第11話 おっさん水着を着る

鈴木光太郎、御年45歳、独身で中肉中背のぽっこりお腹、髪はほとんど無しっ。

加齢臭が気になる今日この頃、なんか言ってて悲しくなってきた。


「よしっ!!いっちょグラビアやってみっかっ!!」


孫〇空の様なセリフで頬をバシッと叩き気合を入れて自宅を出る。


「ハルの奴、気合が入ってるな。」


「そうねぇ、その割には悲しい顔してるけど。」


父と母が付き添いのために一緒に家を出るが俺の悲しい心中を察したのか心配してる様子だ。何が悲しくて45歳のおっさんの毛深いたまご肌を見せなければならないのか、今は女の子だが気持ちはおっさんのままである。


オーディション会場─


「ようこそ、いらっしゃいました。ハルさんとご両親様もお久しぶりです。」


一花のマネージャー佐竹がオーディション会場入り口で俺達を出迎えてくれた。両親と佐竹が談話をしていると他の参加者だろうか、一般人に比べスタイルの良い美人な女性が続々と会場に入って受付を行っている。その周りにカメラを抱えているが人が沢山いるが、胸にIDカードらしきものを下げておりオーディション関係者のカメラマンだと分かる。


「本当にきちゃったんだよな、俺。」


オーディションに来た実感を感じていると、佐竹から声が掛かる。


「ハルさん控室に案内します。」


「ハルーお父さんとお母さんは関係者席で待ってるから頑張ってきなさい。」


「知らない人にセクハラされたパパに言えよー殺すから。指パキパキ(笑顔)」


会場内の出場者控室は出場者しか入れないのでここで両親のちょっと殺意の籠った声援を受けて別れる。


佐竹から案内されながらスケジュールやオーディションの内容確認を行う、司会者からの簡単な質問に答えた後に舞台を一周回って終わり、その様子を動画にした物を公式ホームページにて掲載してインターネット投票で順位を決めるようだ。思ったより簡単そうだ。


「…という流れです、総勢20名が参加します。その中の上位3名が事務所との契約権、出演ギャラ以外の賞金が出ますのでハルさんも頑張って下さいね。ささ、ここが控室ですので私はこれで。」


「は、はい…。」


そう言われて控室の中へ入って行くと独特の空気感が漂う、光太郎時代にも経験したこの感覚、スポーツ競技大会の控室の様な緊張感、違うのは匂いと男が居ないというだけだが雰囲気が似ている。女性スタッフだろうかこちら気付いて歩いてくる。


「佐竹さんから聞いてるよ、メイク担当の井上いのうえって言います。」


「よ、よろしくお願いします。」


すでに着替えを終えて上からベンチコートを羽織っている出場者達に他メイク担当のスタッフ数名がメイクを施している。


「そんなに緊張しないで、あっちが更衣室で受付で貰った番号のロッカーに水着置いてあるから着替え終わったら私に声を掛けてね。」


そう言われ俺が更衣室に入っていくとすでに他の出場者は着替え終わってるのか俺だけしかいなかった。ここにきて勝手にハルの体を使って水着になる罪悪感が俺を悩ませてくる。もし体が元に戻ったら地面におでこをこすり付けて土下座しよう、北海道の誘惑に勝てない俺が悪いのだ。


「これも全ては北海道ツーリングのためだ…。」


覚悟を決めて鈴木光太郎(45歳)水着に着替える。


オーディション会場─


『〇〇さん ありがとうございました。』


パチパチ!!パシャ!パシャ!!会場内に盛大な拍手とシャッター音の嵐が響き渡る。オーディションが開始されて会場も盛り上がっていた。何番目かの出場者がオーディションを受け終わり退出していく。


「今日のオーディションは規模が小さいって聞いてたけど出場者レベルが高い。」

「大手の事務所だけあって新規のグラビア部門の力の入れ方がやはり凄いな。」


関係者達には非常に好評であった。腐っても大手芸能事務所、一般人には辿り着けない一歩先を進む人材が参加者として集まっている。新設するグラビア部門に対する意気込みは只事ではなかった。そんな中静かにオーディションの様子を眺める佐竹。


「あー佐竹さんいたいた。」


「井上さんお疲れ様です、どうでした?」


佐竹がメイク担当の井上と合流してハルの様子を聞いている。


「佐竹さんが社内で熱弁してた通り、凄いですよあの子。私が今まで担当した中じゃあダントツですよ。」


「井上さんもそう感じましたか、ハルさんは私にとっての臥龍と言った所ですよ、世に出るべくして出る人材です。」


佐竹のハルに対する情熱はすでに信頼以上となっている。残念ながら本人には全く気付かれていないが。ただ佐竹はそれを含めて承知している。


『〇〇さん どうもありがとうございました。以上を持ちまして総勢20名全ての方に登場して頂きました。皆さん彼女たちに惜しみない拍手を。』


パチパチパチパチ…。


司会者がオーディションの終わりを告げると関係者席から一人の男が立ち上がり佐竹を探し回る。佐竹を見つけると鬼の形相で詰め寄ってきた。ハルの父である。


「佐竹さんよー…ウチの娘がまだ出てないぞ!一体どうなってるんだ!!」


佐竹の襟を掴み睨みを効かせる。


「ちょ、さっきまで娘は出さないって言ってましたよね。」


「ばっきゃろいー!それはそれ!これはこれ!だ!!!」


父が複雑なキレ方をして佐竹を問い詰めてるが佐竹は正論で返す。感情的になった父を後ろから母が抑える。


「あなた、ちょっと落ち着きなさい。佐竹さんこれは一体?」


父と佐竹の間に母が割って入り説明を求める。


「ご両親様、ここはオーディション会場です…出場者の方々も芸能界に夢を見て参加しているんですよ。それを簡単に壊す事は私には出来ません。ですから…。」


父と母は佐竹の説明が良く分かっていない様子だった。その時、司会者がスタッフから貰った用紙を受け取りマイクを手に取った。


『えーご来場の皆さま、これから特別枠として素敵な女性を紹介致します。オーディションとは関係無いので是非、興味のある方はご覧ください。』


会場内が騒めきを起こす、オーディションが終了して関係者は片付けに入っていたが突然の事に注目を集める。


『では結城ハルさんとうぞー!!』


パチパチパチ…とまばらな拍手と共に垂れ幕を上がり照明が水着姿のハルを映し出す。


シーンと静まる会場。先ほどまで会場中に響いていた拍手が止まってしまう。


(あれ?なんか空気重くね?)


不安に思いながら舞台のマイクが設置されている中央部まで移動するが相変わらず会場の雰囲気は静かである。


(うっわー、やっぱり俺の水着姿きつかったかなぁ。)


