第10話 お金がないっ!!

ローン会社からの月末引き落とし額が確定する連絡がスマホに届いた。現在抱えているローンはバイクローン、免許ローンの2つであるが現在の俺が保有する資産と照らし合わせて収支の計算を進めると一つだけ分かった事があった。


「お金がないっ!!!」


免許がないという映画の真似ではないが舘ひろしの様に叫んでしまった。頭を抱えながら自室のベッドの上で苦悩する。誓約書には【バイクに必要な経費は必ず自分で用意する。】とある。もちろん免許とバイクに掛かるお金は家族から借りずに自分で用意しなければならい。


「ハルちゃーん、お困りならリアルパパ活しませんかー。」


俺の声が部屋の外まで聞こえたのだろうか、父が扉の隙間から帯の巻かれた札束をちらつかせる。俺は無言で即座に扉を叩き閉める。


コンビニのアルバイトを始めてはいるのだが、始めたばかりでまだ給料は低いし振込はまだ先、教習や学校の予定を優先している事もありシフトにあまり入れていない。かと言って家事手伝いだけの小遣いでも全然足りない。


「ちょっと気が進まないけど、あいつに相談してみるかな。」


学校内屋外テラス─


放課後もあって夕暮れ時のテラスに沢山並べてあるテーブルには生徒も少なく、俺一人だけがイスに座っている。


「…で、私に相談って何よハル。」


そう言って俺と同じテーブルのイスに座るのは同級生の真柄 一花まがら いちか、子役の頃からの有名な役者だ。入学式の一件から放課後に何度も呼び出されている内に俺が相手にしないのを見て諦めたのか、代わりに仕事やマスコミ、家庭の愚痴を話すようになり俺が聞くという構図が出来上がりいつの間にか友人関係となっていた。


「いや悪い悪い、一花の伝手でさ日給稼げる仕事ないかな?」


さくっと本題を出して話を始める、相談相手として仕事をしていて相談しやすい同級生と言えば一花しかいないというのもあった。


「はぁ?あんたんちお金ないの?」


そう思うよね。今現在の状況と目的である北海道ツーリング計画を簡単に説明する。もちろん当家の誓約書の内容についてでもある。


「バイクで北海道ツーリングねぇ…。前から思ってたけどさ、やっぱあんた変だよ。」


一花の言う通り普通の高校生1年女子が北海道へバイクで行く事はない。

だが俺は中身おっさんだから目指すのである、文句あっか。


「…んー私は止めろって言ったんだけど、一つだけいいのがあるよ。」


意味深な事を言いながら思い出したように一花が提案を始める。


「ハルさ、入学式の時にウチのマネ(佐竹)から名刺受け取ったでしょ?一度電話してみなよ、きっと助けになるからさ。」


思い出したかの様に手帳の中にしまっておいた佐竹の名刺を取り出す。もちろん芸能界に興味は一切ないのであれから一度も連絡していない。


「じゃ、私これから舞台の稽古あるから帰るけど…。」


そう言ってイスから立ち上がる一花。


「おう、一花さんきゅーな。」


俺がフランクなお礼を言うと一花の頬が少し赤くなり、少し立ち止まり。


「あ、あのさ…バイクって楽しいの?」


一花が背を向けたまま俺に質問してきたが、こう聞かれて返す答えはバイク乗りなら決まっている、俺は満面の笑みで答える。


「最高に楽しいぞ!!」


それを聞くと足早に去って行く一花、折角の友人からありがたい助言を頂いた事だし名刺の電話番号を打ち込み佐竹に連絡を取ってみる。


ぷるる…ぷるる…ガチャ!


『はい、佐竹ですがどなたでしょうか?』


「お無沙汰しています、結城ハルです。おぼえて…。」


『ハルさんですか!!!よーやく決心して頂けたんですねぇー!!!』


俺が話し終える前に今まで待ちぼうけを食らった佐竹の気持ちが大爆発した、本当に連絡しなくてすみません。まさか名前まで憶えてくれてたなんて俺も驚きであった社交辞令での誘いだと思っていたからだ。


「待って下さい佐竹さん、えっと事務所に入るとかではなく…。」


電話越しに一通り諸事情を説明、そしてそれを一花から提案された事を話すと佐竹が全て納得した様に話を始めた。


『なるほどなるほど、ウチの一花が。と言う事はアレの事ですね。』


「アレ?」


『ええ、今度弊社に新しい部門が出来ましてね、一花に続け!子役発掘オーディションというものと並行して規模は小さいですがオーディションも近々行う予定なんですよ。』


んーちょっと待て。グラビアってあの綺麗な姉さん方のお肌がもろ出しの美しさを競い合うおっさん時代にはニヤニヤして眺めていたアレか。


「えっと…もちろん私は…」


認めたくはないので子役の方だよねと言おうとしたら食い気味に佐竹が割って入る。


『ハルさんにはグラビアオーディションの方に出て頂きたい!!』


今日一番に良い声を張り上げる佐竹。続けて佐竹が話を続ける。


『もちろんすでに枠は埋まっていますがハルさんは私の推薦枠で出て貰います。あの入学式の後ですが会社でハルさんの素晴らしさを社内で訴えましたが実績のない素人は入れる事はできないと社長につっぱねられまして…ですがあなたを一目見れば解るはずなんです。それに…。』


「それに?」


佐竹の熱弁が少し止まって言葉を詰まらせる。何か言いにくい様だがしばらくして堰を切った様に話し出す。


『あのプライドの高い一花がハルさんの事を認めたんですよ、こんな事初めてだと社内で話題になってます。この事は一花から口止めされてるので私とハルさんだけの内緒と言う事で。ハハハ。』


一花の奴、俺が素で話をしても何も言わないでくれるし、いい友人だと思っていたがまさか認められたという事は嬉しい。だけどグラビアだけは家族会議が必要になってくるので即決出来ない。


『もちろん、ハルさんは未成年ですからご両親の承諾が必須となります。小さい規模のオーディションではありますが出演して頂けるだけでも即日払いでのギャラが出ますよ。お返事は早めに頂けると助かります、楽しみにお待ちしてますよ。』


「はい、佐竹さんご親切にありがとうございます。家族と相談の上お返事させて頂きます。」


電話を切ると、少し疲れたのか溜息が出る。いくら俺が可愛いとは言え周りの期待値が俺の想像を遥か上を行くものであった。人というのは自分では自分の事を気付きにくい事は良くある、自我がある以上他人の様な目線で自分を見れないからだ。


「とりあえず、家に持ち帰ろう。」


ハルの自宅─


自宅に戻った俺は仕事から帰ってきていた両親と夕食を取りながら会議の開催を要求した。議題はグラビアはHな部類に入るのかどうかだ。なんだこの議題は。


「パパは、は・ん・た・いですっ!!」


「ママは賛成よ。」


意見が真っ二つに割れた。

父の反応はなんとなく予想は出来たが、母の方は予想外であった。ちょっと気になって母に聞いてみる。


「ママはね、若い内に出来る事なら色々と挑戦して欲しいのよ。女ってね、お化粧にお洋服に自分の美しさを追求する生き物だと思うの、それってやっぱり人に見てもらいたい認めてもらいたいって言う欲求から来る行動だし、自分を知ってもらう機会だとも考えてるしね。」


母の意見には一理ある。やれ見るなら金払えだとか、やれ異性に見てほしくない、とかまかり通っていたらここまで服や化粧品の進化と発展は無かっただろう。


「パパ以外の男にお肌を見せるのは嫌です。」


父の方はもう感情論である。というか父にも俺はあまり肌を見せてはいないが何を言ってるんだ。


「あらあら、どこの男だっけかな。そのお肌を見せてた女を必死に口説き落とした人はー。」


母がそう言うと父の表情が一変する。


「マ、ママ?ハルの前でそ、それは言わない約束…。」


「ハルぅーパパとママの馴れ初め聞きたい?」


母が悪そうな顔をずいっと俺に近付けて聞いてくるが、正直あまり聞きたくない。


「ああああああああっ!分かった!認めるからそれだけは許してー!」


父の反応を見るや馴れ初めのパワーバランスは、母の方に寄っている事が解る。


「結論、ハルのグラビアはHでないと判定、オーディションを受ける事を許可しまーす。」


母が元気よく許可をする反面、父が憔悴しきった顔でダウンしている。

なんか説得する必要が無かったから拍子抜けだったけど俺としても北海道ツーリングの計画に支障なく進められる事に安心している。


翌日、佐竹に連絡を取りオーディション会場の場所と日程、準備する物の確認を行った。未成年者には保護者の付き添いも必須なので両親にも有給を取って貰い来てもらう事となった。


しかし俺の心境は複雑である。初めてのグラビアオーディション…以前には無かった経験、…まあ、あったら怖いが。全ては北海道のため、考え込んでも仕方がないので出たとこ勝負と行こう。

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