第25話 オタク層を取込め!
本社会議室─
戦略会議と言う名の下に集められた俺を含めた4人のグラドルが本社会議室に集合した。会議室にはすでにマネージャーの
「さて、皆さん集まりましたね。では本日の議題ですがその前に。」
ホワイトボードに文字が書かれている。『オタクのイメージ!』
「オタク達のイメージについて。皆さんの忌憚の無い意見をお聞かせ下さい。」
饗庭がホワイトボードを指示棒で文字を叩く。俺は何を言ってるのか何がしたいのか理解が追い付いていない。
陽子「んー…オタクってどんな人?。見た事ないし!」
秋子「臭い、デカイ、リュックにポスター差してる。」
雨美「…マジックハンドでガチガチしてる人」
陽子にはオタクが視界に映っていない、秋子は見た感じた事をそのまま、雨美はちょっと古くないかそれ。まあ全員、滅茶苦茶に言っている。
「ち、ちょっと物好きな男子という感じです。」
俺は元男だ、誰であろうと同性を酷くは言えない。
「回答ありがとうございます、私自身オタクは嫌いです。」
饗庭からの辛辣なカミングアウト…なんだこの会議はオタクをいじめたいのか。
「で・す・が、オタクの男子達を取込めば我がグラドル課は大きく躍進できます。」
ホワイトボードに金額が書かれている。
アニメ…2000億円
アイドル…1000億円
「御覧の通りオタクの昨年の市場経済効果はアイドル業界の2倍です。これを見逃す事は競争社会において後手となり得ます。よって…。」
「皆さんにはオタク業界にアプローチをして頂きたいのです。」
饗庭の肝いりの戦略説明が終わると俺以外の3人が席を立ちあがる。
陽子「饗庭さん、他社のグラドルの子から聞いたけどさグラドルとオタクって水と油なんでしょ?他のプロダクションもアニメオタク層を切り捨ててる位だし。」
秋子「ま、そういう事、二次元しか興味ない人より私達に興味を持ってくれる人達を大事にすべきです。」
雨美「…アニメはグラドルの敵…。」
そう言うと会議室を後にする3人、残された俺と饗庭。
「え、えっと…饗庭さんの戦略眼は良いですけど現実的に…。」
饗庭を慰めようとすると饗庭が俺の胸に顔を埋める。
「解ってるんです!私もやれって言われたら嫌です!」
嫌なんかーい!と心でツッコミを入れておく。が何か理由がありそうだ。
「今の時代、Vtuberの仮想アイドル、アニメの声優の人気が凄く強いんです。そこを切り崩さないと私達グラドルに先は無いんです。」
確かに可愛い綺麗だけでは売れないのが今の時代だ。何か売りとなる物、武器が無ければ業界を生き残るのは厳しいだろう。
饗庭の顔を俺の胸から引き剝がす。
「饗庭さん分かりました、私もなんとかオタク業界にアプローチしてみます。」
そういうと饗庭が顔をクシャクシャにしながら感謝する。
さて、アニメオタクと言ったら心当たりがあるのは奴しかいない。
【まさかハルさんから連絡頂けるとは恐悦至極。】
このメッセージだけで殺意が沸くのは俺だけでは無い筈だ。
連絡したのは教習所で一緒になった
【仕事でオタク男子へのアプローチを考えているので相談にのって欲しいのですが。】
【わかりました、俺の授業終わるのが午後3時頃になるので大日本大学のアニメ研の部室に来てください。そこでお話しましょう。】
大日本大学と言えば国内屈指の名門大学だ…少し驚く俺。人は見掛けによらず…か。スマホのナビで調べてみるとバイクで向かえば丁度良い時間になる。
「よっし、いくか!」
大日本大学─
学生用の駐輪場にバイクを停めて警備員の人にアニメ研の部室を教えて貰う、構内はとても広く所々に樹々が植えられ自然豊かなキャンパスだ。
構内を歩いていると学生達が走り回っている、何かの準備を行っている様だ。
ちなみに俺はA&Yの帽子と伊達メガネで変装している、大学内を無駄に騒がせたくないからだ。
教えて貰った部室棟に到着すると案内板を見てアニメ研を探す。そして階段を上ってアニメ研の部室の扉を叩く。
「すみませんー結城ハルです、森さんはいらっしゃいますか?」
俺が声を掛けると部室の中が騒がしくなる。耳を立てると声が聞こえる。
「…ちょっと早く仕舞えって。」
「この計画がバレたら終わりなんだぞ!」
「お前も手伝えって!」
一体中で何をしてるんだ…。中の様子が気になって扉を開けようとすると森が出て来た。
「ハルさんすみません、お待たせしました。」
ちらっと部屋を見ると急いで片付けたのか、大きいテーブルの上に物が散らかっている。とりあえず何も問題は無さそうだ。
部屋の中に案内されると思ったより広い、棚にはアニメ雑誌やゲーム機、衣装用の布やミシン、小道具、大道具が置いてある。アニメ研という感じがする。
部室の奥にある小部屋に入り窓際のテーブルに案内され、森がコーヒーを二人分持ってくる。
