第10話 護堂兄妹

 ヒイロに誘われるまま自宅にお招きされた俺は、彼が作る昼食を待ちながら、俺のファンを名乗る護堂ソラと対面で気まずい空気を醸し出していた。


「あ、どぅふぇ、えふっ」


 ものっそい笑い方が気持ち悪かった。


「それで、俺のファンといったな。一体いつからそんなものになったんだ?」


 最近色々とネットで情報収集に勤しんでいるのだが、どうやら俺の一年間に及ぶダークヒーロー活動は意外にも好意的に受け止められていたらしい。


 中には俺を持ち上げて行政をこき下ろす暇人もいたのだが、彼女もその類なのだろうか。


「あ、私はその……半年前にあなたに助けてもらって、それからです」


 半年前。そう聞いて記憶を浚い出すが何も浮かばない。

 基本的に助けた相手のことなど一々覚えちゃいないのだ。


「それからずっとあなたのファンで……あ、一ファンの身でおこがましいとは思いますが、先日も秘密の会合に参加させていただきまして」


 なにやらベッドの下をゴソゴソと探る護堂ソラ。

 すると彼女は、見覚えのある機械人形を取り出した。


「!それはあの時の……つまりお前は」

「は、はい。『アストラ』でぇーす。ど、どぅへっ」


 まさかお隣さんがNDNLメンバーの一人だとは思わなかった。

 なんか一気に秘密組織感が消え失せていった気がした。


「そ、それで、昨日偶然声が聞こえて……これはもう、直接会うっきゃないと思いまして」

「なるほど厄介ファン化したというわけか」

「そ、そうともいいます」


 そうとしかいわないと思う。


「あの伝説の宣誓には感激しました!わたしたちみたいな☆0の人間の為に立ち上がるその義憤!革命を志す気高い姿勢!もうホント言葉も出ないとはまさにこのこと!」


 テンション上がってくるとやたら早口になるんだなぁ。


「じっ実はあの時生で見てて……あっ、生っていってもドローン越しだったけど、あの、わたし配信業やってるんです」

「配信業?」


 向けられた画面を見てみる。

 そこには所謂Vtuberの動画が映し出されていた。


 名はきらりん。登録者数は10万人程だが、地球都市の人口を考えれば中々に多いのではないだろうか。


「ど、ドローンで街中を散歩しながら雑談するっていう企画なんですけど、その時たまたま魔王様が撮れて……こ、これはもう運命だ!ってなって」

「よくこんな部屋で配信できるな。機材もないのに」

「あ、それは405号室にあります。遠隔で操作して、偶にメンテとかで寄ってる感じです」


 それならば成程、隣の部屋から人の気配を感じなかったことにも納得ができる。


「わ、わたし機械いじりとネットサーフィンくらいしか取り柄のない引きこもりオタクですけど、魔王様の助けになれればと思いまして……どぅへへ」

「助け、か」


 目の前のTHEオタク少女の言葉を慎重に吟味する。


 一連の発言が嘘の可能性は――あるにはあるが、非常に薄いだろう。演技でここまで気持ち悪くなれるとは思えないというのもあるが、そうするメリットが見えてこない。

 俺に取り入りたいならアストラとして接した方がまだマシだ。

 

