第19話 GWツーリングその2
『ブー!ブー!ブー!ブー!…。』
スマホの目覚ましアラームが鳴り響く。
昨晩は色々とあったがロングツーリングの疲れもあって、あの後は直ぐに寝付いてしまった。しっかりと睡眠を取ったので気分も上々だ。
目を擦りながら布団から起き上がり、布団を畳むと眠気を覚ます為に朝の露天風呂に入る。ドライヤーで髪を乾かしながらTVニュースを眺める。
そう過ごしていると朝食の時間になりバイクツーリング用のジャケット、スキニージーンズに着替えてヘルメットを抱えて朝食会場へ向かう。
大広間─
朝食はビュッフェ式、慣れていない人は多く取り過ぎて食べ過ぎてしまう事もあるが俺は定番のご飯、味噌汁、納豆、焼き鮭、卵、と程よい量を取り席へと着席する。
何事もそこそこが大事、特に旅行ではお腹を空かせておくと尚良し。
欲張りは損をするのだ。
朝食を取りながらスマホの時計を確認する、午前7時過ぎ。
輪島の朝市には間に合いそうだ。
食器を返却口へと戻してロビーで部屋の鍵を預ける。
今日はもちろん能登半島一周を目指してバイクツーリング!
宿の外へ出ると空は雲一つない快晴まさにツーリング日和だ。
さあ、GWツーリング2日目の開始である。
温泉宿を出て七尾湾を右手に県道1号を西へ走り出す。
途中県道3号を経由して県道236号に入り西へと進む。
志賀町で国道249号に入り後は輪島市まで北上を続ける。田んぼに囲まれた道を走り続け、しばらくすると日本海が見えてくる。
そこから能登半島の西側に沿って国道249号を北上をすると『トトロ岩』が見えてくる。
「おっさんの時は恥ずかしくてスルーしてたけど自撮りしてみたかったんだよな。」
おっさん1人で自撮りは抵抗もあったが、今はピチピチの女子高生1年(45歳)!おっさんなら恥ずかしかった事もガンガンやっていく。
近くに駐車場があるのでバイクを駐車をしてスマホをホルダーから取り外し自撮り棒に装着させる。
『トトロ岩』を背景にピースサインで写真を撮る。
このままスマホの容量の肥やしにするには勿体ないと思いSNSに発信しようと思った。
SNSに発信する前に佐竹に許可を請うメッセージを送る、が直ぐに許可が下りる仕事の出来る男は返事も早い。
ハル:【バイクで今トトロ岩に来てます(^^♪。本当にトトロに見えて可愛いです!(^^)!。】
中年層愛用の顔文字と小学生並みの感想をアップするとSNSのフォロワーからの反応が来る。
:【トトロ可愛いですね、でもハルちゃんも可愛いよ】
:【トトロ岩という事は能登半島ですか!ツーリング先にいいですよね!】
:【ハルちゃんのお胸がトトロ、あーハルちゃんかわいい俺の心もトトロ】
…。
「お胸がトトロって…意味わからん…。」
肯定的な声が6割、下ネタ3割、理解不能が1割。いいねも100を軽く超える、結構見てる人が居るんだなと感心するがちょっとビビる。
再びバイクに跨り輪島市へと向かって『トトロ岩』を出発する。
能登半島の西沿いの道から山間の道へ入っていく、道中にはほとんど信号機が無く程よいワインディングも有りつい速度を出したくなるが、そこは我慢をして景色と自然の香りを楽しみながら安全運転で北上していく。
山間の道を抜けるとだんだんと田んぼ、民家、信号機が増えていき綺麗な古風な街並みが見えてくる。江戸時代に戻ったかのような古民家、屋敷、蔵などが立ち並ぶ。
川を渡りホテルルートイン輪島の裏手にある駐車場にバイクを止める。
輪島の朝市に到着である。
輪島の朝市─
朝市通りに入ると人でごった返している。店の横には露天が立ち並び海産物や輪島塗のお箸やお椀などの工芸品が売り出されている。
通りの中まで進むと魚の焼ける匂いが漂ってくる。露天で購入した魚を焼いて食べれるようだ、家族連れやカップル、老夫婦が楽しそうに魚を焼いている。
「そうだ、色々とお世話になってるお礼におみやげでも買ってあげるか。」
輪島塗の沈金箸の夫婦用とお一人様用の物を2点、輪島塗の高級お椀1点を購入する。
途中にマジンガーZやデビルマンで有名な永井豪記念館がある、流石におっさんである俺でも世代は過ぎているがデビルマンの漫画だけは少年時代に読んだ事がありちょっとしたトラウマだが、哲学的で好きな作品だ。
朝市通りを抜けると赤い鉄橋が見えるTVドラマの撮影場所にもなった『いろは橋』だ。早速お土産を側に置いて自撮り活動開始!
ハル:【輪島の朝市に来てます(^^♪ お土産のお箸とお椀も購入しました(≧▽≦)】
早速SNSで発信するが普段は全然使わないのにツーリングで気分が昂っているのだろうか妙に発信したくなる。
:【輪島の朝市か、家族で良く行ったな。】
:【ハルちゃんのお手製お味噌汁をそのお椀とお箸で食べたい…。】
:【あれ、トトロ岩と輪島の朝市って能登半島1週か。】
…。
勘の良いフォロワーが俺の寄る場所からツーリングルートを導き出している。が俺はおっさん時代に出来なかった自撮りの青春真っ只中である。特に気にも留めないで先へ進む事とした。
国道249号線に戻り能登半島北側の海沿いに沿って走り続ける、ここからアップダウンとカーブの連続である、速度の出し過ぎに注意する。
10分程走ると次の目的地『
千枚田の看板が置かれている高台から『白米千枚田』が一望できる。小さい田んぼが斜面に沿っていくつにも段差になり水が張られている、そこに太陽の光が当たり水に反射して多くの田んぼが宝石の様に輝いて見える。何度来ても飽きが来ない絶景だ。
高台から下りて近くで千枚田を見る事も可能だ。GWもあってか人が多いので千枚田に落ちない様に移動する。
歩き回っていると時間もお昼に近くなっていた。やはりここで食べるのは…。
『棚田のコシヒカリおにぎりイカのゴロと岩のり、あごだしうどん』
朝食を控えめにしていたのはこの為である、育ち盛りの若い体の消化力も計算し尽くした見事な調整だ。お食事軍師とでも名乗ろうかフフッ。
千枚田をみながら頬張るおにぎりは何でこうも美味いのだろう、さらにバイクで冷えた体にあごだしうどんの暖かさが染み渡る。おにぎりとうどん汁のチェイサーである。
お腹一杯になった後は恒例の自撮りである。被写体が可愛ければ可愛い程に嵌まっていく沼の様、それが自撮りだとこの体になって気付いた。
千枚田を背景に自撮り、SNSに発信する。すでに今日で3回目でフォロワーも飽きるよなと思っていたが、結構反応がある。女子なのもあるがやはり名が売れている分、見てくれている人が居るのだろう。
純粋に応援してくれている人の為にも己を律する事も大事と気を引き締める。
十二分に千枚田を堪能した後は能登半島の最先端の『
日本海を左手に景観を楽しみながら国道249号をひたすらに東へ進み、途中に脇道の県道28号に入る。ここから道が極端に狭くなるので速度と歩行者に注意してバイクを走らせて行く。
順調に進み途中の『ゴジラ岩』で自撮りをしようとしたが何か様子が変な事に気付く。
何が変かと言うと『ゴジラ岩』の駐車場に何台もバイクが止まっているのだ。しかもライダーの全員『ゴジラ岩』を撮影してる訳では無く、誰かを待っている様だった。
「なんか大人数のツーリングの待ち合わせでもしてるのかな?」
と気になりながらもバイクを駐車場の端に停めて自撮り棒を持って『ゴジラ岩』に近付こうとしたら駐車場にいたバイク集団から一気に注目される。
余りにもじっと見られ気まずい雰囲気を感じて自撮りを止めて急いでUターン自分のバイクへと戻り道に出る。
「あんなに大人数で見られると少し怖いんだが…。」
そう思いながら走っていると後方からの排気音に気付いてサイドミラーをチラっと見ると数台のバイクが後ろに連なって付いてくる。
「集団ツーリングかな?端っこに寄って先に行かせるか。」
俺は気を使い見通しの良い直線の道でウィンカーを出して端に寄って減速して停車する。チラっと後ろを振り返ると後ろを走っていたバイク集団も同じように端で停車している。
異様な光景である。
その間を地元のおばあちゃんが運転する軽トラがゆっくりとした速度で抜いていく。
「これ…もしかして…。」
試しに抜いた軽トラの後ろにくっ付く様に俺がバイクを走らせると後ろのバイク集団も一気に動き出す。
「うん、これは明らかに俺を追っているな。」
軽トラを筆頭に俺が続きその後ろにバイク集団という隊列、しかも後方のバイク集団も追跡慣れしていて隊列を乱さない。対向車の車の運転手も何事かとコチラを見てくる。
前方に鈍行で走る地元のおばあちゃんの軽トラが唯一の俺の心の救いである。
警察が来ない事を祈りながら、このままの状態が道の駅狼煙まで続く。
道の駅狼煙─
『禄剛埼灯台』の丘の麓にある道の駅だがGWという事もあり観光バスも何台か止まっている。がそれに比べて異様な数のバイクが駐車している。
俺が道の駅狼煙に入ると後ろを走っていたバイク集団も駐車場へ入って行く。もう俺が率いているバイクチームみたいである。
バイクを駐車場の端に停車させるとバイク集団のライダー達が一気に寄って来る。
「あのグラビアの結城ハルさんですよね!」
やはり予想通り俺のファンだ…。人数を見るともう誤魔化す事が不可能なのを理解して素直に答える。
「は、はい…そうです。(引きつる笑顔)」
「「「うおおおおおおおおおおおお!!!」」」
そう答えると俺を囲う数十人から歓声と雄叫びが上がる。正直怖くてびびってる。
家族連れの子供も泣いている。本当にごめんな。
サインを求められながら今までの経緯をファンが話をしてくれる。
俺がSNSに発信した情報をもとに地元有志で捜索隊が組まれて捜索していたらしい。偵察隊はゴジラ岩に待機、後はほぼ確実に来る事を見込んで本隊は道の駅狼煙で待機していた様だ。救助隊並に動きが早くてドン引きである。
(SNS怖ぇー…。)
俺はそう思いながらも道の駅の店員さんに許可を貰って邪魔にならない離れた場所に移動。サインを貰った人は留まらないですぐに撤収する事を条件にファンサービスを開始する。
1時間くらい経過しただろうか、ようやく一通りのファンにサービスを終える。皆、素直にサインを貰うと個々のバイクに跨り引き上げていく。全員を見送ると一気に疲れが出てくる。
「あ”ーぢがれだ…。」
道の駅の外にある長椅子に倒れ込む俺、売店の窓に豆乳ソフトクリームのメニュー見て疲れた体に癒しを与える為、疲れた体を起こして売店の券売機で購入、お姉さんに豆乳ソフトクリームの券を渡す。
出て来た豆乳ソフトクリームは程よい甘さと豆乳の後を引く味、ひんやり冷えていて俺の体を癒していく。
「はー…生き返るわー。」
豆乳ソフトクリームで元気が出た俺は気を取り直して『禄剛埼灯台』へ向かう。
禄剛埼灯台─
急坂な道を進むと開けた丘の上に出る、その先に白い灯台が見える。少し風が強く髪が顔にかかるのでゴムでまとめて灯台へと向かう。
日本列島ここが中心の石碑を横目に自撮りをしようと思ったが、先ほどの事もあり控える事とする。
灯台の麓から見える日本海が視界いっぱいに広がり絶景である、静かな事もあり海の波音が良く聞こえてくる。
また禄剛埼灯台は海から昇る朝日と、海に沈む夕陽が同じ所で見れる場所でもある。
景色を堪能した後は道の駅狼煙でマスコット『大浜大造くん』を買っていく。おっさんが付けるには少し似合わないが若い子なら似合うだろう、一花にでも渡してやろう。俺は本気で可愛いと思っている。
道の駅狼煙を出発して県道28号に沿って南下する。道なりに進むと国道249号線と合流するので再び道なりに進む。夕暮れ時になり海の上に夕日が浮かぶ、これもまたいい景色である。
道の駅 なかじまロマン峠を左折して能登島に繋がる橋、ツインブリッジのとを渡る。そのまま能登島を南下して能登島大橋を渡るとゴールの和倉温泉だ。
道の駅狼煙でのファンサービスで時間を取られてしまい能登島の水族館には行けなかったが、また来年の楽しみとして取っておくのもバイクツーリングの醍醐味である。
温泉宿 美乃湯屋─
「疲れたけど楽しかったー。」
色々とあったが今回の目的は概ね達成した事もあり俺が満足気にバイクを停めて宿に向かうと女将の老婆が入り口で立っている。
「…あー、お帰りなさいませ。えー…ハ…ハ…でか〇様。」
もうでか〇でいいよ!ハまで行ってるのになぜ呼べないんだ!
相変わらずの歓待を受ける俺。
「孫から聞きまして有名人だって言うじゃないですか。」
老婆もお孫さんから話を聞いた様だ、しかも老婆に似合わず妙にそわそわしている。
「ちょっとお願いがありまして…。」
老婆が視線を宿の入り口に目をやると従業員全員とその家族、友人が集結している。しかも丁寧に記念撮影用のカメラと三脚も用意済である。
「サインと記念撮影もお願いしても良いですかね。」
もうこうなればとことんやってやろう。開き直った俺は精神上の無敵おじさんになり、疲れを度外視して全員との記念撮影の後に人数分のサインを書き上げていった。
全てを終えて自分の部屋に戻った時には夕食の時間まで畳の上で着の身着のままうつ伏せで倒れ込んだ。ファンに対して冷たい応対をする芸能人の気持ちが少し分かる気がした。
夕食の時間だが俺の夕食だけが前日よりかなり豪華になっていた。宿側の心遣いだろう、俺も頑張った甲斐があったと言うものだ。
後日、俺との記念写真は宿の入り口に貼りだされ『結城ハルが泊まった宿』として売りにしていくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます