第29話 おっさんと野球全力少年
やっとこさで久しぶりのソロバイクツーリングへと出掛ける。
最近は一花の教習場の付き添いや、CMや大学の件もあり俺自身への指名依頼の仕事で大忙しである。
同じ事務所に所属するグラドル陽子達3人娘と違い事務所と仮契約だけあってこれでも仕事は抑えてもらっている方なのだ。
ハルの父と母との約束で学校がある間は学業をなるべく優先させる条件を会社が履行しているので俺としてはとても助かっている。
どう助かっているかというとこのように自由にバイクに乗れる時間が増えるという点でだ。フフフ。
という事でぶらりと遠回りしながら行きつけのラーメン屋『みらくる軒』へ向かう途中である。
…
街中を走っていると歩道の道端で野球用ヘルメットが固定された大きなカバンが見える。カバンには大きく高校名が刺繍されていて遠くから見ても目立つ大きさだ。
(ん?あのカバンうちの高校のじゃないか?)
俺の通う高校名だ、バイクに乗りながらでも確認が出来る。
どうやらカバンを背負ったまま道端にしゃがんでいるようだ。気になりバイクを路側帯に寄せ停車して歩道を覗き込んでみる。
「おばあちゃん!大丈夫?今救急車呼んだから。」
しゃがんでいるのは上着の下に野球のユニフォーム、体躯の良い野球部員の様だ。胸を押さえてうずくまるおばあさんに一生懸命に声を掛けている。
「おい、大丈夫か?」
俺が声を掛けると野球部の少年がこちらを向く、良く顔を見ると同じクラスの
「あれ、結城さん!どうしてここに?」
とりあえず緊急事態なので清山に返事をせずに倒れているおばあさんの様態を確認する。胸を押さえて苦しい顔をしているが意識はある。
バイクを路側帯に止めてからヘルメットを外しておばあさんの側に寄る、救急車はすでに呼んでいる様なのでここで俺は清山に声を掛ける。
「その恰好、野球の試合なんでしょ?ここは私が見てるから先に行っていいよ。」
「えっ、でも…。」
心配そうな顔をする清山だが、ここに何人居てもおばあさんの容態は変わらない。
「大丈夫だから試合頑張ってね。」
そういうと清山が俺に一礼をして駅に向かって走り出す、ここからは駅も近いので十分に試合には間に合うはずだ。
俺はおばあさんの頭に上着を敷いて楽な姿勢にさせる。声を掛けるが少し反応があるので重傷ではなさそうだが予断は許さない状況だ。
10分程して遠くから救急車のサイレンが聞こえてくる。救急隊員が到着しておばあさんの容態を確認する。俺にも経緯と時間を聞いてくるのではっきりと答える。
救急隊員が手際良くおばあさんを救急車に運び入れると俺の連絡先を聞かれるが断って病院へと行ってもらった。
「ふうー…これで大丈夫かな。」
短い時間だったが緊迫した事態も終わり少し安堵する。
上着についた砂を払って着込み再びバイクに跨り出発する。少し進んだ所で駅前のロータリーに入るが駅から放送の声が聞こえてくる。
『現在信号機の故障により全線運転を見合わせております。再開の時間は未定です。お急ぎのところ大変申し訳ございません。』
電車が止まっている、となると清山の事が気になり駅の入り口の方を見ると改札前で電話連絡をしている清山が居る。案の定、乗れなかった様である。
俺はバイクをロータリーの端に止めて再び清山に声を掛ける。
「清山くん、大丈夫なの?」
「あ…結城さん、おばあさん大丈夫でした?」
自分の事より他人を気にするとは出来た少年だ。だが今優先すべきは清山の方だ。
「おばあさんは無事だけど、試合は何時からなの?」
「え?えっと…午前10時からだけど、間に合いそうにないから…監督には連絡しておいたよ。」
がっくりと肩を落とす清山だが俺が自分の腕時計を確認する、ちょうど午前9時を示している。矢継ぎ早に清山へと質問を続ける。
「試合の場所はどこ?」
「航空記念公園野球場だけど。」
ここからならバイクで十分に間に合う距離だ。本当は免許取得をしてから1年間は二人乗りが禁止なのだがここは特例としておっさん時代の経験年数も上乗せをする。
