第18話 GWツーリングその1

待ち遠しかったGWがやっとやってきた。

前日に準備しておいた着替えや合羽、洗面用具を詰めたシートバッグを愛車のRebel 250 S Editionに括り付ける。


俺の計画したGWツーリング計画はずばり、『北陸を走る食う寝る温泉に浸かる』だ。どこかのキャッチコピーの真似ではない事を予め言っておく。


そして授業中にニヤニヤしながらスマホで北陸の温泉宿も予約済み、目的地の距離も片道470km近いロングツーリングだ。特にGW初日は高速道路の渋滞が発生するので余裕を持って行動したい。


父と母には前日に目的地と宿泊先を説明している、念のためマネージャーの佐竹にも一報を入れておいた、仕事の依頼が入っても居ないから対応できないよと言う自己防衛も兼ねている。


今は朝の5時、スマホのナビに目的地を入れて、まだ夜が明けていない時間に俺は自宅を出発した。


外環自動車道の和光インターチェンジから入り関越自動車道に入り北上をする。


藤岡ジャンクションで上信越自動車道へ入る、富岡製糸場で有名な富岡市を抜けると山の間に入る、標高も高くなり少しずつ気温が下がってくる。次の横川サービスエリアで暖を取る事にした。


横川サービスエリア─


「うぅーーー寒い。」


バイクをバイク専用駐車場に止めてスマホで気温を確認すると10℃ちょっとを示している、これにバイクの風が加わると体感温度がマイナス5℃くらいになり非常に寒い。朝早い事もあり利用者もまばらだ。


「高速道路と言えば…やっぱりアレは外せない!」


【ミル挽きコーヒー】


「これこれ、ホットコーヒーを選択してっと。」


トゥルルルルットゥルルル♪…


商品を選択すると軽快な音楽が流れる曲名は『コーヒールンバ』という。この曲を聞くと高速道路に乗って旅に出ている実感を味わえるので光太郎の時も良く利用していた自販機だ。曲のリズム合わせて控えめなモンキーダンスをして待つこと数秒。


『お待たせしました。挽き立てのミル挽きコーヒーをお買い上げありがとうございました。』


そうアナウンスされると自販機からカップに入ったホットコーヒーが取りだし口から出てくる。挽き立てのコーヒー豆の香りが漂ってくる。


「ぷはー、やっぱり高速道路と言えばこの味だ、暖かいし美味しいし最高ー。」


ようやく朝日も出て来たがまだ寒い、バイクにドリンクホルダーが無いのでコーヒーが暖かい内に一気に飲み干す。


その後は寒さ対策で用意しておいたワークマンお手製の防寒具イージスを上下に着用する。気温が0℃近くでも暖かい優れものだ、しかも雨を弾く撥水加工。


「よーし、出発するか。」


と勢い良く出発するもののこの後、俺に苦難が待ち受けていた。

そう奴は忘れた頃にやってくる…。


高速道路走行中─


出発から数分経過…。


「あ、あ…もれるもれるもれるもれ…。」


先ほど飲んだミル挽きホットコーヒーの全てが一気に俺の膀胱に溜まって来る、途中の看板に次のサービスエリアまで20kmの表記、絶望である。


寒い中を走行すると体が冷やされ尿の生産速度が早くなり尿意を催すのが人体の摂理である。だからと言って猛スピードを出すと振動と体感温度の低下がさらに尿意を加速させる。


次のサービスエリア─


「あっあっ、もう少しなんだ!もってくれーーーー!」


そう叫ぶとバイク専用駐車場にバイクを止めて急いで防寒具を脱ぎバイクの上に投げるとヘルメットを被ったまま競歩の様な動きでトイレに駆け込む。もう現役グラドルの面影が無い程に不様であるが人目など気にする余裕が無い。


「はーーーーー、スッキリした。」


富士山の山頂へ到達したような達成感ある表情をする俺、ギリギリの所で大人の面目は保てた。少し気が抜けたのか寒気を感じるので自販機コーナーへと向かう。


トゥルルルルットゥルルル♪…


『お待たせしました。挽き立てのミル挽きコーヒーをお買い上げありがとうございました。』


「はー暖かいー生き返るー。ゴクゴク…。」


「……はっ!」


気付いた時には空のコーヒーカップ、さっきまではコーヒーはもう止めようと運転中に後悔していた筈なのに一度トイレに行くと全てから解放された心の隙間を付いてくるミル挽きコーヒー。


