第14話 念願の免許とバイクを手に入れたぞ!

今日は一日学校を休み早朝から電車に揺られて移動している。

下りの電車内は通勤時間にも関わらず空いていて座席は自由に選べた。朝早い事もあり筆記用具と書類を入った革製の鞄を膝上に置いて仮眠を取る。しばらくして。


『間もなく鴻巣ー。鴻巣ー。』


電車内のアナウンスで目を覚ます、目を擦りながら電車内の電光掲示板の鴻巣の文字を確認する。


「ふあーあ。…相変わらずめっちゃ遠い。」


本籍を埼玉県に置く方々はご存知であろう。埼玉県の免許センターは埼玉県鴻巣市に存在している。4輪免許、2輪免許の交付、更新(ゴールドは除く)は必ず鴻巣に寄らなければならないのだ。これがもう非常に面倒臭いのである。


他の免許受験者が免許センター行きのバス停に並んでいる、俺もそこに並ぶがやはり少し視線を感じる。母が見繕った自慢の服、デニムのショートパンツに現場猫のロゴが入った白のTシャツ、グレーのシースルーのアウターと若者らしい?コーディネートである。


「現場猫が好きなんだ…お母さんは。」


胸の部分で横に伸びきった現場猫を見て俺は呟く。


鴻巣免許センター内─


受付時間が早い事もあり続々と免許受験者が並び始めバスの中は大混雑だ。バスに揺られて数分で免許センターへ到着する。中に入って用紙に必要事項を記入して時計を確認する。午前7時50分…8時30分から受付開始なので列に並んでスマホで時間を潰す。


ちなみに平日しか受付を行っていない為、父が仕事で同行出来ない事で昨晩は一悶着した所だ。お陰で俺も学校を休む羽目になったのだが休日にも開放して欲しいものである。


早めに並んだ甲斐もあり受付を終了した、現在は8時40分…9時30分過ぎに説明開始なので時間にまだ余裕がある。朝食をまだ取っていないので腹ごしらえをしに食堂へと向かう。同じような人が多いのだろうか結構人が居る。食券販売機でパンチ定食を購入。


ハルの体になってからというもの食事が光太郎時代に比べてとても美味しく感じるのだ。以前の俺なら朝からパンチ定食なんて食べられなかった。だが今は漫画の様にご飯をかき込む事が出来るのだ。ははははは!美味い。


食べ終えると食器を返却口へ返し教室へと向かう。まだ時間があるので予習をしておくと教室の外から俺を見つめる受験者が増えてきた。恐らく誰かがSNSで俺の位置情報を拡散共有しているのであろう。試しに教室の外に向かってニコッと笑い手を振って上げると。


「俺に手を振ってくれた。」

「お前じゃねーよ、俺だよ。」

「実物ヤバ過ぎ。」

「免許取りに来て良かった。」

「パンチ定食の妖精やで…。」


うん、これ俺のファンだ…。パンチ定食の妖精ってなんやねん。というか食している所もしっかり見られていたのか少し恥ずかしい。


時間になり学科試験の説明が行われた後しばらくして試験が開始される。

二度目の試験だが油断はしない予習もしっかり行ったのでスラスラと問題を解いていく。記入漏れがない事を確認したら試験用紙を提出して教室を出る。後は結果発表を待つだけだ。


時間もお昼に近づき1階ホールの大型電光掲示板の前に合格者の番号が表示される。

自分の受験番号と照らし合わせてみる………あった。


「やったーーーーー!!」


年甲斐もなく飛び跳ねて喜びを表してしまった。だがこの瞬間はどんなに歳を取ろうが本当に嬉しいのだ。しかし不合格の人も居るだろう喜び過ぎるのはご法度だ。すぐに合格者が集まる教室へと移動する。


その後昼食をはさみ免許の写真撮影、個人情報の記載誤りが無いかの確認を行い免許の交付である。


「はあー、ようやくここまで来たか。」


免許センター屋外のベンチに座って自分の免許証をじっくりと眺める。

かなりウザったいとは思うがラインで免許交付の報告を行うとすぐに返事が返ってくる。


前田:【ハルちゃんおめでとう。】

吉川:【ハルさんおめでとうございます。】

メガネ(森):【うわっ早い、ハルさんおめでとう!】

父:【これでハルも大人の仲間入りかーパパ寂しい…。】

母:【ハルおめでとう!今日は美味しい物用意しておくよ!】

一花:【ちょっとこっち稽古中で忙しいんだけど!(怒)…良かったね。】


返ってきたラインをベンチの上で足をパタパタさせてにやけた顔で眺める。お礼の返事を打ち終えると興奮した体を冷ますために歩いて駅に向って歩き出す。さあ後はバイクの納車だけだ。


翌日、学校が終わり急いで帰宅。学校の制服を投げ捨てる様に脱ぎ、自前のスキニージーンズ、母親のレザージャケットを拝借、バイクシューズを履きヘルメットを専用の巾着袋へ入れる。免許を握りしめて急ぎ足でホンダドリームへと向かう。事前に受け取りの時間を連絡しているので説明後にすぐに乗れる状態だ。