清山の腕を引いてバイク側まで連れて行き、サイドバッグから予備のヘルメットを取り出して渡す。バイク購入時の特典でお店から貰ったハーフヘルメットだ。
「荷物は全部でそれだけ?」
清山に背負っているカバンだけか確認をするとこれだけだと頷く。
ヘルメットを被ってバイクに跨りエンジンを回す、サイドスタンドを蹴り上げて清山に後ろに乗るようにジェスチャーする。
「ほら、後ろに乗って!球場まで送るから!」
「えっ!でも俺初めてだから。」
初めての二人乗りに躊躇する清山だが、時間が無いので雑に説明をする。
「後ろに乗ったら私のお腹に両腕回してしっかり掴んでればいいから!」
清山が俺の後ろに乗り、両腕をしっかりお腹に回す。
(うっわ…凄い柔らかいしいい匂い。)
「それじゃあ出発するよ!」
駅前のロータリーから通りに出て目的地へと向かう。人一人分の重さもあり速度は出ないが公道の流れにのるには十分な速度だ。
おばあさんを助けた見返りが試合不参加では割に合わない、その悔しさだけが今の俺の行動の原動力となっている。
清山を乗せて国道463号線に出たらひたすら所沢方面へと走り続ける。
…
所沢航空記念公園野球場─
「うっし…到着!時間は…。」
球場前の駐車場に到着して腕時計で時間を確認する。午前9時40分だギリギリセーフという所だ。
バイクの後ろから清山が降りるが前屈みで歩いている…まあ健全な証拠だ少年よ。
「…ゆ、結城さんありがとう、試合に間に合いそうだよ。」
「いいのいいの!試合頑張ってね!」
手を振って見送ると清山は俺に一礼して球場へと向かっていった。高校球児の礼儀正しさには感服するばかりだ。
しかし送ったは良いがお昼まで時間が出来てしまった。10時から試合開始か…ムフフ良い事思い付いちゃった。
俺はニヤニヤしながらコンビニへと走って向かう。
…
『プレイッッ!!』
観客席に向かいながら主審の試合開始の合図を聞く。どうやら試合が始まった様だ。
俺は球場の芝生席に座り込みコンビニで購入した両腕一杯のコンビニ袋から(ノンアル)ビール缶とおつまみのホルモンを取り出し観戦をする。
練習試合なのか観客はほとんどいない。暇そうなおっさん数人だけだ。(俺を含む。)
この時間の過ごし方は実に素晴らしい事この上ない。健全な野球少年達の野球を青空のもとビール片手に不健全に楽しむ。最低なおっさんの過ごし方である。
だらだらと観戦しているとさっき見送った清山が打席に立つ。ビール缶を片手に持って立ち上がって息を大きく吸い込む。
「清山ーーーー!ぶちかませーーーーー!」
俺が大声で下品な声援を送る。清山がコチラに気付いた様だ、視線を外した後に一度深く野球ヘルメットを被りなおす。
ピッチャーが振りかぶってボールを投げた瞬間に金属バットの衝撃音が球場に響き渡る。
『カキィィーーーーーーーン!!』
打ったボールが上空へと飛んで行きセンターバックスクリーンへと入っていく。
「ナイスホームランーーー!」
俺が興奮して飛び跳ねて喜ぶ、すると清山以外のナインが俺に気付いて雰囲気が変わっていく。その後の打線が大爆発し面白い様にヒットが増産されていく。
「いいぞ、いいぞー!!もっと打ちまくれー!!」
その様子を見て、俺もビールがすすむすすむ、すっかり応援にドはまりしてしまう。
あっという間に試合が終わり33-4…は冗談で、18-0でコールドゲームで我が校の完勝である。
ゴミを袋に片付けてバイクに戻ろうとすると清山とサングラスを付けた野球部の監督が一緒に俺に向かってくる。
「結城さん応援嬉しかったです。今日は本当にありがとうございました。」
「ちょっとした気まぐれだよ、試合勝って良かったね。」
清山がわざわざ挨拶に来てくれたが、ただのおっさんの時間潰しである。だがこう言われると応援するのも悪い気がしない。
「結城さん、うちの清山を球場まで送って頂きありがとうございます。それとは別に話が…。」
監督から感謝の言葉を俺に伝えると今日の試合内容について話始める。今日の練習相手は甲子園の常連校だというのだ。
それが俺の応援でコールドゲームしてしまったものだから監督は開いた口が塞がらない状態になってしまった。
芝生席にいた俺に気付いて結城さんの為に絶対に勝とうぜ!と清山が活を入れるとナインが今までにない一致団結を見せて勝利したのだという。
「個人個人は優れた選手なんですが、優れている分個性も強くて…。」
なんか映画のメジャーリーグの様なチームだなと思った俺。
「そこで結城さんに応援団として野球部を…」
監督がそこまで言いかけた所で俺が止めに入る、この展開は絶対アレな奴だ。
「すみません、監督。個人的には応援していますので頑張って下さい。じゃ!!」
そういうと逃げるように急いでバイクに乗って走り出す。
これはまた俺何かやっちゃいましたの奴だ、もうこれ以上はバイクの時間を取られたくない一心で逃げ出したが、噂は待ってくれない訳でして…。
…
高校教室─
『1年1組の結城ハルさん、至急校長室へ来て下さい。』
翌日の学校で突然、学校内に放送が流れて呼び出される。周りの同級生は何か悪い事をしたのかと冗談を言ってくるが心当たりが…ある。
二人乗りをしてしまった件だろうか。清山が密告していなければ警察には伝わってないはずだ。もし伝われば俺は父と母と約束通りバイクを下りないといけない。
『コン、コン!』
俺が緊張しながら校長室の大扉をノックする。
「1年の結城ハルです。」
「どうぞ中へ入って下さい。」
扉の中から年配の男性の声が聞こえてくる。扉を開けると中は広く、高級そうな絨毯に鹿のはく製、中央の奥に校長用の大机に大きい高級チェア、そこに座る校長らしき人物。
校長らしき人物の横には昨日の野球部の監督が立っている。
「結城ハルさんですね、ご活躍は一花さんと共々耳に入っております。」
高級チェアに座る白髪頭の体格がどっしりとした貫禄のある眉毛の太い校長が話掛けてくる。
「我が校の野球部が初めて甲子園に出場してから10年経ちますが、今まで一度も出場出来ていません。」
校長が席を立ち、部屋の窓の外を見つめながら語りだしていく。
「ですが今年は清山くんの様なエースの他に優秀な選手が揃った年でもあります。」
清山の奴がエースなのは初耳だ。だがあのバッティングを思い出すと納得出来る。
「野球部の監督からも話は聞きました、ハルさん!野球部の応援団として部員を応援してもらえませんか。」
(うーん、やはりこう来たか。)
二人乗りの件で無い事を確認出来て安心したがこれ以上バイクと触れ合う時間を減らしたくない。丁重にお断りを入れよう。
「校長先生、大変申し訳ありませんが…。」
俺がお断りの弁を述べる途中で校長が遮るように話し出す。
「たしか、ハルさんはバイク好きだそうで?」
俺のバイク好きな事は新入生の自己紹介や無料動画にも上がっているので校長も知っているだろう。
「私の権限でバイクで通学する事を許可しましょう。」
う…少し俺の心が揺らぐ。バイク通学が禁止されているので徒歩で通っているが時間が掛かる。それが短縮できるのも含めて魅力的な提案だ。
(だ、だがそんなのに屈する程、お、俺は甘くないんだぞ…うぐぐぐ。)
そんな動揺を見透かされたのか校長がさらに追い打ちを掛けてくる。
「さらに校内に屋根付き、ハルさん専用のバイク置き場も設置しましょう。」
ああ…突然の雨でも愛車は濡れないし強い陽射しからも守ってくれるし凄い素敵。しかも俺専用のバイク置き場で倒れた自転車と接触する事もない安心感。
「是非とも…やらせて下さい!!」
恍惚とした俺の表情に校長と監督が若干引いているが契約成立である。
ただしコチラの仕事や用事の都合上、試合に駆け付ける事が出来ない場合は無しに後は応援の仕方に要望が部員からあったのでそれを飲む事になった。
「うちの部員からアンケートを取った結果、満場一致でこの応援をして欲しいと。」
監督がスマホで俺に動画を見せてくる。動画の中にはチアの服を着た笑顔の美女が踊っているが独特な踊りである。
監督が顔を搔きながら言い難そうに踊りの名前を教えてくれる。
「きつねダンスです。」
(ファァァァァックッ!!)
地面に四つん這いになり地面を叩く俺。
凄く敷居の高い要求に早まったと思ったが時すでに遅し、おっさんに何ちゅう事をさせるんだ野球部…。清山のイメージが少し崩れていく。
「今週末ですがハルさんの応援が監督の言うように本物か確認する為に前年度甲子園準優勝のチームとの練習試合を組みました。」
前年度準優勝って凄いチームじゃないか、練習も過密なスケジュールを立てて行っているはずだ、どうしてウチの高校と試合をしてくれるんだ。
「…ハルさんの名前を出したらあちらチームの主将が監督を無視して了承してくれました。」
監督の威厳弱っ!…つまり俺を見に来るために試合をしてくれる訳か…舐められてるぞ野球部。
何か俺がダシに使われている様だがこの試合に勝てば野球部も自信が付くはずだ。
昨日の試合も一人一人の動きは素人目で見てもプロと引けを取らない動きだった、やはり足りないのは自信だ。
それに勝って貰わらないと校長との約束バイク通学と屋根付きバイク置き場が露と消えてしまう。これが一番大事なポイントだ。
それよりもきつねダンスをどうするか…だ。ダンスに詳しい知り合いなんていない。ちょっと一花に相談してみるか。
…
「ダンスに詳しい人?あーいるっちゃいるけど…。」
一花が知っている様だがどうも歯切れの悪い言い方だ。
「凄く癖があるけどダンスの振付師としては超一流…ちょっとマネ(佐竹)に聞いてみる。」
佐竹に電話を掛ける一花、しばらく話し込むと俺に代わる様にと言われたのか一花がスマホを差し出してくる。
『ハルさんですか、私の親友がその振付師でして明日にでも本社に併設されてる稽古部屋に呼ぶことが出来ますけど、どうします?』
これはまたとない機会だ、もちろん超一流から学べるのであれば習得も早くなるはずだ。今週末にはモノにしなければならない。
「佐竹さんお願いします。」
『分かりました、親友もハルさんには興味を持っていたので丁度良い機会ですね。しっかりとダンスについて勉強して見て下さい。』
そういって電話を切るとスマホを一花に返すがその一花の顔が妙に暗い。
「本当に会うんだ…。」
一花の反応を見ると相当に癖があるようだが俺には選択肢が無いのだ。バイクの件もあるしここは何が何でも応援をして野球部には勝ってもらわないといけない。
欲望まみれのおっさんである。
…
翌日、学校が終わった後に心配になった一花が付き添いで一緒に会社の稽古部屋へ来てくれる。
どんな人が待っているのか少し心配なるが佐竹の親友という位だ問題は無いだろう。
そう思ってた時期が俺にもあった訳で…。百聞は一見に如かずという事を実感するのであった。
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