第13話 教習所卒業

2輪教習場コース内─


教習所での教習も順調に進み1段階のみきわめにも無事合格、続けて2段階にも入り卒業検定まで後僅かという所まで進んだ。


「ほんじゃあね、今日は急制動っちゅーのやるからね。」


指導員の片津が俺を含めて数人の前で急制動の説明を行う。速度を40km/hに保ったまま三角ポールを過ぎた所で前輪ブレーキ、後輪ブレーキをロックさせないように上手く使用して停止線で止まるという内容だ。


「注意して欲しいのは急制動は前に荷重が掛かるから前のめりになり過ぎない事ね。」


片津が急制動を実演し、姿勢の実例を示すと次々と生徒達が急制動を実施していく。


「んじゃー次ハルさんねー。」


拡声器で俺の名が呼ばれる。俺がCB400 に跨ったまま片手を上げて走る合図を送る。がすぐに片津から待ての合図が掛かる。なんだろうと疑問に思って待機していると急制動の停止線の正面にコース外に溢れんばかりの人の山、どんどん集まってくる。


周囲を走行中の教習者を停車させて他指導員から片津へ連絡が行き、ようやくOKのサインが来る。教習所側も俺を注視する生徒対策を打ち出してきたらしい。


(ははは…なんか複雑な気持ちだ。)


再び片手を上げて走る合図を送り加速をする。速度計に目をやり40km/hが維持されているの確認して三角ポールを超えた段階でブレーキをロックしない程度に効かせる。それに併せて俺のお胸が下から上に大胆に弾む。停止線前で停車出来たのを確認する。


「おおおおおおおおおおおお!!」


正面の人の山からと見学席から歓声が上がる。本当にこいつら飽きないなと呆れている。


「うんうん、お見事な急制動だね、こんだけ見られてもブレないのは大したもんだよ。」


片津からのお褒めの言葉を頂き少し照れくさそうにする。おっさん時代にあらゆる危険を潜り抜けた経験が生きているだけであるがやっぱり褒められると嬉しいものだ。


その時間の教習が終了すると卒業検定で走るコースの紙を2枚渡された。

通称AコースBコースである。この2つのどちらか一つが走るコースとなる。


教習所控室─


おしぼりで顔を拭きつつコースの内容を確認する。コース途中までは同じで後は右折左折する場所が違うだけで非常に覚えやすい。


「ハルちゃあーーーーん!一本橋がクリア出来ないよー。」


背後から急に俺に抱き着いてきたのは最初の教習を共にした前田である。


「前田さん?前に教えた事、実践出来てます?」


「視線は真っすぐ遠くを見つめる、クラッチを繋げないでアクセルを少し回す、ハンドルを小刻みに左右に振る、後輪ブレーキを軽く踏んで速度調整。でしょ。」


バイクの引き起し以降、ラインでアドバイスを一番求めてくるのが前田であった。社交的で話しやすくついつい色々と教えてしまう。教えた事を覚えてると言う事は完全に苦手意識を持っている証拠だ。という事は成功体験を体に覚えさせる事が先決。


「一度、規定時間より早く超えても良いから渡り切る事を主軸に練習してみたらどうです?慣れてきた所で速度を落として行けば上手く行きますよ。」


「ふむふむ、なるほどね。次も一本橋だからやってみる!それと…。」


前田がワンダモーニングショットを俺の頬にくっ付けてくる。


「今日のアドバイス代だ、受け取るが良い。」


俺の好きなコーヒーも覚えられる位に前田とは何度もこのやり取りを行っている。

バイクと車の違いは技量の差だと思う、車はAT車が主流になっていて技術的な問題はほぼ皆無であるが二輪MTの場合だとそうはいかない。


前田の様に何度やっても失敗する人がいるようにバイクは簡単ではない。

路上教習も高速教習も無い、全てを教習所内で覚えなければならないので決して失敗は恥ではなく必要経費だと俺は考えている。


「あとさ、ハルちゃん。」


「うん?」


「おしぼりで顔拭くのってなんかおじさん臭いね。」


はっ!と我に返り赤面するが前田は笑いながらその場を去っていく。おっさんの仕草には注意していたのだが…まあ、このように完璧な俺にも失敗はあるのだ。顔ふきふき。


みきわめ2段階─


数日後、卒業検定の前哨戦みきわめ2段階である。


今までの教習内容の総復習だがコースも頭に入っており、俺に死角は無かった。

みきわめ用のゼッケンを付けて待機していると呼び出しのアナウンスが流れコース内へと降りていく。


2輪教習場コース内─


「じゃこれからみきわめやってくから緊張しないでいつも通りね。」


片津がそう言うと受験者の緊張が少しほぐれる。順番に呼び出されてみきわめが始まる。中にはエンストを起こす人、一本橋から脱輪する人、クランクで三角ポールにぶつかる人、練習では上手くできても一発勝負だと中々上手くいかないものである。


受験者の何人かが終わるとついに俺の名が呼ばれる。


「じゃあハルさんスタートする時は片手上げて下さいね。」


俺は片手上げて基本動作を行いバイクに跨る。目視確認を行ってコースに出る、一本橋、クランク、坂道発進、を軽々とクリアしていく。急制動も上手く行き最後の一本道を過ぎれば終了だ。


「ん?何か車止まってる?」


最後の一本道に信号機の無い横断歩道があるがその手前に進行方向を塞ぐように教習車が1台止まっている。貰ったコース表には車が止まっていると記載されていないので違和感を感じた。しかも車の影で横断歩道が死角になっており先がどうなっているか分からない。通常通り大丈夫だろうと教習車を避けようとした瞬間に嫌な予感が頭をよぎる。


バイクの速度を落とし教習車の横でバイクを停車させる。徐行しながら教習車の死角の様子を伺うと指導員の片津が屈んで靴紐を直している。


「片津さん?ですか?」


「あんれ?ハルさん、私の事は気にしないで続けて下さい。」


靴紐を結ぶと片津は立ち上がり、コース外へと移動する。俺は不思議に思いながらもみきわめを続けて降車。全てのコース走行を終了した。


もちろん合格だ。数名の受験者は落ちてしまったが彼らにはもう一度頑張って貰いたい。


教習所本館─


卒業検定を受けるため、自分の名簿を持って教習所の4輪用の本館受付に向かう。

みきわめを合格した段階で指導員からはお墨付きを貰ったのも同然、自信にも拍車がかかる。卒業検定が受理されて再び教習所内の2輪教習所に戻る。


卒検というゼッケンを付け、いざ卒業検定へ。


結果を言うと合格、みきわめにあった横断歩道の手前にあった教習車も無く今まで学んだ事を全て出せば問題無くクリアできた。その後は合格者が集められて別室で卒業証明書が手渡された。


「本日、合格した皆さんおめでとうございます。」


指導員の片津が合格者全員に挨拶を行う、短い間であったけど両津〇吉の様な顔が見れなくなると寂しい。


「中型自動二輪免許は16歳で取得可能な事もあって、非常に事故を起こす確率が高いです。保険料が高いのはそういう理由もあります。」


片津が俺に目線を向けて話を進める、恐らく心配してくれているのだろう。


「皆さんには臆病者であって欲しい、それでも事故に遭うのがバイクです。皆さんの良いバイクライフを祈ってます。どうもありがとうございました。」


部屋中に拍手が響き渡る。


皆が部屋を出て行き俺も出ようと立ち上がった時に俺の前に片津が立っている。


「ハルさん、あなたは私が担当した生徒で1、2位を争う位に優秀な生徒でした。」


「あ、ありがとうございます。」


突然の誉め言葉に少し舞い上がるが片津は続ける。


「ですが皮肉な事に優秀な方が優秀でない方に比べて亡くなる確率が高い事実があります、みきわめでのを忘れない様にして下さい。あの感覚は必ずあなたを助けますから。」


恐らく横断歩道の死角で片津が屈んでいた件だろう。見えている物だけでなく見えない部分の予測と対策、常に考えて運転する事を片津なりに精一杯俺に伝えたかったのだと思う。


「もちろん忘れませんよ、私こう見えても世界一臆病者ですから。」


「臆病者は人前で水着姿で出ないと思いますが…ハルさんなら大丈夫でしょう。ははは。」


ぐっ、あの水着動画がすでに片津にまで知られる事となるとは恐るべしインターネット。

こうして俺の教習所生活はあっという間に終わった。二度目ではあるが改めて勉強になった、やはり慣れていくと忘れてる事も多い。


光太郎の事故から約1年近く経つが少しづつ北海道ツーリングへ進んでいる事を卒業証明書がさらに実感させてくれる。

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