第31話 念願の免許とバイクと住処を手に入れたぞ!友人編

6月も半ばを過ぎた頃、俺の付き添いの甲斐あってか一花がもうすぐ2輪教習所を卒業する。


仕事と学業を両立しながらの教習で随分と時間が掛かってしまったが一度やると決めた一花の努力もあり今のところ順調に教習を行っている。


最初の頃に比べてもう運転も慣れたものである。曇り空の中、教習をしている一花をワンダモーニングショットを飲みながら教習所の見学席から見守る。


「ふうー…後は2段階目のみきわめと卒業検定だけになったよ!!」


教習を終えて見学席まで来た一花がライダースーツ姿で進捗を報告をする。


「おめでとう、後少しだね。みきわめを合格すればもう大丈夫。」


俺が一花に労いの言葉を掛ける。免許を取りたいと言い出して1カ月半が経つ…本当に早いものである。バイクの引き起しで半泣きしていた頃が懐かしい。


「それでさハル、そろそろ私のバイクを決めておきたいんだけどさ。」


教習の付き添いをしていたが一番大事な事を忘れていた。一花の乗るバイクを決めていなかった事を思い出す。


「と言う事で明日の休みに決め行くから付き合ってよね。」


もちろんきっちり付き合うさ、初めてのバイク購入は分からない事ばかりのはずだ。バイクに詳しい知り合いが1人でもいたら俺もガラスコーティングなんかしなかった…。


「ちなみに行くお店も決まってるからよろしく。」


どうやら行きたい店は決まっているようであるが…まあ知り合いにバイクの友人(プロ)も居るみたいだし大丈夫だろう。流石にその友人も中型免許を取りに行っているのに大型は勧めまい。


お店の最寄りの駅で集合する事を約束して一花を見送る。さてどんなバイクを購入するのか楽しみである。



レッドヴァイカント練馬店─


最寄りの駅からタクシーに乗り目的地のレッドヴァイカント練馬店へと到着する。


レッドヴァイカントか…一花にしては無難な選択だ。中古も新車も取り扱っているし在庫も豊富、バイク選びとしては最適だろう。


俺と一花の恰好だが念のため有名人対策で帽子と伊達メガネを装備して地味な演出をしている。俺に至っては免許センターコーデと同じで現場猫Tシャツだ。


「いらっしゃいませー!」


店員からの出迎えの声が聞こえてくる、俺達以外にも数人客が居る。周りを見渡す限りバイク、バイク、バイク…在庫数が半端ではない。


すでにバイクを所持している身としてもこれは魅力的だ。だが女二人組の上に一花はまあ普通に可愛いが俺は溢れるスター性もあり注目の的である。主に胸が。


一花が店内に入ると当たりを見回してバイクに目もくれず店内の奥に居る店長という胸のバッジを付けた中年の人物に話し掛ける。


「ここの店長さん?ここで一番高い中型のバイクを下さいな。」


「へ?」


開口一番に一番高いバイクを寄越せってウチの父レベルでバイク界隈に疎いぞ…。店長が呆気に取られているがすぐに我に返った様で対応する。


「は、はい、でしたら取寄せになりますがCBX400FFなどは如何でしょうか?」


「ブッフォーーーー!!」


店長の提案したバイクに俺が思いっ切り噴き出す。むしろなんで在庫あるの?と俺が聞きたいくらいである。というか女子に勧めるなそれを!


「す、少しお邪魔しますねー…。」


小声で店長と一花の間に割って入り一花を脇に抱きかかえて急ぎ足で一度、店の外へと連れ出す。前にもあったぞこの展開。


「ちょっと!何すんのよ…。」


どことなく嬉しそうな一花だが、そこは置いておこう。


「一番高いバイクが一番良いバイクでは無い事とと!CBX400FFについて話しておく…。」


俺は一花に真剣な顔で説明を始める。


CBX400FFはおっさんの俺が幼少時に発売されたバイク、いわゆる旧車だ。


80年代はもうバイク人気が凄すぎて当時手に入れられなかった少年達(暴〇族ちょい含む)が年を経ておっさんとなり金に余裕が出来た事で欲しがる人の多い人気のあるバイクである。


