第21話 新マネージャー就任
いやはや、GWはおっさんの社会人時代に比べてバイクを十分に堪能が出来た。
和倉温泉ツーリング、奥多摩マスツーリング、非常に大満足の結果だ。
長いGWも明けて少年誌のグラビアデビューも落ち着きを見せてきた。以前の様にサインを求められる事も少なくなったのだ。平穏な日々よお帰り、やはり全ては時が解決してくれる。
この幸せをお裾分けする為、ツーリングのお土産を持って高校へと登校する。
高校教室内─
「おはようー!皆の衆!」
俺が上機嫌そう言うと同級生が挨拶を返してくれる。
「バイク旅のお土産だーありがたく頂くが良いぞ。」
怪しい言葉使いつつ同級生全員の机にお土産を一つづつ置いて行く。
中にはお礼を言ってくれる子、すぐに頬張る子も居る。皆、良い反応を見せてくれるが1人だけ机に顔を下に向けて寝込んでいる子が居る。
そう休日の舞台連続公演を終えて疲労感いっぱいの一花である。
「…ハル、あんた随分と楽しんでるみたいじゃない。」
顔を上げて恨み節で語る一花が俺を厳しい目で見つめてくる。
「あ、えっと…一花さん舞台お疲れ様です!」
GWを遊び尽くした俺は後ろめたさを感じて、お土産を一つ置きご機嫌取りに一花の肩を揉む。今はおっさんじゃないからセクハラじゃない。
「あっ…ちょっと…あう、う、上手いじゃない…。」
少しHな声を出す一花だが、揉むのが上手いのは当然だ。社会人時代に一体何回上司の肩を揉んでミスを帳消ししてもらった事か!…自慢にならないが。
「…ハル、ちょっとお昼休みは私を労いなさい、これは社命よ!」
お昼休み保健室─
「…でさー稽古でこうしろって言ったのに失敗してるしさー。やってられない訳!」
保健室のベッドでうつ伏せになり舞台の愚痴を話す一花の上に跨り、背中を指圧する俺。保健医も自由にしていいと言っていたが本当に寛容な学校だ。
「そうだ、マネ(佐竹)から伝言を頼まれてたんだ。」
思い出した様に一花が話出す、佐竹から俺に何か…嫌な予感がする。
「グラビア部門に新しいマネが来るんだって。学校が始まってすぐで悪いけど紹介するから会社に来いって言ってた。」
新しいマネージャーか、佐竹は俺が見ても仕事を抱え過ぎていると思う、少し負担が減るのなら仕方ない事だが佐竹レベルのマネージャーは中々いないと心配にはなる。
「さあー伝言も言ったし、お昼休みいっぱい私を癒しなさいよ!」
やれやれ、まあこんな小さな体で舞台を頑張ったのだ。精一杯、会社の先輩を癒してやろう。
「後、コレ…3人家族なんでしょ?私の舞台見に来なさいよね。」
一花が主演の舞台の招待券3枚を俺に差し出してくる。全くこの先輩は素直じゃない、うつ伏せでも恥ずかしがってるのが解る。ありがたく頂戴する。
「じゃあお礼に俺の妙技、夢の中へ夢の中へ…コースを味わわせてやろう。」
頭から腕、背中から脹脛、足の裏まで程よく優しく揉んでやると直ぐに眠りに入る一花。数少ない俺の特技を披露したところで、新しいマネージャーはどんな人だろうか気になるところである。
本社会議室─
会議室の長机に秋子、雨美、陽子、俺が並ぶように椅子に座って待機する。
「皆さんお待たせしました。」
佐竹が会議室に入ってくると続けて後ろから女性が入って来る。
「早速紹介しますね、私の後任になる
紹介されると佐竹の前に女性が出てくる。
「饗庭 色と申します、皆様方宜しくお願い致します。」
リクルートスーツが似合うメガネをかけたエリート感ある女性だ。
「今後は彼女にマネージャー業務を任せますので何かあれば彼女の方にお願いしますね。では私は仕事がありますので後は宜しくお願いします。」
忙しいのか、せわしない動きで佐竹が会議室を出た後はしばらく無言の時が続く。
すると饗庭が会議室のホワイトボードに向かって何やら数字を書き出している。
