第22話 CM撮影するおっさん!
那覇空港─
長いフライト時間を上空で過ごし、ようやく那覇空港へと到着する。飛行機を降りると強い日差しに暖かい湿った空気が漂う、やはり関東と比べ気温と湿度が高い南国独特の気候だ。
「…バルざん…ずびばぜん…。」
フラフラとしながら手荷物受取所にある椅子に座り込む
代わりに俺が饗庭の分までキャリーケースを取りに向かう。
「ほら饗庭さん、受け取ったから行くよ。」
宿泊先のホテルは聞いているので2人分のキャリーケースを引きながら、饗庭に声を掛けて手を引きタクシーに乗り込み目的地へ向かう。今は饗庭を休ませることが優先だ。
JNAインターコンチネンタル千座ビーチリゾート─
那覇空港から約60分、周りを美しい砂浜に囲まれた陸から海へと突き出る様な形の丘に建っている大型リゾートホテルに到着する。チェックインを済ませて饗庭を部屋に連れて行きベッドで休ませる。
部屋はツインベッドタイプ、俺と饗庭が同室で過ごす事になる。今は女なので問題はないが、おっさんとしては異性とホテルを過ごすのは初体験で緊張する。でも飛行機内の饗庭を見たらそんな気も起きない訳で…。
「さて、後は俺の服だな。」
服についた饗庭汁はすでに乾いているが化粧がくっ付いてマーブル柄になっている。ホテルのロビーで見かけたお土産屋さんに服が売っていたので買いに向かう。
白と青の花柄のかりゆしのワンピースを購入する、部屋に持ち帰り着替えた後に饗庭のスケジュール帳を拝借して今日の予定を確認する。
「今は16時…18時からロビーで打合せか。」
スマホを開いて近くに時間を潰す場所が無いか調べるが歩くと遠い所ばかりなので部屋でTVでも眺めながら過ごす事にした。当然Hなやつも見れるが今回は1人ではないので自重する。
ホテルロビー─
時間になり打合せ場所へ饗庭と一緒に移動をする。少し休み調子が戻ったのかいつもの饗庭に戻っているが少し恐縮している様子だ。
「空港の件、ハルさん申し訳ありません。」
「いいのいいの、頑張って仕事してこう。」
手をひらひらさせて俺が笑顔で気にするなと饗庭に伝えると凛とした表情に戻る。待ち合わせの場所にすでに撮影関係者が座って待っていた。
「お待たせしました、マネージャーの饗庭です、こちらが結城ハルです。」
座っている撮影関係者に挨拶をする饗庭、続けて俺も頭を下げて挨拶をする。
「初めまして結城ハルと言います、今回の撮影は宜しくお願い致します。」
「おー、君がハルくんかー俺が監督の
フランクな挨拶をする浅井、スパイラルパーマの髪が特徴的な無精ひげが残る瘦せ型の中年男が今回の監督の様だ。
「衣装担当の
長浜はツーブロックでTシャツ、スラックスの今時の若者だ。俺の衣装を担当する人らしいが男である、男でも女の衣装を担当するのかと感心していると監督の浅井から長浜について話す。
「ハルくん、彼は若いけど衣装に関しては最高よー。ウチのスタッフ全員にも言えるけど。」
集まったスタッフからどっと笑いが出る、浅井からのお墨付きを貰っていると言う事は相当に衣装の技術があるのだろう。引き続き他の関係者にも挨拶を行い、打合せに入る。
「…っていう感じで撮影するんで、明日は日が昇ってからだから暑さに注意していこうね。はいじゃー解散。」
1時間程で打合せも終わり、浅井から絵コンテを貰い打合せで話した流れを復習する俺。まだ雰囲気に慣れておらず気後れはしているが出来ない事も無いレベルだ。