どれぐらい値段が高いのかと言うと保険会社がする位である。


という説明も出来る訳もなく、おっさん人気のバイクで維持が難しい事と保険が効かない位に値段が高いという説明をしてあげた。


「ふーん、全然大した事ないじゃん。」


髪を指でクルクルしながら表情を変えずに言い放つ一花、お前どれだけお金を持ってるいるんだ。芸能人の金銭感覚やべぇと本気で思った。


CBX400FFを乗っている現役の高校生しかも女子高生ならおっさん達(白バイ隊員)から注目の的になるだろう。SNSでも絶対バズるがすぐに盗まれると思う。


ともあれ今の若い子には不向きという事で納得して貰うとバイク決めを再開させる。


「後、バイクの決め方は値段じゃなくてと思ったバイクを選んだ方が絶対に後悔しないぞ。」


俺の助言を素直に聞いてバイクを見回る一花、教習車のCB400と違う形状に少し戸惑って悩んでいる。色々と見て回るがあるバイクに目が止まる。


「これ私の友達のライダー(プロ)が乗ってるのに近いかも。」


【Kawasaki Ninja ZX-25R SEキャンディパーシモンレッド×エボニー】


今の若い子達に大人気の車種である。中型車にしては値段は張るがCBX400FFを安いと言っている一花なのでそこは心配いらないだろう。


俺も問題ない事を後押しするが、もし北海道へと行くならば長距離ツーリング仕様にカスタムしなければならない事も伝える。


「ちょっと、さっきの店長に聞いてみる。」


一花がそう言うと店長へのもとへ向かい話をする。俺も後ろで話を一緒に聞く。


「 ZX-25R SEでしたら希望の色の在庫がありますのですぐにご用意できます。ご指定のカスタムについては1週間程時間を頂ければ対応は可能です。」


見積もりも出して貰い一花と一緒に確認するが問題点は特にない。


「どうする?決める?」


俺が一花に聞くが、もう心は決まっている様な満面の笑みである。


「もちろん、購入する!」


俺と同じ様に免許取得前に連絡をくれれば納車が可能な状態にしてくれると店長が答えてくれる。


最初は焦ったがなんとか一花のバイクも決まって一安心である。


「あっ…そう言えば。」


一花が思い出した様に話始める。


「うちのマンションにバイク置き場が無いんだよね…。」


詳しく聞いてみると一花の家は事務所が用意したもので、一等地に作られたマンションなだけあって自転車置き場しかない様だ。


バイクは車庫証明が不要で扱いとしては自転車と同じでも良いのだが外から見える場所に置いていたりするとプロの窃盗集団に目を付けられて持っていかれる事もある。


俺と一花のそんな話を聞いてレッドヴァイカントの店長が商機と見たのか会話に入ってくる。


「バイク置き場にお困りでしたら当店と提携しているライダーズマンションでもご覧になりますか?」


ライダーズマンションという名はおっさんの時にも聞いた事が無い。一昔前にはガレージ付き物件は聞いた事があるが…。ただ俺が疎いだけかもしれないが。


「ねえハル、時間もあるしさ見に行こうよ。」


「うーん…。」


一花はかなり乗り気なようだが、おっさんならではの新しい物に戸惑っている。そうこうと長考している俺の腕を引っ張るように結論を急がせる一花。


「ライダーズマンションはこの店舗の上にありますのですぐにご覧になれますよ。」


悩んでいる俺を察したのか店長が時間が掛からない事をアピールしてくる。すぐ上なら見るだけでも良いかと俺も納得する。


「分かりました、ライダーズマンションを見させて下さい。」


俺がそういうと店長は直ぐに不動産会社に連絡を取り、案内人を呼ぶ事になった。


数分して若い女性の案内人が到着すると一花と一緒に案内人の後を付いてマンションのエレベーター前に移動する。


「こちらがバイクも載せられる専用のエレベーターになります。」


エレベーターの扉が開くと奥行きが普通のエレベーターに比べて長い。


「「ふあああああ…。」」


年柄もなく一花と同じリアクションをしてしまうが、もうバイク専用と言われるだけでテンションが上がっている。


そのエレベーターに乗り込み上階へ案内されると基本タイプの部屋を内覧する。


「玄関の横に専用ガレージのシャッターがありますのでこのスイッチで自動的に開閉できます。」


玄関の横に小型のシャッターがあり、案内人のお姉さんがスイッチを押すと自動的にシャッターが上がる。


「「おおおおおお…。」」


もう反応が親子である。二人で同じ声を上げてしまう。たかがシャッターが開くだけなのだが今から旅に出るような勇む気持ちになるのはなんだろうか。


部屋の中はガレージ部分もあり手狭ではあるが1人暮らしには十分だろう。まさにバイクを主体に置いた洗練された部屋である。


ライダーズマンションすげえ…もう俺が借りたい位だ。


「もっと広い部屋はあるの?」


一花が案内人のお姉さんにそう言うと最上階に一番広い部屋があり今は空き部屋だそうなのですぐに案内をしてくれる。


最上階に着くと広いエレベーターホールに大型のシャッター、横にこじんまりとした玄関がある。シャッターを開けてもらうと中の広さが最初の部屋とは違い5、6台は停められそうな広さだ。