 こうして素顔を知られたということは弱味を握られたということ。明確に相手有利な上下関係が構成されてしまった。


 つまり俺にとってこいつはファンを名乗る目障りな敵だ。

 今すぐにでも口封じしたいところではあるが、勿論そんな真似ができるはずもない。


 ……仕方ない。情報戦で隙を晒した俺の落ち度だ。

 ここは素直に負けを認めて言い分を信じよう。


「お前はウェブ上の痕跡から俺の大まかな位置を割り出したと言っていたな。あれは本当か?」

「は、はい。えっと、ここの他にも4-11-23とか、6-10-20とか……」


 隠れ家の住所も合ってる。つまり真実だ。

 地球にいた頃から市役所にハッキングを仕掛ける等のサイバー犯罪を繰り返してきた身として負けたような気分だった。


 しかしこれでハッキリした。

 ことハッキング能力において、彼女は俺の上をいく。


「……ふ、遂に我が選定の基準を超える人間が現れたということか」

「?」

「それらは全て撒き餌――汝のように優秀な者を招くためのテストのようなものだ」

「お、おお……!」


 でも素直に認めるのは癪なので、ちょっと見栄を張らせてもらおう。


「でっでは夜中の叫び声は」

「既に有望な人間がいることは承知していたが、我に辿り着くための最後のピースは意図的に伏せている。それを伝えるため……つまりは汝へのご褒美という奴だ」

「流石は魔王様……!」


 よし誤魔化せた。

 正直無理があると思うけど、ちょっとお馬鹿なところがある子なのかもしれない。


「これから我は本格的に☆0狩りを潰す。そのために必要な物とは何か?護堂ソラ……いやアストラよ、答えてみよ」

「は、はいっ。……えっと、敵の情報ですかね?」

「然り。無論我は敵の情報など凡そ入手済みではあるが、それでは態々組織を立ち上げた意味がない。そうだな、貴様には☆0狩りなどという悪戯に興じる小僧共の情報を調べ上げてもらおうか」

「なっなるほど!わたしへの最終テストというわけですね!」


 もちろん情報なんて一ミリも集まってない。

 そもそもさっきようやく重い腰を上げようとしていたところなのだから当然だった。

 都合良く丸投げできそうな人材がいて本当に良かった。


 使えそうな人間なら使わない手はない。

 護堂ソラの真意を図るためにも、まずは一度働かせてみた方がいいだろう。


「任せてください!☆0狩りのクソ野郎共のことなら前々から調べてましたから……!活動パターンだけじゃなく、個人情報の特定もあらかた済んでます!」

「そ、そうか。それは助かる」

「それで一度警察にも情報提供したことがあるんですけど、何も変わらなかったのでムカついてクラッキングを仕掛けたりもしました。どぅへへ……」


 サラッととんでもないこと言い出すなぁこいつ。

 俺でもそんな理由でサイバー犯罪に手を染めたことはないぞ。


「ま、魔王様の手助けができるばかりか、☆0狩りの奴らを倒せる希望が見えてきたなんて……どぅふっ、最近いいことばっかだぁ……」


 護堂ソラは指を合わせて、幸せそうに頬を綻ばせた。

 台詞から察するに☆0狩りに対して並々ならない感情を迸らせているようだ。

 彼女も☆0だというのなら理解の及ぶ範疇ではあるが……。


 ――何かありそうだ。


 初対面でそこまで踏み込むべきか。

 迷っていると居間と廊下を隔てる扉が開いた。


「へいお待ち~!護堂ヒイロお手製オムライスの完成だぞ!」


 どうやらお待ちかねの昼食がやってきたようだった。

 

