第26話 仁義なきコスプレ!

週末の土曜日を迎えてしまった。家を出る俺の足取りは重い。


愛車のRebel 250 S Editionにキーを差し込み電源を入れエンジンを回す。アイドリングさせながらヘルメットとグローブを着用する。


今日は森との約束のコスプレ撮影会をする日だ。


お互い条件を出し合って決めた事だが相手がどんな衣装を出してくるか分からない。分かっている事は布面積が多いという事だけ。相変わらず自分の無計画さに呆れてくるが、いつも結果は悪い方には行っていない。


「さて…鬼が出るか蛇が出るか。」


そう呟きながら大日本大学へとバイクを走らせる。


大日本大学アニメ研部室─


大学に着くと早朝にも関わらず学生達が忙しく走り回っている。仕事とは違い皆の目が輝いてるのがおっさんには眩しい。


「おはようございます。」


俺が挨拶をすると部員達も準備に追われて動き回っている。部員達はすでにアニメのキャラクターのコスプレをしている。


鬼〇の刃の胡〇忍、呪術〇戦の五〇悟、ス〇イファミリーのロ〇ド・フォー〇ャー、キン〇マンの悪〇将軍…古くねっ!?


今流行りのアニメコスプレが目白押しである。一部、俺のおっさんに直撃する古強者も居るが活気が溢れている。


「ハルさんおはようございます。」


元気良く挨拶を返す森、森もすでにコスプレをしている。〇送のフ〇ーレンの〇イターだ。似合っていて怖いくらいだ。


「ハル氏、おはようございまっす!」


森の横から出て来たのは長浜だ。同じく〇送のフ〇ーレンのフ〇ーレンだ。身長も小さいので良く似合っているが…男の娘?


「皆、ご静聴!ハルさんが到着されました!長浜フ〇ーレン以外は屋外撮影会場の方に向って下さい。」


森が指示を出すと部員達は必要な道具を持ち外へと移動を始める。意外に規律正しく行動している。


「じゃあハル氏、衣装は奥の部屋に置いてあるので準備をよろしくっす!何か分からない事があれば扉越しに呼んで欲しいっす。」


長浜が俺を奥の以前相談で利用した小部屋へ案内して扉を閉める。


俺が衣装を手に取ると確かに布面積が多い衣装だ。部屋が少し暗いので衣装の細かい所が見にくいが、皆の衣装を見る限り流行りのアニメの物だろうと着替えを始める。


「そうだ、ハル氏!言い忘れてたっすけどその衣装を着る前に下着は全部取って欲しいっす。ちゃんとは隠れる様になってるから安心して下さいっす。」


(おいー…まじかよ、下着取ったら凄く不安になるんだが。)