「それとハルくん、まーそのなんだ。気が向かないなら断ってもいいけどウチの長浜にハルくんの体を触らせて貰えないかな?より良い衣装が作れるんだけど。」
衣装の長浜を連れてきて浅井が俺にそう申し込む。触る意味はあるのか?と疑問に思うが無意味に触りたがる人は居ない。
何よりここにはプロフェッショナルが揃っているのだ。より良い衣装というのも気になる。俺は申し出を了承した。
「ええ、いいですよ。」
俺は立ち上がり両腕を横に左右に真っすぐ上げる、そして長浜に俺の体全体を触らせる。触り方もいやらしさを感じないので全然気にはならない。
「ありがとうございます、ハルさんの体のサイズは全て解りました。ちなみに今のその服、市販品だから少し胸が苦しくありませんか?一緒に直しちゃいますけど。」
ちょっと胸が苦しいのは事実だが、そんな素振り見せていないのに触っただけで解るものなのか。
「じゃあ後で長浜さんの部屋へマネージャーの饗庭に服を持っていかせますね。」
俺がそう言うと長浜は自室へと戻って行く、明日使う衣装の微調整をこれから行うらしい。
「と言う事仕事終わり!で俺ちゃんは飲みに行きますー。ハルくんも誘いたいけど未成年だからダメー!20になったら一緒に飲もうねー。」
浅井が軽口を言いうとウキウキとしながら居酒屋に向かう、俺は羨ましい表情で見送る、俺だって折角沖縄に来たんだ泡盛とオリオンビールが飲みたい…。
飲めない体と理解しながらも肩を落とし饗庭と一緒に部屋に戻る、だが明日は俺にとっての人生初の撮影だ気合を入れて明日の予定と動きを饗庭と一緒に確認する。
翌日の朝、衣装担当の長浜から部屋に衣装が届けられ女性スタッフから着こなし方の説明を受ける。水着はビキニタイプであるが言われた通りに着用した瞬間に今まで着たのと着心地が違う。
市販の物は一定のサイズで作られているので自分が服に合わせていかなければならないが長浜の作ったものは完全に俺に合わせて作られている。
水着を付けているようで付けていないフィット感、ずり落ちる気配がまったくない、こんな水着なら普段着にしたって良いくらいだ、…まあ普通にしないが。
水着の上から昨日買った長浜が調整したかりゆしのワンピースに麦わら帽子を着込み撮影現場へと移動する。
「よっしゃ!やったるわい!」
千座ビーチ─
「よっ、おはようハルくん!昨日は良く寝れたかい?」
撮影現場に到着すると浅井が挨拶をする、その周りでスタッフ達が慌ただしく動き回っている。
「浅井さんおはようございます、しっかり寝れましたから今日は頑張ります。」
俺が元気よく挨拶すると周りに若い女の子数人集まってくる。今回友人役で集まったエキストラの子達だお互い挨拶を行う。
「じゃっ早速撮影に入ろうか、昨日話した通りビーチフラッグから行くよ!」
撮影内容は俺を含む数人の友人役の人達とビーチフラッグをして遊ぶ、俺がフラッグを取って喜んだ後にスポンサーの商品であるスポーツドリンクを飲み干す。という流れだ。
「ハルくんスタンバイよろしく。」
メガホンを持った浅井が俺に指示を飛ばす。
俺は深呼吸をして覚悟を決めて着ていたかりゆしのワンピースのスカートの裾を腕を交差するように前屈みで掴み下から上に向かって一気にワンピースを脱ぎ去る。
某格闘漫画のヤ〇ザみたいであるが家はいつもこの脱ぎ方だ。ワイルドだろう?
「おおー…。」
俺の輝く水着姿(45歳)を見ても周りの反応が薄い、やはりプロだ、こんなのを見慣れているのだろう。
脱いだ服を饗庭に渡して砂浜にエキストラの子達と一緒にうつ伏せになりビーチフラッグのスタンバイに入る。
「3・2・ …。」
浅井のカウント声が響くと撮影が開始する、うつ伏せになった俺の正面に居る撮影スタッフがビーチフラッグ開始の合図で腕を上げる。
一気に立ち上がりフラッグの方を向く、低姿勢から徐々に上体を上げていき速度をさらに上げていく、水着の体に貼り付く安心感で全力を出せる。
フラッグまで結構距離があるが普段の自主練の成果もあり問題は無い。
フラッグを倒れ込む様に掴み、体を横に一回転させて忍者の様な着地体制を取る。その後は予定通り、フラッグを持ち上げて喜ぶのだが。
「…。」
周りが静寂に包まれる。なんか俺1人ではしゃいでいて馬鹿みたいである。
「…はっ!カット!!カアアアアアアアアット!!!」
浅井がいち早く反応して撮影を止める。
「えっとハルくん、ちょっと待っててねー。」
浅井がそう言うと周りのスタッフを集めて打合せを始める。
「なんなの、アレ。早すぎない?カメラ追い付いてないよ。」
「早すぎてエキストラの子達が置いてけぼりでしたね…。」
「エキストラの子の中には国体出てる元短距離の選手もいるんだけど。」
「あの着地、筋肉番付の室伏〇治を思い出しましたよ…。」
打合せをしているスタッフ全員が俺を見つめる。もしかして手を抜いた方が良かったのだろうか。
「ハルくん、もう一度撮り直すからスタンバイよろしく!」
浅井の指示が飛び、定位置でスタンバイするが周りのエキストラの子達が前より真剣な顔付きだ、俺もいつも通り全力で行くだけだが。
「3・2・ …。」
再びビーチフラッグが開始される、スタートの合図が出ると同じように立ち上がるが今度はエキストラの子達も相当に速い。
だが最初は並んで走るが俺が上体を起こし速度を上げると一気に抜け出す、今度はフラッグを前転でキャッチして綺麗に着地して喜ぶ。
「…。」
(またこの空気かよーーーー!)
再び静寂に包まれる中、エキストラの子達の息の切れるの声が聞こえる。
「カット!カット!ハルくん、ちょっち待ってね。」
そう言うと再び打合せに入る浅井とスタッフ達。
「どうする浅井監督!」
「どうする家〇みたいな言い方しない!」
「息が切れてないし体力有り過ぎですよ。」
「…んーこういうのはどうでしょうか?」
大の大人が円陣を組みしゃがみ込んで内緒話をしている。少しして方針が決まったのか俺に声を掛けてくる。
「ハルくん、とりあえずウォーミングアップに50mダッシュ20本いってみよっか!」
笑顔で俺に指示をする浅井、ウォーミングアップなんか要らないのだがプロの言う事だ意味があるのだろう。長浜の件もあり疑問を持たず撮影現場から少し離れた場所でダッシュをする。
強い日差しの中、ダッシュを終えると体を使い息をしながら全身が汗でびっしょりである、膝も少し笑っている。CM撮影は本当に過酷である。
「うんうん、良い感じに弱っ…コホン!じゃ撮影再開するよー。」
浅井が撮影再開の合図をスタッフ全員に送る。3度目のビーチフラッグが開始される、大分疲労はしているがまだ体は動く。
スタッフからのスタートの合図と同時に立ち上がるが疲労からか少し出遅れる、低い姿勢から速度を上げて行くがエキストラの子達も休んでいたせいか速い、俺を含めて全員同着でフラッグへと手を伸ばす。
全身を砂まみれになりながら俺の手にフラッグが握られている。
「やったー!私の勝ちー!」
汗をかきながら飛び跳ねて本気で喜ぶ俺、もうCM撮影をしているのを忘れている。勝てばよかろうなのだ。
「はぁはぁ…ハルさん速過ぎ。」
エキストラの子達が息を切らして倒れたままである、俺は手を差し伸べて体を起こすのを助けて上げる。
「君達も凄い速かったよ…私がお酒と煙草を嗜んでいたら負けてたよ。」
それを聞いたエキストラの子達が笑い出す。
「はー…やれやれ。撮りたい絵がやっと撮れたよ…。」
浅井が頭を抑えながらため息をする。
一度休憩に入り俺はシャワールームで砂を落とす。
その後はCMの本命であるスポーツドリンクを飲むシーンの撮影に入るが汗を出し尽くした後だ、俺が本当に美味そうに飲む様子を見て浅井から一発でOKが出る。
岩場に隠れた砂浜を背景に広告用の写真撮影も何本か撮り、CM撮影の仕事は終了した。
撤収作業を終えた撮影スタッフ達はホテルへと戻り打ち上げを行う、居酒屋でどんちゃん騒ぎだ。マネージャーの饗庭も営業を兼ねて参加している。
参加できない俺はホテルの人に話をしてゴミ袋を数枚貰いゴミ拾い用のトングを借りて日が沈む砂浜に向かった。
「はあー俺も参加したいけど年齢的にアウトなんだよな…。」
今の社会は一般企業でもコンプライアンスに五月蠅く、特にイメージを売りにしている芸能界においてはマスコミによるすっぱ抜きもある。
愚痴りながらも一仕事一片付けの社会人時代に刷り込まれた癖で撮影場所のゴミ拾いを行う。仲間外れにされた疎外感を誤魔化すためでもある。
撮影後はスタッフも清掃はしていたが他のマナーの悪い観光客、野次馬がゴミを捨てているのを見ていた。それを俺達のせいにされるのも癪である。
完全に日が落ちるまで清掃を続ける俺。酒が飲めない悔しさを紛らわすのに丁度良い運動だ。
「ふーん…。」
俺が清掃する様子をホテルの中から見ていた浅井。
ホテルロビー─
翌日、帰宅の準備を終えてロビーで編集について打合せ準備をしている浅井や長浜、撮影関係者へと挨拶をする。
「浅井さん、長浜さん、皆さん短い間ですがお世話になりました。」
俺と饗庭がお辞儀をして別れを告げる。
「ハルくんも色ちゃんもおつかれー、CM楽しみにしててね。」
「僕が直した服、大事にして下さいね。」
浅井が軽く挨拶をする。続けて笑顔で挨拶する長浜だが、彼にサイズ調整されたかりゆしのワンピースを着ているがこちらも極上の着心地だ。今回の思い出として大事に着させて貰う。
俺と饗庭がタクシーに乗り込み空港へと向かう。
「んじゃ…最後にもう一仕事するかな。」
俺達が帰っていったのを確認すると浅井が気だるそうに立ち上がるとカメラ担当者を呼び付ける。
那覇空港出発ロビー─
空港に到着した俺はお土産を買い行くが、饗庭は気分が落ちているのか椅子に座って休んでいる。
定番中の定番、『紅イモタルト』
学生、下ネタ好き御用達『ち〇こすこう』
買い物に満足して饗庭の休む所へ戻る。本当はゆっくりと国際通りや首里城跡、観光もしたかったが何せ学生の身分である。学業に影響があってはいけないという配慮もあり直ぐに帰る事となった。
「…ハルさん、非常に申し訳ないのですが帰りの飛行機でも胸をお借りしてもよろしいでしょうか。」
饗庭が俺に申し出る、深い意味は無く言葉の通りそのまま胸を借りるという意味だ。だが俺は行きの飛行機で学んだ。饗庭汁を吸収する為のハンドタオルと購入しておいたのだ。俺は二つ返事で承諾する。
「どんと来いっ!」
出発時間になり飛行機に乗り込み指定の座席に座ると饗庭がすぐに俺の胸でスタンバイする。
その様子を続々と乗り込む乗客に冷ややかな目で見られるが、奇声を上げる前である事を考えれば俺の恥など安いものだ。
飛行機が離陸して上空へ達する、俺の胸に置いたハンドタオルが良く吸収している。が…安心したのも束の間。
饗庭の体が急に上下にうねり始める。これは俺も経験がある。
エチケット袋を手に掴み、広げて準備を行う。思い出のかりゆしのワンピースを汚す訳にはいかない。
「うっオロオロオロオロ…。」
エチケット袋に濃厚饗庭汁が溜まっていく俺の経験が生きたな、嫌な経験だが。CAさんにも手伝って貰い片付けを行う。
座席に戻り饗庭が再び俺の胸に顔を埋める。饗庭の背中を擦っていると安心したのか眠りにつく。
CM撮影も終わったが大変なのはこの後である事は重々に承知している、だが単純な俺は北海道に行けると考えれば全然頑張れるのだ。
しばらくして撮影の疲れも出たのか俺も眠りにつく。
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