第15話 初仕事

「ハルさん初仕事です!本社に来て下さい。」


佐竹から電話で呼び出され東京都港区へ来ている。初仕事らしいが正直、水着のグラビア撮影は個人的には乗り気じゃない、元おっさんな事もあり水着なんて不安になる物なぞ着たくないのだ。もちろん当然見る分には問題ない。


大江戸線の駅のホームから何度もエスカレーターを乗り継ぎようやく地上にでる。


「あーあ、面倒臭いな。」


本社ビル─


気だるそうに本社のあるビルへと入って行く。可愛い受付嬢から会議室の様な場所へ案内される。中の様子を見るとまだ俺一人の様だ。長机に並んでいるイスを引き着席する。内心どうせグラビア撮影なんだろうなと嫌な気持ちが募る。


「ハルさん良くいらっしゃいました。」


部屋に入ってきたのは見慣れた佐竹だ、今日もニコニコ笑顔である。


「おはようございます、佐竹さん。」


気持ちを切り替えイスから立ち上がり挨拶をする。


「そうそう、ハルさんに紹介したい人が居ましてね。」


そう言うと佐竹の後ろから部屋に3人組の若い女の子が入ってくる。


陽子ようこでーす!」


秋子あきこです。」


雨美あまみ…。」


陽子は茶髪のポニーテールで活発的な女性、秋子は落ち着いた雰囲気の大人の女性、雨海は少し暗い感じがする癖のある女性という印象だ。共通しているのは魅力的なスタイルと良い香り、ハルの体になった俺も自然と口元が緩んでしまう。


「…えっと私はハルです。」


3人娘は俺を値踏みするような視線を向ける。敵意も感じるがおっさん的にはそれもいい!


「陽子さん秋子さん雨美さんはオーディション上位3人で弊社と正式に契約を結んだ看板グラビアアイドルなんですよ。」


佐竹がそう説明すると思い出す、確か上位3人は賞金と契約する権利が与えられるとか。このレベルの高さはそういう事かと納得。と思い出していると3人娘の陽子が話を切り出す。


「佐竹さん、初仕事って言う事はグラビアの仕事なんですよね!」


見た目通り物怖じしない喋り方だ。


「私達の誰がグラビアに出るんですか?」


続けて秋子が質問する。


「…私しかいないし。」


雨美もボソッと声に出すが微妙に暗い。


(俺はグラビア撮影とか嫌だから黙っておこう。)


怒涛の質問責めにも佐竹はひるまず答える。


「皆さんの初仕事はずばり、今度ウチの一花が主演になる舞台の広告塔になって頂きます。」


「「「はあーーー??」」」


3人娘の予想外の仕事内容に愕然とし声を合わせて不満を出す。


「すでに駅前でアルバイトの方が広告の入ったティッシュを配っておりますがあなたがた4人にもやって頂きます。」


よしっ!水着着なくて良いと解った瞬間にやる気が上がった。しかも一花の舞台なら尚更やる気が出るものだ。


「そんなの私達の仕事じゃないです!その為にグラビアアイドルオーディションを受けたんですよ。」


秋子がそう言うと他の2人も同意する。それを遮るように佐竹が続ける。


「これは社長命令でもあります、拒否権はありません。」


ニコニコしていた佐竹の表情が一変して厳しい顔になる。


「ちなみに衣装は舞台に合わせて和服を着て頂きます。さあ時間はあまりありませんよ、着付けが終わり次第、車で移動しますので急いでください。」


3人は不満そうにしながら渋々着付けを行っていく、俺はもう水着以外ならなんでも良いから問題無し。


移動中の車内─


佐竹から仕事の内容を確認すると広告入りティッシュは駅前の一区画を借りて置いてあるので無くなるまで配って欲しいとの事、配った枚数で報酬も上がるので俄然やる気が上がる。肝心の佐竹は本社での仕事が溜まっているため居残りだ。


「ふっざけてんじゃないの!何が初仕事よ!」


「大手だと思ってたのにアルバイトみたいな事やるなんて。」


「こんな事やる為に私、努力してた訳じゃない…。」


3人娘は相変わらず不満そうだ、和服が似合っているが拗ねた態度で幼く見える。


「まあ、皆さん社長命令という事は大事なお仕事だし頑張って行きましょう。」


俺がヘラヘラと和ませようとしたら3人から睨みつけられる。


「何ヘラヘラしてんのよ、おっさんみたいでキモ。」


「何も努力せずに大手に入った人は違いますね。」


「…黙ってろ。」


怒りが有頂天、もといご機嫌斜めの様だ。俺より努力してるのにティッシュ配りとは確かに頭に来るだろう。だが社長命令と言うのが少し気掛かりである。


駅前─


「一花主演の舞台が始まります、宜しくお願いします。」


すでに駅前にはアルバイト達が声を上げてチラシ入りティッシュを配っている。

俺は車を降りるとアルバイト達に挨拶をしてアルバイトリーダーからティッシュの場所を聞き配り始める。


「一花主演の舞台がありまーす、是非ご覧になってくださーい。」


駅前を行き交う通行人にさっとティッシュを手渡す、衣装の和服効果もあり結構受け取ってくれる。この調子で全部渡しきって報酬アップだ!


しばらくティッシュ配りに夢中になりコツも掴み始めた、狙い目は両手の空いた人、家族連れ、旅行中の外国人、座って時間を潰している人、サラリーマン風の人も偶に受け取ってくれるが外回りで忙しいのか結構無視される。