ホンダドリーム〇〇店─


ホンダドリームに到着すると俺のバイクが敷地の中央に立っている。


【Rebel 250 S Editionカスタムver】


「うーん、やっぱりカッコいいなー。」


やはり何度見ても格好いい。購入した理由は見た目とやはりオプションの豊富さだろう。北海道ツーリングを目指しているのだから当然ロングツーリング仕様にしなくてはならない。まず優先順位としてスマホホルダー、ETC取付け、USB給電口が必須、次点でリアキャリアとウィンドシールド、サイドバッグだ。今言った物を今回は全て店側で取付けをお願いしたので結構な金額になった。


「ではバイクの説明に入りますね。」


店員からエンジンの掛け方、メーターの見かた、その他諸々の説明を受ける。

最後に走行距離が1000kmを超えたら必ず初回点検を受ける様に念を押された、いわゆる慣らし運転というものだ。昔のバイクであれば慎重に運転するように言われるものだが今は特に意識せずに通常通り走って良いそうだ。


とうとう俺のバイクが動かせるんだと期待に胸が膨らむ。

バイクの鍵を受け取り、バイクに跨り鍵を回して電源を入れる、セルボタンを押してエンジンが始動する。少しづつアイドリングが収まり、安定したリズム音が刻まれていく。


「…。」


…バイク事故から1年、もう二度とは乗れないと思っていたバイク。また帰ってこれたんだと思うと急に涙が止まらなくなった。ここまでの1年間が思い出されて行く、歯を食いしばってリハビリをした事、こっそりとバイクのヘルメットを購入した事、親にバレてしまった事と、ひょんなことからオーディションに出た事、色々と思い出す。やっと、やっとここまで来たのだ。


「あの…大丈夫ですか?」


店員が心配そうに話し掛ける、一度サイドスタンドを立ててポケットからハンカチを取出し涙を拭う。


「はい、大丈夫です。ありがとうございました。」


そう言うと俺はヘルメットのバイザーを下して、サイドスタンドを上げる。クラッチを切り1速へ入れる、半クラッチで少しづつ前進ウィンカーを点灯させて車列が切れた所で公道へと飛び出す。


『ブオオオォォォォ!!』


以前とは違う排気音だが心地良い音だ。バイクに乗ったら最初に行く目的地を以前から決めていた。光太郎時代の馴染みのラーメン屋だ。地図を見なくても分かる慣れたルートをひたすら走り続ける。


ラーメン屋店内─


【みらくる軒】


チャーシューが評判のラーメン屋だ。狭い駐車場にバイクを止めて暖簾を潜ると店内は夕食時もあって混雑している。ラーメンを肴にビールを飲む人、家族連れでラーメンを食べる人、新聞を開きながらおつまみセットを食べる人。空いている席を見つけて着席する。


「いらっしゃい!注文が決まったら言ってな。」


白髪頭の小太りなおっさんが1年前と全然変わっていない様子で注文を取る。


「えっと、決まってます。とんこつチャーシューの辛子入りネギ入りで。」


俺の定番だ、いつもこればかりを毎週食べていた。


「あいよー!」


おっさんが気前の良い声で返事をする。水とおしぼりを受け取り、顔をおしぼりで拭く。うむ、癖が直らない。


しばらくしてラーメンが出てくると俺が直接受け取り、割り箸とレンゲを取りラーメンを一杯啜る。変わらない味だ、続けて麺を啜りながら絶品のチャーシューを食べる。あっという間に平らげてしまい物足りないので替え玉を注文する。


「替え玉お待ち!」


替え玉を受け取り自分の丼に麺を投入していく。


「嬢ちゃん、外のバイク嬢ちゃんのかい?」


麺を啜ろうとしたらラーメン屋のおっさんが話掛けてくる。


「はい、そうですけど。」


するとラーメン屋のおっさんの表情が少し曇ってくる。


「いやね、嬢ちゃんと同じ物を注文してた奴が居てね。そいつもハーレーかなんか乗ってたんだけど毎週欠かさず来てたのに1年前から来なくなっちゃってな。」


(それ、俺だ。)


「っと嬢ちゃんの食べっぷりを見ててつい懐かしく思い出しちゃってな。ははは。」


「きっと…その人はいつか戻ってきますよ。」


「…ははは、そっか!俺は元気にやってるならそれでいいんだよ。変な事言ってすまんな。」


毎週来ていた俺の事を覚えていてくれたのか。この体が当たり前になって来た所に俺の存在を知ってる人が居ると救われた様な気がする。いつか忘れ去られる事になるだろうが確かに俺は存在していたんだなと。


ただ食べっぷりが俺を連想させると言う事は年頃の女の子の食べ方では無いという事だ。その点については今後猛省する余地があるかもしれない。おしぼり顔ふきふき。

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