扉の外から長浜が衣装を着る時の注意をしてくれる。


確かになんか全身タイツ型の水着の様な感じだし、下着を付けてると浮いて来るだろうと予想できる。仕方なく下着を抜いで衣装を着ていく。


「なんか、妙に体全体に張り付く様な…でも動きやすい。まるで何も着ていないような感じだけどピッチリ締まる感じが良いなこれ。何のキャラだろ。」


背中から腰にかけては布が無くて不安になるがそれ以外はしっかり隠れている。長浜ブランドの甲斐あって着心地抜群だ。


「着替え終わったけど、どうかな?」


俺が小部屋の扉を開けて外で待っていた長浜に確認して貰う。


「…いやー似合うと思ってたっすけど、予想以上っすね。さすがグラドルっす。」


長浜が苦笑いで俺の恰好をベタ褒めしてくるが何か反応がおかしい、俺は部室に置いてある姿見鏡を見て自分の容姿を確認する。


「な、なんじゃあこりゃああああああああ!」


病院で目覚めてから2度目の松田優作である。それと鬼と蛇が同時にやってきた。


自分の姿を見ると紫のノースリーブの全身タイツ、ロンググローブ、膝と胸部の下から腹部に掛けてラインを強調する銀細工、特に胸を強調するこの格好は…。


「イグザクトリィ…その通りにございます。の衣装です。」


森が妙に腹立つ言葉使いで俺の衣装の元ネタの種明かしをする。


おっさんの俺でも一度は目にしている有名なロングセラーHゲームの主人公だ。


社会人時代の同僚がコレに嵌まり、しつこく布教活動を行っていたが仕事用のノートPCしか持ち合わせていなかった俺は遊ぶ事が出来なかった。


内容を事ある度に説明されていて物語だけは知っている。人間と魔族のハーフの耐魔忍となって魔族を倒すという内容だ。


後は何だっけか…感度が…えっと10倍か…何倍だっけか。


「ちなみに感度は3000倍ですよハルさん。」


「私の心を読むんじゃねええええよ!!3000倍になってねーーーーわ!」


俺がキレるがこの腐れ眼鏡、森の奴は笑顔である。


「森ぃー!お前らアニメ研だろ!ゲームキャラはダメだろ!そもそも倫理的にダメだろっ!!」


俺が森の襟を掴み勢いよく迫る。


「ハルさん…残念ですが。すでにアニメ化されていまーす!!それとその衣装を選んだ私に倫理があるとでもっ?!」


今日一番のドヤ顔の森に物凄く腹が立つ俺。そういう問題じゃないだろ。やはり森の奴はこれが目的だったのだ。さすがに16歳の健全な娘に18禁のゲームの衣装を着せるのはやり過ぎだ。


「…今日は帰らせて貰います。」


俺はそう言うと小部屋に戻ろうとするが、後ろから半泣きの声が聞こえる。


「ハル氏、ごめんなさいっす。自分が衣装作らなければこんなことに。ぐすっ…。」


最近視聴した事もあって長浜フ〇ーレンの泣く姿には心に来るものがある…。後ろ髪を引かれる思いで俺は立ち止まり長浜の側に行く。


「長浜さんは何も悪くないよ、全て悪いのはこの外道眼鏡のせいだ!」


森を指差し指摘するが、森が眼鏡を直しながら語り始める。


「ハルさん…その衣装は長浜くんが一生懸命製作した特別な衣装なんです。世界に二つとない物です。それに条件を飲んだハルさんが断るのは不義理なのでは。」


ここに来て正論攻めか、だが言ってる事に間違いは無いし何より無関係な長浜が責任を感じている。ここは凄く腹が立つが場を収める為には森の言う事を聞くしかない。


「…くっ、分かりました。だけどこれっきりですからね。」


「安心しました。では俺は先に会場で準備していますのでハルさんは長浜くんと一緒に来てください。」


森はそう言うと部室を出て会場へと向かう。


「ハル氏、森くんの事悪く思わないで欲しいっす。」


いやもう悪の化身だろう、お前の血は何色だと言う所だった。


「ああ見えても行き場のなかった人達に居場所を用意してくれる良い人なんです。」


長浜の話を聞くと、元々衣装に関する部活動をしたかったが適した部が無く途方に暮れていた時に声を掛けてくれたのが森だったそうだ。


他の部員も怪我で運動部を引退をした者や、部内の派閥争いに巻き込まれたあぶれた者、地方から出てきた友人の少ない者、などを集めてアニメ研に誘っていた。


その活動資金も森が1人で交渉していたというのだ。


「…そういう事なら先に言えばちょっとは協力してやると言うのに。」


「そういう所を使わないで事を進めるのが森くんの良い所っす。」


長浜の森に対する印象は良いようだ、人の為に動いているなら俺も当然、応援することにする。でも耐魔忍か…自分でも怖いくらいに似合っている。


屋外コスプレ撮影会場─


学園祭が開催となり一般の客が一気に雪崩れ込んでくる。名門大学もあり、知名度も抜群の様だ。飲食の露天、ミニゲーム、お化け屋敷に、ライブ会場、どこも盛り上がりを見せている。


コスプレ撮影会場ではカメラマン達とレイヤーとで賑わっている。


他にもアニメ研のコスプレ撮影会場では衣装の貸し出しを行い、その格好のまま学園祭を周る事も出来るサービスも行っている。長浜が楽しそうに衣装調整や貸し出しを行っている。


「コッチ向いて下さいー!」


「刀を構えたポーズで!」


「女豹のポーズお願いできますか!」 (無視する俺。)


俺の方はと言うと事前に森が告知していたのか俺の周りに耐魔忍ファンのカメラ小僧達が集まってくる。リアル耐魔忍ススギ登場の嘘偽りのない看板にますます評判が上がって行く。


長浜の作成したこの衣装だが動く度に胸が揺れるが恐ろしい程に痛くない…。胸だけが宇宙空間に漂い重さを感じない上に裸の様に動きやすい。恥ずかしさで顔が歪むがそれがカメラ小僧達にである。