俺はこれを『アド〇イヤ現象』と呼ぶ。(すみません。)


当然、次のサービスエリアまでまた尿意の悪魔との格闘である。

言っておくがミル挽きコーヒーに罪は無い、俺が全て悪いのである。


走り続けると山頂に雪が残る立山連峰を横目に上越市と入る、寒さも大分収まって来て少し暑い位だ。上越ジャンクションから北陸自動車道に入って富山県を目指す。


多くのトンネルと抜けると今度は左側に立山連峰を富山側から見る事が出来る。右側には日本海が望める。


本来であればもう少し早く到着する予定であった富山県、アド〇イヤ現象により各サービスエリアのトイレに立ち寄ったお陰で遅れてしまった。富山インターチェンジを下りて富山駅へと向かう。


富山と言えばやっぱり『富山ブラックラーメン』だ。

味の好みは人によって意見が分かれる所であるが俺は大好きだ。バイクを有料駐車場

に停めて富山駅近くにある行列のできるラーメン屋へと足を運ぶ。


ラーメン七心屋─


無添加が売りのラーメン屋だ、行列に並び券売機でブラックラーメンを購入して席に座る。


スマホを眺めながら待っていると後ろから声を掛けられる。


「結城ハルさんですよね?グラビアの。」


男性客から声を掛けられる。話してみると俺のファンの様で写真をお願いされる。もちろん俺は了承して店内で男性客とのツーショット写真を撮らせて上げた。しかし富山で声を掛けられるとは思わなかった。


周りの客が俺の事を有名人なのかとざわつき始めた時に出来上がったラーメンが出てくる。


少し濃いめな醤油味とペッパーが効いているのに優しい味、体に染み渡る。お腹が空いてたのもあってかすぐに完食する。


厨房に向かってごちそうさまーと挨拶をして外に出ると俺のファン数人が出待ちしていた。先ほどの男性客がその中に居たので電話かSNSで仲間に連絡したのだろう。


蔑ろにできず、ファン全員とツーショット写真を撮ったら別れを告げてバイクに戻り目的地へと出発する。


下道を移動中─


富山高岡バイパスに入ると連休中な事もありサンちゃんの数が非常に多くなるさらに商業用のトラックの台数も増えてきて無理な運転をしない様に注意して進む、高岡市で国道160号に乗り換え北上する。


160号を走り続け氷見市を抜けると右手に富山湾が目の前に現れる。遠くの対岸には富山の街並みが見通せる。


とにかく景観の良い道ではあるが、ナビ通りに進むと必ず無料の能越自動車道に誘導されるので注意だ。


海沿いの道を走り続けると峠を越えるトンネルへと入る、そこを抜けると石川県七尾市、今回の目的地だ。


【和倉温泉】


時の加賀藩主、前田利長公が腫物に困った時に和倉温泉の湯を取り寄せ治療した事で有名な温泉だ。元は海に湯口があり海の埋め立てを行い今の和倉温泉がある。


今回は落ち着いて温泉に浸かりたかったので個室露天風呂付の部屋を奮発して予約したのだ、しかも2泊で朝、夕食付き。頑張った俺にはこのくらいのご褒美があっても良いのだ。


温泉宿 美乃湯屋みのゆや


「すいませんー今日、予約してた者なんですけど。」


受付のロビーに行くが誰も居ない、しかも写真と違い少しボロ…歴史ある古い建物だ。


誰も来ないので仕方なく荷物を棚に置いてロビーに設置されているソファーに座って待っていると、奥から老婆がゆっくりこちらに向かってくる。


「はいはい…お待たせしましたね。」


着物を着た小さい老婆が受付の中に入る。


「えっと今日予約してた結城ハルなんですけども。」


「はい?」


どうやら老婆は耳が遠いらしい、俺は少し大きめの声で言い直した。


「予約した結城ハルなんですが!!」


「はいはい…予約承っております…ええとおっぱいでか〇様ですね。」


「ある意味合ってるけど…ちっがーーーーーーーーーーう!!」


癖でノリツッコミをしてしまったがこの老婆、目も悪いのか俺の胸を見て勝手に名前を決めやがった。しかも名前も一文字も掠ってないので絶対確信犯だ。しかし老婆に対してむきになる事も出来ず俺は大人な対応をした。


この後、老婆とすったもんだしてやっと部屋へと案内される、途中の部屋の中から人の話し声が聞こえる、思ったより人が泊っている様だ。皆この老婆に変なあだ名を付けられたんだなと同情しながら案内された自分の部屋へと入る。