そうは思っていたが作った笑顔は絶やさずにしていると魅入っていた司会者が自分の仕事に気付いた様に質問を行う。


『…ええと結城ハルさんですね、何か趣味とかありますか?』


「はい、バイクが趣味ですね。今バイクの免許を取りにいってるんですよ。」


『バ、バイクですか。と、とても珍しいですね…ところで。』


司会者が言葉に詰まるとスタッフから再び用紙を渡される。それに目を通す司会者。

俺はというと緊張で早く終わってくれという気持ちで一杯だ。司会者が視線をこちらに送り再度質問を行った。


『えー


なんで今この質問がと呆然としてしまい疑問にも思ったがそんな事はどうでも良い、楽しいかって聞かれたら当然バイク乗りなら答えは一つしかない。




「最高に楽しいですよ!!」




満面の笑みを浮かべ答えると一気に会場が沸く。


『『『おおおおおおおおおおおおおおおおお!!』』』


パチパチパチ!!パシャパシャ!!ざわざわ…。

会場が声で揺れる、はち切れんばかりの歓声と拍手に鳴りやまないカメラのシャッター音。このまま建物が壊れかのような衝撃音である。


『こちらからの質問は以上です。』


会場の一変した空気に面を食らっていた俺だが司会者の質問が終わった事に気付き、予定通り舞台を一周する。その間も拍手やシャッター音、歓声の声が会場中に響き渡る。


垂れ幕の前で会場に向けて一礼をして舞台を降りると合わせて垂れ幕が下りる。


「…ふいーやっと終わった。ビール飲みてぇ。」


フラフラとしながら控室に戻りイスにドカッと座り込む。一気に緊張感から解放され脱力してしまう。大勢の前に出るのはやはり慣れないものだ。でも最後の質問で盛り上がった理由も良く分かっていない。父と母はしっかり見てくれてたかな、俺は頑張ったよ。


「いや、佐竹さんあなたは日本…いや世界一のエンターティナーだ。恐れ入った。」


「いえいえ、私じゃなくてハルさんが自身が素晴らしいんですよ。」


ハルが登場する前とは全く違う態度で佐竹に接する父。周りの関係者もハルの登場に驚愕している事務所の秘蔵っ子の紹介だと思っている様子だ。正体が不明なのもさらに話題性を加速させていた。


「佐竹さんの考えが解りました、最初にハルを出していたら…。」


母が佐竹の配慮に気付いた、折角夢を持って挑戦してきた者を圧倒的な力で蹂躙してしまうと出てくる芽をも無駄に摘んでしまう事。スター性というのは先天性もあれば後天性もある。その道理とハルの持つ力量を洞察する力を持ち把握していた佐竹の見事な戦略であり配慮であった。


「佐竹くん。」


「社長!見て頂けましたか。」


白髪混じりの角刈りが似合う口髭がトレードマークの渋めの二枚目俳優の様な風貌を持つ男が佐竹に話掛けるとすぐさまハルの父と母の方を向いてその男が話始める。


「ハルさんのご両親ですね、わたくし事務所の社長をやらせて頂いております斎藤さいとうと申します。」


「これはご丁寧にどうも。」


斎藤が自己紹介と同時に名刺を渡すと母が受け取る。


「佐竹の方から話は聞いていましたが、ハルさんは想像以上の傑物でした、何せ佐竹からオーディションの必要は無いと言われた時は不思議に思っていましたからね。」


「いやはやお恥ずかしい、ここまで出来たのも私一人の力ではありませんが…。」


佐竹がそう言うと会場の隅で様子を伺っているに目を遣る。


「ハルがこんなに影響力があるなんて解りませんでしたよ。元々可愛かったですけど。」


母が謙虚にそういうと父が横から入ってくる。


「ハルの魅力はすでに知っていましたとも、すでにその影響力を俺が受けてますから。」


一番の不満と迷走を続けた父が得意げに言うと皆笑いながら談笑を続ける。


「ところで今後のハルさんについての方針なのですが…。」


佐竹が今後のハルについて話を切り出すと社長の斎藤を含めて父と母を会場内の会議室へと移動させ打合せを行った。


俺はと言うとメイクの井上にメイクを落として貰った後に着替えをすませて人の少なくなった会場入り口近くのベンチに座って父と母を待っていた。どうやら大人同士の話があるそうだ。すると一花からのラインが飛んできた。


【お疲れ、うまくいったようだね。】


どこかで見てたのか?うまくいったか実感は無いけどとりあえずお金はどうにかなりそうかな。紹介してくれた一花に返信を行う。


【うまくいったか分かんないけど、紹介してくれてありがとう、お礼に何か奢る。】


そう返信すると即ラインが戻ってくる。


【楽しみにしている。】


フフッと笑いながらラインを眺めてベンチに横になる。

初めてのオーディションだったけどなんとかクリアできたし自分を褒めても良いのではないかと思う。45歳のおっさんの水着は良かったのか全然分からないがその影響は今後、目に見えて実感する事になる。

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