「それで相談って何でしょうか?」
コーヒーを啜りながら俺の相談内容を聞いてくる森。
「実は…。」
饗庭の戦略会議の話をして如何にしてアニメオタク男子達をグラドルが取込めるかと話をしたが、それを聞いて森が笑いだす。
「はははは、ハルさん簡単ですよ。僕らは二次元にしか興味が無いじゃなくて二次元の様な女性が好きなんですよ。」
まるで一休さんの様な謎かけである。俺が悩んでいると。
「簡単に言うとコスプレですね。」
なるほど!その手があったか!…じゃない、それって俺がやらないとダメな奴だ。
「ただし、ニワカのコスプレで人気取りをしようものならオタク界から永久追放になるので注意して下さい。」
オタク業界にも厳しい掟があるのだなと思うが、棒読みをするやる気のない声優や優勝出来ない事が分かったペナントレースのやる気のないバッティング。
どれもファンを侮辱する行為である。
「そうだ、ハルさんよければなんですけど今週末に学園祭があるんですが、アニメ研は今回コスプレ撮影会を開く予定なんです。」
「よければ参加して貰えると嬉しいんですが…それにハルさんの悩みの解決にも一役買うかと思います。」
森の提案にも一理ある、郷に入っては郷に従えとも言うし。ただ森の言い方が誘導しているような感がある。
「こんちはーっす!森さんいます?」
部室の扉から元気の良い学生が1人入ってくる、顔を見るとどこかで会った様な顔だ。
「おっ、待ってたよ長浜くん。」
森が扉から入って来た学生を長浜と呼んでいる。あのCM撮影に居た衣装担当の長浜と同じ苗字だ。気になり質問をしてみる。
「あの…ぶしつけですが長浜さんって兄弟とかいらっしゃいますか?」
「はい、兄がいます。今は撮影会社のクルーになっているはずです。兄とお知り合いですか?」
世間は狭い。やはりそうだ、あの衣装と水着の衝撃が印象的なので忘れるはずがない。俺が帽子と伊達メガネを取る。
「結城ハルといいます、お兄さんにはCMで大変お世話になりました。」
俺がお辞儀をして謝礼を述べるが、長浜が口を魚の様にパクパク動かして驚いている。こんな所にCMアイドル居るとは思わないからだ。
「も、森さんど、どうなってんすか?例の記者会見で有名なアイドルの結城ハル氏が居るなんて聞いてないっすよ。」
「ごめんごめん、長浜くんには話してなかったね。」
森が長浜に事情を説明すると、ようやく落ち着いたのか改めて自己紹介をしてきた。
「ハル氏、初めまして、今回のコスプレ撮影会の衣装担当の長浜っす。」
やはり兄弟揃って衣装畑で腕を振るっているのか。と言う事はその衣装にも少なからず期待が出来る。期待するだけで着るとは言ってないぞ俺は!
「そうだハルさん、部員も集まってるんで一度そのまま挨拶して見て下さい。」
そう言うと部員の集まっている隣の大部屋に移動する。
「皆さん初めまして結城ハルと言います。」
俺が部員全員の前で挨拶するが、全員顔を見上げ俺を一瞥すると興味なさそうに自分の作業に入っていく。外を歩けば人に囲われてサインを求められるこの俺が無視される。
なんか今までの努力を否定されたかの様な屈辱を感じる。とにかく腹が立つ。
「という訳で彼らを振り向かせるにはコスプレですね。一度試してみましょうか。」
森がそう言うと長浜に声を掛けて衣装部屋へ案内させる。このまま無視されるのもグラビアアイドルの沽券に関わる。…何かおかしい、うまく誘導されている。
「えっと、ハル氏の体のサイズっすけど。」
長浜がそう言い掛けると俺は慣れたように両腕を広げて準備する。
「長浜さん、私の体を直接触って確認して下さい。」
「やっぱり兄も同じ事やってましたか。ははは。」
長浜兄弟は人の体を触るだけで細かいサイズまで測れる能力がある様だ。しかし兄に比べて小さい手だ。
「ばっちりっす。これなら5分位で準備出来るんで待ってて下さい。」
そう言うと完成している衣装を取出し、ミシンの前に座り作業に入る長浜。作業する動きに無駄がなく、しかも早い。
「この学園祭の企画を思い付いたのも長浜くんの力のお陰なんですよ。」
森が言うには卒業生の残した市販品のサイズの合わないコスプレ衣装が部屋の肥やしとなっていたが、長浜の入部によって一気に着用できる様になり企画が決まった様だ。
「よし、出来たっすよ。ハル氏、更衣室はコッチなんで着替えて下さい。」
長浜に案内されて衣装を受け取り更衣室に入る俺。…もう着なきゃいけない状況になってないかコレ。水着よりはマシだが…ええい、ままよ。
「これで良いですか…。」
着こなしに不安が残る俺が確認を取る。上はグレーの制服に襟まで続く赤色の肩章、太ももまで隠れるタイトスカートに少しスリットが入っていて暗めのグレーのタイツ。腰のベルトを限界まで絞る。