さらに部屋はワンルームタイプではあるが部屋からバイクガレージが望める様にシースルーになっている。この部屋の設計者は天才だと思う。


部屋の広さも最初の部屋の3倍程あるので2でも全然いける。


「うわー…これなら何台も置けるし、これっていいかも。」


「でも、お姉さん…お高いんでしょう?」


一花が部屋に感動している間に俺が案内人のお姉さんに通販番組の様な聞き方で賃料を確認してみる。


「賃料は…管理費込々で20万程ですね。」


案内人のお姉さんが笑顔で答える。


「たっか!!」


「やっす!!」


相撲取りの高安ではない。まあ分かっているとは思うが。


俺と一花の金銭感覚の剥離が生んだ言葉の繋がりではあるが、ともかく20万円は高い。だが一花の方は安いと言っている…。


「普通に考えて1人で暮らすには高いでしょうが。」


「ハルあんた、六本木に住んでる人間にそれ言えるの?」


六本木と言えばおっさん時代の給料の2倍超の賃料を平気で毎月払える資本主義者の化け物クラスの巣窟である。TVでも散々特集を組んでいたので良く覚えている。


一流の芸人は一流を知るとは言うが、高校生に20万は高額過ぎる。


「それにハルも住んで半分払えば半額じゃん。お得だよ。」


「半分って10万円稼ぐのどれだけ大変か分かってい…って俺も住むの??」


俺が10万円という金額の大きさを説明しようとするが突然の一緒に住むお誘いに動揺していると一花がおもいっきし俺のお尻を叩く。


『パッシーーーーーーーーン!!』


「あんたにはコレがあるでしょ!甲斐性を見せなさい!」


様はこの体を活かして稼げという一花なりの応援だろうか、おっさん時代は10万稼ぐのに苦労したものだがグラドルになってからは…いや苦労するが倍以上は稼げるのである。


「…俺が住みたいと思った事は事実だけど、一花が言うように勝手に行かないからな、まずは関係者の人全員と俺の親にも許可が必要だから。」


「…ハルってばまだ全然私の事分かってないねー。まあ見てなよ。」


一花が意味深な事を言うが、とりあえずは目的は達成できた。一花のバイクも決まり後は一花が試験に合格するだけだ。



鮫洲運転免許試験場─


「ぬわっはっはっは!これが目に入らぬかー!」


一花が偉そうに黄門様スタイルで普通自動2輪の文字が印刷された免許証を片手で印籠の様に掲げて俺に自慢をしてくる。それを懐かしく思いながら付き添いで来た俺が拍手で祝ってあげる。


(わかるわかる…俺もそうだった。)