「では皆さん、GWの間に何をやっていたのか教えて頂けますか?」
俺達4人はきょとんとした顔になるが、少しして質問を理解して答えて行く。
「えっと私は午前中はジム、午後は友達と買い物して過ごしてたかな。」
「休日を利用して海外に旅行へ行ってました。」
「…運動、家事、弟達の世話。」
陽子、秋子、雨美の順で答えていくが至極真っ当な休日の過ごし方をしている。次は俺の番だが饗庭の視線が凄い圧力を込めて俺を見つめてくる。
「い、石川県へバ、バイヒューツリンギュッ…。」
圧力に負けて嚙みまくり変な声が出る俺。陽子が俺の顔を見てニコニコしている。そんなに見つめないで恥ずかしい。
「ではこの数字ですが。GW前に作成した時から現在のSNSのフォロワーの推移です。」
淡々と話しを進める饗庭がホワイトボードを指で指し示す。
陽子:1万人→1.5万人
秋子:8000人→1.1万人
雨美:6500人→1万人
「陽子さん、秋子さん、雨美さん、グラビアアイドルとして少し自覚が足りない様ですね。」
饗庭が3人に厳しい言葉を浴びせる、俺から見たらちゃんとフォロワーも増えているし問題が無い様に見えるが、3人の実力から言って少ない方なのだろうか。
「ちなみに他社のグラビアアイドルのフォロワーですが5,6万人が平均です。フォロワーと言えば自分のファンの数を示す数字と言っても過言ではありません。」
これは解りやすい、つまり3人は平均にも届いていないので努力が足りていないのではないかと言いたい訳だ。現役グラドルのフォロワーの数が結構多くて驚いている。
「次にハルさんのフォロワー推移ですが…。」
そういえばSNSで自分のアカウントを作成してからフォロワー数を全然確認していなかった。ほとんど会社が管理しているのでほったらかしである。
ハル:3万人→18万人(デェーン!)
「ブフォー!!」
椅子から転げ落ちる俺、他の3人と桁違いでフォロワーが増えている。
「あ、あの…何かSNSのバグなんじゃないですか?」
俺が自信なさげに饗庭に質問してみるが、饗庭が眼鏡を直しながら答える。
「いえ、これはバグでも何でもありません、ハルさんの地道な活動の賜物です。」
いや絶対おかしいだろ、少年誌のグラビアだけでそんなに増えるのか?他の3人だって全国誌のグラビアに出ている。条件は同じ筈だ。
「ハルさんの行動を逐一チェックさせて頂きましたが、実に模範的なアイドル活動を行っていました。特にバイクツーリング中の間のフォロワーの増え方は私共でも異常と感じました。」
(も、もしかしてアレか!)
ラーメン屋、道の駅狼煙、温泉宿、一気に思い出す。
「ハルさんのフォロワー同士の会話内容から面倒臭らず旅行先でも1人1人丁寧にファンサービスを行った事がうかがえます。噂が噂を呼びあのyoutubeの動画ですね。」
前田夫婦の動画の件だろう。あの後も視聴回数が伸びに伸びて数日で10万再生以上を叩き出している。
「バイクの運転もさることながら、初心者への気遣い、安全意識の高さ、自惚れもなく謙虚な姿勢、結城ハルの魅力が全て詰まっていました。」
饗庭が客観的に見た感想を遺憾なく語る。
「さすが、ハル様!私も頑張んないと!」
「ハルったら休みの間もそんな努力をしてたのね。」
「…悔しいけど私にも出来たかどうか自信が無い。」
陽子、秋子、雨美が俺を見てそう言うが全ては勝手に俺がやった事だし、ただバイクに乗りたかっただけなのだ。ファンサービスはそのついでのつもりだ。
「という訳で、ハルさんにはスポンサーから指名依頼がいくつか入ってます。」
饗庭がスケジュール表を取出す。これは…凄く嫌な予感がする。水着のトラウマが蘇る。
「TVのCM撮影のお仕事です。一介のグラビアアイドルにしては異例です。ハルさん早速ですが明日から仕事が始まりますので準備をお願いします。」