「…うん、これはイケる。」
森がそう呟く。何がイケるんだ。
「ハルさん着こなしばっちりっす。」
長浜にもお墨付きを貰った俺が部員達に再度、挨拶をしようと向かうが途中、森からメモ用紙を渡される。メモ通りに挨拶する様に助言を受ける。
「○リュー・ラ○アスです。ただいま着任致しました。皆様、宜しくお願い致します。」
森の言う通りに敬礼をしながら挨拶をする。言うまでもないがくっそ恥ずかしい。
機動戦士○ンダム○ードの女艦長だ。俺も少しは知っているが結構古いアニメだったはずだが今の若い子に受けるのか…。というか水着とは違う恥ずかしさがある。
「おお!凄く懐かしい!。」
「艦長…艦長ぉおおおお!」
「ま、魔乳、ラ○アスだ。」
誰が魔乳や!というか思ったより好感触だ、さっきまではとは違い食い付きが凄い。部員達がゆっくりと俺の周りに集まって来る。
「やっぱアイドルは凄いですね。」
「TV見てました!何を着ても最高に似合ってます。」
「光栄であります!握手して下さい○リュー艦長!」
どうやら最初は警戒されていたみたいだ。一度そちらの世界に入れば暖かく迎えてくれるのはどの分野でも同じの様だ。恥ずかしさを我慢しなければならないが。
部員達と笑顔で握手を交わしてサインをして上げると喜んでくれた。
何より驚いたのはこの服だ。コスプレしてるとは思えない程の自然な着用感、まるで私服を着ている感覚だ。もう長浜ブランドは俺にとって無くてはならない存在だ。
今後、オタク業界で売り出すにはこのようなコスプレをする必要がある、先兵として俺がコスプレの感覚を掴み、陽子達に合うコスプレを考えていかなければならないだろう。
「良かったですね、ハルさん。ところで今週末なんですが…。」
森が週末の学園祭について話を振ろうとするが。俺の頭の中はオタク男子の今後の接し方で頭が一杯である。
「森さんのお陰でどのように接して行けば良いか分かった気がします。」
俺はオタク男子との距離の詰め方の切っ掛けが分かったので饗場に伝えなければならない、急いで帰宅の準備をする。
「ありがとうございました。では私は着替えて帰りま…。」
そこまで言うと森が俺の足にしがみ付いてくる。
「ハルさん…いやハル様!!どうか今週末のコスプレ撮影会に参加して頂けませんかあ!」
先ほどの冷静な森の印象とは裏腹になりふり構わず俺にコスプレ撮影会の参加を要請してくる。が、おっさんの俺でも怖いくらいにがっついて来るので逃げようとする。
「ちょ、森さん、相談は終わったので離して下さい…。」
森を引き剝がそうとするが結構力が強くて離れない。くそ流石、腕だけでバイク引き起こした脳筋マンだ。それを見てる部員達も少し引いている。
「いいえ、色好いお返事が頂けるまで離しませんとも!」
必死な形相に鬼気迫る勢いに根負けする俺。
「わ、わかりました!撮影会に出ますから!は・な・せ!」
ここでようやく森が俺の足を離してくれた。
「はぁはぁ…」
「はぁはぁ…」
二人して息を切らしている。呼吸が落ち着くと撮影会の参加条件の詰めに入る。まずは森の方から条件を出して貰う。
「こちらの条件はアニメ研の指定の衣装を着てもらう事です。」
森が野獣の目になっているがとりあえず布の面積が少ない服では無い事は確認した。水着みたいなものでは無いらしいが油断は出来ない。続けて俺の条件を出す。
「私の条件は名前を出さない事と、会社に内緒にする事です。特に会社にバレたら怖い人(社長)が来ると思います。」
それを聞いた森と部員達は動揺する、少しは良い牽制になったろうか。
当然、正式な仕事の依頼では無い、正式な依頼だと物凄いお金が必要だ。相談を受けてオタクとの歩み寄りのヒントを貰った恩もある。水着でも無いし、何より長浜ブランドだ、きっと大丈夫だろう。
「それでは条件成立と言う事で今週末の土曜日お待ちしてますね。」
森がいつもの顔に戻ると少し不安になったが、俺は着替えて帰宅した。
「…よしっ!!よーーーーーしぃ!!!」
俺が帰ったのを確認すると森がガッツポーズを取る。スマホを取出し誰かに連絡している。
「もしもし…俺です…はい、今週末は…見れますよ。…お待ちしてますね。」
スマホを切ると部員全員を集める森。
「よーし皆、ハルさんという強力な援軍が来てくれる!今週末は頑張って行こう!」
森と部員達の士気が上がっていく。部員達は週末のコスプレ撮影会の準備に入っていく。その中で長浜だけは不安になっていた。
「ハル氏…この衣装で大丈夫かな…。」
俺が来る前に隠したのがその衣装なのだが…その衣装によって俺は酷い1日を過ごす羽目になるのだ。
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