第9話 ファンを名乗る不審者
NDNLの集会を終えた翌日。
俺は自室でゴロゴロしながら組織の計画案を練っていた。
「そろそろ具体的な活動内容も決めないといけないよなあ」
単に目につく☆0狩りを倒していくだけでは一人での活動と変わらない。もっと組織的な犯行を考えるべきだろう。
暴走族然り、こういう輩は大抵チームを作る。
大規模であれ小規模であれ、社会のはみ出しものほど不思議なことに社会を作りたがるのだ。
地球にいた頃はそういった連中を闇討ちして回っていたのでそれなりに詳しい自負があった。
ならばそれを探り、一網打尽にするのが手っ取り早い。
「といってもどうするかなあ。一々足使って調査するのはリスキーだし、ネットで地道に情報集めて監視カメラをハッキングして絞っていくか……?」
だが、この周辺一帯には監視カメラが存在しない。
そもそも人通りも少なく、警察の巡回も及ばない地域だ。
だからこそ☆0狩りが横行しているのだろうが、それだと監視カメラをハッキングして絞るやり方も効率が悪い。
「となるとドローンでも使うしかないか」
地味な下調べは嫌いだが情報なしに計画の立案は不可能だ。
仕方ない。偉大なる先達もこうやって地道な活動に励んでいたのだと思うと、多少はやる気も湧いてくる。
早速ドローンを購入するとしよう。
足がつかないよう複数の『踏み台』を通してネットサーフィンに勤しんでいると、不意にインターホンが鳴った。
誰だろうか。
通販や宅配は頼んでいないし、知り合いも一人だけだ。足がつくようなヘマをやらかした覚えもない。
となるとヒイロの訪問しかないだろう。
余った夕飯の残りでも持ってきてくれたのかしら。
「はいはい今開けますよーっ、と?」
玄関の扉を開く。
するとそこには、世にも珍しい銀髪が特徴的な小学生くらいの少女が立っていた。
「……誰?」
「あ、あの、その……!」
少女はもじもじと体を揺らしながら、二の句を告げずに下を向いていた。
やがて決心がついたのか、顔を上げて口を開いた。
「わ、わたしはあなたのファンです!!魔王様!!」
めっちゃうるせぇ。
というか魔王様って一体、
「――――ッ」
その言葉の意味するところを察した瞬間、魔力放出を全開にして後ろへ飛び退く。
俺を魔王様と呼ぶ意味は一つしかない。
即ち、ベルゼブブの正体を看破したということだ。
「……何が目的だ」
脅迫か、はたまた公的権力の手先か。
魔力感知で周囲の状況を探りつつ戦闘態勢を整えていると、少女は慌てて首を振った。
「あ、ちがっ、違います!その、脅しとかそんなんじゃなくて……本当に、ファンで、して」
「ただのファンが俺の正体に気づけるはずがない。昨日の追っ手も撒いたはずだ」
集会の帰りに怪しげな魔力的監視を探知したのだ。
大気中の魔力の流れを読み取れば不自然な視線にはすぐに気が付く。まして異能によるものならば尚更だ。
その時は破壊しておいたが、他にも監視の目はあったということか……?
「答えろ。何故俺を特定できた」
「あ、えっと、その、ウェブ上の痕跡を辿っていって幾つか場所の当たりはつけてたんですけど、中々絞り込みきれなくて……」
そんな馬鹿な。ウェブ上の痕跡なんて残らないよう入念に気を張っている部分だ。
地球にいた頃から足がついたことなんて一度もなかった。
それを見破ったというのか……?
「だがここを当ててみせた。何故だ?」
念には念を入れて、ダークヒーロー活動時にネット回線を利用する際は複数拠点を転々として行なっている。
絞り込みきれなくて、とはそのことだろう。
ならばどうやって絞り込んでみせたというのか。
「諦めていたんですけど、昨日壁越しに『魔王ベルゼブブとしての演技完璧じゃなかった?やべぇ我ながら思い出したら興奮してきたひゃっほーい!!』って声が聞こえてきたんです」
……目を閉じて昨日お寿司を食べながらはしゃいでいた時の記憶を思い返す。
確かにそんなことを言ったかもしれない。
少数精鋭の秘密結社を束ねるボスという立場が予想以上に気持ちよくてテンションが上がり、酒も飲んでいないのに馬鹿みたいに騒いでいたので、記憶が曖昧だった。
しかし――いや待て、405号室はヒイロの部屋だったはずだ。
となると403号室ということになるが、人間の存在を感じたことはなかった。
この世界では、人は自然に生きているだけで微弱な魔力を放出している。
俺はそれを感知することで気配は勿論のこと、本気を出せば半径数百メートル以内の人数や細かな動きさえも読み取ることができる。
流石に自宅で周辺住民の人数を一々把握したことはなかったが、多少の気配くらいは何度か感知している。隣の部屋に人は住んでいない。
「前に助けられた時から、ずっとファンで……会いたくて」
となると虚言で警戒心を解いて近づこうとしているのだろうか。
最悪力づくで口を割らせるしかない。
戦闘態勢に入ろうとした、その瞬間だった。
「ソラ?どうしたんだ、外に出てるなんて珍しい」
「あ、お兄ちゃん」
「なぬ?」
買い物袋を片手に持ったヒイロが帰ってきたのだ。
「あれ、英人もいたのか。二人とも知り合いだったのか?」
「……いや、これが初対面だ。ヒイロはこの子を知ってるのか?」
「知ってるもなにもウチの妹だよ。護堂ソラっていうんだ」
衝撃の事実、銀髪の少女改めソラはヒイロの妹だった。
ソラとヒイロを見比べる。
赤髪と褐色の瞳に、銀髪と蒼い瞳。
黄色人種の薄橙の肌色と、いっそ血色が悪いのかとさえ思うくらいに白い肌色。
日本人らしい顔立ちと西洋の雰囲気を漂わせる顔立ち。
「……複雑なご事情がおありで?」
「おありで。まあ追々話すよ。そうだな、これから昼食にしようと思ってたんだけど、よかったら英人もどうだ?」
買い物袋を見せるヒイロ。卵とウインナーの入った中身から察するにオムライスか炒飯あたりだろうか。
ちらり、少女の方を見やる。
彼女はぎこちない笑顔を浮かべると、嬉しそうに頷いていた。
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