俺を含めて3人とも驚愕の表情を見せる、俺が椅子から立ち上がり確認する。
「饗庭さん…それは辞退出来るのでしょうか。」
真剣な顔で俺が聞くと、他3人がなんでやねん!とツッコミが入るが饗庭は眼鏡を整えながら表情を変えずに答える。
「辞退は不可、スポンサーたっての依頼です。」
どうやらスポンサー側からの強い要望がある様だ。俺の事を買ってくれるのは嬉しいが水着はやだやだやだやだ…。
「では、これが明日の航空チケットになります。明日の午前10時に羽田空港出発口でお待ちしております。」
饗庭がそう言うと航空チケットの入った封筒を俺に渡してくる。
「他の3名もハルさんを見習い活動を続けて下さい。そこで繋がる縁が仕事になる事もあります。最後に私の電話番号を伝えておきます。」
ホワイトボードに自分の電話番号を書き出す饗庭、書き終えるとこちらを向き。
「それではこれからもよろしくお願いします。以上ですので解散とします。」
会議室から出て行く饗庭、まさに佐竹の女バージョンの様な冷静沈着な人であった。そして残された俺達4人。特に俺は複雑な心境である。
「はあー…TVのCMか…。」
グラビア撮影から落ち着いた日々が戻って来たと思ったらまた騒がしくなると思うと俺は憂鬱になる本来なら涙を流して喜ぶ所なのだろう。だが他の3人の反応は違う様だ。
「ハル様!CMなんて凄いじゃないですか!普段どんな活動をしているのか教えて下さい!」
陽子が目を輝かせて俺の腕を掴み教えを乞う。他の2人も俺の側に寄り真剣な顔で見つめてくる。
休日のバイクツーリングであった事を全て話す、ただのファンサービスだけを行うのでは無く、興味の無い人達の邪魔にならない配慮をする事。疲れていても笑顔を絶やさない事。…至ってごく普通の事なのだが。
「雨美…私、なんとなくハルが伸びた理由解った気がする。」
「…秋子、私も今気付いた。薄々思ってたんだけど。」
((ハルは天然の人たらしだ。))
秋子と雨美の2人が小声で話す、陽子は感銘を受けたのか俺の腕を力いっぱいに抱き着き頬ずりをする、すでに陽子は俺の人たらしの犠牲者となっていた。
羽田空港第一ターミナル─
翌日、空港に到着した。
ハルの両親にはすでに饗庭から仕事の連絡が行き了承もされている。特に両親はTVのCMと聞いて凄く喜んでいたそうだ、自慢の娘がTVに出るのだ嬉しくない訳がない。
高校はと言うともちろん二つ返事だ。本当に寛容というか放置レベルである。ただし授業の内容をデータPDF化してメールで送るので一緒に添付した小テストデータを返信する様に求められた。
「お疲れ様です、お待たせしました。」
出発口で待つ饗庭にキャリーケースを引きながら到着した俺が挨拶をする。
「…お疲れ様です。」
いつもの冷静沈着な挨拶を返してくれる饗庭だがどことなく表情が暗い、調子が悪いのだろうか。
「午前11時過ぎの便で沖縄に向かいます、すでに撮影クルーは現地にて準備を始めています。」
沖縄か…まだ梅雨入り前なので撮影をするなら今が好機ではある。違うそうじゃない…沖縄と言えば海、海と言えば水着…連想ゲームで推察出来てしまうのが悲しい。
「ではハルさん行ってらっしゃいませ。」
「えっ?」
饗庭が俺を見送る様な物言いをするが饗庭もキャリーケースを引いている。俺の聞き間違いかもう一度確認してみる。
「えっと饗庭さんも同行してくれるんですよね?」
「はい、佐竹より厳命されていますので同行させて頂きます。私は陸路で向かいますので現地で落ち合いましょう。では急ぎますので。」
何を言ってるんだこの人は、沖縄に陸路って九州まで行ってフェリーにでも乗る気なのだろうか。そもそも3日位かかるはずだぞ。
「心配になって来てみましたが、やはりこうなりましたか。」
後ろから聞きなれた声が聞こえる、マネージャーの佐竹である。
「佐竹さん?何でここに?」
俺が驚くと側に居る饗庭の体がカタカタと震え始める。
「饗庭さん、あなたの分のチケットも手配しています。ハルさんと一緒に飛行機に乗って下さい。」
少し厳しい声で佐竹が饗庭に飛行機に乗るよう促す。饗庭が体を震わせながらも出発口で荷物を預けに行く。
「いやーハルさん驚かしてすみません。」
佐竹の顔が笑顔に戻ると俺に謝り経緯を説明してくれる。
饗庭は非常に優秀な社員なのだが調和よりも効率を重視する傾向があり、他の社員との折り合いも悪い。そこで俺を含むグラドル達と接する事によって克服して欲しいと思っている事。
さらに欠点が一つだけありそれが『極度な高所恐怖症』である。
仕事柄、全国を飛び回る事も多いこの仕事でこれは致命的な欠点なのでまだ仕事の少ないグラビアアイドル部門に抜擢して徐々に慣れさせる予定が俺の活躍で飛行機に乗る事になってしまった。
「ですが、彼女は私以上に優秀です、ハルさん彼女を宜しくお願い致します。」
深々と佐竹がお辞儀をするが世話になっているのはコチラだ。
「佐竹さん頭を上げて下さい、いつもお世話になってるんです、饗庭さんの事は任せて下さい。」
俺がそう言うと安心したのか佐竹が顔を上げて笑ってくれる。饗庭も荷物を預け終わったので俺も預けてから出発口からチェックインをする。
饗庭が逃げられないように出発口まで見送る佐竹、詰める所はきっちり詰める御仁だ。
出発ロビーに入って南ウイングの出発ゲートへと向かう、饗庭は移動中ずっと無言である。
出発ゲートの近くに到着して長椅子に座って饗庭と一緒に待つ。
「聞きましたよね…私が高所恐怖症だって事。」
顔を俯かせて饗庭が静かな声で俺に話し始める。
「笑いたかったら笑っていいんですよ…こんな情けないマネージャーいませんもんね。」
「笑わねーよ!」
少し語気を強めてすぐに否定する俺。言葉使いもおっさん時代に戻る。
「人間なんだから苦手なものが有ってもいいじゃねーか。俺だって水着が苦手なんだぞ。」
「え…?ハルさん水着苦手なんですか?」
考えてみても欲しい朝通勤している電車内のおっさん共がビキニ姿だったらどう思う。普通に嫌だろう。俺の中では体が代わったとしてもそれが思い出されるのだ。とは言え饗庭には理由が説明できないので恥ずかしい事にしておく。
「ま、まあこう見えても年頃(45歳)なんだ、恥ずかしいんだよ。」
「自分で年頃とか言う子は居ませんが…何か変わってますねハルさん。」
饗庭が少し笑う、結構可愛いじゃないか。
「大人の私が飛行機に乗るのを嫌がってたら示しがつきませんね。ハルさん私頑張ってみます。」
水着をやだやだ言ってたおっさんの心に饗庭の真っすぐな言葉が響きダメージを受ける。かなり年上のおっさんですが水着嫌がってすみません。
そうこうしているうちに飛行機へと搭乗口から乗り込む。指定の座席に座りベルトを締める。しばらくして飛行機が動き出し滑走路へと向かい滑走路に入ると飛行機のジェットエンジンがうなり加速を始める。
「あびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃびゃ…!!」
突如、隣に座っている饗庭がいきなり奇声を上げる。周りのCAと乗客が驚いてこちらに視線を送る。俺も驚いているが、とりあえず緊急処置として饗庭の顔を俺の胸で抱えて声が響かない様にする。
飛行機が上昇すると俺の胸に顔を埋め抱き着きずっと離さない饗庭。涙と涎と鼻水が俺のおろしたての一張羅に染み込んでいくのが解る。苦手なのは解ったが想像以上である。
沖縄に着くまでの約3時間このままの状態で過ごす。赤ん坊を抱えて飛行機で移動する全国の親御さんに敬意を表したいと思う。
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