第7話 バイク購入
卒業式から数日経ったある日、高校入学式までの休みの間に早い段階ではあるが両親に購入するバイクの下見を行いたいと相談してみた。誓約書通りバイク購入には両親の立会いが必要だからだ。
よくよく考えたらローンを組む時に親の承諾が必要なので内緒で北海道ツーリング計画は破綻していたのだ。早い段階で気付かれたから結果オーライではあるが我ながら酷い計画性の無さである。
翌日には両親から週末には休みが取れるとの返答があった。
特に父は自信満々な様子で俺に向かってサムズアップしている。
「バイク屋だな!バイク屋ならパパに任せておけ!」
なんだろうか普通にしていれば絵になる様なイケオジなんだがやる気を出すと途端に残念さが出てくる。というかまだ行きたい店を言っていないのだが…。
ただあの純真爛漫な父の笑顔を見ていると、すでに購入するバイクと店が決まっていると野暮な事は言えなくなる。久しぶりの家族団らんである、ここは一家の長である父に任せてみようと思う。
週末の車内─
HONDAのN-BOXが我が家のマイカーだ。金銭感覚に比べて控えめな車だと感心してしまう。とは言っても最近の軽自動車も値段が過去に比べ普通乗用車並みに高くなっているので小馬鹿には出来ない。
運転席には父、助手席には母、後部座席には俺、軽自動車とは言え最近の軽自動車は車内が広くて快適である。父のお気に入り90年代Hit曲を聴きながら目的地へと走って行く。
「お父さん、バイク屋さんだけどどこに行くの?」
少し行先が心配になった俺は父に質問をしてみる。
「どこってハル、バイクと言ったらメーカーは一つだけしか無い。もうすぐ着くから安心しなさい。」
うーん、ちょっと待て。バイクのメーカーって一つだけだったか?
父の自信溢れる返答につい自分の方を疑ってしまう。
日本にはホンダ、カワサキ、スズキ、ヤマハの4社、海外でハーレーダビットソン(HD)、BMW、他と何社もあるはずだ。特に日本は世界にあるメーカーのバイクを選べる位に恵まれている。これは嫌な予感がする。
「よーし、着いたぞ。」
色々と考えていると目的地に到着したらしい。一体にどこへ着いたのか確認しようと店舗の看板を確認する。
【Harley-Davidson】
盛大にずっこける俺。
そうか、そう言う事か…恐らく父にはバイク=HDという方程式が成立しているようだ。バイクに興味の無い人は全く要らない知識だからな。現に俺がバイクに乗り始める前はバイクがどのメーカーの物か判断できないレベルだったし仕方の無い事だと思う。
Harley-Davidson店内─
「いらっしゃいませ!」
男性の店員が活気のある声で対応する。
父と母が店内のバイクを一通り見て回る後ろで俺も久しぶりのHDで少し興奮気味にバイクを見つめる、やはりどれもこれも最高にかっこいい。色々と見て種類が多いのに気付いた父が店員に声を掛ける。
「あー…、君、娘がバイクを購入したいのだが私達には知識が無くてな。すまないが娘に合うバイクを教えてくれないか。」
父が男性の店員にそう言うと、店内の店員全員が俺に注目をする。自惚れでは無いが今の俺は猛烈に可愛い。私服を買わない事を心配した母がサーチにサーチを重ねて用意したハイセンスな体のラインを強調する私服でより一層輝いている。
「…しょ、少々のお待ちを。」
店員がそう言うと周りに合図を送り、店員が全員集まり緊迫した様子で小会議を開く。それはそうだろう、HDと言えば定年に近いおっさん、若くても30代後半の客層がメインだ、残念ながら10代の若い女の子がHDに来る可能性は隕石が地球に当たる確率である。しかし個人的には10代である俺にどんなバイクを勧めてくるのか気になる所ではある。
と考えている間に会議も終わり店員が父の所へと戻る。
「お待たせ致しました、我々共と致しましてはお嬢様に釣り合うバイクはこれしか無い!と自信を持ってお勧め致します。」
【CVO FLHXSE CVO ストリートグライド】ぶふぉー!!
フライング気味に俺が噴き出す。
「ふむ、ハルこれはどう…。」
父が話す途中でお店の外へと引っ張り出す。
「いきなりどうしたんだハル?」
理由が解らず困惑する父を横に俺は少し興奮気味に。
「お父さんね、どこの世界にCVO ストリートグライドを乗り回す高校生がいるの!!居たら私が助走を付けて殴ってるよ!!それに…HDには大型バイクしか置いてないから16歳じゃ乗れないの。」
興味の無い人は分からないかもしれないがHDは大型バイク専門店、つまり中型自動二輪免許では乗る事が出来ないのである。さらに言わせて貰えばHDのCVOシリーズは極上グレードでありお値段も半端無く高いのだ。一介の高校生の稼ぎ如きで購入できる代物ではない。
「そ、そんなバカなっ!バイクと言ったらHDだろう!映画でもそうだったぞ!」
その映画絶対古いやつだろ!と思いつつも父がそう言うと溜息を付きながら質問してみる。
「お父さん、ホンダとカワサキとスズキとヤマハの企業イメージって何?」
娘の質問に不思議そうな顔をするがしっかりした面持ちで答える。
「ホンダは車、カワサキは鉄道、スズキも車、ヤマハは楽器だ!」
ほんっとうにバイクに興味が無いんだなと感心するくらいにバイクのバの字も出ない答えに失笑してしまった。一時期はバイク業界も落ち込んでいたし仕方無い。
「その4社は日本のバイクメーカーでもあるからね。」
「何っ、バイクも作っていたのか…全部HDの子会社かと思っていたぞ。」
父が愕然としていると後ろで話の顛末を聞いていた母がフォローするように。
「へぇー私もお父さんと同じだと思ってたけど、結構日本ってバイクに恵まれているのねぇ。」
まったく母の言う通り凄く恵まれているのだ。ただ悲惨な交通事故が多いのと暴〇族のお陰でバイクのイメージダウンが大きく国内ではバイクはマイナーなのである。
店内へと戻り俺がまだ16歳である事と父がバイクメーカーがHDの1社しか無いと思い込んでいた事を含め冷やかしをしてしまった事を謝罪すると、店員は小恥ずかしそうに笑いながら謝罪を受け入れてくれた。
「いやーそうでしたか、珍しく可愛いお嬢さんが来てくれたんでこちらも驚きました。ですが高校生活もあっという間に過ぎますし大型自動二輪取得後は是非ともウチでお願いしますね。」
店員の商魂逞しい言葉である。また必ず訪れる事を確信したような物言いでもある。確かに全ての条件をクリアしたとしていたら間違いなくCVO ストリートグライドの購入を即決していただろう。だって俺自身が世界一カッコいいと思っているのだから。
その後はHDを後にして購入予定をしていたHONDAのバイクを下見にホンダドリーム〇〇店へと車で向かう。
「本当にHONDAにバイクが売っているのか。」
お店に到着して父が驚愕しているが寧ろHONDAはバイクで有名な筈なのだが、興味が無いというのは本当に恐ろしい事である。
そこからはトントン拍子で話が進み24回払いの頭金無しのローンを組み両親には保証人になってもらう。納車日についても免許が取得出来る1週間程前に連絡をくれれば準備をしてくれるという。どんなバイクかは後のお楽しみだ。
その後は遅めの昼食を取りつつ郊外の大型ショッピングモールへと向かい買物を楽しみ帰宅した。家に戻りベッドの上で横になってHDでの出来事を思い出す。
「CVO ストリートグライドが俺に似合うとか…。」
ベッドの上で枕を抱きしめゴロゴロと転げ回り喜びを噛みしめる。
お世辞でもおっさんは嬉しいのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます