2章 ☆0狩り編

第7話 ☆5第4席"絶対零度"御門零

 能力警察セキュリティ


 元は警察の一部署でありながら、現在は実質的に第二の行政機関として独立した組織の名前だ。


 いってしまえば対異能犯罪対策専門の警察。


 スキルや魔法。

 地球とある程度共通した物理法則を持つ異世界において、科学では図りきれない超常的な力による犯罪に対抗すべく生まれた。

 

 『目には眼を、異能には異能を』。


 異能には異能でのみ対処できるという理念により、能力警察セキュリティは国家公務でありながら、☆4以上のスキル使いであれば未成年でもインターンシップという形で実質的なアルバイトを行うことができる。


 スキル犯罪の多さから鑑みても、地球都市の治安を守っているのはほぼ能力警察セキュリティであるといって過言ではない。


 そんな能力警察セキュリティの中でも、一際名の知られるスキル使いがいた。


 地球都市1000万人の中でも9人しかいない、スキル使い達の頂点に立つ存在。


 ☆5第4席『絶対零度アブソリュートゼロ』御門零。


 熱量系スキルの頂点に立ち、能力警察セキュリティの一員として日々国の治安を守る少女は、最も有名な☆5であるといえた。



「――御門零。警察庁長官の名を以て、これより君に反政府団体"NO DARK,NO LIGHT"への潜入調査の任務を命ずる」

「……は?」


 その御門零であるところの私は現在、警察という組織図の頂点に立つ御老公から驚天動地な仕事を押し付けられていた。


 反政府団体への潜入調査。

 未成年ながら警察の仕事に勤めて早2年、決して短くない経歴の中で一番耳を疑うような出来事だった。


「お言葉ですが、そういった職務は☆5とはいえ未成年の一警察官に過ぎない私などではなく、公安警察のような方々が行うべきではないでしょうか?」

「疑問は尤もだ。しかし魔王ベルゼブブを名乗る男……奴に関して警察が知る情報は余りにも少ない。恐らくは身体強化系のスキル使いだろうという、不確かなプロファイリングくらいなものだ」


 魔王ベルゼブブ。


 ここ一年ほど、週に一度か二度のペースで暴行事件を引き起こしていた『黒衣の男ブラッキー』という犯罪者が自ら名乗ったコードネーム。


 当初はスキルを得て増長した愉快犯だろうと楽観視されていた彼は、今やテロリストとして警察組織でも警戒されていた。


「ただの愉快犯ならいざ知らず、奴は確かな実力と実績を兼ね備えた知能犯だ。その特異な犯行からネットでも少なくない支持を得ているほどだ」


 犯罪者狩り。魔王ベルゼブブを指すネット上での呼称だ。


 彼が関与する暴行事件は、その全てが『犯罪者を標的とした』ものだった。


 強姦されそうになった少女が彼に助けられたという証言すらあるほどだ。


 まるで創作物でいうところのダークヒーロー・・・・・・・のような特異性から一般市民、特に☆0狩りの被害を受けやすい☆0を中心に支持を受けていた。


「高い証拠隠滅能力。スキルから正体を掴ませない不透明性。これまで謎に包まれていた奴が、ここへ来て自身の思想と懐へ潜り込むための門戸を明かした。我々はそれを好機と受け取った」

「……だから捜査官スパイを送り込もうという理屈は分かります。しかし何故私なのでしょうか?」

「無論、君が確かな信頼をおける人格と強さを併せ持ったスキル使いだからだ。☆5第4席の御門零くん」

「だからこそ、です。屈辱ですが、私はその……毎回毎回あの男にパンダちゃんと馬鹿にされ逃げられていますから」


 私は☆5としての誇りと自負、そしてそれに見合うだけの功績を勝ち取ってきた。


 幾人もの異能犯罪者を捕らえ、自身の強さに絶対的な自信を持っていた。

 あの男に出会うまでは。

 

『フハハハハハハ!!!!さらば有象無象の警察諸君!!そして毎度お馴染みのパンダちゃん……おっとパンダ娘よ!次会う時までには幾許かマシな歯応えを期待しているぞ!ではな!!』


 例の演説の際もこんな捨て台詞を吐かれた挙句に取り逃してしまった。


 そう、私はこの一年間まるで奴に届かないまま、子供のお遊び感覚で逃げられ続けてしまっているのだ。


「追いかけっこでなら君は奴に劣るのやもしれん。だが今回は潜入捜査、相手に正体を悟らせない冷静な対応力と、万が一露見しても対処できる戦闘力は必須。☆5級の異能を持つ奴に対抗できるのは、この組織では君をおいていない!……それにここだけの話だが、他にもきな臭い話があってな」

「というと?」

「さる情報筋からの提供だが……既に裏社会でも名を馳せた犯罪者たちが、魔王ベルゼブブに接触を図っているらしいのだ」


 長官は指を三本立てると、


「かつて我ら警察のデータベースに侵入し、愉快犯的に機密情報をばら撒きながら現在も逃げおおせている世紀のハッカー、コードネーム『アストラ』。


 標的に対し必ず殺害予告を送り付ける大胆不敵さと、それでも確実に犯行を遂行してみせる実力を併せ持った殺し屋狙撃手スナイパー、コードネーム『ザミエル』。


 そして裏社会に広く流通する安価で高品質な薬や武器の開発者として名の知れた発明家、コードネーム『メルクリウス』。……いずれも凶悪な指名手配らが魔王ベルゼブブの下へ集まろうとしている。私にはこれが凶兆にしか思えんのだよ」


 アストラ、ザミエル、メルクリウス。

 その三つは私でも知っている通り名だった。


 裏社会で自身の痕跡を残すということは、それだけ掴める尻尾を増やすということ。当然露見のリスクも高まる。


 それでいながら今日まで正体不明であり続けられるのは、偏にその能力の高さを示しているに他ならない。


「そんな大物たちまで……!?一体、魔王ベルゼブブとは何者なんですか」

「私にも分からん。分かっているのは奴が国家転覆を目論む革命家であるということだけだ」


 ここまでのことをしでかしておいて、ただの愉快犯でしたということはないだろう。


 ただスキルを得て増長しただけの人間がやれる範囲をとうに通り越している。


 魔王ベルゼブブは国家権力がマークするだけの存在となったのだ。


「未成年である君に任命するには荷が重い仕事だが……引き受けてくれるか、御門零くん」

「……正直、私などが務まるものかと今も懐疑的ではあります。ですが」


 ふと、目蓋を閉じる。

 暗闇一色に染まった世界で過去を想起する。


 きっとなら、誰かの為になる仕事なら自分のことなど顧みなかっただろう。

 だったら私もそうすべきだ。


「承知しました。秘密組織NO DARK,NO LIGHTへの潜入任務、謹んでお受けいたします」


 頭を垂れて了承の意を示す。

 私の人生を変える一世一代の大仕事が、今この瞬間から始まったのだ。

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