第16話 日帰り温泉ツーリング

傷心のグラビア撮影から数日、学校帰りに友人の一花を誘いオーディションの件でのお礼を返す為に学校近くの駅前にあるスターバックスコーヒーへと訪れる。


「はっはっはっは、すっごいわらえる。やっぱウチのマネ(佐竹)はやべぇーわ。」


一花にティッシュ配りの話をしたら気に入ったのか季節物のフラペチーノを飲みながら大爆笑。俺は苦虫を嚙み潰したような顔でブラックコーヒーを飲む。


「そこまで笑う事ねーだろ…。」


一花とは素の俺で話が出来る唯一の友人だ。


「いやーごめんごめん、稽古でカロリー消費してたしフラペチーノありがと。」


「…喜んで貰って良かったよ。」


役者としては一流だがプライベートになると傍若無人になる一花だが俺としてはこっちの方が気楽に話せる。


「でもさ、グラビア撮影もやったなら北海道ツーリングだっけ?余裕じゃないの?」


確かにグラビアのお給金は頂いているが豪華に行くにはまだ少し心許ない。


「んーそこなんだけど、まだお金掛かりそうなんだよな。」


机に突っ伏して頭を抱える俺、その様子を見た一花のいたずら心が疼き出す。


「今からマネに電話して仕事入れて貰おうか?」


ニヤニヤした顔でスマホを取出しマネージャーの佐竹に連絡をしようとする一花。


「すとぉーーーーーっぷ!」


すっかり佐竹恐怖症になった俺は必死な顔で一花のスマホを掴もうとする。


「ははははは、必死過ぎて笑える。」


くそー!俺の純心(45歳)を弄びやがって。今俺は決めたぞ。

明日は休日、傷心を癒すバイク旅に出てやる。


翌日、自宅─


「これで良しっと、今日は豪華に散財して傷心を癒してやる。」


誓約書通り家に行き先を書いた置手紙を残して朝の6時に愛車のRebel 250 S Editionに跨り自宅を出発。埼玉県の川越街道を北上し途中で和光富士見バイパスへと入る。


休日だが早朝もあってか車、サンちゃん(サンデードライバー)の台数が少なく快適に進む。


渋滞の酷い埼玉県川越市の小仙波こせんば交差点も難なく通過、川越城を横目に北上を続ける。


朝食を取らずに出た事もあり、お腹が減ったので埼玉県川島町にあるコンビニで朝食を取る。もちろん飲み物はホットのワンダモーニングショット。


「ぷっはー、コンビニコーヒーも良いけど俺は缶コーヒーのが好きなんだよね。」


朝日を浴びながら腰を手に当てワンダモーニングショットを飲み切る。

川越市を抜けると田んぼの風景が広がり快走路となる。


しばらくして寄居町で彩甲斐街道に乗り換え秩父方面へと進むがここで注意が必要だ。途中で有料道路へ続く道が中央に現れるので事前に左車線へ寄っておく。すると長瀞ライン下りで有名な荒川上流の絶景が楽しめるのだ。


秩父までは行かずに途中で右折し山間の道へと入る。

しばらく進むと今回の目的地の看板が見える。


【秩父温泉 悲願の湯】


「やっと到着した。」


途中で何度か休憩や寄り道を挟んで4時間程で到着。まだ4月とはいえ山の寒さが厳しいのですっかり体が冷え切っている。バイクを駐車してサイドバッグからバスタオルとフェイスタオルを取出しトートバッグに入れる。おっと忘れてはいけない物があった。


「ゴシゴシタオル!(固め)」(ドラえもん風)


悲願の湯室内─


入り口で使用料を支払い、いざお風呂場へ。と癖で男風呂に入ろうとしてしまう。

おじいさんに少し変な顔で見られてしまう。恐る恐る女風呂へ向かい、更衣室の扉を開くと誰も居ない。


この体になってから何度も女体を見慣れてしまったせいか当然発情はしないが、おっさんの罪悪感は消えない。よってなるべく人が来る前に癒されようと思う。


服を綺麗に畳みカゴへ入れる、髪をゴムで束ねてフェイスタオルとゴシゴシタオルを握りしてめていざ出陣。


中には大浴場が広がる、横には外へと出れる扉がありその先にはなんと露天風呂があるのだ。俺の目的は当然露天風呂だ。


洗い場で髪の毛を洗い、ゴシゴシタオルで体を洗う。光太郎の時と違い髪が有るので洗うのにとにかく時間が掛かる。無い時は1分くらいで終わるのだが洗う度にこの悲しい思い出を思い出す。いつまでもあると思うな親と髪。