さらに俺の周りだけ四方を陣幕で囲い外から撮影出来ないようにしている、陣幕の外では長蛇の列に人員整理をしている森が入り口でお金を徴収している。顔がもう悪党そのものである。


「力こそマネー…良い時代になったものだ。」


森がそう呟きながら金勘定をしている。長浜の話を聞いてなければスーパーマンパンチをする所だ。せめて勇者一行のコスプレなのだから自重して欲しい。


しばらくして小休憩になり森が声を掛けてくる。


「ハルさんお疲れ様です、お陰でアニメ研の撮影会が賑わってますよ、それと後でお話があるのでお昼休みにでも。」


去ろうとする森に気になった事を確認する。


「聞きそびれたけど耐魔忍ススギってキャラは何が特徴なの?」


キャラが分からずとりあえず、笑顔も無く恥ずかしい顔でやっていたが特にクレームも無かったので気になったのだ。森が真顔で教えてくれる。


「恥じらいながら必死の抵抗からの即落ち…。」


「最悪や…。」


聞かなければ良かった情報だ。休憩後も恥ずかしさで顔を歪めカメラ小僧達から喜ばれていたが俺の気分は最悪だ。言っておくが即落ちは無いからな。


お昼休みになりコスプレ撮影会でヘロヘロになり日陰のベンチで休んでいた俺の所へ森がスポーツドリンクを持ってやってくる。


「ハルさんお疲れ様です、お陰でアニメ研も大分潤い…繁盛しています。ありがとうございます。」


森からスポーツドリンクを受け取り喉を潤す。これで繁盛してなかったらこの模擬刀で森をたたっ切る所だ。


「本題なんですが、午後から学園祭で毎年恒例の『乙女のバトンリレー』を行っていまして、その結果によって部の予算の割り振りが決まるんですが。」


「是非ハルさんにはアンカーになって頂きたいのです。」


森がそういうと俺はすぐに確認する。


「この格好で?」


「おふこーーーす!」


サムズアップで答える森、ああこの眼鏡を叩き割りたい。だが長浜や部員達の楽しそうな顔を見ているとその思いが留まる。頭を抱える俺、オタク男子の取込みがここまで大変な事になるとは。


「このバトンリレー、OKなんで残りの3人は他校の陸上部に参加の依頼を出してます、そろそろ連絡が来るはずなんですが…。」


そういうと森のスマホが鳴る。


「はい、森です…ええ、…え?出れなくなった?…はい…分かりました。」


森がスマホをしまうと俺の顔をじっと見つめながら涙を流す。


「ハルさん…後3人、どうにかにゃりやせんでしょーーーーーか!!!」


いい気味だ普段の行いが悪いからこうなるのだ、その様子を見て俺は愉悦に浸る。


「お、こりゃアニメ研究部のスター、森さんやないですか?」


映画のマフィアのボスの様な格好をした小男が森に話し掛ける。その後ろには3人の学生らしき女性が立っている。


「お前は漫研のアルカポネこと、有金 月歩あるがね がっぽ!」


森が男の名を言うと俺がスポーツドリンクを噴き出す。なんちゅう名前なんだ。


「その後ろの3人は…。」


「わしな、こー見えても完璧主義者やねん、おたくの戦力丸っと頂きましたわ。」


森が依頼を出していた他校の陸上部の女子選手の様だ。


「ぐぬぬぬ…おのれ有金…。ゆ・る・さ・ん!」


森が悔しそうにするが俺は三文芝居を見ている様で少し白けていた。が有金がコチラを足元から顔まで全身を舐めまわすように見ると舌なめずりしながら話始める。


「…アニメ研には勿体ないスケや…。せや、わしの部がバトンリレー勝ったら女豹のポーズでも取ってもらいましょか!」


「おっとせやせや、もうアニメ研には選手おらんかったんやなーはっはっは。」


こいつ本当に大学生か?口調が俺以上におっさん臭い。というか女豹のポーズをここまで取らせたいのか。森もここまで言われて悔しくないのかと森を見る。


「…ゴクリ。」


…ゴクリじゃねえよ!心なしか目もどうにかなれー!な目になってるし。冗談じゃないぞ、これ以上好きにさせてたまるか。俺が断るために立ち上がろうとすると長浜の声が聞こえる。


