第8話 御門零、改めゼロ
「ここへ集まりし五名の戦士諸君。まずは挨拶を交わそう」
ダークウェブで予告された集会当日。
私は公安協力のもと、幾重にも仕掛けられた罠や暗号を潜り抜け、彼が設立するという組織『NO DARK,NO LIGHT』の秘密の集会へ足を運ぶことに成功していた。
バイザーやフードのついた衣装を身に纏うことで特徴的な黒と白の毛髪やオッドアイを隠す。
私の姿は地球都市でも有名だ。
ネットで少し検索すればすぐに画像が出てくる。
加えて、魔王ベルゼブブには何度も顔を晒してきた。
正体が露見することだけは絶対に避けねばならない。
――……私以外に集まったのは彼含めて五人、ですか。
一人は愛らしい猫を模した機械人形を通した謎の人物。
一人は紫紺と真紅のツートンカラーの毛髪が特徴的な、狙撃銃を携帯し、マフラーを深く巻いて顔を隠した女性。
一人は身の丈以上の白衣を着用し、藍色で全体的に毛量が多すぎる髪が目につく女性。
一人は長い金髪に緩いパーマをかけた、いかにも魔女然とした風貌の女性。
そして――黒褐色の髪に漆黒の仮面。まさしく魔王も斯くやと言わんばかりの仰々しい衣装に身を包んだ、ベルゼブブその人だった。
機械人形と机に突っ伏して眠りこける白衣の女性以外は、その身に纏う濃密な魔力が何よりも強者であることを雄弁に語っていた。
そして、そんな場で平然としていられる二名もまた、一握りの強者であることを察せられた。
外見だけで判断するなら、機械人形を通した人物がアストラ、銃を所持する少女がザミエル、白衣を着て眠りこけている女性がメルクリウスと推定できるが、確信が持てるまでは邪推としておくべきだろう。
緊張する。
息を呑む。
ここで正体が露見すれば命はないものと思え。
その意気込みで、少しでも情報を得るべく口を開いていく。
「地球都市の王位……というと、地球都市を統治する元老院議員たちのことを指しているのでしょうか?」
地球都市は共和制の国だ。民主主義政治を是とし、選挙によって議員を選出して政治を任せている。
元老院というとまるで古代ローマの貴族議会のようだが、アメリカの上院も正式には元老院と呼ぶので、そうおかしいことではない。
「さてな。汝がそう思うのなら、そうかもしれんな」
しかし、ベルゼブブは誤魔化してきた。
少しイラッとした。
彼の代わりに答えてくれたのは、銃を持った女性だった。
「地球都市の王パラケルスス。奴への弑逆こそが目的だと彼は言っている」
地球都市の王パラケルスス。
確かに「この地球都市には誰も知らない王様がいて、裏から政治を操っている」というような都市伝説を耳にすることはあった。
しかし、そんなものは所詮都市伝説に過ぎない。
警察組織にいて裏社会の事情に多少は精通している私でさえ与太話と切って捨てる戯言。
そう思って生きてきたのに、ここではまるでいることが当たり前のように扱われていて驚いた。
「……そんなことも知らないでここへ来たの?少しは期待して来たのだけど。子供の革命ごっこならあたしは抜けさせてもらう」
そのことで場の空気を悪くしてしまい、銃を持った女性と魔女然とした女性が濃密な魔力を迸らせ合う。
☆5の私ですら驚愕するほどの迫力に思わず後ろへ下がりたくなる。
しかし魔王はまるで怯えた様子もなく、言った。
「双方矛を納めよ――貴様ら、そんなにも死にたいか?」
直後に発せられたのは、先程までの魔力のせめぎ合いが赤子の戯れにも思えてくるほど濃密な死の具現だった。
個人の魔力だけではない。
彼はこの場の魔力全てを味方につけて、二人の喉元に刃を突きつけていた。
化け物。
銃を持った女性がそう呟いたのも頷ける。
人が有する魔力は大気に満ちる魔力に比べれば矮小だ。
故に大気中の魔力を上手く活用できれば個人では成し得ない術を発動させられる。
理屈の上では確かにその通りだ。
だが、それを実現させるには相応の下準備が必要になる。
専用の機械を作ったり、魔法陣を描いたり……外部ツールを用いなければ到底不可能だ。
それをいとも容易く、人一人の力で行った。
怪物と、そう称するに些かの躊躇いも持てなかった。
その後も話は続いていく。
「先刻の宣言でも言及したように、まずは☆0狩り……☆0の人間を狙って危害を加える愚連隊を一掃することとする。スキルのランクによって行政の判断が変わるという、分かりやすく腐った構図だ。最初に掃除するには相応しいと思わないか?」
☆0狩り。弱者を狙って暴行を働く高位スキル使いたち。
基本的には☆0が主たる被害者だが、地球都市の大多数を占める☆1の人達も被害に遭うことは珍しくない。
警察でも対応に四苦八苦させられている不良たち。
その壊滅を、彼は簡単そうに言ってのけた。
「フ、愚問だな。我が覇道の前では路傍の小石も同然。そしてそれは諸君らにも同じことが言える。☆0狩りなど所詮は烏合の衆。故に我らNO DARK,NO LIGHTの力を測るいい試金石となる」
周囲の人達の表情を見る。
いかに愚連隊とはいえ数は多く、警察が確認している限り百人は下らないだろう。☆4の強力なスキル使いもいる。
だというのに、誰も不安そうな顔つきをしていなかった。
戸惑うような反応も見せなかった。
烏合の衆という言葉に何の疑問も抱いていない。
たった数人の極小規模組織。
そのはずなのに、私の胸中では恐怖と不安が渦巻いていた。
もしかしたら、この人達なら、あの男なら。
本当に、国家転覆だって成し遂げてしまうかも――。
「それで、そこなフードの者よ。汝の名はなんという?」
逸る思考に気を取られ、会話の流れを聞き漏らしてしまっていたことに遅まきながら気付く。
名前を問われているようだが、まさか本名を答えるわけにもいかない。
どうしよう。焦燥のあまり、
「え、えっと……ゼロ……そう、ゼロとでも呼んでくださいっ」
自身の名である零の読み方を変えただけの安直な偽名を名乗ってしまった。
……失敗した。これでは冷静な対応力とやらを見込んでくれた長官に申し訳が立たない。
「ゼロ……フ、
「そ、そうですか」
やはりダメだったかもしれない。
安直、という言葉が強調されたように聞こえる。
いや大丈夫だ、落ち着け。
落ち着いて、落ち着いて――。
「レクイエム……か」
「ッ……!?」
その一言に。
今日一番の衝撃を受けてしまった。
後に続いた解散の言葉なんて耳に入らなかった。
他の人達が立ち去った後もしばらく呆然としてしまっていた。
ただ彼が口にした言葉に、自身の過去を想起していた。
「……
私の過去を、見透かしたかのような。
「……いえ、そんなわけありません」
まさか私の正体を見透かした上で、来歴まで完全に承知しているなどあり得るはずがない。
だからこれは自意識過剰が故の思い違いだと己を律する。
深呼吸を終えて、しかしこれだけは確信できていた。
「魔王ベルゼブブ、なんて恐ろしい人……!」
間違いなく彼は深謀遠慮、百戦錬磨の達人だ。
ただのお遊びサークルではなく、本気で革命を志している。
その事実を噛み締めると、体の震えが止まりそうになかった。
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