第100話 噂話
「それで、朝起きて窓明けたら、すだれに沢蟹がくっついて来ててウケたわ」
「そーか、それは可愛いな。蟹は意外なとこに現れるよな」
朝食の時にミレナから宿の朝のほのぼのエピソードを聞いた。
俺含む男性陣はアニメ鑑賞会などしたせいで睡眠時間がやや少ないが、早々とチェックアウトし、外でキャンプセットを設置して、朝食を食べていた。
季節は秋だ。
肌寒い朝に焚き火を囲んで仲間同士でご飯もオツなもの。
メニューはシンプルにビーフシチューとバゲットだけど、ビーフシチューは温かい湯気を立てていて、雰囲気も盛り上げてくれるし、美味しい。
娼館で聞いたとは伏せて最近聞いた隣国の話をする。
「……第二王子が王太子に婚約者を取られた?」
ジェラルドが声をひそめて俺に聞き返した。
「……王太子が長兄で第一王子なんだから既に婚約者いるでしょうに……」
ミレナも話題が話題だけに声は控えめ。外だから誰も聞いてないと思うけど。
俺は何かあったら皆で逃げる為に情報を共有している。
別にゴシップが好きな訳じゃない。
「軍事力強化の為に他国の姫を正妃として娶る事になってるけど、あんま容姿が好みじゃないっぽくて弟の婚約者のが好みだったからと側妃としてよこせって強引に」
「酷い、権力振りかざしてそんな」
ミレナも呆れた。
「皇太子がそんなやつではこの国の将来はまずいな」
「それでもう一つ真偽不明な話だが、王太子が阿片中毒になったとか」
「……きな臭いな」
俺はジェラルドの言葉に頷いた。
もしかして第二王子は女取られた腹いせに王太子を薬漬けにしたんじゃないかって噂だけど、憶測だしそこまでは話せない。
ジェラルドが更に声をひそめて……
「巷で変なクッキーばら撒いてるやつの真の狙いってまさか……」
核心ついてる可能性あるんだよなあ。
「ねえ、第一王子ってお忍びで市井に遊びに出ちゃう系の人?」
「それはあるみたいだぞ」
俺は娼婦の話を聞いてるから頷いた。
「ところでなんで私達のいる隣の国にまで例のクッキーが流れて来てるのよ」
「そこもきな臭いんだよな」
「あのう、僕達が今住んでる領地の王族は大丈夫だよね? 王太子が薬中とかじゃないよね?」
「それは多分大丈夫じゃないかな」
隣国はこんなに美しい紅葉の地なのに残念な事件が水面下で起こっていたようだった。
気分を切り替えて、ルルエに乗って家に帰るルートを進む。
そろそろお家に帰りまーす!
休憩がてらランチタイムに食堂へ寄った時にざわめく客達の会話から、またとある噂話を耳が拾ってしまった。
「白百合館の人気の娼婦が急に店を辞めた?」
「ああ。それが病気の母親を助ける為に身を売っていた健気な娘だったんだ。でも病の母親が突然元気になったそうでな、まるで奇跡だって」
ん? 白百合館? 俺が行った娼館の名前だな。
唐辛子系の辛い味付けの肉を喰らいつつ、そのまま話に耳を傾ける。
「神官の魔法か?」
「そんな金を作るのは、平民には難しいって」
「だから金を作る為に体を売ってたんだろ?」
「買ってた薬代が高いって話だったぞ。神官の祈りの奇跡なんてほぼ貴族用だし、そもそも白魔法が使える神官なぞほぼいないって」
「ふーん、結局買い続けてたお高い薬が効いたのか?」
「それは違うみたいだ。巷で噂の聖者が関係してるらしい」
ビクッ。
聖者のワードに思わず体が反応してしまった。
え、俺はエリクサーの事は秘密だって彼女に言ったよな?
いや、長患いの人が一瞬で復活した様子を見た人から勝手に噂に尾ひれがついたパターンかな?
しかし噂話が出回るの早すぎないか?
美肌ちゃんがよほど人気の嬢だったのかな。
トン。
「ん?」
テーブルの下でミレナに軽く足をトンっとされた。
彼女の目があなたの仕業でしょ? って言ってた。
思わず苦笑いで誤魔化そうとする俺。
「仕事……取材だから」
と言い訳してもジト目で見てくるミレナ。
やはり身近な男の風俗通いは女性には不愉快か。
そんな不満顔のミレナが口を開いた。
「ケーキ食べたい」
ストレスか? 急に甘いものを欲している。
「ケーキの代わりにケーキっぽいチョコパイでも食べておけ」
俺は魔法のカバンからお菓子を取り出す。
日本のスーパーで買っておいたチョコパイにミレナの機嫌が治るよう期待をかけるのだ。
「チョコパイ……」
ミレナは真剣な顔で袋を破って中の丸いチョコパイに食らいついた。
「どうだ? 美味いだろ?」
そう言いつつジェラルドやカナタにもチョコパイを配った。
「むう……美味しい……」
お、美味さに陥落したか? ちょい機嫌がもどったな?
甘いものの力は偉大だな。
「チョコパイって美味いよなぁ」
せっかくだし、自分も食べた。 もぐもぐ、美味しい。
「安定の美味しさだねぇ」
「なるほど、美味いな」
ジェラルドも気に入ったみたいだし、今度また仕入れておこう。
こうして偉大なるチョコパイのお陰で事なきを得た。
多分……!
食事の後に再びルルエに乗って走る。
春夏には青々としていたはずの草原が、草紅葉となった情緒ある秋の景色を堪能しながら。
「そういえばそろそろ国境を超えるな」
「そうだな!」
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