第145話 チョコを配った

 異界へと続く道を通る。

 星灯の下に立つ大樹の元に。

 俺達はまたここに戻った。


 ホーホーと森の賢者と言われるフクロウの鳴き声が近くの森から響いてくる。


 そして冷気が体を包む。


「流石に寒いな、冬だから仕方がないが」

「こちらでも新年かな?」



 不意に遠くから何かが走ってくる気配を察知した!



「ワフ!」


 あ、ラッキーとチャリに乗った誰かだ。


「いたーっ!!」


「ああ、やはりラッキーとミレナだな! 新年おめでとう!」


 リュックを背負ってミレナが、チャリで来た。



「なっにが新年……っ、おめでとうよ! いつもなんでもっと早く帰るって、しっらせないのよ! ハァッ、ハァッ!!」


 ゼーハーと息を乱しつつムリに話している。


「え、ああ、ごめん」

「そこは僕も気が回らずにごめんね、色々やることが多くて」

「もー、仕方ないわね」


「新年用のお祝い料理を持ってきたから許してくれ」

「新年の? よほど美味しいのかしら?」

「少なくとも栗きんとんと黒豆は甘くて美味しいと思うが」

「そこそこ日持ちして主婦とかが三が日の間、料理しなくてすむようになってるとは思うよ」


「ふーん」


 よくわからずに首をかしげるミレナ。


「ところでそのチャリで家からこんなとこまで来たのか?」

「二人が出発して3日ほどは店にいたけどその後はこの大樹の近くの宿屋にはいたのよ、念のために」


「そうか、寒くなかったならいいが」

「ジェラルドさんは?」

「さあ、森の家じゃない?」


「森の家ですー」


 リュックの中からミラの声が聞こえた。

「おお、ミラはミレナに連れて来てもらったのか、ユミコさんは?」

「ユミコなら店のお留守番をしてくれています」


「そうか、しかし夜だし寒いし、森に入るのもあれだし、俺達も宿に向かうか」

「分かったー」



 しかしこちらの世界は新年感がないなの思ったら、教会の庭に灯りがついてキャンプファイヤーみたいな大きな焚き火を囲み、パーティーをしていた。


 あちこちで飾りつけもしてある。

 楽士がいて、音楽も流れている。



「ミレナ、もしかしてあれは新年のお祝いか?」

「そうよ」


「新年おめでとう!!」

「乾杯!」


「あ、言ってるわ、新年おめでとうって」


 ははは。



「長き冬に、まだ遠く、霞むような春を願い待つ日々よ。来たれり、新しき日、新しき年を友と祝おう、灯りを灯し、酒を酌み交し、食卓を飾り、大地に満ちよ、祝福よ」



 吟遊詩人も何か歌ってる。

 多分、こちらの新年を祝う歌だろう。


 輪になって踊る人達もいる。



「ね、ねぇ、二人共、あの聖火のそばなら温かいわよ」


 ミレナの異世界情報!!



「え、そうなのか?」

「ええ、こんな嘘ついてどうするの」


 まあ、物理的にも火なら温かいはず。



「行ってみようか?」

「よし! 混ざってみるか」


 聖火と呼ばれた火の近く、その一帯は確かに結界内のように暖かった。


 そこだけ暖房の効いた部屋のように。



「あったかい……」


 カナタがそう言って驚きの表情で火を見つめてる。


「おーい! そこの! 一緒に飲まないか!? 新年の祝いだ!」

「もしや一晩中あんな感じで飲んでるのか?」

「そうよ、あんな感じで朝まで騒いでる。教会で作ったワインなら敷地内で飲んでいいの」


「へえ、じゃあ、郷に入っては郷に従え、だ」

「混ざるんだね」


 混ざった。


 しかしただ飯が申し訳ないので、俺は魔法のカバンからゴソゴソして、あるものを取り出す。



「よかったら皆さんもこれをどうぞ。チョコレート菓子です」


「高級菓子だ!! すげえ!」


 いや、ファミリー向けみたいなチョコレートの、大袋入りのやつだけど。

 でも平民には確かに高級か。


 キラキラで銀色の個包装のチョコをそのへんにいる皆に配った。



「うまーい!」

「甘い!」

「おじちゃん! これもっとちょうだい!」

「子供は歯を磨いて寝る時間……をもう過ぎてるだろ?」

「えー、だって父ちゃん」



「そこのお嬢様! 靴を磨きませんか!?」


 息を切らして男の子が走って来た。

 身なりはつぎはぎのある服で貧相だし、村人の子だろう。


 そしてこちらに来る前、直前にゴスロリを着て女装中のカナタに言ってるみたいだ。

 今はツヤツヤの新しいストラップ付きの靴を履いているし、お嬢様に見えたらしい。


「お、お嬢様!?」


 しかし、カナタの靴は何も汚れていない!!



「坊や、この人の靴は新品だよ、磨く必要もない」


 思わず事実を言ってしまった。

 しゅんとする少年。


「じゃあそっちの狐のお姉さん、腰の短剣を磨こうか!?」

「悪いけど、私の獲物は自分で磨くわ」


 シーフのこだわりかな?

 しかし靴磨きの坊やは貧しくて、0時を過ぎたこんな時間まで人が集まってる新年に仕事をしてるのか。


「あー、あれだよ、靴磨きはいらないけど、新年だよ、翔太!」

「ん、ああ、そうだな、おじさんがお年玉をあげよう!! それと働き者の君にチョコもな」


 俺は銀貨三枚を少年にあげた。


「え、何もしてないのにお金とお菓子もくれるの? しかも銀貨」

「新年だから、特別だ」


「ありがとう!! これで病気のかぁちゃんのお薬が買える!」


 少年はどこかに走り去った。


「!!」


 病気のかぁちゃん!!

 なんて切ない響きだ!


 俺に癒やしの力があればな。

 流石にエリクサーをあちこちにばらまいてたら無くなるし。


 ふと、帳面を入れてる懐が熱くなった。

 取り出して見てみたら、また新しいページに文字が浮かんでる!


【幾度か、他者に慈悲、善行施した報酬に治癒の力を授ける事が可能。ただし、ページ消費は七枚。力を受け取るなら七枚を破り取れ】


 !!


「これは! 一番いい力!!」


 苦しむ人をエリクサー無しで救える!!

 残り三枚になってもとる価値がある!!



 俺は帳面を破り去った。


 俺の身体が光って、温かい力に包まれた気がした。


「うわ、なんだあれ、あの人光ってる!?」


 やばい。

 その辺の村人からしたら急に光る不審者おじさんになってる!


「あの、もしや聖者様では?」


 やばい! 教会の神父さんが出てきた!


「ラッキー! さっきの少年の後を追って案内してくれ!」

「ワフ!!」


「二人はここで待ってていいから!!」

「はあ……」


 チャリで激こぎしてきたミレナはまだ疲労が残ってるようだ。



「翔太がんばって!」


 カナタは走るのに向いてない服を着てる。


「私はお供します!」


 ミラはミレナのリュックから飛び出して俺の肩に飛び乗った!!


「じゃあ! ちよっと行ってくる!!」



 俺はラッキーを追って走りだした。

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