第4話 ツケは苦しい時にやってくる

中学3年生3学期が始まりおっさん30年振りに中学校へ登校する。

真冬真っ只中、ダッフルコートにマフラーとタイツをしていても寒い。

事前にスマホの地図で学校の場所を登録しておいたので道程を確認しながら歩いて行くが寒さに耐えきれず途中でワンダモーニングショットのホットを自販機で購入し暖を取りながら歩みを進める。


「うぅ…寒い。」


ようやく校門に到着し一気に緊張感が高まる。新入社員での初仕事以上の緊張感だ。

下駄箱に向かい生徒手帳で組を確認して歩き回り自分の名札を確認する。

廊下を進み自分の学年の教室を探し当て扉の手前で深呼吸。


「おはよう。」


教室に入って軽く挨拶をすると友人であろうか複数の女子学生に囲まれてしまった。

ここで以前から練っていた思い出す作戦を実行したのだが、これが大失敗であった。

ハルはどうもクラスの中でも人気者の様で同級生の女子には心配を掛け泣かれてしまった。しかし中身がおっさんである事がバレない様にする為には仕方ないのだ。


『ラインッ!ラインッ!ラインッ!…。』


俺のスマホが凄く五月蠅い。

友人のライングループからの退院祝いの連絡の勢いがやば過ぎでやばい。入院中とリハビリ中にも稀にラインが届いていたが今日はスマホが壊れる勢いで鳴り続けている。今の若い子文字打つの早くておじさん怖い。


始業式もあり午前様で学校は終わったが終わるまでラインとの激闘で疲れた。スマホをタップし過ぎて人差し指が腱鞘炎になりかけている。

退院祝いのカラオケにも誘われたがもちろん歌のラインナップで歳がバレるので丁重に病み上がりを理由にお断りを入れておいた。俺のboy meet girl聴きたいか?

それよりも北海道ツーリングの準備の為に行かないといけない場所がある。


二りんかん某埼玉店─


平日と寒さの為か駐車場に並ぶバイクも心なしか台数が少ない。暖かい季節だと良く外で喋っているバイク常連のおじさん連中が居るが流石に居なかった。


うん、店内のタイヤ臭が凄い。だがこれが良い!!(満面の笑み)

後、中学生(高校含む)の女子が絶対来る事の無い聖域でもあるので珍しさから店員含め周りの客の視線が痛い。


だがそんな視線に屈せずに今日の目的であるヘルメットとバイクシューズを物色しなければならない。

なぜヘルメットとバイクシューズかと言うと教習所で必ず購入するように言われるからだ。特にヘルメットは教習所でも用意されているが色々な人と共用するものなので夏はやばい。どうやばいかは想像にお任せする。


ヘルメットと言えばSHOEIとARAIの2強である。

その分お値段が高いが自分の頭の値段と置き換えればきっと高く感じない筈だ。

ふとXLサイズを手に取り被ってみる。


「でっかっ…。」


以前の光太郎はこれでも小さい位であったが今はまるでアンバランスなヘルメットを被り女子学生の制服を着た某『ば』から始まるコスプレみたいである。気を取り直しSサイズを合わせてみる。


「嘘だろ…。」


まだ少し隙間に余裕がある。どんだけ小さいの顔と一人で心の中でツッコミしてしまう。もう自分で選ぶ自信が無くなったので店員さんにフィッテイング依頼をお願いしてしまった。

とりあえず黒を基調とした人の頭蓋骨に蛇が目を突き抜けたちょい悪デザインのジェットヘルメットに決めた。俺のセンスは凡人と違うんだふふん。

(バイク乗りは大体こんな感じである。)


次にバイクシューズだが踵のある靴を選択する。

踵があればステップに足が固定しやすく滑りにくいので確実にギアチェンジ、ブレーキが出来るからだ。元ハーレー乗りならやはり革製と行きたいが見た目より機能重視で行きたいので足首とくるぶしまで隠れるチャック式のシューズタイプを選んだ。


貰ったお年玉10万円がお会計で見事に消えてゆくが俺は非常に満足した。

なんだろうか、まだバイクは無いのにすでにバイク乗りな気分が味わえるこの感覚。


実を言うとまだハルの両親には北海道ツーリング計画は話していない。退院したばかりで心配を掛けたくないのもあったが中学生女子がバイクに興味を持つのは大体彼氏の影響とレディースと相場が決まっているので不安にさせたくなかった。


だけど高校生まで我慢出来ない忍耐の無さ、いやこれは前向きな行動力と言って良いだろう。共働きでハル両親が家に居ないのを良い事にどんどんと計画を進めてやるのだ。悪だくみの笑みを浮かべながら家の玄関を開ける。


「あら、ハルお帰り。」


「あばばばばばばっ!母上っ!し、仕事ではっ?」


居る筈の無い母の登場に予想外に驚き過ぎて声を裏返らせながら時代劇の様な呼び方をしてしまう。


「何よ、変な呼び方してこの子は。今日はたまたま早く終わったの。・・・うん?その手に持ってるのは何?」


当然ヘルメットの入った大きい箱に視線が行く。

瞬時に頭脳をフル回転、泳いだ目と震える足で無難な理由を脳内で作成する。


「こ、これは…。そう、退院祝いに学校で友達から貰ったの!」


「あら、そうなの?じゃあそのお友達にお礼しないとね。」


セーーーーフ!メジャーリーグの主審の様なポーズを心の中で取り、ガッツポーズ。

心の中で冷や汗をかきながら今日一番の仕事をした満足感で心が満たされていく。後は自分の部屋に隠してっと。


『ガチャ!』

「ただいま、仕事が早く終わったら帰ってきたよ。ってハル何を持ってるんだ?ん?SHOEIってバイクのヘルメットか?」


人生のツケというのは一番苦しい時に来るらしいというどこかで聞いた言葉が頭を掠める。


「ち…父上?」


詰んだ。もうバックアタック父詰み。言い訳が出来ない位に頭が混乱した。

どうやら父も今日は早く仕事が終えたらしい。


「…オワタ。」


その場に崩れ四つん這いになる。父に目の笑っていない笑顔で肩を叩かれる。

この後、緊急家族会議が開催されたのは言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る