(2)

 冗談じゃない。

 何で、男を狙う痴漢が居るんだよ?

 やめろ。

 触るな。

 ああ、クソ。

 朝、仕事場に行くのに電車に乗ったら……どうやら、電車が遅れたか何かで、とんでもない混雑だった。

 9時半ごろなのに通勤ラッシュ時間帯並だ。

 クソ……。

 冗談じゃねえ……。

 怖い。

 気味が悪い。

 声も出ない。

 ああ……でも、やっぱりそうだ。

 男の俺でもこのザマなのに、女だったら、声も出ねえだろうなぁ。

 そうだ、やっぱり、俺がアシスタントをやってる漫画「本家・祟り屋」の「痴漢冤罪」の回と同じだ。

 痴漢されてるのに、「この人、痴漢です」なんて声をあげられる女なんて居る訳ない。

 痴漢は確かに有るだろうが、痴漢されたから声をあげたなんて女は……男を陥れようとする糞フェミ女だけ……。

 えっ?

 何で、俺の手が勝手に動く?

 痴漢野郎の指を掴み……折る。

 どうなって……あぎゃああああッ⁉

 な……何で……痴漢野郎の指を負った筈なのに……俺の指に激痛が……?

「何だよ……うるせえな……」

 真面目そうな三〜四〇代のサラリーマン風の男が俺の方を見て、そんな事を言う。

 俺も……わけが……わかんねえんだよ……。

 あれ?

 痴漢がいつの間にか……。

 そして……俺は……気付いた時には、他の客に押されて、ホームに出ていた。

 右手の人差し指が……変な方向に曲ってる。

 ああ、畜生……漫画家のアシスタントの商売道具が……。

 あ……嘘。

 さっきまで、乗ってた電車のドアが閉まり……待って……待って……いや、ペン握れそうにないのに、漫画の仕事場に行って、俺、何する気なん……?

 なん……?

 何だ?

 何だ……ありゃ?

 視線を上げると……ホームの反対側に……左手を右手で押えて、泣き顔になってる……男……。

 上着……俺のと同じ。

 ズボン……俺のと同じ。

 靴……俺のと同じ。

 顔……え……えっと……どうなってる?

 そして、その男は、怯えた泣き顔で、少しづつ後退あとずさり……。

 俺も……後退り……。

 あ……足が……止まんねえ……。

 嘘だ、嘘だ、嘘だ。

 「本家・呪い屋」の「痴漢冤罪」のエピソードでは……この後……。

 善良なサラリーマンを(ちなみに顔のモデルは俺だ)痴漢野郎に仕立て上げた糞女は……足を止める事が出来なくなり……。

 何の冗談だよ……。

 あの回の女の死に方のアイデア出したの、俺だぞ。

 そして、俺は……ホームに落ち……。

 電車が来る。

 でも……こっちじゃない。

 もう1人の俺が落ちた方……えっ?……うぎゃあああ……ッ⁉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る