第125話 フェリと眠る少女

「ぴーちゃん、かつて聖女と呼ばれてたユミコさんの所へ案内してくれるか?」

「ピィ!」

「よし!」

 


 前方に飛び立つぴーちゃんをルルエに乗って俺達は追いかける。

 今回は何故かラッキーも走ってる。

 ミラは俺の肩に、フェリはミレナの前に座ってる。



 冬の大地を走る。

 風が冷たいから顔がやや痛い。

 雪が降らなければいいな。



 走りっぱなしじゃルルエも潰れるから食事休憩なども兼ねて俺達は休み休み移動し、山を超え、数日かけてやがて国境を超え、とある森に入ったとこでラッキーが声高くワン! と鳴いた。


 この森にいるのかも!

 しかしこの森には、既に雪が積もっていた。


 あの悪い大神官、聖国からは指名手配で逃亡していたから、この森は聖国ほどには遠くじゃなくて、そこは助かったけど、早く探さないと瀕死の聖女が凍死しかねない!


「ワンワン!」


 しばらく森の中を移動して、ラッキーが吠え、走る速度が上がった!

 雪に足跡がつくからなんとか追えるけど早い!


 土地でラッキーが止まった。

 そして、やや雪が盛り上がった所を掘り出した。

 俺達はルルエから降り、足がもつれそうになりながら駆け寄った。

 ま、まさか、雪の下に…!?


 やがてラッキーが掘った雪の下から蒼白の少女の顔が見えた。



「おい! 大丈夫か!?」

「しっかりして! あら!? この子、黒髪じゃないわよ!?」


 ジェラルドとミレナが先に少女の元に着いて、抱き上げて顔を見たら、黒髪ではなかった。


「髪が白い……人違いか? でもまだ弱いが脈はある」


 ジェラルドが困惑するが、俺はある逸話を思い出した。


「俺の世界の人の話だが、死を間近にした時に恐怖のあまり一晩で髪が白くなった人がいる」


「「……!!」」


 かの有名なマリー・アントワネットはギロチンの処刑前に一晩で金髪が白髪になったという逸話がある。

 そして神の帳面から出てきたぴーちゃんが人違いをするとは思えない、ラッキーもこの子を探し出したし。

 

 俺は震える手でエリクサーの小瓶をポケットから出した。



「こんなとこで一人で、さぞ寒くて怖かったろう、

何故か、かろうじて息はあるけど……」

「なけなしの聖力が彼女を包んでギリギリ生かしてたとかじゃないか?」

「とにかくエリクサーを飲ませてみる!」


 俺がジェラルドの代わりにやせ細り、冷えすぎている彼女を抱きかかえ、薄く開いた口にエリクサーを垂らしてみた。

 が、いつもならここでエリクサーが光って復活するはずなのだが、反応がおかしい。


「ユミコさん!? どうした? エリクサーが効かない!? 万能薬だろ!?」


『その少女はもはや手遅れで、体もボロボロですが、魂すらすり減って、エリクサーでさえ救えません』


「ええっ!?」


 突然空中で静止しているぴーちゃんが喋った!?


『今この鳥の体を一時的に借りて語りかけている私は、かつて巫女だった者の魂の欠片です。もう、彼女の事は……見送って上げたほうがいいでしょう』


「そんな! やっと見つけてやれたのに!」


『見つけて貰えただけでもマシな方でしょう』

「この体がもうだめなの!? じゃあ私の体をあげるわ! お人形の体だけど!」


 急に声を上げたのはフェリだった。



「フェリ、お前がどうしてこの子にそこまで?」

「この子、最初のマスターに似てる……から」

『そうまでして、彼女がまだ生きたいかも分からないでしょう?』


 巫女の魂の欠片さんは残酷な事を言うが、真理かもしれない。

 俺は末期の水の代わりに、あるものを魔法の風呂敷から取り出した。


「ほら、温かいホットチョコレートだよ、甘くて美味しいよ、女の子にとても人気なんだ」


 カップを傾け、わずかに開いた口にホットチョコをほんの少しだけ入れてあげた。


 すると……


「あたたか…おいし……い」

「喋った!」

「あり……がと……」


 なんと、うっすら涙を滲ませつつも目を開けて、一生懸命に喋ったのだ。

 奇跡的に!


 だが、すぐに目から光が消えていった。

 病院で見たことがある、親戚のじいちゃんが亡くなった時に、こんなだった……。



「もう……息してないわ」

「……くっ!!」


 ミレナは彼女の顔にナイフを近付け、息でナイフが曇るか確認していた。


「待ってよ! 私の体を使ってよ! その子があまりにも可哀想よ!」


 フェリがまた叫んだ。まだ諦めてない。


『そこの……人ならざるあなたがそこまで言うのなら、試しにその子の遺髪をお人形の貴方の体の中に入れてご覧なさい、魂が完全に飛び去る前なら、呼び戻せるかもしれません』


「やるわ! ミレナ、そのナイフを貸して」

「待て、フェリ……お前はどうなるんだ? 消えるんじゃないのか?」


「一つの器の中で2つの魂が入れば、片方が起きてる間は片方が眠るんじゃないかと思うの、おそらくは。でも私は構わない、たとえ間違って私が消えても」


 フェリはミレナからナイフを受け取って、ユミコさんの白くなった髪を少しだけ切った。


 そしてミラがその髪の束を糸でくくってあげた。

 それから、雪の上に座ったフェリが、ミラの前で項垂れ、頭を下げた。


 ミラはフェリの覚悟の程を知り、フェリのウイッグを外した後に、頭の蓋部分を外し、その頭部の中にユミコさんの髪の毛を入れて、また蓋をし、ウイッグを被せた。


「……フェリ?」


 俺が呼びかけてみたが、フェリはもう返事をしなかった。 

 まるでただの人形に戻ったかのように沈黙している。

 自分を捨てた人間を恨んでいたんじゃなかったのか?

 体を譲り渡してもいいほどに人間に愛を捧げるなんて……。



『やがてどちらかが目覚めるでしょう……』


 そう言って謎の光に包まれていたぴーちゃんが姿を消した。


 巫女の魂の欠片さんも……消えたのか? そもそも彼女とユミコさんは何か関わりがあったのか?

 まさか、クソ大神官の指示で聖力混じりの血を抜き取られて亡くなった巫女さんて……。



「ところで彼女をこんなところに置き去りにした犯人は見あたらないわね」

「そうだな、とっくに捨てて逃げたんだろう」


 ミレナとジェラルドが冷静に周囲を見て、そう言った。


「でも狼のような足跡が近くの雪に残ってる」

「危なかったな、人がいるのに気が付かなかったのか知らないが、食い荒らされずに良かった」


「なあ、彼女の遺体は、こんなとこで眠らせていいのか? こんな寂しい森の中で」


「……遺体なら亜空間収納に入るから、景色の綺麗な場所まで連れて行ってあげたら? 春になったら花畑になるような所とか」

「そうか、そうだな」



 俺はジェラルドの案内で、ミレナの言うとおり、春になったら花畑になるという場所に彼女の遺体を眠らせることにした。



















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