第27話 魂のバトンリレー

大日本大学名物『乙女のバトンリレー』


戦時中、男性が不足した中で女性達が戦場からの手紙を届ける為に中継地点として大日本大学の校舎を利用した事による歴史的な伝統行事である。─大日本大学史より。


いつしか伝統も時代によって変わってゆく。


構内の競技トラック場に降り立つ4人の耐魔忍。もうそれは違和感しか無い。


「…今さらだけどなんで、こうなったんだ。」


俺がそう呟くが周りはそんな俺に関係なく大きな盛り上がりを見せている。


『乙女のバトンリレー』1人、1周100mのトラックを走りバトンを渡す運動会と同じルールだ。最初の走者が走り出したら次の走者が同じラインで準備をするスタイルである。


少し違うとしたら走者のだけである。


バトンリレーに参加する部は最終的にアニメ研、漫研、ゲーム研、戦国史研、の4つの部となった。


漫研は他校の陸上部女子3名、セパレート型のユニフォームもしっかり着ているガチ勢だ。残り1人は見当たらないが…。


ゲーム研は競走馬をモチーフにした女性キャラのコスプレをした4人。競馬は良くしていたがゲームの方は流行しているがいまいち分からない。


戦国史研に至っては男子学生が2人が馬役に上に鎧武者の恰好をした女性が乗っている騎馬スタイルだ。見た瞬間に噴き出してしまった、完全にネタ枠である。


だが本命の相手はバリバリ現役の陸上部を擁する漫研だ、陽子達3人の速さが少し気になる。


「大丈夫ですよハル様、以前に行ったオーディションの選考基準って知っています?」


心配そうな俺の表情で察したのか陽子が質問してくる、そういえば俺は推薦枠だから選考基準を知らない。


「選考基準の一つに100m走15秒を下回る事が入っているんですよ。なので人並以上には足が速いんですよ私達。」


後で調べて分かった事だが日本全国区の女子100m走の記録は12秒台が多い、さらにトップになると11秒台になる事が多い。世界記録に至っては脅威の10秒台だ。2足歩行のチーターと言っても良いくらいだ。


陽子達3人の実力は全国区では無いとしても一般女子よりは速い事が分かった。女豹回避への希望が少し沸いて来る。


バトンリレーの順番は初めに雨美、次に秋子、陽子と続き最後に俺だ。凄く重圧を感じるがここで負けたら屈辱の女豹のポーズが待ち受けているのだ。


『では、位置について下さい。』


競技委員の指示に従い、第一走者の雨美が位置に着く。


クラウチングスタイルと取った雨美を見て外野からの主に耐魔忍ファンからの野太い歓声が聞こえてくる。予想はしていたが3人共俺と同じで


『ヨーイ!…パァーーーーーーーン!!』


競技委員のスターターピストルが撃たれて走者が一斉に走り出す、やはりトップに躍り出たのは漫研である。


漫研よりも遅れるが雨美も運動が苦手そうなダウナー系な雰囲気だがそれとは裏腹に力強い走りを見せる。


雨美も俺に劣らずスタイル抜群なのだがお胸の方が大変な事になっている。もう外野には耐魔忍ファン以外に男子学生、通りすがりのおっさん共が食い付くように注目をしている。


漫研の現役陸上部の女子より少し遅れているが必死に食らいついている。何より予想外なのが戦国史研の騎馬だ、騎馬役の男子学生の息が合っているのか結構早くて気持ち悪い(褒め言葉)。


ゲーム研はボブカットの前髪に白みがかった茶髪のピンク色のアイドル衣装の馬娘の走者が頑張っているが少しふっくらとしているのか距離を大分取られている。


1週目…1位→漫研、2位→アニメ研、3位→戦国史研、4位→ゲーム研。


2番手は秋子である。1位の漫研がバトンを渡し終えた後に雨美からバトンを受け取りながら助走を始める。


秋子の走り方は特徴的で上体を上げたまま腕を横に振る走り方…お嬢様走りである。気品溢れる走り方だが速さもそこそこあり、漫研の陸上部と距離が追い付くことは無いが離れる事もない。


当然外野からは野太い歓声が届けられている。本当に3人を巻き込んで申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