しっかり泡を洗い流して申し訳程度のフェイスタオルで体を隠し、いざ露天風呂へ。


「っかああああああああああ。」


露天風呂へ浸かった時の俺の第一声である。

少し冷えた空気が顔に当たりお湯の暖かさが体を包むこの感覚がたまらない。


体が熱くなり汗ばむようになったら一旦お風呂から出て外で涼む。また冷め切る前にお風呂に浸かるを何回か繰り返す。しばらく1人の時間を楽しんだ。


「いいー湯だなぁーハハーン。」


露天風呂でゆっくりくつろいでいると室内浴場の扉が大きな音を立てて開く。

驚いて振り返ると小さい子供が1人こちらに向かって走ってくる。


「おそとのおふろだー!」


子供が外に響く大きい声でそう言うと勢いよく俺の入っている露天風呂へ入ってくる。その飛沫が俺の顔に掛かる。子供は男の子で幼稚園児位の歳だろうか、なぜ男と解ったのかは察して欲しい。恐らく母親に連れられて入ってきたのだろう。


『バシャバシャ…』


露天風呂を泳ぎ回る子供だが暫くして俺の存在に気付いたのか泳ぐのを止めてずっと視線を向けてくる。視線は俺の顔から胸へと移って行く俺は子供の顔を笑顔で見つめ返す。


(ちょっと胸を見過ぎだろこのガキ…金取るぞ。)


すると突然子供が露天風呂を飛び出し室内浴場の方へ走って向かって行く。


「ふぅー嵐が去ったか。」


と俺が安心したのも束の間、子供は外から室内浴場の扉を開けて室内に居る母親に大きい声を出す。


「おかーさーーーん!おっぱいでかいおねえちゃんがおそとにいるーーーーー!!」


「ぶっふぉおおおおおお!」


予想外の展開に俺が噴き出す。露天風呂が峡谷に挟まれている事もあり声がやまびこの様に響き渡る。これ以上、俺のボデーの実況中継されない様に露天風呂から急いで出て子供の方に向かい口を塞ごうとすると母親が出て来た。


「ばかっ、そういう事は大きい声でいったらダメでしょ!!」


母親が子供の頭を軽くげん骨すると母親がこちらを向いて謝罪する。


「ウチの子がすみません。」


「い、いえ、こちらは大丈夫ですよ。」


俺が母親の裸体から視線を逸らしながら身振り手振りで母親に大丈夫な事を伝えると子供がまた余計な一言を言う。


「おかあさんよりでけーーーー!」


母親にまたげん骨を食らう子供、素直過ぎる子供に苦笑いの俺。少し居辛い気持ちになり室内へと戻りフェイスタオルで体の水気を取り、更衣室へ戻る。


しっかりと髪を乾かし着替えを終えて外に出る、廊下に据え付けられた長椅子におっさん連中と部活の朝練帰りの学生だろうか学校のジャージを着た風呂上りの男が数人、涼んでいる。


更衣室から出てから一気に視線を感じる。恐らくあの子供の天然スピーカーで話を聞いたのだろうか俺の胸を見てくる。学生に至っては少し前のめりになってる奴も居る。折角の傷心を癒すためなのに更に傷口を広げられるとは思わなかった。


しかし俺はやると言ったらやる心は男(45歳)、絶対に癒されてやるマンになり食事処へと歩みを進める。


お昼時の時間になり少し混雑しているが秩父と言えば名物わらじかつ丼、を券売機で購入して給仕のお姉さんに渡しテーブルの置かれた座敷に座り待つ。


しばらくするとわらじかつ丼が運ばれてくる。


付属のお味噌汁を啜り、わらじかつにかじり付くと口の中に衣のサクッとした食感に豚肉の甘味が広がりアクセントとしてソースの味がさらに甘味を引き立てる。そこに少しソースの染み込んだほかほかのご飯をかき込むと口の中が幸福感に包まれる。


「うまーい。あー幸せだ。」


箸を置きお茶を一杯啜って休んでいると後ろから声が聞こえる。


「さっきのおっぱいのおねえちゃんだー!」


「ぶっふぉおおおおお!(2回目)」


お茶を吹き出し後ろを見るとさっきの子供だ。後ろからきた母親にげん骨を貰っている。遠めに母親が謝るが俺は身振り手振りで大丈夫な事を伝える。もう2度目のやりとりだ。周りの視線が一気に突き刺さるが気を取り直してわらじかつ丼を完食して席を立つ。


