竹の昔話を肴にビールとコーラがすすむ。ホルモンを焼きながら丁度良く焼けた物をどんどんと梶原の皿に盛ってあげる。
話し上手の梶原に聞き上手の俺が嚙み合って空いたビールのジョッキがどんどんと並んでいく。梶原も酔い始めたのか、おっさんの様な管を巻き始める。
「俺はあ”ねー!演技もできねーイケメンってだけでちやほやされる奴がでぇーーーーきれえでしてねー!役者を舐めるんじゃねーっつーの”!!」
「うんうん、虎ちゃん分かる分かる。(完全に出来上がってんなー…。)」
普段の鬱憤が溜まっているのだろうスポンサーの意向とは言え自分より実力が無いものが俳優活動をしている事に。
「それとぉおおお”!!ハルっ”!お前マクラしてるんだってなー!!」
「えーと…知ってました?」
「いいかあ”ー!そんなんで叶えた夢や仕事なんでなああ”!いつか自分の人生に影をおとすんだあ!自分の実力でもなんでもね”ー達成感も感じねえ…づまんねえぞ…。」
どうやら梶原は俺のマクラ営業をアレの方だと勘違いしている様だが役者一筋で色々な人を見て来たのだろう。酔ってはいても役者馬鹿なのだと思う。
管を巻き終えるとテーブルに突っ伏す様に寝てしまう梶原、相当に気持ち良く飲めたのだろう。
清算を済ませると事前に宿泊しているホテルは聞いていたのでタクシー呼んでホテルへと向かう。
俺が寝ている梶原に肩を貸しながらホテルのロビーで鍵を受け取り、部屋へと連れて行く。ベッドの上に梶原を寝かせると目を覚ました様だ。
「…うっ、頭が。ここは?」
「目が覚めました?梶原さんの宿泊してるホテルですよ。今タオル持っていきますね。」
俺がホテルに備え付けてあるフェイスタオルを水に濡らして梶原に渡してやるとそれで顔を拭き始める。
「…ハル、マクラだけは絶対に止めろ。もしそれで仕事に困ったら俺が助けるから。」
こいつは本当に良い男だ、おっさんで無ければ完璧に恋に落ちていただろう。だが俺流マクラ営業を勘違いされたままでも困る。
実際に実演して納得して貰うと思った…ホルモンのお礼も兼ねて少しサービスしてだ。
「梶原さん、うつ伏せになって貰えますか。」
「?」
戸惑いながらも梶原がうつ伏せになり、その上に覆いかぶさる様に乗っかる俺。梶原の背中に胸を当てて耳元で小さい声で囁く。
「私のマクラ営業は健全なマッサージですから安心して下さいね。」
「なっ…やめっ…!」
そう言うと梶原の背中をマッサージし始める、梶原も抵抗しようとするが今までの疲れと酔いで気絶するように眠りに落ちる。
寝ている間も全身をほぐすマッサージを施し、30分程した後にホテル備え付けのメモ帳に伝言を残して部屋を出て行く。
【夕食お誘い頂きありがとうございました。ホルモンとても美味しかったです。ところで私のマッサージはどうでしか?疲れがしっかりと取れていると思います。明日も一緒に頑張りましょう。結城ハルより】
朝になり梶原がメモ帳を一通り読んだ後に体を震わせている。
「昨日のホルモン屋からの記憶が無い…俺…もしかして…昨日頑張っちゃたのか…。」
体全体は軽いのだが昨晩の記憶が抜け落ちている梶原、昨日の夜に何があったのか分かっていない。
ただ薄っすらと記憶に残っているのはマクラ営業の話とハルが覆いかぶさった時に感じた胸の感触だけであった。
そして騒動の発表会が開催される。
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