そして3位の戦国史研だがなんと騎馬役はそのままで乗馬する女性が乗り換えている。なんとこのまま400m走りきる様だ。騎馬役の息切れする声がこちらまで聞こえてくる。


4位のゲーム研は紺色のベレー帽に青い薔薇が特徴的な馬娘に代わるが今度は少し痩せ気味なのか今にも倒れそうだが懸命に走っている。


いずれも順位は膠着状態である。


2週目…1位→漫研、2位→アニメ研、3位→戦国史研、4位→ゲーム研。


3番手の陽子がバトンを受け取る準備の為にストレッチを行う。


1位の漫研がバトンを渡し終えた後にようやく秋子から陽子へとバトンが渡る。少し距離を開かれた様だ。


3位の戦国史研は乗馬する女性が代わるが、もう騎馬役の男子学生の足が少し震えている。そろそろ限界が来ている様だ。


かなり遅れて4位のゲーム研は前髪が白い茶髪のポニテールが特徴的な青と白のマーチングバンドの衣装を着た馬娘にバトンが渡る。


全ての走者が3番手になった時に一気に膠着状態が崩れていく。


陽子が漫研の陸上部にどんどんと距離を詰めていく、遠目で見ても速い。その後陽子が陸上部に並び一気に追い抜いて行く、全国クラスの速さと言っても良いくらいだ。


陽子が陸上部を抜き去ると外野から一気に歓声が沸く、漫研とアニメ研の拮抗したレース展開に観客も興奮をしている。


最下位であったゲーム研も凄まじい追い上げを見せる。戦国史研を一気に抜き去ると漫研、陽子との距離を縮めて行く。走り方は不格好だがその我武者羅な走りに感動すら覚える。


一方、漫研側の方で最終走者について有金とナ〇トのオレンジ色のパーカーを着た女と揉めている様だ。


「…せやから最終走者はこの子に決まっとるんや!どこの馬の骨か分からん奴出せへんっちゅーねん!」


「いーじゃんお祭りなんでしょ?絶対後悔させないってばよ。なんて(笑)」


そういうとパーカーを着込んだ女子が勝手にトラックに入って準備を行う。オレンジ色のナ〇トパーカーにフードを被りハーフパンツ、クロックスのサンダル姿である。


どう見ても走る様な格好ではないが俺は女豹…バトンリレーの事で頭が一杯であった。


陽子の活躍もあり漫研とのアニメ研の差が大分開いている。


3週目…1位→アニメ研、2位→漫研、3位→ゲーム研、4位→戦国史研。


最終走者の俺がバトンを受け取る準備を行う、横でパーカー女が楽しそうに話し掛けてくる。


「ねえ、アナタその格好ニンジャなんでしょ?どこの里出身なの?私は森の葉隠れの里。」


「…感度3000倍の里。」


「カンドーサンゼーバイの里?強そうな里だね!ニンジャ対決頑張ろうね!」


俺の冗談も通じない位に天然さんなのだろうか。フレンドリーに話し掛けてくるパーカー女はナ〇トが好きな様だ。


そうこうしている内に陽子がバトンを俺に渡してくる。


「ハル様、後はお願いします!」


漫研との距離を10m以上も引き離してくれた陽子の為にも俺の尊厳の為にも全力を尽くして走り始める。


遅れてきた漫研の走者からバトンを受け取るパーカー女が俺の走る姿を見て顔を喜々とさせている。


「わおー!やっぱ本場のニンジャガールは速いねー!」


そういうとパーカー女が走り出す。その後にやってきた3位のゲーム研は銀髪のロングヘア前髪がパッツンの赤いマーチングバンド服が特徴的な馬娘に代わる。


4位の戦国史研は最後の走者のを乗せて出発するが騎馬役の動きがすでに馬で無く牛歩の神輿状態となっている。相当に重いだろうに…周遅れをしてない健脚の馬を褒めるべきだろう。


全員がバトンを渡し終えるとトップを走る俺の独壇場となる。胸が揺れる度に外野からの野太い歓声が上がるのは毎度の事だが、今度はそれとは違う歓声が上がる。


気になり後方を見返すとあのパーカー女が信じられない位の速さで迫ってくる。


「いやーニンジャはやっぱ速くないとダメだよねー。」


俺の横に並ぶと走りながら余裕の会話である。陽子が稼いでくれた距離も一気に無くなる。俺も足には自信があった、CM撮影の時もぶっちぎりだったし若い体に戻ってから誰にも負けないと思っていた。


だがパーカー女はクロックスのサンダルで走っているのだ。俺は一気に冷や汗が出る、圧倒的な力量差を持つ者と出会った時の独特の雰囲気だ。


俺が持てる力を全て出し切り速度を上げるとパーカー女も併せて速度を上げてくる、するとパーカー女のフードがめくれて顔がハッキリと見える。


顔の肌は褐色、髪を編み込んだ長いブレイズヘアが後方へと流れる。良く見るとパーカーの上からも分かる筋肉の盛り上がり具合、ふくらはぎの形で只者ではない事が分かる。しかも凄い美人だ。


『お、おいっ!あのオレンジ色の女、全米陸上女王のじゃないか?』


観客の何人かが気付いた様に声を上げる、現役の世界陸上のトップ選手だ、気付かれない方がおかしい。100m走を10秒台で走る正真正銘のワールドクラスだ。


だが、俺も気持ちじゃ負けてはいない。絶対に女豹は嫌だ…嫌だああああああああああ!!


さらに加速をする俺、流して走っていたルチャードソンがそれを見て呟く。


「これは油断すると負けるかも…。」


ルチャードソンが流しを止めて正規のフォームで走り始める。こんなにも速いのか、俺の横に並んだルチャードソンが少しづつ前へ出て行く。


その時、後方で牛歩の戦国史研の騎馬役に限界が来たのかカーブの所にさしかかるとフラフラと曲がり切れず外側に逸れていく。


「マッガーーーーーーレ!!」


観客の声援が入るが派手に転倒して馬を模した衣装がボロボロに散っていく。騎馬役男子学生2名がその場で果てている、何が彼らをそこまで突き動かしたのか…まさに傾奇者である。


その様子を見ようとルチャードソンが振り返った時にクロックスのサンダルに限界が来たのか踵を抑えていた紐の部分が千切れてしまう。


「マイガー!!こんな時に!!」


俺の少し前を走っていたルチャードソンがみるみる減速していく。この好機を逃してはならないと思い一気にスパートを掛けて追い抜き…そして1位でゴールをする。


その後、ゲーム研の最終走者も健闘を見せて減速したルチャードソンを抜いて2位。漫研は3位。戦国史研は棄権となった。


最終周…1位→アニメ研、2位→ゲーム研、3位→漫研、棄権→戦国史研。


『乙女のバトンリレー優勝はアニメ研究会!おめでとうございます!!』


競技委員からのアナウンスで優勝者が発表されると会場からは拍手と歓声が響き渡る。


「「「わーーーやったーーー!!」」」


アニメ研の部員達、陽子達が俺に駆け寄ってくる。


「ハル様、全米女王にも勝つなんて素敵過ぎ。」


「最後は焦ったけどさすがね。」


「…グッジョブハル!」


陽子、秋子、雨美も称賛してくれるが俺1人の力じゃない。俺こそ皆にありがとうと言いたい。


「ハルさん…本当にありがとうございます、これで文化部も盛り上がっていくと思います。」


森の奴も何時になく真面目な顔で俺に謝礼を述べてくれている。もう何も企んでいないよな?


「いっやー完敗!完敗!ニンジャガールおめでとう!」


全米陸上女王のルチャードソンだ。満面の笑みでそう言うがはっきり言ってアクシデントが無ければ完全に負けていたのはコチラだ。


「えっと…ルチャードソンさん?」


「ルーでいいよ!」


握手を交わして自己紹介をお互いに行う。話をすると留学中の友人を訪ねる名目でナ〇トグッズを買いに日本へ遊びに来ていたそうだ。ナ〇トの影響で日本語も少し覚えたという事だ。


本来の目的である留学生の友人に会いに来たら、ニンジャの恰好をした俺達を見かけて急遽バトンリレーに参加したのだ。


「何が完敗じゃあ!われ!どないして責任とんねん!」


有金が怒鳴り散らしながらルーに近付いて凄む。


「ミスター有金、ほんとにごめんねー。この通りだってばよ。」


ルーがジェスチャーを交えてごめんねのポーズを取りナ〇トの真似をする。さらに激昂する有金の前に秋子が立ちはだかる。


「…犬、ほらクルっと回ってワン。」


「だ、誰がやるかい、そんなアホな事!」


秋子の蹴りが有金の臀部にヒットする、悶絶する有金にさらに秋子が冷たい表情と視線で続ける。


「…ほーら、ワンって言うのよ犬。」


心なしか有金の頬が赤らめていく。ここでM属性を開花させるのは気持ち悪いから止めてくれ。


その後、全員でコスプレ撮影会場へと戻り午後の撮影会をスタートさせる。バトンリレーの効果と耐魔忍4人勢揃いもあり大盛況となった。


ルーも長浜が用意したナ〇トのコスプレをして撮影会に参加している。


学園祭も終了して最後に全員で揃って記念撮影を行う、ルーがその写真と一緒に『私に勝った本場のニンジャガール』とSNSに上げた事が陸上界隈の関係者に衝撃を与えた。


どんな条件であれその事実は変わりない。俺は全く勝った気になっていないが情報だけは先走るものである。


ようやくオタク男子アプローチ戦略は完了した。


もちろん、あれだけ盛り上がったのだ。バトンリレーが大学公式で動画サイトにアップされて大評判となる、これをプロダクション側の人間も見ている訳で…後日会社に呼ばれてやり過ぎとお灸をすえられた。


だが、森が前日に電話で呼んだアニメ研OBの耐魔忍製作者の目に留まり是非にも新作の発表会のコスプレをして欲しい依頼が舞い込んできた。


同時にコスプレの造詣に深い、森と長浜を社長の斎藤が直々にスーパーバイザーとして招聘するのである。


大日本大学アニメ研部室─


「…ウチの大事なアイドル達にコスプレをさせた森と長浜という者を探しているんだが。」


スタッフの黒服数人と社長の斎藤が登場するとアニメ研の部室が凍り付く。


「ぼぼぼぼ、僕が森っていいます。ご、御用はなんでしょーか!」


「がくがく…。」


森と長浜が恐怖するのも当然だ、俺の言った通りに怖い目に遭って少しは気が晴れる。特に長浜の衣装については俺と3人娘からの評判を聞いた斎藤が丁重にもてなした様だ。


森の方の噂は佐竹が聞き、こちらもスカウトをする為に色々と準備をしている様だ。佐竹曰く、卓越した人材管理にスカウト能力を高く買っている。さらに財務の扱いも長けており、何より佐竹自身と同種の様だと感じている。


彼らはまだ大学1年生もあるのでまだ先の話だがオタク業界への参入は概ね順調に行っている。


新作耐魔忍発表会場─


俺を含む、陽子達の存在、大学での効果もあり新作発表会も上手く行き耐魔忍も世界進出が着々と進んでいた。今度はアメリカの市場を狙っていて英語への翻訳も進んでいる事も発表されていた。


あれから耐魔忍以外からのゲームメーカー、アニメスタジオなどから宣伝のコスプレの依頼が入って来ている。主にセクシー系だが。


饗庭の戦略通りに徐々にではあるがオタク業界へ売り込みの成果が出てきている。


だがコスプレ衣装について知っている人材が明らかに足りていないので長浜とプロダクション側で個人契約を行いその力が重宝されている。


森が佐竹と一緒に打合せ段取りをしている間に、長浜がコスプレ衣装の調整、手直しを行い今回の発表会も無事に成功させる事ができた。


「前も思ったけどさ、長浜ちゃんの衣装凄いよね…これ着て走った時自己ベスト出てたし。」


「凄いってもんじゃないよ、怖いくらいに違和感ないし、オーダーに出してもこんなにはならないよ。」


「…衣服一体、最高っ!」


3人娘がコスプレ衣装を絶賛する。陰ながら今回の一番の立役者は問答無用で長浜のコスプレ衣装によるものであろう。森の繋がりは切っ掛けに過ぎない、この衣装が無ければ全てが無かった。


「ハル氏、陽子氏、秋子氏、雨美氏、発表会お疲れ様っす!」


噂話をしていたら本人の長浜が労いの言葉を俺達に掛けてくれる。


「長浜ちゃん、ありがと。長浜ちゃんも可愛いんだからアイドルになれば良いのに。」


「本当にね…その層にヒットすると思うんだけど。」


「…可愛いは正義。」


陽子、秋子、雨美が長浜を見て言うが確かに顔は可愛いが男だぞ…。その後に森も話を聞いたのか会話に参加してくる。


「いやいや、長浜くんはですからアイドルにはなれませんよ。」


笑顔で森がその一言を言うとの長浜を含めた周りの視線が一気に厳しくなる。


「あ、あの森くん…自分…その…女っす…。」


涙目で告白する長浜に驚愕の顔の森。俺も気付かれない様にしていたが森と同じ顔をしている。


陽子達3人からボコボコにされた後に長浜に一生懸命に平謝りしてフォローする森が印象的である。


あぶね…えっと、もちろん俺は知っていた、うん知ってたよ。当たり前田のクラッカー。


…さあおっさんは頑張った!今日は帰って(ノンアル)ビールを一杯あおって休むとしよう。

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