「?なんだ二人とも、何か話してたのか?」

「う、ううん!何でもないよ、お兄ちゃん」

「ああ。ちょっとした雑談だ」


 まさかヒイロにNDNLのことを話すわけにもいかない。

 彼も大して気にしなかったのか「そっか」と流すと、机の上に昼食が置かれた。


 真っ白いお皿に乗せられたオムライスの黄色とケチャップの赤色が食欲をそそって堪らない。

 俺たちは手を合わせると、三人仲良く食卓を囲むのであった。



 あの後。

 食事を終えた途端、電池が切れたように眠ってしまった護堂ソラを横目に眺めつつ、ヒイロと一緒に昆布茶を嗜んでいた。


「悪いな。こいつ昼夜逆転してるから昼飯が晩飯みたいになっててさ。やたらテンション高かったのも多分深夜特有のヤツが昼間に来たんだと思う」


 ヒキニートあるあるだ。


「それにしてもソラがこんなに懐くなんてな。共通の趣味や話題でもあったのか?」

「……まーそんなとこだ」


 実は同じ組織に属する犯罪者仲間なんです☆


 ヒイロは穏やかな笑みを湛えて、温かい視線を護堂ソラに向けながら、地球人離れした銀髪を愛おしそうに梳いていく。


 そうしてたっぷり間を置いたかと思うと、意を決したように口を開いた。


「……こいつさ、実は半年前に☆0狩りに襲われてるんだ」

「……そうか」


 襲われた、というのはつまりそういうことだろう。

 俺が助けた人間の中には既に手遅れだった人間はいなかったので、恐らく決定的な一線は超えられていないはずだ。


「それまでも割と対人恐怖症気味の引きこもりだったんだけど、それが決定的になったのか最近はほとんど家から出なくてさ。学校にも行けてないんだ。他人と接する機会なんて、それこそ趣味でやってる配信の時くらいじゃないか」


 アストラを名乗り、NDNLのメンバーとして接触を試みた彼女。


 常識的に考えれば年頃の少女がやる行為ではない。どこか頭のネジが外れていないとできないだろう。

 では何故頭のネジが外れてしまったのか。


「当時のことを思い出すと今でも胸が震えるよ。帰ってきたソラの泣きじゃくる姿が、目に焼き付いて離れない。なにより……ソラをあんな目に遭わせた犯人が、情状酌量の余地ありだとかで執行猶予つきの判決になったことへの怒りは、今も俺の中で燻っている」


 前科もあるような極悪犯がだぜ?とヒイロは半ば自嘲するように零した。


 法律のことは詳しくないのでよく分からんが、当事者からしてみれば不当な判決だろう。

 憤るのも無理はなかった。


「国が守ってくれないなら、自分の手で大切な人を守るしかない。俺の目も多分、そのために神様が与えてくれた力なんだ」


 ただの人間が偶然持つにしては余りにも異常が過ぎる力だ。

 人によっては喧伝して地位や名誉を得て、その力に溺れることさえ考えられる。

 それを彼は誰かを助けるための力だと、確信をもって言い切っていた。


「その時は今話題の……ベルゼブブ?って奴が助けてくれたみたいだけど、今度もそうなるとは限らない。ソラが安心して外を出歩ける社会にするためにも、俺は☆0狩りを一人残らず倒してみせる」


 右の拳を固く握りしめて前を見据えていたのを、フッと綻ばせると、


「だからさ、英人には感謝してるんだ。ソラと仲良く接してくれたこともそうだけど、こうして友達になって、話も聞いてくれて。……ヒーローになりたいって夢を笑わないでくれたの、結構嬉しかったんだぜ?」


 ヒイロは力なく笑った。


 高校生と見た目小学生の兄妹が、こんな格安団地で二人暮らしだ。

 何か事情があるのは間違いないし、頼れる大人が周りにいるとも思えない。


 それでも彼は己の裡に宿る正義感一つで、いつ終わるともしれない戦いに身を投じている。


 あらゆるスキルを消去する魔眼。

 大切な家族の為に立ち上がるという動機。

 理不尽な社会の対応に燃え上がる義憤。

 その過程で無関係な人間すらも助けてしまう善性。


 ああ、なんて。

 この少年はなんて、主人公ヒーローらしいのだろう――。


「やはりヒーローがいてこそのダークヒーロー、か」

「?何か言ったか?」

「いや、何でもない」


 呑気にいびきをかいて眠りこけている護堂ソラを見る。

 最初はどうすべきか悩んだが、そういうことなら話は別だ。


 この世界における主人公ヒーローのオリジンとして深く刻まれた彼女は、いうなればこの世界におけるヒロインだ。


 俺がプロデュースするダークヒーロー『ベルゼブブ』を形作る因子ファクターとして、なくてはならない存在だ。始末するなんて勿体ない。


「安心しろヒイロ。☆0狩りなんて連中はすぐにでもいなくなる」

「すぐにでもって、なんでだよ」

「そんなのは決まっている」


 幸か不幸か、☆0狩りについての情報を以前から集めていた人間が仲間内にいた。

 奴らを殲滅するためのモチベーションもこうして改めて確保できた。

 ならばもう、スキルにかまけた半グレ集団の末路など一つしかない。


「――ヒーローおまえダークヒーローおれを、敵に回したからだ」

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