第23話 記者会見するおっさん。

数週間が過ぎ、俺のCMが放送されるようになった。


反響の方はというと国民的ロックバンドの楽曲も相まって全国で社会現象になっている。


新宿、渋谷、池袋…都内に限らず全国のハブ駅のホームには特大の俺のポスターが掲示されている、電車の吊り広告やA1サイズのポスターの盗難が多発していてニュースにもなっていた。


スポーツドリンクの方はCM放送後から各所で売り切れが続出して転売屋が買い占めるなどの現象も現れている。


ともかく偉い事になってしまったという事だ。


CM放送前にはプロダクション社長の斎藤からも家に連絡があり、放送後は1週間程は外に出ない様に厳命された。まともに外を歩けないからである。


しかし平日は家に親も共働きで居ないので体が腐ってしまう、早朝に沖縄で購入したA&Yの帽子を被り伊達メガネにマスクという出で立ちで外に出て自主トレを行った。


ランニング中に駅前を通るが、俺のポスターが何枚か貼られている。


「うわ…俺がいっぱいいる…。」


ポスターの前で写メを取る人も数人居る、全国でこれから何度も放送されるのである。これはしばらくは籠の鳥か…。


自主トレを終えて誰も居ない家に戻りTVを点けるとちょうど俺のCMについてのニュースが流れる。


『いやー16歳の子とは思えない魅力がありますね。』


『全国でも話題になってますね、ビーチフラッグのCMも新鮮でした。』


俺のCMを褒める司会者とコメンテーター。悪い気はしない、少しニヤけてしまう。


『16歳でこんなはしたない水着を着せるなんて性的搾取だと思われても仕方ないと思いますけど。』


有名フェ〇ニストおばさんコメンテーターが否定に入る。


『社会はもう少しこういう事に機微に対応して頂かないと私を含め女がそう見られるんです。』


「誰もみねーーーーーーーーーーーーよ!!」


家の中で叫ぶ俺、恐らく全国の視聴者が俺と同じツッコミをしていると思う。


しかしTV内では誰もおばさんコメンテーターに反論しない、不条理な倍返しが待っているからだ。


『見て下さい、SNSでも話題になってますよ、16歳にあの恰好させてるのは終わってる。揺れる胸を見せて性的欲求を満たしたいだけ。』


もう言いたい放題である、俺も開いた口が塞がらない当事者のいない所でこんな事が許されるのか。胸の文句なら俺に言え!!


『ともかくCM元には厳重に抗議しないといけませんね!』


『そ、そうですかー…では次のニュースに行きましょう。』


司会者が気まずそうに次のニュースに入るが俺は好き勝手に言われている事にイライラMAXである。好きでおっさんが水着を着てる訳じゃない。


TVを消した後、自室に戻り大型のくまのぬいぐるみに飛び掛かりマウントポジションからパウンドをする。


「うおー!世紀末なら斧を持ってバイクに乗って襲ったらあー!!」


くまのぬいぐるみに八つ当たりをしてるとスマホに電話が来る。


『どうも斎藤です、自宅待機中にハルさん申し訳ない、これから迎えを送りますので本社に来て貰えますか。』


社長の斎藤からの電話だ。事象が分からないが今は暇でしょうがないので了承する。


「…分りました。」


『到着してから詳細をお話します、後ほど。』


必要な事だけを言うと斎藤は電話を切る、社長直々の出社命令である直ぐに俺は着替えを行い本社へ行く準備を整えた。


本社会議室─


俺が到着すると会議室の長机に斎藤、佐竹、饗庭が着席している。会議室に設置されている大型モニターにTV番組が映し出される。


「急に呼び出してすみません、CM放映後から色々とありましてね。」


斎藤がそう言うと佐竹に目配せをして佐竹が説明を始める。


「ハルさん、これからCMのスポンサー中峰製薬が記者会見を開きます。」


記者会見ってもしかして品薄に対する説明かと思っていたが佐竹が説明を続ける。


「今の社会では少数の意見も尊重される時代でして…ハルさんに対する誹謗中傷や批判の対処をCM責任者が行うとの連絡が入りました。」


おばさんコメンテーターの言っていたあの事が頭を過ぎる。


「もしかして性的なんたらという奴ですか?」


俺が思った事を言うと饗庭が少し怒り気味に話しを始める。


「私達で対処するので無視する様にお願いしましたが余りにも酷い物言いがSNS上でまかり通っているので…。」


饗庭の冷静な顔が少し歪む。これは怒っている。


「ハルさんCM責任者の方の要望で我々と一緒に記者会見を見て欲しいんです。」


斎藤が会議室のTVモニターに視線をやる、そろそろ記者会見が始まる。


「CM責任者の方は人格者でその界隈では有名な方です、その手腕を見せて頂きましょう。」


斎藤にここまで言わせるのだ、立派な人物なのだろう、固唾をのんで見守る。


『では時間になりましたのでこれから中峰製薬の記者会見を始めます。』


司会者がそういうと記者会見が始まる、中央の席に見覚えのある人物が1人席に座っている。教習所で一緒になった吉川 毅よしかわ つよしだ。


『まずは皆様、我が社のスポーツドリンクを購入して頂き誠にありがとうございます。お陰様で工場がフル稼働でも追い付かない嬉しい状況であります。』


記者たちが笑う、顧客に対する感謝を面白く言い表す吉川。続けて厳しい表情になり記者達に話始める。


『ところがその切っ掛けを作った私達の恩人にあらぬ言葉を投げかける人がSNSを筆頭に多くいらっしゃいます。』


『私共、依頼主という立場から望んでいないこの状況を看過出来ないと判断に至りました。その為に今回の会見を開かせて頂きました。』


『そこで我々は女性が活躍する社会において16歳の少女が個性を活かす場所を無くすべきかどうかアンケートを取りたいと考えています。』


『本日から一週間、新宿、渋谷、池袋、他の都内の駅でゲリラ的に女性に対してアンケートを取って行きたいと思います。』


『もしこの結果が無くすべきではない!となった場合、CMに出演している”結城ハル”に対するあらゆる媒体での批判や誹謗中傷する事を許しません。』


1人のグラドルに対して異常なまでの対応に記者達も驚いている。


『質問です。その結城ハルという人物は中峰製薬にとってどのような人物なのでしょうか?』


記者の1人が手を上げて質問を行う。


『先ほども申しました通り、私共のです。私の急な指名にも嫌な顔をせずに撮影に臨んだと報告が上がっています。』


内心めっちゃ嫌がってましたが、いつもの調子で頑張ってしまいました。


違う記者からも質問が出る。


『性的な事で見られる件についてどう思いますか?』


『人の性的趣向はそれぞれ人によって違います、全員が性的に見ている事を証明できなければただの思い込みです。それに普通の大人は16歳の少女を性的に見ません。』


一部の大人はそう見てる奴も居る、16歳の子供を性的に見てるという大人は思う程いない。どんどん質問を答えていく吉川。さらに記者が質問をする。


『所属事務所からの強制ではないのですか?まだ16歳の少女です大人が力ずくで言う事を聞かせる事も可能では?』


待ってましたと言わんばかりに吉川が答える。


『それが一番有り得ない事です。その理由を現地の撮影スタッフが映像にまとめましたのでコチラにご注目下さい。』


そういうと壇上に設置されたプロジェクタースクリーンに映像が映し出される。


『皆さんこんにちは、CM監督の浅井です。今何を撮っているのかと言うと。』


CM撮影で監督をしていた浅井だ、カメラをホテルの外に向ける。


『なんと今回の主役のハルくんが1人で撮影現場の砂浜を掃除してますー、打ち上げで盛り上がってるスタッフに心配を掛けまいと頑張っているみたいです。』


事実とは少し異なるが大袈裟に演出されている。再び映像が切り替わりホテル従業員へのインタビュー画面に変わる。


『昨晩ですか?グラビア撮影の方々が居酒屋で打ち上げをしている時ですね、確かにゴミ袋とゴミ拾い用のトングをハル様にお貸ししました。』


『当ホテルでは何度かグラビア撮影が行われていますが初めてですねアイドルの方が1人で清掃するのは。しかも撮影前より綺麗になっていたので驚きですよ。』


ホテルの受付をしてくれたお兄さんだ。というかこんな映像を作っていたのか。


『では現場から以上です、吉川さんお返ししまーす。』


浅井のワザとらしい演技に苦笑いが出るが概ね事実でもある。こっそりと撮影されてるのに気付かず、しかも全国放送されたのを見て凄く恥ずかしくなり俺は俯く。


『と言う事で無理矢理にさせられていたら自主的に清掃活動は行いませんよね。』


吉川に付け入る隙が無いのか記者達の質問がビタリと止まる。


『では質問も無い様なので一週間後のアンケート結果にご期待下さい。それと今でしたら”結城ハル”に対する批判や誹謗中傷を削除すれば訴える事は致しません。』


努々ゆめゆめお忘れの無きように。』


短い怒涛の記者会見が終了した。吉川も相当怒っていたのだろう、最後の言葉がとても印象的だった。猶予をやるから消すなら今だぞ、という含みある言い方だ。


「がっはっはっは、女性にアンケートを取らせて性的でないと言質が取れれば確かに文句の言い様がないな。」


「屁理屈と誹謗中傷を理屈と力でストレートに叩き潰す手法は見事。」


斎藤が豪快に笑い飛ばす、痛快な記者会見と吉川の対応に満足している様子だ。


「ハルさん私に一言言ってくれれば掃除お手伝いしたのに!」


饗庭が立ち上がり隠れて掃除していた件について文句を言ってくる。


「私は居酒屋に入れないし、饗庭さんしか出来ない事だから問題なし。」


俺が居酒屋に入ったとしたら撮影スタッフ達も迷惑を被る可能性もある。仕事には役割分担というものがあるのだ。


『プルルル!プルルル!』


斎藤のスマホが鳴る。


「はい、斎藤です。…ええハルと一緒に見させて頂きました。…はい、伝えておきます。…今後の細かい対処はこちらで行います。…ありがとうございました。」


斎藤の電話が終わったようだ。俺の方を向いて電話の内容を説明する。


「中峰製薬の吉川さんから電話がありました、このような状況は想定していましたが対処が遅れハルさんにも不快な思いをさせてしまい申し訳なかった事。」


「今後も批判等が続くのが予想される事、吉川を含め会社一丸となりハルさんの力になるとの内容でした。」


確かに不快な気持ち、ムカついたが吉川の対応は最速と言っていいくらいに完璧だ。元々準備を行っていたのだろう。斎藤が続ける。


「後、ハルさん、吉川さんにお礼の電話は不要との事です。年配者が若者を守る事は当然の事。これからも全力で自由に活動を行って下さい。と伝言がありました。」


なんか俺だけ助けて貰ってばかりで居ても立っても居られなくなり吉川にラインを送る。


【記者会見を見ました、私の為にありがとうございます。】


直ぐに返信が来る。


【こんな事で再会するのも嫌でしたが、教習所で助けて頂いたお礼とでも思って下さい。(^_-)-☆】


顔文字付きでメッセージが返ってくるがお礼にしてはやり過ぎな感じだ、だがあの吉川がCM撮影の仕事までくれる立場の人間だとは思わなかった。


そういう人に限って普通を装っているのだ。


その後、中峰製薬の吉川を中心とした有志によるアンケート活動が始まった。


全国放送されていた甲斐もあってかゲリラ的に行う予定がSNSなどで居場所が拡散されて多くのアンケート結果が集まった。


自主清掃の件も有り、SNS上では『勝利を約束された戦い』と揶揄されていたが一週間後のアンケート結果がまさにその通りとなってしまった。


圧勝では無く、完勝だ。


自宅─


1週間が経ちようやく学校にも通える様になったが以前の様な騒ぎは学校内では無かった。すでに同級生達も慣れていて普通に接してくれている。


すでに学校内ほぼ全員にサインなどをやり尽くしたからでもある。


帰宅後にTVを眺めていると俺のCMについてのニュースが流れている。


『いやー次世代の新星アイドルが誕生しましたね。』


『16歳とは思えない大人顔負けのスタイル、子供の様な純粋な笑顔が良いですね。』


司会者とコメンテーターが相変わらず俺をベタ褒めしてくれている、ニヤニヤが止まらない。


『16歳のビキニ姿なんて若い内にしか出来ないですものね、私も若かったらグラビアに挑戦したかったわ。』


有名フェ〇ニストおばさんコメンテーターが以前とは真逆の事を言っている。


『〇〇さんの若い頃のお写真がコレですが、全然イケますねー。』


『あらやだー、もうこんな写真どこで見つけてきたんですか?』


和気あいあいと番組が進行していく、吉川の実施したアンケート結果は効果絶大だった。


確かに今は少数の意見を尊重する時代ではある。


だが良識ある大多数の人達の意見で占められているのが社会である。それに助けられた形だ。


『プルルル!プルルル!』


俺のスマホが鳴る、饗庭からの電話だ。


『もしもし、ハルさんですか。至急、本社に来て下さい。』


そう言って電話を切る饗庭。今から?時間を見ても17時だ、だが火急の要件の様だし急いで制服から私服へ着替えて本社へと向かう。


本社ビル記者会見室─


到着するや否やメイクの井上が待ち構えており急いで化粧をして貰い会社で用意した服に着替える。饗庭に手を引かれて記者会見室の手前で説明が行われる。


「急で申し訳ありません、報道関係者のハルに対する問い合わせ凄くて…。」


あれだけ派手にやったのだ饗庭だけで抑えられる訳が無い。記者達も俺の不透明さにやきもきした事だろう。そこで急遽、俺に助けを求めたという訳だ。


「いつもハルさんに助けて頂いて、情けないばかりです。」


饗庭が悔しそうに顔を歪めるが、こればかりは世情の流れだ。


「気にしない、こういうのはお互い様って言うの。」


饗庭をフォローしてやる。全ての発端は俺だ、おっさんのケジメを取りに行きますか。


『それではこれから結城ハルのCMデビュー記者会見を行います。』


名前を呼ばれて入室して挨拶をしてから着席すると記者から俺への質疑にしっかりと答えていく。吉川の記者会見を見た後もあって記者とのやり取りはスムーズだ。


一通りの記者の質問に答え終えたら、記者の1人に質問される。


「最後にファンの方へ言葉はありますか?」


もちろんあるさ。言えなくて鬱憤が溜まっていたのだ言わせて貰う。


「今回のアンケートに協力頂いたファンの女性の方、そうでない方にも感謝しています。」


「お陰で今後の活動の枷がなくなり自由にやらせて頂くことになりました。本当にありがとうございます。」


頭を深々と下げて感謝の意を示す。さらに俺の人気から注意を逸らす為の策を発動させる。


「実は私の所属する事務所には、私以上のグラビアアイドルが3人所属しています。」


俺が後ろの壁にグラビアポスターを貼り出ている陽子、秋子、雨美の方を指す。


「彼女達も素晴らしいアイドルですので、どうかご贔屓に宜しくお願い致します!!」


俺が再度、頭を深々と下げる、自分の記者会見を利用して身内を宣伝する。我ながら冴えた策だと思う。


記者会見も終わり、報道関係者にも俺の情報が十分に行き渡った事だろう。


だが俺の思いとは裏腹に他者を気遣う謙虚なグラビアアイドルという印象を持たれた様だ。


今までのスキャンダルだらけの独善的なアイドルを見慣れていた層から一気に共感を得られる事となった。


あえてを狙わないアイドル。


中身がおっさん…じゃなければ成せない技である。

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