第24話 親友のやりたい事。
俺のCMデビューと時期を同じくして一花主演の舞台が無事に千秋楽を迎えた。
約1カ月位だろうか少年誌のグラビアデビューからあっと言う間にTVのCMデビューを飾りスターダムへと駆け上がって行った。
本人の気が全く無いのにだ。仕事に打ち込む癖は直したいと思う。
と言う事で一花と俺に合わせて会社近くのブラジル料理店で1フロアを貸し切りにして打上げを行う事になった。
ブラジル料理店ボルボッタア─
「では皆様よろしいでしょうか、一花の舞台の成功とハルのCMデビューを祝ってー…」
「「「かんぱーーーーい!!」」」
社長の斎藤が音頭を取ると、俳優課の関係者、グラドル課の関係者がそれぞれ飲み物を掲げて一斉に乾杯をする。
ブラジル料理シュラスコ、次々と串に刺さった肉が運び込まれそれをウェイターが切り取り各々の皿へと配られていく。
俺はというと瓶ビールを抱えて上役にお酌をして回る。
「社長お疲れ様でしたー!ささっもう一杯どうぞー!」
手慣れた手付きでビールを注ぐ俺。
「ハルさん…あなたが主賓ですからお酌は結構です…。」
社長にお酌を注意される、続けて佐竹の方に向かう。
「佐竹さんいつもお世話になってます、お一つどうぞー。」
「ハルさん社長が断ったのを私が受ける訳にはいきませんので、ゆっくり食事を楽しんで下さい。」
佐竹からも丁重にお断りされる。ぶっちゃけるとお酒のおこぼれを狙っていたのだが流石に未成年には飲ませてくれない。くそがっ。
「ハーーールーーー!こっち来なさいよ。」
一花が俺を良く通る声で俺を呼びつける。諦めて瓶ビールをテーブルに置いて自分の席に座る。
「一花、舞台お疲れ様でした。」
俺が一花にお辞儀をして労いの言葉を言いつつ瓶入りのコーラをコップに注いで上げる。
「ハルもお疲れ様、そう言えば…私の舞台見に来てくれた?」
そう言われて思い出した、一花から受け取った招待状で家族全員で見に行ったのだ。
舞台の内容は戦国時代の大名、今川氏真の妻、
時には父の仇である織田を頼り、元々自分の配下であった家康に庇護を受けたりと戦国時代を夫婦二人三脚で逞しく生き抜いていく。
氏真より先に早川殿が亡くなるのだが、最後の看取られるシーンで『あなたと一緒に生きられて私は幸せでした。』というセリフで一気に涙腺が崩壊した。
俺と父と母、3人で号泣した。歳を取ると涙腺が緩くなるのだ仕方ない。
「早川殿…よぐがんばっだねぇ…。」
俺が舞台の話を思い出すと涙を流しながら一花に感想を述べる。
「ちょ、感動してくれるのは嬉しいんだけど…泣き過ぎ。」
「だっでいいはなじなんだもん!」
おっさんの涙腺は崩壊すると中々収まらない。
「あーもう…役者が一番喜ぶ反応してんじゃないよ…全く。」
顔を真っ赤に恥ずかしがる一花。そういう事もあり一花の舞台も一気に人気が爆発してTVでの大河ドラマ化の話も出てきている。
「ぞうだ…一花に渡したい物があっだんだ。」
涙を拭きながら俺の手提げバッグからGWツーリングで購入した輪島塗の沈金箸とマスコット『大浜大造くん』のキーホルダーを手渡す。
「GWツーリングのおみやげ、大事に使ってね。」
そう言って俺が渡すと周りの目がキーホルダーの『大浜大造くん』に注目する、小声で可愛くないと心無い声が聞こえてくる。俺は可愛いと思っている。
「何これ…。」
『大浜大造くん』を手にする一花、周りが一花の微妙な反応に当然だという目で見ている。
「めっちゃ可愛いーーー!大事にするね!」
周りの数人が椅子から転げ落ちる。
狙い通り一花が喜んでくれた。やはり俺の感性は今時の女子にも通用する事が証明された。おっさんでもこの多才さ溢れる自分が怖い…フッ。
「ところでハル、その両隣に居る女は何?」
一花が俺にそう言うといつの間にかグラドルの陽子とマネージャーの饗庭が俺の腕を抱え込んでいる。
「陽子さん、饗庭さん何してるのかな?」
陽子は相変わらず俺の腕をスリスリする、饗庭に至っては許可なく俺の胸に顔を埋めている。
「ハル様聞いて下さいよ、そこの泥棒猫マネージャーがハル様の体は私のものだって言うんですよ!」