部屋に入ると正面に夕暮れの七尾湾が目に入る。そして部屋の外には露天風呂がある。景観もバッチリだ。


「夕食は19時から大広間に用意致しますのでごゆっくりどうぞ…。」


老婆がそう言ってお辞儀をして部屋を出るのを確認すると、すぐに俺は服を脱ぎ棄て裸のままバスタオルとフェイスタオルを握って露天風呂へ向かう。


「っかああああああああああ。」


湯に浸かる時のいつもの第一声である。


今日一日バイクで走った疲れが一気に取れていく、某TV番組のカブの旅のタレントが温泉宿じゃなきゃイヤだ!と言っていたのも今なら分かる。


光太郎の時の稼ぎだと個室露天風呂などは到底泊まれなかった。正確には泊まれるが北海道ツーリングに割く資金が枯渇してしまうというのが正解だ。


この体になってから一時は俺の下着を心の闇バイトに売り付け資金にしようと思った事もあったが、まさか体を張るを地で行く仕事をするとは思わなかった。


お陰で高校生1年生が個室露天風呂へ泊まれて、北海道ツーリングの資金も貯められているので感謝しなくてはならないのかもしれない。


しばらく湯舟に浸かりながらオレンジ色にそまった夕暮れ時の空と七尾湾を眺め幸せな時間を過ごした。


大広間─


待ちに待った夕食だ。浴衣に着替えて大広間へ向かうとすでに料理が並べられている。刺身の船盛、お吸い物、煮物、茹でたカニ、何より一番楽しみだったのがこの『白エビ』である。


小ぶりだがエビ特有の甘味が強く、上品な味に舌の上でとろける食感がある。小ぶりな分お刺身にするにも時間が掛かり取れる量も少ないので高価だが非常に絶品だ。個人的には白エビのかき揚げもお勧めだ。


温泉宿自室─


「いやー食った食った。」


爪楊枝を咥えながら部屋に戻るとお布団を敷いてその上に横になる。本来であれば部屋の冷蔵庫から瓶ビールを取出し晩酌をするのが通例なのだが、震える手を抑えて我慢する。


テレビを点けてニュース番組をしばらく眺めていると少し気になる事があった。


(Hな有料番組を見ると今の俺はどういう反応をするのか…。)


家に居るときはハルの両親に気を使いHな物は見ない様にしてはいたが、今は俺1人…自由にしてもいいよね?


ちなみに今は昔と違いHな物に限らず映画も見れる、つまりHな物だけを見る訳では無いというが出来る訳である。そう俺は映画を見る為にカードを買うのだ。


1000円札を握り、こそこそと廊下に出て周りに人が居ない事を確認して階段前に設置されている有料テレビカード販売機でカード購入する。Hな本の自販機を利用する少年時代を思い出しこのドキドキ感に懐かしさを感じる。


そそくさと気付かれない様に自室に戻りカードの裏に記載されている番号をTVリモコンで入力する。時代は進化しておりHな奴はジャンル分けされている。


アイドル・グラビア、俺の為に用意されていたこのジャンルを選択して視聴を開始する。


「…。」


やはりプロ、出演者、内容ともに申し分ない、非常にレベルが高かった。が!何かが違う。違うジャンルも見てみる、巨乳、SM、etc…。


熱き血潮が滾らない、正確には滾る部分が無い。いやそれは置いといて、やはり体が変わった影響があるのか反応が無い。


何か男として虚しくなってきたのでHな物の視聴を止めて映画のを見る。


(ん…アレ?なんか…。)


『ドゥ〇イン・ジョ〇ソン』が登場すると一気に胸がドキドキして体が熱くなる。


「違う…俺は男…これは…この気持ちは違う!」


頭で否定しながらも体は受け入れている俺は葛藤しながら布団の上でのたうち回る。どんなHな物よりも『ドゥ〇イン・ジョ〇ソン』で興奮する事実を受け入れられない俺。


これ以上はヤバイと判断したのでTVを消す。


その後は露天風呂に再度入って外で涼み頭を冷やし、冷蔵庫からビール代わりの冷たいコーラを取出し一気に飲み干して布団の中に潜り込む。しかし男としての葛藤がしばらく続く、その内に俺の中で結論が出た。


自我を保つ為に『ドゥ〇イン・ジョ〇ソン』の映画視聴は禁止。

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