第30話 きつねダンスしちゃうおっさん!

本社稽古部屋─


俺は本社に到着すると学校指定のジャージに着替えて稽古部屋に入るが部屋にはまだ誰も居ない、例の振付師は到着してない様だ。


付き添いで来た一花は制服姿のまま稽古部屋の端に座って俺の方を見ている。


「本当にいいんだね、ハル。」


心配そうに見つめながら言葉を掛ける一花だが、俺はきつねダンスをマスターして野球部を勝利へと導かなければならない。


そう…バイク通学&屋根付きバイク置き場の為に。


「やるって言った以上は、やらないとね。それが大人ってもんよ。」


準備体操をしながら心配する一花に虚勢を張るが内心どんな人が来るのか緊張している。あの神経の図太い一花が俺を心配して付いて来てくれる位なのだ。


しばらく待っているとマネージャーの佐竹が入って来る。


「ハルさんお待たせしました、帰宅時間もあってか道が混んでまして。ご紹介しますね彼が振付師のアンラッキィ恒興つねおきです。」


佐竹の後ろから物凄い恰好をしたスマートなおじさんが1人入ってくる。


頭には揚羽蝶を模した人形を顎紐で縛り付け、目は大きくギョロっとしており比較的垂れ目、黒のYシャツの上に真っ白な袈裟、白と黒のチェック柄のスリムパンツを着用している。


「君がハルくんだね、僕はアンラッキィ恒興よろしくね!」


俺が呆気にとられている間に自己紹介をする恒興、一花の方を見ると明後日の方向を見て視線を逸らしている。こういう事か…。


とんでもない人物が現れた、人気アニメの『戦国妖怪ウォッチャー』で全国的に人気になった踊りの振付けを行ったのがこの恒興である。


「うーん、なるほどねえ。佐竹っちが入れ込むのも分かるよ。これは奇襲的に魅力溢れる女の子だ。」


佐竹と親友というのは本当の様だ、佐竹を佐竹っちと呼ぶ人を見た事がない。俺の周りをうろうろして様子を見る恒興、そして俺には奇襲的の意味が全く分からない。


「ところで僕を呼んだのはどういう用件なんだい?」


恒興が自分の呼ばれた理由を聞いてきたので俺がスマホできつねダンスの動画を見せて説明を行う。


「…プロ野球のチアの流行りの踊りだね、奇襲的に可愛い踊りだ。」


そういうとスマホの動画を見ながらきつねダンスを始める恒興、おっさんながら初めて踊るとは思えない程のキレキレの動きで一通り踊り終わると理解したのか早速指導へと入る。


超一流だけあって教え方も丁寧で分かりやすく30分程で全ての振付けを覚えてしまった。その後はきつねダンスの曲にのせて実践を行ってみる。


『ディン・ディン・ディン・リンガ・ディン♪…』


一通り踊り終えると恒興からのダメ出しが入る。


「ハルくん、まだまだ恥ずかしさが残ってるね。ダンスは奇襲的に行かないと待ち伏せ的だけじゃあ皆の膠着状態は解けないよ。」


最初の方は意味が解るが後半の方は何を言ってるのか良く分からない。だがなんとなくもっと頑張れと言われている気がする。


「ハルくんは身長もあるし体のシルエットも奇襲的に女性的だから、恥ずかしさを無くせばきつねダンスで合戦(試合)に勝てるよ。」


うん、だんだん慣れてきた。要するに持ち味を生かして思い切り良く踊れと言う事だ。


「こういうのは皆で踊ると覚えやすいんだ。一花ちゃんもコッチに来て踊ろう。」


恒興が一花に向って手招きをするが一花が横を向いて無視をする。


「さあな一花ちゃんでも大丈夫だから。」


恒興が一花の腕を掴み俺の横へと立たせる。一花の顔が暗い。


「さあもう一曲行ってみようー。」


再びきつねダンスの曲が流れて踊るが一花の動きが面白い、体が硬いのか半分ロボットダンスの動きになっている。しかし振付けは完璧に覚えている。


一花は恒興が嫌いな訳では無く、独特な雰囲気とダンスが苦手なだけな様だ。新しい意外な一面が見れて結構楽しくなる俺。


そんな様子でも笑顔で楽しく踊る恒興、皆で踊るのが本当に大好きな様だ。


「うーん奇襲的に良くなったね!ハルくん、君は飲み込みが早いから後は何度か自主的に練習すればさらに奇襲的に上手くなるよ。」


超一流の振付師のお墨付きを貰い自信が沸く。恒興は忙しいのか時計をちらちらと見ている。


「…そろそろかな、佐竹っち僕は戻らないといけないから。ハルくんなら佐竹っちの見込み通りの子だから問題ないよ。」


「恒興さんお忙しい所ありがとうございました。」


そう言うと見守る佐竹に伝えて短い時間であったが稽古部屋を後にする恒興、あれだけ踊ったのに全然息を切らしていない。


「はあはあ…私あの人、苦手なんだけどハルは良く対応できたね。」


一花が息を切らせてその場に座り込む。まあ、おっさん同士のシンパシーというか意思疎通というか解っている事を前提とした主語の無い会話は仕事で慣れている事もある。


踊る度に揺れる頭の揚羽蝶だけは慣れなかったが。


一花を稽古部屋の端で休ませた後、俺は忘れない内にきつねダンスの練習を行い体に刷り込ませていった。


その後も恒興の言付け通り練習試合までの放課後は体育館できつねダンスの練習を行った。それを一花に見て貰い不自然な点がないかチェックをしながら順調にダンスの精度を上げて行った。


そしてとうとう勝負の週末を迎える事になった。



学校内特設野球場─


すでに球場には対戦相手である『花園商業』が到着している、去年の甲子園では投手の川田と打者の里原の2TOPでチームを引っ張ってきたが決勝では接戦の末に延長でサヨナラ負けを喫してしまう。


最近は2TOPの2人に頼らない総合力を徹底的に鍛える事で今年の優勝候補として実力を付けてきた高校だ。そして男子校である。


対するは我が校の期待の星、エース清山が率いる個性派スター集団である。そんな選手達を横目にきつね耳、きつねのしっぽ、そしてチアの衣装を着て準備万端なはずなのだが。


「なんか動画の衣装より丈が短い…。」


仁王立ちでそう呟くのは俺、きつねダンスで踊っていたお姉様方の衣装を真似て作成依頼をあの長浜にお願いしたのだ。


長浜曰く

『ハルさんはお胸とお尻が並以上な上に腰が細いっすから映える様に調整しといたっす!』


まさか全体的に短くしてくるとは思わなかった、もうフリフリの付いたスポブラとミニスカに近いし、へそが丸出しなのでちょびっと寒い。


だが着心地と機能性は相変わらずのぶっ壊れ仕様である。


その衣装に整列している両チームの部員の視線がレーザービームの様に突き刺さってくる。君達はこれから野球をするんだからね。こっちを見るんじゃあない。


「花園商業の主将、里原です。今日は宜しくお願いします。」


「〇〇高校主将の寺井です。宜しくお願いします。」


試合前の実にスポーツマンらしい挨拶を行う2人におっさんの俺でも少しカッコイイと感じた。


「グラドルのハルちゃんが居るからって調子に乗ってるクソ野郎どもを速攻でコールドさせっぞ!」


「俺達のハルちゃんをイヤらしい目で見やがって準優勝だか知らんが絶対にー…ブッッ…〇ぉぉぉぉぉっす!!」


それぞれの主将がベンチに戻ると過激な檄が飛んでいる。スポーツマンシップに則りはどこへ行った帰って来い。


野球場の脇には仮設テントが組まれて校長が観戦をしている、言葉通り今年の野球部に大いに期待している事が伺える。


今日は学校は休日で授業は無いのだが俺のきつね衣装を見る為にわざわざ登校して来る生徒も多数いる。きっと野球部が同級生に自慢したのであろう。


俺の仕事はイニング間にきつねダンスを披露してチームを鼓舞する事になる。放送室には野球部の監督が待機しており、校内放送で曲を流す手筈となっている。


…最近の野球部は監督の立場が弱いのだろうか。


『プレイッッッ!!』


主審からの試合開始の合図を受け、試合が始まる。先攻は我が校からであるが相手側の投手川田の闘志がみなぎっている。


流石、甲子園へ導いた高校球界トップの実力者だ、多彩な変化球を駆使して三者凡退に抑えあっという間に攻守交替である。


俺の出番である。清山率いる部員のベンチ側の観客席の踊り台に立ち、きつねダンスの曲に合わせて披露する。


『ディン・ディン・ディン・リンガ・ディン♪…』


笑顔を前面に押し出し、練習した成果もありしっかりと踊れている。大学の学園祭のコスプレ程ではないが、相変わらずしっかり揺れる所も揺れている。


丈の短い衣装もあり可愛いというよりもスケベ過ぎると例えた方が良いだろうか。皆の視線が少し欲望にまみれている。


踊り終えると観客席、選手のベンチから拍手が送られる。


それを見ていた花園商業のナイン達は突然泣き崩れる。


「うっうっ…主将…俺、野球頑張ってきて…良かったです。」


「ああ、俺もだ監督を無視してここに来た甲斐があったってもんだ。」


男子校である花園商業のナイン達には俺の踊りが感動的な様である。男子校と言えば女に免疫が無い者ばかりこんな美女ならさらに刺激にもなるだろう。少し同情してしまう。


続けてウチの高校が守備に入る、投手は骨川 力ほねかわ りき、中学は札付きの悪ガキであったが野球部の顧問でもある恩師に誘われ投手となる。


売りはベニヤ板を粉砕する程の剛速球である。


骨川も相手投手の川田に負けず闘志を剥き出しに剛速球で三者凡退に打ち取る。


その後も一進一退の攻防が続きイニングが進んで行く。特に花園商業のナインからは動揺が広がっている。


「こいつら無名の癖に恐ろしく強いぞ…。」


きつねダンスでの鼓舞によりチームの連携が取れている清山達の予想以上の強さと油断していた事を認め、花園商業が戦略を変えていく。


バントの回数を増やし投手を疲弊させる作戦に出る。


主将の寺井が骨川に玉の処理をするのを止める様に言うが骨川が必死にバントの玉を処理しに向ってしまう。


そして終盤の8回の裏、とうとう作戦の効果が現れ投手の骨川に疲労が見えてくる。そこを強打者で名高い里原が甘い球を見逃さず、バットが火を吹いた。


ソロホームランを決められてしまう。0-1が無常にもスコアボードに刻まれる。


「あわわわ…俺のバイク通学が…。」


そして俺も動揺する、今更気付いたのだがきつねダンスの応援が花園商業にも波及して鼓舞をしているのに気が付いた。


男子校は女子を見るだけで気力がみなぎるものである。


このままきつねダンスを続けても相手との差は開かない。本当はこういう事はしたくなかったが俺の中でとある作戦を思い付く。


骨川がソロホームランを打たれた後にタイムを取りベンチ前で円陣を組み作戦会議が行われている。


「はあはあ…すまん皆。主将の言う事を無視した結果がこれだ。」


「骨川、過ぎた事を言っても仕方ない、この間でも良いから体を休めるんだ。」


ナイン達が円陣を組んでいる近くから俺が声を掛ける。


「清ピーちょっとコッチ来て。」


「き、清ピー…。」


円陣に加わっていた清山をフェンス際まで呼びをする。すると次の瞬間に清山の目付きが変わる。


「結城さん…本当に良いんですね、他の部員にも伝えても。」


「うん、これで勝てるなら安いものだよ。」


清山が再びナインの円陣へと加わり俺の伝言を伝えるとどっと声が上がる。相手陣営に悟られない様にすぐに静かになるが主将を含むナイン達が体を震わせている。


「本当にハルちゃんがそう言ったんだな。」


「間違いありません、主将。」


主将に一言一句、俺の伝言を伝えると皆の目付きが変わってゆく。特に投手の骨川が肩で息をしていたのがいつの間にか収まっている。


「骨川…やれるな?」


「もちろんやれる、やらせてくれ今すぐに!」


そう言うと全員が守備位置に戻り、試合が再開される。骨川の球速が初めのイニングより急激に速度が上がっている。俺の作戦の効果が出たようだ…。


これには花園商業打線も反応が出来ずに里原のホームラン以外で出塁する事は無かった。


続けて9回の表に入り、ウチの高校の先頭打者の名平めいへいがバントを決めて俊足を活かして一塁へと塁を進める。


続けて打者はあの清山である。


今までは凡退が続き不振であるが相手投手の川田の巧みな変化球に打者は皆やられている。だが、これまでの球種の癖を見抜いていた清山はある変化球を読んでいた。


(川田の癖は最初の1球目に8割方低めの外角のスライダーで打者の様子を見る。)


「清ピー!頑張れーーー!」


俺が声を上げて声援を送ると清山がヘルメットを深く被りなおす。以前に見せたルーティンだ。


花園商業投手の川田が大きく振りかぶって球を投げる、清山の読み通りスライダーである。


大きく外側へ踏み込み腰を溜めて一気に掬い上げる様にバットを振り抜く。


『カキィィィィーーーーン!!!』


玉は上空を真っすぐ放物線を描くように飛んで行きセンターバックスクリーンに入っていく。


「「「わああああああああああああ!!」」」


ベンチからナインの歓声が広がる、悠々とベースを周る清山にベンチを飛び出してホームベースで待ち構えるナイン達。


ホームにかえると清山のヘルメットをナイン全員で叩き賞賛する。


スコアボードが変わり2-1と表示される。


これには校長も興奮したようで仮設テント内で立ち上がって踊っている。


「清ピーは…もっと大きくなるな…。」


俺も安堵して胸を撫で下ろす、清山は誰が見ても超高校級の素質がある。


後の打者は凡退してしまい花園商業が最後の攻撃を始める。しかしすでに試合の流れはコチラに来ている。


投手の骨川の魂の籠った投球は玉に火が纏ったような勢いがあり捕手の手前でポップアップする位だ。


2アウトで最後のバッターが意地でなんとか玉に当てるがライトフライとなり試合が終了する。前年度準優勝チームに勝ってしまった。


主審が選手たちを集めてゲームと宣告する。お互いに一礼をして試合が気持ちよく終わると同時にウチのナイン達が全員駆け足で俺に寄ってくる。


「ハ、ハルさん早速で申し訳ないですが…お願いします!」


「…ははは、我慢できないか。」


野球部部室─


俺は顔を引きつらせながら野球部の部室に入り、の説明を清山達に説明を行う。


10、一人一人順番に行う事、お股、お胸、お尻は触らない事がルールだ。』


1人目を部屋に残して他の部員を部室の外で待機させるとスマホで10秒間のタイマーをセットする。


「よっしゃー!どんとこーい!!」


俺が両腕を広げて迎え入れる態勢を取ると1人目が勢いよくハグしてくる。俺も普通の女子よりは身長の高い方であるが野球部全員が俺と同等かそれ以上に大きい。


「よしよし、頑張ったね…。ん…あれ…痛っ…ちょ…強い強い強い!!」


頭を撫でてやるとハグする力が上がって行き、ベアハグのレベルに達する。10秒経ってやっと解放される俺。ちょっとコレはやばいと感じ始める。


2人目も当然でかい、普段の練習で鍛えているだけあって筋肉質で固い強い…。


「よしよし…ギャアアアアアアア!!」


2人目は始めから強烈にベアハグしてくる。高校球児の力を舐めていた、こんなモンスター共の相手何度も出来たものではない。だが無情にも後7人待機している。


その後の様子は正にヒグマに絞められるキタキツネ状態であった。


全てのフリーハグという名のベアハグご褒美を終えて部室の外へ瀕死の状態で出ると今度は花園商業のナイン達がサイン待ちで出待ちをしている。


(くっそが…そんな期待する様な笑顔で出待ちしやがって…。)


花園商業のナイン一人一人にサインと握手をしてあげると甲子園で負けた時よりも涙を流して喜んでいる。例外で男子校にも女マネージャーは付けてやるべきだと思った。



校長室─


週も明けて月曜日、再び校長室へ呼ばれる。


「ハルさんの応援は本物でした。約束通りにバイクの件は話を進めておきます。」


校長が先週の試合で俺の応援の効果が絶大である事を認めてもらえたようだ。


念願のバイク通学と専用屋根付きバイク置き場を獲得できた!


本当に頑張ったよ、半分は自分のせいだが今回は本気で死ぬかと思った。少し涙目になる。


「ところでハルさん今年の柔道部ですが…超重量級の強力な選手が揃っていまして…。」


何かまた校長が語り始めている、良く見ると校長の横に柔道着を来た角刈りの優しそうな顔をした監督の様な人が立っている。デジャヴ感が凄い。


「入って来て下さい。」


校長がそう促すと校長室の扉から190cm前後100kg超の柔道着を来た選手が5人入ってくる。


「是非とも彼らの応援もお願いできないでしょうか!」


校長がお願いしてくると選手5人の内の1人が柔道部の主将で俺に話しかけてくる。


「ハルさん!野球部主将の寺井から話は聞いてます…(フリーハグの件も)ボソッ。」


そう耳で囁かれると俺は体を震わせて声を上げる。


「こっちの体がもたねえええええわ!!」


うっせえわ感を出した素の俺で柔道部の応援依頼はお断りさせて貰った。ヒグマの次はグリズリー超えてホッキョクグマが来た件について、と言っても過言ではない。


7月になれば夏の甲子園の予選も始まるが今回の試合は清山達には良い刺激になったと思う、俺もバイク通学と屋根付きバイク置き場をゲット出来てご機嫌だ。


ちなみに野球部は俺の許可を取って、等身大の俺の水着POPに甲子園優勝までの必要な勝利数と同じ切れ端を張り付けて勝利する毎に1枚剥がしてモチベーションを保っている様だ…。


この発案者は絶対おっさんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る