あの後からは一花の努力もあって教習所のみきわめ卒検を問題無くクリアして行き卒業まで漕ぎ着けた。


一番の驚きは恒例のみきわめで指導員の片津が行うであったが、一花の奴は数メートル離れた所から声を掛けて気付いたらしい。


片津曰く

「あの距離から声を掛けられたの初めてだあね…あの子、危機感知能力がずば抜けてるよ、あれなら無謀な運転はしないから大丈夫。」


指導員の片津からの評価は俺以上である、少し妬みが出てくるが芸能界はそれぐらいの能力が無いと生きていけないのだろう。


そして例のライダーズマンション同棲の話なのだが、こちらは非常に頭が痛い。


女子固有の根回し能力を甘く見ていた俺は見事にそれに嵌っていた。まず俺と一花が所属するプロダクションからは完全に許可が出ていた。


斎藤(社長)「ハルさんが居るなら問題ないでしょう…それより肩を…。」


佐竹「ハルさんが居るなら反対する理由が無いですね…それより肩を…。」


饗場「売れっ子が2人一緒となると仕事もしやすいですしね…たまに遊びに行っても良いですか?(胸を見て涎を垂らす)」


肩、肩煩いおじさん二人に肩もみをしてあげたが、概ね全員同棲について許可している。饗場についてはもう俺の胸しか見ていない。


そして最後の難関は俺の父と母だが一花が直接俺の自宅へと出向き説得する…はずだったのだが。


一花主演の舞台を見てからというもの父と母は根っからの一花ファンになっていて酷いものだった。


「「早川殿…よぐがんばっだねぇ…。」」


俺とまるっきり同じ反応である。一花が凄く恥ずかしがっているが俺も凄く恥ずかしい。そんな中で本題を切り出す一花。


「友人であるハルさんと一緒に同棲しても良いでしょうか!」


一花が真剣な眼差しで父と母に許可を貰おうとしている、まるでお嫁さんに下さいと言わんばかりの男らしい雰囲気だ。父と母は涙を拭いて真剣に答える。


「…条件付きですが、あの有名人の一花さんと暮らすのであれば安心してウチのハルを預けられます。許可しましょう!」


最後の難関もあっさり攻略されてしまい、あっという間にライダーズマンションへと引越しが決まってしまった。


寂しがり泣く父に母は慰めるように言葉を掛ける。


「いずれ子は親元を離れるものよ、永遠の別れじゃないんだから。」


そんな母にも少し涙が流れていた。距離は離れていないがやはりいつも家に居る家族が居なくなるのは堪えるだろう。だがそれも時間がゆっくりと解決してくれる。


ちなみに条件は毎週週末になったら自宅へ戻る事、だけであった。平日は共働きで家に帰るのも遅い二人だ、休日くらいは顔を見せてあげることにする。



ライダーズマンション練馬─


俺と一花のライダーズマンションへと引越しが終わり、落ち着いた所で引越し祝いと称して俺がカレーを作る事になった。


エプロンを付けて台所に立つ俺の作るカレーは市販のルーを使うが隠し味を沢山使う。玉ねぎもじっくり弱火で長く炒める派だ。


おっさん時代には1口しか無かったコンロが3つ口もあり調理を並行して出来るので少し感動している。


俺が作るのはオーソドックスなカレーなのだがいつもおっさん時代には1人で食べていた。人に食べさせた事が無いので少し味が心配だが味見もしているし大丈夫だろう。


「…あのさ、ハルー。」


「…ん?なんだ?」


料理を続けている俺の後ろで一花が話しかけてくる。


「ハルのエプロン姿ってすっごいムラムラするね…。」


「…ムラムラしない。」


一花がニヤニヤしながら俺の後ろ姿を見つめている。俺もおっさんだがたまに一花も凄くおっさん臭い時がある。だが最初に出会った時よりかなり明るくなったと思う。


後のニュースや記事で知った事だが入学式の当時は丁度、一花の両親の離婚協議とプロダクションとの裁判、どちらも一花と離れる事を条件として決着が着いた時期であった。


入学式に佐竹が付き添いで来ていたのもそれが理由だ。プロダクション側の援助もあり、ようやく両親の束縛から解放された頃だった。


もちろん両親の不仲の原因は『金』である。この手の話には枚挙にいとまがない、ただ結果としては子が不幸になる結果が多い。


今回の引越しについても一花側の親は一切出て来なかった。そして俺もその話は絶対にしない事、聞かない事にしている。人には触れてもらいたくない過去がいくつかある。


おっさん時代に関係なく大事な人生哲学である。


「よーっし、俺特製カレー出来たぞー!」


カレーを牛肉をしっかり炒めて、野菜がホロホロになるくらい煮込んだルーを大きいお皿によそった炊き立てのご飯に掛けていく。福神漬けも一緒にテーブルの上に置いて準備をする。


飲み物も用意して席についている一花が俺に急ぐように催促をする。俺も着席して一緒に挨拶をする。


「「いただきますー。」」


その合図で一花がカレーライスをスプーンで掬って一口食べて行く。俺が緊張しながらその様子を伺うと一花の様子がおかしい。体をプルプル震わせて驚きの表情を見せている。


「うっまあああああああああああ!!」


一花が大袈裟なリアクションで大声を出す、どうやら好評の様だ。その様子を見てほっとする、カレーを一口食べるといつものおっさん特製カレーだ。


「ハルっ!あんた…ガツガツ、やばい薬とか入れてないでしょうね…ガツガツ」


「そんなの入れてねーわ!!食べながら喋らない!」


満腹中枢が壊れた猫の様にカレーを食いつくす一花、鍋にあったカレーも売り切れてしまい作り手としては嬉しい事この上ない。


「スタイルも良くてマッサージも上手くて、食事も上手いってさ…もうチートじゃん。」


「お褒めの言葉ありがとうございます。」


テーブルの席で満腹で動けない一花の誉め言葉に、食べ終わった食器を下げながらお礼を言う。


食器を洗っているとおっさん…光太郎の時の1人暮らしを思い出す。少し違うとしたら今は2人分の食器を洗っている事だ。それがなんとなく嬉しい。


やはり誰かと一緒に暮らすのも良いものだ。


「ねえー洗い物終わったら一緒にお風呂はいろーよーハルー!」


「絶っ対に入りませんからっ!!」


こうしてライダーズマンションでの二人の生活が始まったがうまくやっていけるだろうか。少々心配なおっさんである。

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