「あーここにいたっすか!ハル氏。」


小走りして来たのか息を切らしてその場で休む長浜。


「なんかハル氏の知り合いって言ってた人が来たっすけど…。」


そう言うと後ろから凄い衣装の女性がやってくる。


「ハル様ー!私も午後から頑張りまっす!」


「水くさいじゃない、たまには私達も頼ってよ。」


「…私も頑張るから。」


陽子、秋子、雨美の3人娘であるが凄いコスプレ衣装である。


陽子は耐魔忍のササラ、秋子は耐魔忍の春山蘭子、雨美は耐魔忍の火城ナツカゼ。


3人の姿を見ると目を逸らしたくなるくらいセクシーだ…その格好を俺もしてる訳だが。いやいやそれよりなぜ耐魔忍の衣装が3つもあるんだ。


「いやー良かったっす!ハル氏に着せる衣装の候補分作っておいて!ハル氏が来るまで皆、どれを着せるか悩んでたっすよー。」


長浜が嬉しそうに話す。俺が初めてアニメ研を訪れた時のあの声はコレの事だったのか。すでにあの頃から計画をしていたという事だ。


「ハル氏と同じ衣装で良いって言うから個々に調整したっすけど大丈夫っすか?」


長浜が陽子、秋子、雨美に向って着心地の確認を行うが、3人共にすこぶるご機嫌だ。


「デザインは別として、着心地凄いね。長浜ちゃんヤバくない?」


「色々なブランドの服着たけどそれと遜色ない位にいいよコレ。」


「…衣服一体。最高っ!」


着心地を確認する様に動く3人、早速長浜ブランドの虜になった様子だ。だが3人がなぜここに居るのか気になり聞いてみる。


「3人ともどうしてここに?」


「あの会議の後、饗庭ちゃんにちょっと言いすぎちゃったかなーと思って戻ったらハル様が出掛けたから後をつけてみたんです。」


あの後、俺は尾行されていたらしい。陽子が部室の外で耳を立てて一部始終を聞いて秋子と雨美に連絡を取ったのが事の顛末の様だ。


いつも俺がスタンドプレーをしているのもあり、3人とも手伝おうという事になった。


「…で、この状況は?」


有金の方を蔑む視線で見つめる陽子。俺が事情を説明すると3人の顔と目付きが豹変する、その背後から闘気のオーラを感じる。


「けっ!選手が揃うたいうても所詮、素人や!わしの勝ちは揺るがへんで!」


予想外の援軍の登場に有金が動揺を隠すようなセリフを吐く、しかし3人娘は少し怒っている。


「上等だよ…ハル様に吐いた唾のまんとけよ!?おう!?」


「じゃあ私達が勝ったら犬の様にクルッと回ってワンって言って貰うかな。フフッ」


「…お前を…〇す。」


陽子の横にヤンキー漫画ご用達の!?マークが浮いている、秋子は氷の微笑見るだけでコッチが冷えてくる、雨美はやっぱオタクだろお前。


3人とも〇る気満々…もといやる気満々だが、負けたら俺が女豹のポーズを取らなくてはならない事を忘れないで欲しい。


「あ、あとで後悔しても知らへんで!覚えておけや!!」


捨て台詞を吐きそそくさと立ち去る有金、3人娘の啖呵に少しすっきりする俺。森が俺達を見て涙を流して喜んでいる。


「お、俺の夢が叶った…。」


どっちの意味で言っているか俺には分からなかったが、どうやら耐魔忍の勢揃いに感動している。…本当にオタクだな。


先ほどの有金について話を聞くと、文化部を陰から牛耳る策略家だと言う。漫研自体も名ばかりになり金に物を言わせる事で活動を取り仕切って予算をほぼ独占している様だ。


お陰で文化部のほとんどは活動を抑制されていて自由に活動が出来なくなりアニメ研の森を頼っているというのが現状だ。その起死回生の機会が『乙女のバトンリレー』と言う訳だ。


「だけど3人とも、仕事じゃないけど…本当に良いの?」


俺が心配そうに陽子達に聞いてみるが、3人共笑顔で答える。


「ハル様のお役に立てるならば火の中水の中ですよ。」


「損をして得を取る、ハルが教えてくれた事。」


「…三本の矢。」


良かった、3人共自分の意志で参加してくれる様だ。あれだけプロ意識の高かった3人の協力を得られればこれ以上に心強い事は無い。


(どっちに転んでも俺はおいしい…。)


森の邪念を感じながらも午後の『乙女のバトンリレー』は絶対に勝つぞ。


俺の尊厳の為に。

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