そう言うと目の座った饗庭が顔をこちらに向かって叫ぶ。
「ハルさんのお胸は私の物!!誰にも渡しませんよーーー!!」
俺の胸は俺の物だ、誰にも渡さんわい!というか酒臭っ。饗庭は相当酔っているようだ。
「ハルは誰の物でもない、離れなさい二人共!」
一花が先輩らしく二人の腕を振り払う、すると俺の膝の上に座り込む。
「私とハルは二人きりでマッサージする仲ですからね!」
先輩、あんた張り合ってたんかい!とりあえず肩を揉んで先輩を労うか。すると気持ち良さそうにしている一花を見た社長の斎藤がこちらに歩いてくる。
はしゃぎ過ぎたのかもしれない、社長から雷が落ちるかと覚悟した。
「ええと、ハルさん一花から聞いたのだが…私の肩もお願いできないだろうか?」
そういうと俺の近くの椅子に座り大きい背中をこちらに向けてくる。予想外の行動に驚くが社長に一花が俺のマッサージの良さを自慢した様だ。
膝に乗った一花を下して椅子から立ち上がって腕まくりをして斎藤の肩を揉んでやる。
「フワァアアアアアア!!」
強面の斎藤の顔が一気にふやける、情けない声も出ている。そのギャップに少し俺が笑っていると佐竹を含む数人が斎藤の横で並んで待機している。
「マネージャーとしてあるまじき行為だという事は分かっています…ですがそれを見せられては我々は我慢が出来ないのです。」
日頃の激務から癒しを求めていたようだ。斎藤の気持ち良さそうな表情を見てたまらなくなったのだろう。なんかこの流れGWでもあった気がするけど…まあいいや。
乗りかかった船だ皆の肩の面倒を見てやろう。
会場が貸し切りで助かった、俺が肩を揉む度に力の抜ける声が部屋にこだまする。勘違いをする人がいるかもしれないが今回は打上げで主賓は俺と一花である。
「今やグラビア界でトップクラス地位にありながらその謙虚さでファンを癒しているハルさんがよもや天使の手を持っているとは…。」
佐竹が俺に肩を揉まれながら最大の賛辞を送って来る。気持ちが良いのだろう、まさか俺のマッサージがここまでのものとは思いもよらなかった。
一通り肩を揉み終えるとそれぞれが席に戻り、さらに元気が出たのか食事とお酒がすすみ盛り上がっている。
「ふーやっと終わった。」
一仕事終えた俺が自分の席に戻ってコーラを一杯飲んでいると横で料理を食べていた一花が近くに寄って来る。
「お疲れ、あのさハルには話しておこうと思うんだけど。」
真面目な顔で話始める一花、何かの相談だろうか。
「…私もバイクの免許取ろうと思うんだ。」
それを聞いた瞬間、俺は椅子から立ち上がり大声を出す。
「絶対ダメだ!!」
家族会議でハルの父と母と同じ言葉を一花に投げかける。
一花は16歳、16歳で公道に出るという事は非常に危険なのだ。バイク交通事故の統計でも若年層が突出して死傷している。
ただでさえ車で公道に慣れている年配者、リターンライダーや中年層でも事故が多いのだ。全く慣れていない一花にそんな事はさせられない。
「だって、ハルが凄く楽しそうな顔してるんだもん…。」
(あっ…原因は俺か。)
「もう、申し込みもしたし、やるったらやるんだからね!」
そういうと不機嫌な顔で自分の席に戻る一花。
危険性を考えるとハルとしてもおっさんとしてもバイクだけはどうしても許せなかった。俺の大声を聞いた佐竹が俺に近付く。
「ハルさん、一花の小さい頃から見てきましたが文句も…多少は言ってますが、役者一筋で頑張ってきました。最近なんですよ、自分からやりたい事を主張する様になったのは。」
佐竹が俺に一花の変化について話始める。
「今回の舞台も演技が非常に評価されましたが、その演技もハルさんと出会ってから格段に良くなったんですよ。」
「ハルさんあなたの存在が思ってる以上に周りに変化を与えているんです。」
自由気ままにバイクに乗っているつもりが、まさかその影響で一花がバイクに乗る事なんて想像もしていなかった。
しかし親友であり恩人でもある。この場所にいるのも北海道ツーリングの資金を貯められているのも全ては一花との出会いがあったからだ。
「一花の助けになってあげれませんか、ハルさん。」
ここまで言われては男が廃る…いや今は女だが。おっさんの我が儘の結果がこの状況を生み出したのだ、覚悟を決めよう。席に座って俯く一花に声を掛ける。
「一花…さっきは大声出して悪かった。バイクは思っている以上に危険なんだ。だからその…責任は取るよ。」
涙目になっていた一花が俺の言葉を聞いて一気に笑顔になっていく。
「…フ、フン、じゃあしっかり責任を持って面倒を見なさいよね!!」
ツンデレ純度100%の一花が嬉しそうな顔をする。この先は大変だなと思っていると俺の告白を聞いていた饗庭、陽子、秋子、雨美が俺の周りを囲う。
饗庭「ハルしゃんは私が養いますので、お胸で眠りに付く権利を下さい!!」
陽子「ハル様…私の責任もとって付き合って下さい。」
秋子「ここまで私達を世話したんだから最後まで…ね?」
雨美「…ハルにくっ付けば食いはぐれない。」
邪念も持つヒロインもいるがハーレムルート確定である。できれば鈴木光太郎(45歳)の時に来てほしかった。遠い目で俺はそう思うのであった。
虹色自動車教習所─
翌日、再びこの場所に訪れるとは…。
打上げの後、一花の教習所通いに付き添う約束を交わし解散となったがまさか一花が俺と同じ教習所に入るとは思ってもみなかった。
教習所で落ち合う約束をしているのだが、まだ一花の姿が見えない。
「ハル、待たせたね!」
そう思っていたら後ろから一花に声を掛けられる。
「遅かった…ね…。」
振り返ると一花の姿に驚く俺。なんと全身ライダースーツである。仮面ライダーの方ではない。どうやら知り合いのライダー(プロ)にお勧めされた物を買い込んだ様だが、とにかく目立つ。
だがやる気があって良いし何より安全でもある。俺は一花の格好について何も言わない様にした。
2人で2輪教習所に向かうとお馴染みの指導員の片津が出迎える。
「あんれー懐かしい顔だあ、ハルさん元気にしとったかね。」
独特の口調は相変わらずだ、俺が挨拶を返すと横にいた一花に目をやる片津。
「今日は妹さんと見学かい?」
片津がそういうと一花が少しむきになって否定する。
「妹じゃない!同級生!」
俺と一花を見比べる片津、何かを察したのか俺に理由を聞いてくる。
「今日、有名な子が来るって言ってたけどこの子の事かな?」
「はい、私の同級生で今日から教習所で世話になります。」
有名人が来る情報が事前に入っていた様で指導員達の間に戦慄が走ったようだ。破壊神の再来と。そこで守護神の片津に出番が回ったようである。
一花を見て安心した片津は事務所へと戻り教習の支度へと入っていく。
「何、あの失礼なおっさん!どう見たって同級生にしか見えないでしょ!」
「あの人は指導員の中でも大ベテランだから、しっかり教えて貰うといいぞ。」
俺は一花の胸に目をやり、残念そうな顔をしながら指導員の片津について説明をした。一花が悪い訳ではない、俺が成長しすぎなのだ。
一花にプロテクターやゼッケンの着け方、名簿の提出場所などを説明する。準備が終わり待機していると呼び出しのアナウンスが入る。
「じゃあ一花、頑張ってな!見学席で見てるから!」
一花が2輪教習場コースに下りて行く。例のバイク教習の洗礼であるバイクの引き起こしだが上手くやれるだろうか見学席で見守る。
どうやら指導員は片津の様だ、少し安心して見ていてられる。
バイクの引き起こしが開始される、一花を含めて数人の女性がバイクを引き起こせない。男性陣は時間が掛かるが全員引き起こせている。
「やっぱ、最初はそこで躓くよね…。」
やはりと思っていると外から一花が見学席に居る俺に向かって手招きをしている。片津から連絡が入ったのか俺を呼ぶアナウンスが入る。
『結城ハルさん、ヘルメットプロテクター着用の上でコースに来て下さい。』
そうアナウンスが流れると所内が騒めく。今をときめくグラビアアイドルがいるのだ。一気に野次馬が集まってくる。
俺は囲まれる前に急いでプロテクターとヘルメットを着用してコースへと向かう。俺がコースに下りると歓声が沸き起こる。引き起こすバイクの側で一花が腕を組み待っている。