1階に浴場があり2階は自由な休憩所がある、そこで仮眠を取る事も可能だ。

食事でお腹を満たした後は禁断の雑魚寝これが超気持ちが良く寝れるのだ。


30分程横になり深い眠りに落ちる前に起きて1階へ下りて父と母のお土産を購入して家に帰る支度をする。


悲願の湯駐車場─


駐車した俺のバイクのサイドバッグにバスタオルなどの入ったトートバッグ、お土産をしまっていると背後から聞慣れた声がまた聞こえる。


「うっわーバイクかっけーーー!」


小さい悪魔である。が今回は俺のバイクを好奇心旺盛な目で見つめている。


「すっげえ!かっけーー!」


俺のバイクの周りをぴょんぴょんと興奮気味に飛び回っている。


「うぉっふ…。」


自分のバイクを褒められ嬉しいのと子供らしい可愛い動きを見て変な声が出てしまった。何この天使。


許す。おっぱいでかいと2回言った事も許す。今の俺は全てを許す菩薩の様な心になっている。今ならナウシカの暴走した王蟲も止められる慈悲の心がある。


子供の動きが止まり俺の顔を見上げる。


「おねえちゃん、ばいくのってみたい。」


「よーし、じゃあ乗っけてあげよう。」


俺は笑顔で上機嫌になりながら子供の両脇を抱えてバイクのシートに乗せる。鍵を回しセルを押してエンジンを始動させる。子供が落ちない様に後ろから被さり体を固定する。子供の手に俺の手を添えてアクセルを握らせる。


「こっちのハンドルを優しく握って回すとエンジンが動くよー。」


『ブオオオオオン!!』


「すっげーーーー!」


あー最高に癒される、無邪気にお世辞でないナンシーさん(このバイク何CC?と質問してくる人々)でもないこの反応を聞くだけで凄く気持ちが良い。一家に一人こんな天使が居たら何事も頑張れる気がする。


「また、この子は!本当に何度もすみません。」


悲願の湯の玄関から母親がおみやげ袋を抱えて子供の迎えにきた。


「いや、いいんです。素直で良いお子さんですよ。」


おっぱいでかい言われた時はジャーマンスープレックスしてやろうかと思ったけど俺のバイクを褒めた時点で全てが徳政令を超えたプラス査定である。


バイクから降りると子供を抱え上げて母親の方に下す。

子供が母親に抱き着くと母親に何かを耳打ちされた後にこちら振り返る。


「かっこいいばいくのおねえちゃんありがとう。」


手を振りきれんばかりに左右に振る子供、俺も笑顔で手を振り返す。

その横で母親も軽く会釈をして子供を連れて車へと向かっていった。


「なんか今日一番癒されたかも…。」


その後はバイクを走らせて下道の渋滞を避ける為に再び彩甲斐街道を寄居町まで戻り関越自動車道の花園インターチェンジで高速道路に乗り東京方面へ南下して外環自動車道へ乗り換えて和光インターチェンジで降りて自宅へと向かう。


自宅─


「ただいまー。」


「あら、ハルお帰りなさい。日帰り温泉楽しかった?」


自宅の玄関に入って挨拶をすると母が台所から俺に声を掛ける。


「うん、楽しかったよ、ママこれお土産ね。」


リビングのテーブルの上にお土産の化粧水と乳液を置く、後は饅頭なのだが直接渡してあげようと思ったが父の姿が見当たらない。


母に饅頭を渡すと俺は父の書斎へ向かい扉をノックする。返事が無いのでゆっくりと扉を開ける。


父は机に座っていてヘッドホンを付けてノートパソコンで作業を行っている。その眼差しは真剣そのもので声を掛け難い雰囲気だ。どんな作業かなとノートパソコンを覗き込む。


【ハルちゃんマジ天使チャンネル】


(お前かああああああああ!!!)


しかもこの前撮ったグラビア撮影のショート動画の編集を行っている。

俺が父の肩をポンポンと叩くと父の顔が真っ青になるのが解った。プルプルと震えた手でヘッドホンを外し目が泳ぐ父。


「ハル…これは…その…なんだ、そう!パパの趣味だ!」


開き直った笑顔の父にブチ切れた俺は鬼の形相で父の背後に回りコブラツイストを仕掛ける。


「その動画はどこから手に入れた!吐けパパ!!」


誓約書通りパパ呼びで問い詰める俺。


「ハ、ハル、ギ、ギブギブ…。」


どうやら父と佐竹の間で密約を結び公認として俺の動画を動画サイトでアップする権利、仕事で撮影した動画を父に渡す取引をしていたのだ。どおりで削除申請が通らない訳だ。しかし身内、父の作ったチャンネルを潰す事も出来ない訳で。


妥協案として動画の収入の1割を俺に収める事で話を付けた。9割は親孝行として家に収めるという約束を行い【ハルちゃんマジ天使チャンネル】の続行を許した。

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