第2話 僕に義妹が出来た日(2)

「初めまして、長良小雪ながらしょうせつです」


 ダイニングルームで、僕たちは対面する。僕と父さん、長良さんと小雪さんの組み合わせで、テーブルを挟んで向かい合う形だ。

 ダイニングにはテーブルと椅子だけがある。リビングルームとの仕切りに大きな引き戸があって、今は閉められていた。


「どうも、木曽裕也です」


 僕と小雪さんは互いに頭を下げる。

 小雪さんは美人さんだ。整った顔立ちの、大和撫子というような雰囲気の人。今はスーツを身につけている。

 父さんと長良さんは互いに挨拶を終わらせているらしく、特に自己紹介をしている様子はない。

 そういえば、いつだったか再婚相手の家に挨拶に行くとか言っていたっけ。僕は用事があって行けなかったけど、きっとその時に会っていたのだろう。


「いやー、ママの再婚相手が木曽っちとはねぇ。世の中狭いわ」


 ケラケラと笑う長良さん。それとは対照的に、僕の内心は参ったなぁという感情でいっぱいだった。

 僕と長良さんは合わない。僕はオタクで、彼女はギャル。噛み合うはずのない属性なのだ。

 それに僕は、クラスでオタクだと公言しているわけではない。部活はアニ研──アニメ研究部──だけど、それもクラスでは隠している。

 オタク=迫害されるというのは過去のイメージだというのは知っている。だけど、なかなか公言しづらいものはあるのだ。

 一方、家ではオタクであることを隠してはいない。いないどころか、父さんがまずオタクなのだ。有名なロボットアニメをリアルタイムで観ていた世代だということで、羨ましく思っている。

 閑話休題。とにかくそういうわけで、僕と長良さんはまず会話が合わないと思われる。もちろん小雪さんとも合わないと思われる。


「なんだ、二人は知り合いだったのか」


 父さんが僕の肩を軽く叩く。


「若いモン二人で仲良いって事だな。良い事だ、ハハハ!」

「別に、仲良くなんか。話をしたのも今日が初めてだし」

「ほー、そうなんか。だったらこれから仲良くなっていきゃあいい」


 簡単に言ってくれる。僕にとってそれが一番難しいというのに。

 さっきまでは気軽に話していた。だけどそれは、あくまでも普通の会話だった。家族としての会話などできるはずもない。


「そーだよ。アタシたち家族になんだからさ、仲良くやろうよ。つか、いつ生まれ?」


 と、話題が九十度ぐらい一気に曲がった。困惑しながら、


「十一月三日だけど……」

「おぉー、じゃあおにーちゃんじゃん」

「おに⁉︎」

「だってアタシは十二月二十九日生まれだから。そっちの方が先でしょ?」


 そうかもしれないけれど、僕は同級生の女の子におにーちゃんなんて呼ばれる趣味はないぞ。


「アタシ憧れてたんだ、おにーちゃんに」

「……その呼び方はやめてくれ。趣味じゃない」

「えー」


 なんだその口を尖らせたようなジェスチャーは。


「なんだ、仲良いじゃないか」

「仲良いですねぇ」


 父さんも小雪さんも、僕たちが仲良くしているように見えているらしい。まぁ、そう見えるだけなら別に良いのだけど。


「っと、いけない。荷物の片付けをしなくちゃ!」


 突然長良さんが立ち上がる。それから、


「今夜までに色々出さなくちゃ。ごめん、木曽っちまた後で!」

「また後でって……」


 彼女はトタター、とダイニングを出た。


「ガチでここで暮らすのか……」


 ボソリと呟く。これからあのテンションに付き合っていかなくちゃいけないと思うとゲンナリしてくる。

 ……大丈夫かな、色々と。

 というか、クラスの人気ギャルと一つ屋根の下っていうシチュエーションがもう、アニメかってシチュエーションで困惑してしまうのだった。




『ギャルと同居することになったんだけど、どうすればいい?』


 二階の自室に戻った僕は、長鉄にDMを飛ばす。こういう時に真っ先に相談したい、相談できると思った相手が彼だったから。


『ギャル!? またキーボーとは違ったタイプの奴と同居することになったんだな。く〜、羨ましいぜw』


 すぐにチャットが返ってくる。いつものように軽い感じだ。それが安心感をくれた。

 やっぱり長鉄に相談して正解だった、と。


『かわいいのか?』

『かわいいよ、かなり。ここだけの話、クラスのカースト上位の子だ』

『は? 羨ましすぎるだろ』


 いつものペースでDMが飛び交う。長鉄とDMしている時のこのペースが好きだ。三年もSNSでやり取りしてきた相手だから、実の父よりも会話のペースを知っている気がする。

 彼とはあるマイナーなアニメがキッカケで知りあった。そのアニメの感想を垂れ流していたら絡んできた相手、それが長鉄だった。


『けどその子、オタクってわけじゃないんだろ?』

『多分ね』十中八九そうだろうと内心で修正し、『オタクだったら話も盛り上がるんだろうけど……』

『オタクじゃないと厳しいな。キーボー、アニメの話以外出来なさそうだし、自分で陰キャだーって言ってるし』

『だって事実だし』


 客観視すれば、まぁ陰キャだというところに落ち着くし。


『ま、とりあえずさ。話してみるのが吉じゃないかな。意外と話が合うかもしれないし、同居するって考えたら敬遠するのは辛いだろうし』


 おぉ、まともなアドバイスが来た。とりあえず話してみろ、か。確かにそれはそうだ。敬遠するよりもまずは話をしてみる。それでダメなら、その時に距離を置けばいい。

 ……それが出来れば苦労はしていないのだが。


『そうだね、頑張ってみるよ』

『おう、頑張れ。ノシ』


 DMのやり取りが途切れる。ぼくはベッドに寝転がり、


「話をしてみる、かぁ」


 そう呟いたのだった。

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オタギャル!──オタクなギャルが義妹になりました── アトラック・L @atlac-L

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