第12話 おっさん(水着)の影響力
オーディションが終わった後、事務所と両親との話し合いが行われた結果。
しばらくは学業に集中する事を条件として仮契約を結んだ。その間に同業他社から勧誘されないようオーディション出演料と手付金とういう名目で金銭が支払われた。
その金銭がなんとローンを組んだバイクの値段と同等というのだから驚きである。
「俺の水着はバイク1台分の価値か…。」
学校へ登校中にボソッと呟いてしまった。芸能界の金の流れは人を駄目にする恐ろしいものだと改めて思った。俺自身、芸能界に身を置くことは考えていなかったがお世話になった恩もあるし、何より佐竹についてはおっさん目線で見ても信頼信用足る人物と思ったからだ。社会で大事なのは信用である。
高校教室内─
「おはよー。」
俺が教室の扉を開けて席に座ろうとすると同級生が一斉に集まってくる。
「おはようーハル!これってハルだよね?」
同級生の女子がスマホを向けてくるとそこに水着姿で笑顔を振りまいている俺の動画が流れていた。
「ウッッッホ!!ちょ、なんでそんな動画が!」
驚きで一瞬であるが霊長類ゴリラに先祖返りしてしまった。とりあえず冷静になろう。一体どこからそんな動画が流出したのか同級生に聞いてみる。
「どこかで撮影した動画を切り抜きしたいみただから流出先が分からないんだよね。」
時間にして数秒しかないショート動画だが、俺の姿を見慣れている同級生達が気付いたのだろう。短い時間で一気に再生されたのかおすすめ動画にもなっている。一体どこの誰がと動画投稿者の名前を見てみると。
【ハルちゃんマジ天使チャンネル】
殺意が沸くふざけた名前である。後で削除申請しておこう。
そこからは近くでそわそわしている同級生達の怒涛の質問攻めが始まった。芸能人になるのかグラビアをやるのか何で始めたのか多岐にわたった。
「よっ、有名人!」
振り返ると一花が笑顔で俺の肩を叩く。
「ちょっとは私の気持ちも分かったかな。」
そういうと満足気に自分の席へ座る一花、なるほど有名人になるというのはこういう事かと納得してしまった。ちょっとしたアルバイト感覚であったがまさかこんな事態になるとは思わなかった。今日の学校は一日中こんな状況だ。
アルバイト先のコンビニ─
ようやく学校から解放されてアルバイト先のコンビニへと向かう。郊外にあるよくある駐車場が広めのタイプのコンビニだ。今日は17時から22時までの間コンビニでのアルバイトの予定だ。コンビニに到着すると更衣室で制服に着替える。
「店長、おはようございます。」
「ハルさんおはよう。」
ちょうどお弁当の品出しを行っている店長に挨拶を終えると品出しを手伝いながら商品の前出しを行う。店内には仕事帰りの帰宅者で混雑している。客からレジに呼ばれたので急いで向かう。
「お待たせしましたー。」
客の持ってきたカゴを受け取り品物のバーコードをリーダーで読み込む。今のレジは昔と違いお金を入れると自動で釣銭を出してくれるので釣銭間違いが無く非常に便利だ。
「ありがとうございましたー。」
しばらくレジ打ちを続けるが客が減る様子が無い、いくらなんでも長すぎる。それに店内もどう見ても人が多すぎるし駐車場も満車で路駐をする車も出始めている。
横に目をやると外国人アルバイトのトニーがレジに立って流暢な日本語で必死に声を掛けている。
「コッチのレジ空いてまス!コチラにどうゾ!」
俺のレジには長蛇の列、そこに並んでいる客はトニーの掛け声を完全無視して誰1人動かない。トニーのレジはガラガラなのに俺の所だけ列がある異様な光景だ。
「なんだヨ!コッチ空いてるのに、オマエたちヘンだよニホンジン!」
トニーもっと言ってやれと思っていると店長が休憩室からお手製の看板と三角ポールを持って来て列の整理を始める。流石に店内に並びきれずに外まで並び始めたからだ。
「お客様!他のお客様にご迷惑になりますのでポールの内側にお並び下さい。路駐している方は警察を呼ばれる事もあるので速やかに移動をお願いします。」
店長が手際良く列の整理を行いトラブルも無く完了、俺のレジの最後尾並ぶ客にお手製の看板を手渡す。
【店員ハルちゃんのレジ最後尾、ケンカしないで待っててね。(可愛いマスコットキャラ絵)】
いつの間に作ったの店長!とツッコミを入れる間も無くレジ打ちを鬼の様に続ける。
釣銭を渡す時に俺の手をべっとりと触ってくる客、コンドームだけを買って俺の反応を楽しむ客、応援してますと声を掛けてくる客、買った商品をそのまま差し入れしてくれる客、電話番号のメモを渡してくる客、そんな客を店長やトニーのフォローを受けつつ捌いていった。
22時近くになると少しづつ客足が減って行き店内にあった品物が半分以上消えていた。
「はぁー、疲れたー。トニーも店長もお疲れ。」
「いやーハルさん効果凄いねー、今日は特に凄かった、こんなの初めてだよ。」
「ハァハァ…ヘンだよニホンジン。」
レジの中で俺と店長とトニーがぐったりとする。普段より明らかに人が増えている、認めたくはないが俺のファンであろう。小規模で誰も見てないと高を括っていたオーディションだが意外と見られているものである。情報伝達の早さもSNSを利用したものだろう、アレの拡散力は今やテレビと同等と言っても過言ではないからだ。
「さてとお二方、もう少しだから夜勤が来る前に一片付けと行こう。」
店長が立ち上がって俺とトニーに声を掛ける。3人で商品がスカスカになった棚の整理を始めて綺麗に整えると夜勤組に引継ぎを行って本日のアルバイトは終了した。
教習所─
翌日、今日は教習の日であるが、どうも2輪用教習所の建屋に人が多い気がする。生徒でなくても入れる見学席が設けてあるのだが珍しく外まで溢れて満員御礼だ。教習所のバスから降りると一気に視線が集まる、特に男からの視線が多い気がする。
人山を搔い潜り中に入っていつもの様にプロテクター、ゼッケンを付けて準備をしていると今日の教習も一緒になった吉川が俺に話掛ける。
「ハルさん、あなたアイドルだったんですか?」
吉川が目を見開いて俺に質問してくる、どうやらその話が教習所内の生徒達で持ち切りらしく、それを吉川も耳にしたらしい。事情を説明すると納得したように落ち着いて今の状況を教えてくれた。
「なるほど、いえね、私今2時限目なんですけどその前の時間から人が急に集まりだしたんですよ。指導員の人達も人の整理に追われて大変でしたよ。」
確かに入ってきたよりも人が増えたような気がする、まさかと思うが俺のファンじゃないよなと思いつつも日を跨いでもこの状況が収まる気配がない、オーディション効果やば過ぎる。
「ハルさん何かあったら言って下さいね。」
「吉川さんお気遣いありがとうございます。」
吉川が心配そうに俺の身を案じてくれる、だけど折角の楽しいバイク教習の時間だ、あまり考え込まずに集中してやっていこう。
今日も担当する指導員は片津だ、すでに俺専用の指導員と化している。教習内容はスラロームであるが相変わらず俺のスラロームが一つ一つポールを過ぎる度に見学席からの歓声が上がり近くで教習中の生徒が乗ったバイク数台がコースを外れ転倒していく。
スラロームでポールを避ける度にバイクを寝かせて立てる時の勢いで俺のお胸が下から上に揺れる!
「いんやーハルさんのスラロームうんまいねー。これなら試験問題ないねー。」
片津が慣れた手付きで転倒した生徒を補助しながら俺のスラロームを褒めてくれている。通常の生徒より覚えが良いのだろう、コース外周をゆっくり周って自由練習して良いとの許可を貰った。
この時間が最高に楽しい、全然速度も出せないしただグルグルと同じ所を回るだけだがとにかく楽しい。今までの疲れが吹き飛ぶ。
今日予定していた教習も終わり、帰路につこうとすると出入口で俺の姿を一目見ようと人だかりが出来ている。他の生徒の通行の妨げになっていると指導員の片津が出てくる。
「コラァ!!お前ら生徒の邪魔になってるぞ!!関係ない人はどきなさいっ!!!」
普段温厚な片津の怒号が部屋に響き渡る、蜘蛛の子を散らすように出入口にいた人間が去っていく。普段怒らない人が怒ると迫力が違う片津がこちらに目配せをして合図を送ってくる今の内に行けという事だろう。
急ぎ足で外で待機している送迎バスに乗り込む。バスの運転手さんも事前に話を聞いていたのか扉を閉めて出発する。
バスの中で一体この状況はいつまでの続くんだと考えると気が滅入ってくる。ローンの支払いに困窮した結果がコレとは中々因果な物である。しかし人は飽きる生き物でもあるしばらくは我慢の時だ、それに心の救いであるバイクに乗っているだけでも元気が出る。この困難さがスパイスとなり北海道ツーリングをより一層彩ってくれるだろう。
その後、教習所には二輪免許の入校者の数が創立歴代1位を記録した。指導員が不足して急遽増員したが教習所は混乱の極みであった。まさに破壊神ハルの二つ名に恥じぬ結果であろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます