真剣な雰囲気の中のノックは工夫する必要がある
「ふむ、やはり本当だったのか。魔王様が死んだというのは。」
「ああ。」
二人の老人の間になんとも言えない空気が生まれていた。
かつて魔王軍の四天王として、その腕を振るっていた二人にとって、現在の魔王の死は無視できないものだった。
二人が仕えていた魔王の息子、それが今死んだと報告された魔王だった。また鬼族のガルドにとってはかつて闘う術を教えていたこともあり、思うところも多い。
「では、今の魔王は。」
「大方予想は付くだろう。あの愚物だ。」
「兄の方か。」
二人が使えていた前魔王には二人の息子がいた。片方は殺された魔王、弟のグリス。そして殺した兄、ランドだった。
どちらかというと魔王の才能があったのは兄の方だ。王としての才能は論外だったが、戦闘という面に関してで言えば前魔王を超えていたと言えるほどに。
しかし、前魔王は弟の方を後継者に指名した。元々、問題が多い暴君だったランドは戦闘能力が高くとも部下をいたぶる癖があった。国の問題の一部を任せている部下をないがしろにすることだけは許されない。
そんなこともあり後継者を指名する際に大暴れしていたが魔王と当時の王太子が封印していたのだが、何故かその封印を破り実の弟を殺害した。
そして今現在王を名乗っているのはランドだという。
「お主は今回の件、どう思う?」
「………他国の魔王による工作、もしくは人間の国の聖教国が手を出したかだろうな、まあ恐らく前者だろうな。」
「何故だ?」
「聖教国にはまだ正式な勇者が生まれていない。奴らは正統後継者を殺しすぎた。それ故真に聖剣の能力を受け継ぐものはいない。そんな時に魔王の支配する国に手を出せば結果は目に見えているだろう。」
道理は通っている。
なら、他の魔王ならばどこが手を出してくるのか。今のところそんな魔王に心当たりがない、というのが正直な気持ちだ。
「まあお前達の置かれている状況は分かった。………それで、そのお嬢さんは、」
「ああ、この方は、」
「大丈夫です、ゾルディス。」
ゾルディスの気遣いを遮って、ローブの女性は顔をさらして言う。
ガルドは自分の予想が当たっていることに、陰鬱な気持ちになる。
「私の名はエリス=アルディアス。殺された魔王グリスの娘です。」
絶世の美女。自分が以前見たグリスの凜々しい顔立ちがよく似ている。魔族で言う成人、15歳を超えた辺りだろうか、少女と大人の成長の狭間にありながら、どこか背徳的な色気を醸し出している。母方から譲り受けた金の髪が美しく輝いていた。
王族であるはずの彼女がこんな辺境まで逃げてきた理由。それを考えるだけで頭が痛くなってくる。
ゾルディスが代わって話す。
「今現在、彼女はランドの手のものによって追われているのだ。」
その告げられた内容に天を仰いだ。
「おいっ、王女はどこに居るのだ!?」
「今現在捜索中ですっ!!ゾルディス様と都市を出たところまでは掴めているのですが。」
「………逆賊に敬称を付けるな。王の前で申したなら問答無用で殺されるぞ。」
「………隊長。私たちはこれでいいのでしょうか?」
「何が言いたい。」
「私はゾルディス様の政策で村が救われました、それも先代の王がいたからです。それをあのランドは………。」
「やめろ。」
「ですがっ!」
「やめるんだっ!!」
長年、魔王に仕えていた兵士は握りしめた手から血を流していた。
分かっているのだ。今の王がどれだけ愚かなのか。そしてそれに逆らうことが出来ない自分の無力さも。
「家族がっ、いるっ!!子供と妻が国の中にいるんだっ!!すまないっ!!」
言葉の羅列。それでも伝わってくる想い。
正しい想いであろうと、なかろうと、この世界は強者にしか優しくない。力こそが全て。兵士はそれに従うしかなかった。
その頃、主人公は。
「最近、ここら辺も渋くなってきたな。」
少し伸びた身長に比例して、筋肉の付いた体。たき火から立ち上る熱い煙をうっとうしそうに払いながら、目の前にある肉を食べる。
先ほど狩った牛のような獲物を捌いて肉の丸焼きを作っていた。
歳はもう12、13になる位だろうか。母さんと父さんには頻繁に会っているが、他の住民の人には顔を出していないので忘れられていそうで不安だ。
一度、ガルドさんのところにでも顔を出した方がいいかもしれない。今後の予定を考えんがら食を進めた。
この森の奥を縄張りに活動していた虎の魔獣達は畏怖していた。
目の前で自分たちの獲物を堂々と食している輩がいる。しかも自分たちの縄張りで、だ。既に周りを群れで囲み、いつでも飛びかかれるように準備をしている。
しかし体が動かない。
圧倒的実力差、目の前の失敗からそれを理解した。
一目散に飛び出た血気盛んだった一匹は四散した。
無様にも脳天から血をまき散らしてその場に散った。
それを見たボスは賢かった。すぐにその場から遠ざかることを群れに命令して、その場から逃げ去った。
森の縄張りは一人の異端者によって支配されていた。
「現魔王のランドは、グリスの娘の能力を知っていたのだ。」
「能力?」
話を聞いた限り、血眼になって捜索していると聞いた。それほどの価値がこの娘にはあるということ。
「………。」
「ゾルディス。大丈夫です、私がお話しします。」
「よろしいのですか?」
「貴方が唯一信頼できると言った友人です。ここまで私を逃がしてくれた貴方の言葉なら信じれます。」
美しい瞳だった。確かな意志と信頼を宿した王の瞳。ああ、これはあの坊ちゃんの子供だ。彼には最たる力は無くとも、それと同等の硬い意志を持っていたことを思い出した。だからこそ惜しい人を亡くしたと再確認した。
「ここでの話は墓場まで持って行きましょう。だから安心してくだされ。」
「………ありがとうございます。」
かの四天王ゾルディスが焦るほどには抱えておかなければならない秘密。後を引けない瞬間にも感じた。
「私はある条件下において、無限に魔力を生み出すことが出来ます。」
「………それは………、真ですか?」
力強い瞳を見て真実だと分かる。隣にいるゾルディスに視線を向けると、難しい表情で肯定するように頷いた。思った以上にスケールの大きい話に、柄にもなく腰を抜かしそうになる。
無限の魔力、それは、最強の戦力であり、莫大な富にもなり、良くも悪くも、多くのものを引き寄せる。
事実、この目の前にいる女性によって世界の問題のいくつかは解決する。魔力枯渇した地。魔力によって動かされるもの、様々な面において魔力とは強大な威力を発揮する。この女性を手に入れたなら世界の覇権をも握る術となり得る。
だからこそ、哀れでならないとガルドは思った。
生まれた瞬間から世界中の強者達に狙われる立場になってしまったということに。
「しかし条件があるというのは?」
姫の動きが急に止まる。動揺したかのように目が泳いでいる。
「そ、そこまで難しいものではありません。内容は言えませんが、日常的に行う動作の一部です。」
「なるほど、それならば魔力を生み出すのも苦ではないと。」
「そ、その通りです。」
デメリット無く魔力を生み出せる、と。これで更に彼女の価値が高まった。ランドのクソガキが追っ手を放っているという理由にも確かに頷ける。
「それで、どうして欲しい?ゾルディス。」
「………姫をかくまって欲しい!」
「お前が既に魔王軍を離れたことは承知しているっ、だがっ、頼む!」
「お主はどうする?」
「私はまだ追っ手を攪乱するためにもう一度、城に戻る。」
「ゾルディスっ!貴方は何を。」
「お前になら安心して任せられる。」
「………。」
目の前のかつての旧友が、頭を下げて頼んでいる。
忠誠を誓っていた主の孫娘と、里にいる者、家族を天秤のはかりに乗せるが、中々一方には傾かない。
それでも、と、厳しい決断を下そうとしたとき。
ココココン、コン。
「ガルドさーん。すみません、今大丈夫ですか?」
外から声が聞こえた。二年ぶりに聞く、弟子と言っても過言でない少年。そして気が抜けるようなノックの仕方。
「村の外に怪しい奴らがいたんで、連れてきました。」
今の状況から追っ手の者である可能性が高いと考えるゾルディスに問題ないと目で合図し、ゆっくりと扉の前に向かった。
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