お昼時になりアルバイトリーダーからの提案で交代で休憩を取る事になった。

良く見ていなかったが気付いたら3人娘が見当たらない。探し回っているとカフェのテラス席で3人仲良くお茶をしている所を見つける。


「やれやれ…まだまだ子供か。」


そう思って迎えに向かうと若い男数人に囲まれている。


「お姉さん和服可愛いねー、一緒に遊ばない?」


男の1人が話し掛けるが陽子がこの状況に慣れているのか不遜な態度を取る。


「はあーだからこの場所嫌いなんだよね、若者が集まる街って。馬鹿が集まるの間違いじゃないの。」


「馬鹿って酷いなー、和服可愛いから一緒に遊びたいだけなのに。」


そういうと男が陽子の肩を掴むと条件反射なのか男の脛に蹴りを一撃加える。


「勝手に触ってんじゃないよ、この馬鹿!」


「痛っええええ…何すんだよこの女!!」


脛を蹴られた男が大ぶりの拳を陽子の顔面に向かって振り上げる。


『ガシッ!!』


鈍い音がする。どうやら間に合った様だ。俺が陽子の前に飛び出し腕をくの字にした所に拳が当たる。男は瞬間的に頭に血が上っていたのだろうすぐさま我に返り動揺している。


「申し訳ありませんでした!」


すかさず男達に頭を下げて謝罪する。男達が予想外の事でたじろぐ。


「蹴られた足の痛みはありませんか?後ろの3人は私の仕事仲間でして大変ご迷惑をお掛けしました。」


社会人時代に培ったすぐに下手に出て謝罪作戦が決まる。男がやると効果は薄いが女なら効果絶大だ。というか体の大きい数人いる男に喧嘩を売って勝てる訳が無い。


「いや、こっちも悪かったよ、お姉さん腕大丈夫?」


殴った男が冷静に戻り俺の心配をしてきた。仲間の男達にもやり過ぎだと怒られている。これは良い流れだ存分に仕事をしてやる。


「いえ、この振袖が衝撃を吸収してくれたので大丈夫ですよ。ところで…。」


俺が振袖の中からチラシ付きティッシュを取り出す。


「一花ってご存知ですか?今度、時代劇の舞台をやるんですよ!是非見に来てくださいね。」


男達1人づつに笑顔でティッシュを渡す。


「お、おう…。(何この子めっちゃ可愛いんですけど!!)」


男達がティッシュを受け取るとその場を去っていく。男というのは単純だ、頭に血が上ればキレたゴリラだが血が下がれば人懐っこいゴールデンレトリバーだ。


「えっと…ハル大丈夫?」


陽子が心配そうにこちらの様子を伺っている。


「陽子さん、秋子さん、雨美さん…この際ですから言わせて下さい。」


「「「な、なに?」」」


俺は神妙な面持ちで3人娘を見つめる。


「ちゃんとティッシュ配りをしましょう!社長命令のお仕事なんですから何か意図があると思いませんか。」


佐竹は決して無駄な事を言わないさせない、意味があっての物言いだと俺は思っていた。


「た、確かに言われてみれば。」


「…佐竹さん真剣だった。」


秋子と雨美は思い当たる節があるようで俺の話を聞くと立ち上がりティッシュ配りをしに駅前に向かって行く。


「…私さ、アイドルが夢でさ一生懸命に頑張ってオーディションで1位が取れて認められたと思ってたのに。なのに人気があるのがハルって言うのが気に食わなかったしさ。だから凄くイライラして…。」


残った陽子は突然思いの丈を語り始めたが俺には初耳な事ばかりだが心当たりはある。


「八つ当たりしてトラブルに巻き込んでごめんなさい。」


陽子はプライドが高いと思っていたが意外だ。素直なのは若者の特権でもある、これが出来ないと歳を取った時に非常に生き難くなるのだ。


「頭を上げて下さい陽子さん、謝罪を受け取る代わりにティッシュ沢山配りましょう。それでこの事は無かった事にしましょう。」


笑顔で俺が手を差し出すと陽子が両手でギュッと握りしめてくる。うん、なんかめっちゃ力強いんだけど。うん?距離感もおかしい俺の腕を掴んだまま隣を歩き続ける。


その後、休憩を終えて後半戦をスタートさせるのだが常に陽子が俺の隣に立ってティッシュを配る。美女2人の絵面が効果抜群なのか和服のお陰か周りに人だかりが出来る。その後はもう飛ぶようにティッシュが配られて行く。


予定より早くティッシュ配りが終わり、アルバイト達が帰って行く。俺達は車で再び本社ビルへと向かい、着替えを済ませて会議室で待機する。


本社ビル─


「皆さんお疲れ様でした。」


佐竹が笑顔で会議室に入ってくる。


「ところで皆さんにお伝えしたい事があります。」


矢継ぎ早に話を進める佐竹、しかし顔は何かを企む顔だ。


「少年誌のグラビア撮影の仕事が入ってます。」


俺達4人が顔を見合わせる、何故このタイミングで話すのだろうと疑問に思った瞬間に衝撃的な事実が伝えられる。


「1枠しか無いのでどうしようか悩みまして、そこでティッシュ配りを考えたんです。に仕事を与えようとね。」


すぐに俺が立ち上がり弁明に入る。


「佐竹さん聞いて下さい。陽子さん、秋子さん、雨美さんが私よりすっごくいっぱいにティッシュ配っててそれはもう神懸かり的な勢いでしたよ!」


水着を着たくない俺の必死の抵抗である。焦ると語弊力が酷い事になる。

しかし3人娘の反応は思ったのと違った。


「ハル何それ、嫌味?私はそんな手柄譲られて喜ぶ程安い女じゃないよ。」


「…どう見てもハルが一番渡してた。」


秋子と雨美は完全に脱落した。良い意味で。陽子に俺が視線を移すと任せてと言わんばかりに話し出す。


「佐竹さん、私、ハルと一緒に配ってて気付いたんだ。ハルには私に無い魅力があるって…だからハルが撮影するのが一番良いと思う!!」


おーい!!勧めてどうする!!最後の俺の抵抗に出る。


「佐竹さん私、陽子さんと一緒に配ったので解ってます。ティッシュの配った数が多いのは間違いなく陽子さんです!」


やってやったぞ。これで水着を回避してバイクを楽しむ事が…。

すると佐竹がスマホを取り出してメッセージを確認する。


「実はアルバイトにカウンターを持たせて数えさせてまして集計した結果トップはハルさんでした。」


(佐竹ぇええええええええええええ!!)


後日、少年誌の表紙を飾るグラビア撮影に入った。何着も水着を着せられ45歳のおっさんの俺の心はズタボロだ。もちろん社会人時代の癖で本気で仕事をしてしまったのだがこの傷心を癒してくれたのは撮影帰りのコンビニで買ったノンアルコールのビールだった。

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