「ハル、ちょっとやってみてよ!こんなの人が起こせる重さじゃないって。」
うん、俺も最初はそう思ったけど出来るんだなこれが。
俺が倒れたバイクの側にしゃがみシートに胸を当ててハンドルを引いてサイドバーを掴み足と腰を使って一気に持ち上げる。
「「「おおー!」」」
無駄のない動きであっさり持ち上げる俺(の胸)を見てさらに歓声が上がる。
「嘘でしょ…ハルあんたドーピングとかしてるんじゃないの!」
引き起こしでドーピングする奴がいたら会ってみたい。女性には力で上げるのは無理なので引き起こすコツを女性陣の前で説明した。
「…よいっしょ!出来たー!」
女性陣は一花を除いて全員引き起こしが出来た、俺の説明が良かったと感謝してくれている。が一花だけ出来ないでいる、ショックなのか端で座り込んでいる。
「ハルさん私が許可しますんで、一花さん助けてやって下さい。」
片津が俺に耳打ちをすると引き起こしの次の段階へと他の生徒を連れて説明を始める。
俺はコースの端にバイクを移動させて引き起こしの準備をするが、しゃがみ込んだまま動かない一花の側に寄って行く。
「…どうする一花?諦めるか?」
俺がそう言うとバッと顔を上げて俺の顔を睨みつける。
「絶対に諦めない!!ハルに出来るなら私だって出来るんだから!」
やはり一般人との精神的強さが違う、何度も困難をくぐり抜けた諦めない人の目だ。教習の時間を終わるぎりぎりまで使い、一花と一緒に引き起こしの練習を何度も行う。
何度目かの引き起こしでようやく成功させる。
「…よいっしょー!…やった!出来たーーーー!」
喜びを体全体で表す一花、俺も拍手を送る。
「おめでとう、これでバイクの第一歩を踏み出せたな。」
一花の頭をヘルメット越しに撫でてやる。
「ねえハル、もう一回…偶然じゃないって事、確認したい。」
そういうと俺が再度バイクをゆっくり倒して準備をして上げる。一花がバイクの側にしゃがみ腰と足を使い一気に引き起こす。2度目なのか無理のない自然な引き上げ方だ。
「はぁはぁ…まあ私にかかればこんなもの余裕なんですけどねー!」
一気に調子に乗る一花、だが力を入れすぎたのか腕と足が少し震えている。手足の筋肉に負担をかけている証拠だ。ちょうど教習時間も終わり、一花に肩を貸して控室まで戻る。
「うん、そんなに酷くなってないな。」
一花を椅子に座らせて腕や足を触り痛い所は無いか確認を行う。次の教習はバイクに乗る為の基本動作と操作方法だ、体に負担が掛からないから問題ないだろう。
「ねえ、ハル。バイクって本当に楽しいの?」
バイクの引き起こしで面を食らった一花が不安そうに俺に聞く。
「…乗ったら分かるよ。ほら次は乗車だから頑張って。」
俺が一花の背中を軽くポンと叩くとコース上へ下りていくのを見送る。
さて俺はというと…後ろでそわそわして待機している数人のファンにサインをしていった。一花との時間を邪魔しなかったのは偉いぞ君たち。
サインを終えて見学席に戻ると指導員の片津を先頭にコース外周を列を作って回っている。一花のライダースーツは目立つのですぐに場所が分かる。
教習の2時限目も終わり、一花が戻ってくる。
俺を見つけると一花が急ぎ足でこっちに向かってくる。
「ハルー!すっごい楽しかった!うわまじやば。なんでこんな楽しい事、今まで知らなかったんだろ!」
もうさっきまでの不安は吹き飛んだらしい、年相応の喜び方を見ていて俺も嬉しくなってしまう。乗ってしまったが最後、このバイクで風を切る感覚の虜になってしまうのだ。
「だから言っただろ、最高に楽しいって。」
一花に向かって俺が笑顔でサムズアップする。
さて本日の教習も終えて帰宅するのだが一花はライダースーツのままである。どうやって帰るのか尋ねてみると。
「え?普通にタクシーで帰るけど?」
と言ってタクシーに乗り込み帰宅する一花、確か港区に住んでいる筈なのだが…。
さすが売れっ子役者と言ったところだろうか。
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